たかさき
2024-10-21 01:42:40
62849文字
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二人のピエタ

FF7/ヴィンクラ/R-18/
2ページ目→2025/4/28更新分

注意等:
・クラウド→女体化はしないけど妊娠の表現あり
・ケット→リーブと基本別人格、ちょっとかわいそうなことになる
・リーブさん→口調が一定してない
・ヴィンセント→野良犬の服
・「嘘つきの見る夢は」(https://privatter.me/page/661bd6831f057)のかなり後の続話



 コスモキャニオンはその赤土の峡谷一帯を自治区と定め、今も代々継がれゆく長老の教えを守り、その体現として永世の中立を謳っている。
 この世界にあって中立を宣言することは決して易しいことではない。各主要国から幾分離れた場所にあるとはいえ、石油やレアメタルを産出するこの地は火薬庫と化す危険性と常に隣り合わせにあった。
 リーブがWRO設立時に定めた憲章の安全保障に関する条項においてまず掲げたこととは、永世中立を謳う組織体に対しいかなる場合においても一切の武力の行使及び侵攻を認めず、もしこれらが行われた場合にはWROの所轄する兵力を以て即時介入し、ことの解決をはかるというものであった。WRO所轄の兵力とは即ち現ミッドガル市国の保有する軍隊とほぼ同義であり、元を辿れば神羅カンパニーの私設軍隊の血を受け継ぐ者たちである。
 平和的解決よりも実力行使による解決を是としたことについて、ナナキを始め谷に住む人は何を思うのか。それはリーブの考えと必ずしも一致するものではなかったように思われる。しかし、長い年月を経て幾多の国境線が変わることはあっても、この赤土が他国の軍靴によって踏み荒らされるようなことが、少なくともナナキの金の瞳に映ったことは一度たりとてなかった。その意味をナナキはよく理解していたし、リーブという男を信頼できる無二の仲間として認めていたことも、同じように歴とした事実だった。
 
「でも、こんなところにいて大丈夫なの?」
「大丈夫、とは?」
「だって喧嘩したんでしょ? クラウドと」
…………
 事も無げに言ったナナキの目はあの頃と変わらぬ無垢を湛えながらも、この赤い谷の頂きに立つものの風格と威厳を宿していた。それは成熟と呼べるものでもあり、ある種の覚悟を示すものでもあった。
 しかし、声音にはどちらかというと幼さのほうが多く含まれているように感じられる。ヴィンセントはその甘えにも似た幼い声を好ましく思っていた。彼はもう幼いままではいられない。その幼さを無邪気に出して良い相手など、もはや残されていないのだ。ならばせめて、クラウドや自分の前くらいはそうあってもいいのではないか。
 そんな風に思っていたものだったが、たった今いつもの声で問われた内容は決して幼いものではなく、ヴィンセントは咄嗟に返す言葉を持たなかった。
 それに対してナナキは図星だろうと笑うこともなく、谷の下に広がる眺めを悠然と見下ろしながら、灼けた土の匂う風に豊かな毛並みをゆったりとなびかせている。
 だからというわけではないが、ヴィンセントも同じように腰を下ろし、近代化とは無縁の、野生に満ちた景色を暫し眺めることにした。もしここにケットがいたらまたフードから飛び出してきてそんなことしてる場合ですか全くもうなどと騒ぐのだろうなとふと思い、口の端を一人緩ませる。いない時でも声が聞こえてくるほど、あの猫型ロボットとの会話は日常生活の中にいつの間にか馴染んでいて、あって当たり前のものの一つになっているようだった。
「クラウドがね、ここに一人で来るときはいつもヴィンセントと喧嘩したときなんだよね。何ぁんにも言わずにさ、オイラの毛皮、せっかく皆がきれいにしてくれてるのに、ぐしゃぐしゃにしちゃうんだよ。大体二日間くらいかな。それくらいしたら気が済むみたいで、また帰っちゃうんだけど」
 ナナキの口調には明らかに心配や気遣いといったものが表れていて、それはここにいる自分以上に、ここにはいないクラウドにも向けられていた。クラウドの不在の原因である自分がナナキの優しさを甘受するには少々厚かましいのではないかということは、分かってはいるのだけれども。
 それでも真っ直ぐに心配を向けてくれる優しい獣に対して、ヴィンセントは慰める意味で彼の背中の豊かな毛並みをゆっくりと撫でる。そうしていると革の手袋越しにも血の通った温かさと一定のリズムで刻まれる脈動が伝わって、なるほどクラウドがこれを求める気持ちも分かろうというものだった。
 ナナキはふす、と気持ちよさそうに鼻を鳴らすと、ヴィンセントの顔を見上げて、太腿の上に顎をぽす、と乗せた。背中を撫でる度に目を細める様に、その温かみを有難いと思う気持ちが素直に湧き上がってくる。
「ねえ、クラウドはどうしたの? いつもはクラウドが来るのにヴィンセントが一人で来たってことはさぁ……今までにないくらいのひどい喧嘩して、とうとうクラウドがどっか行っちゃったってこと?」
「クラウドはいつも、何も言わないのだろう? では、どうして喧嘩だと分かる?」
「分かるよぉ。だってずっと怒ってるのか笑ってるのか泣いてるのかよく分からない変な顔してるし、ヴィンセントはどうしたのって聞いたらそっぽ向いちゃうし。そんなの喧嘩に決まってるでしょ」
 ふ、と思わず笑みを漏らす。
 クラウドが内心を無防備に分かりやすく外に晒すことなど、そうそうあるものではない。しかし、この優しい獣の前では隠し立てする気すら抜けてしまうのだろう。ナナキの背に顔を埋めたまま何も言わないクラウドを想像すると、口元が緩んでいくのを抑えられないのも無理のないことだった。
 ヴィンセントは、クラウドのような無防備さなど欠片も持ち合わせてはいない。このナナキに対してさえ、である。しかし、誠実であるべきだとは考えていた。それが彼なりの永年の友に対して示す敬愛の形だった。
 だから、ヴィンセントはようやく重い口を開く。
……クラウドが子を産むとすれば、お前はどうする?」
 言い終わらない内にナナキの尻尾の炎がぼんっ、と音を立てて小爆発を起こした。
 言葉は一応、選んだつもりだったが。
 尻尾からしゅうしゅうと立ち上る黒い煙を見ながらヴィンセントははて、と首を傾げる。
 リーブとの会話では、あれは確かに言葉を選ばないにも程があった。あのときは自身で述べたとおり混乱の極みにあったわけだが、それにしてもという反省の念がないわけでもない。その上、人形にも関わらずリーブのこいつは一体何を言い出したのかと言いたげな生々しい表情を思い出して、全くもって自分は一体何を口走ったのかと今でも苦々しい気持ちになる。
 しかし、それはそれとして、ヴィンセントはまだるっこしい婉曲な言い回しを好まない。
 だからナナキにはストレートな物言いで伝えたわけだが、そのせいかどうかは分からないが、彼は耳と尻尾をぴんと立てたまま石化でもしたのか固まって動かなくなってしまった。
 この状態が後五分も続くようであれば一旦集落へ降りて金の針でも持ってくるかと考え始めたところだったが。
「クラウド、女の子になっちゃったの……?」
…………
 茫然自失として恐る恐る問いかけてくる声に、またしてもヴィンセントは咄嗟に返す言葉を持たなかった。
 そうではない、とは言えず、そうかもしれない、とも言えない。
 問題の本質はそこではない、とも言い難い。
 そもそも一体何が起きているのか、正しいことは何一つ分かっていない状態である。まずはクラウドを捕まえて隅々まで検査しないことには、客観的な判断を下すことは不可能であろう。
 しかし、ヴィンセントには確信があった。そうでなければ、ここまで取り乱すことなどない。若干の苛立ちが腹の中で煮えつつあるのを感じるが、それをナナキの前で見せるほど単純な男でもない。
……細かいことは抜きにして、有り体に言うならば、そうだ」
 たっぷりと時間をかけて答えた言葉に、またもナナキが耳と尻尾をぴんと張る。
「何で!?」
「それは知らん」
 次は即答する。ナナキとて原因がJENOVA細胞であることくらい言われなくても分かっているのだ。その上で何故かと聞かれても答えられることなど何一つない。
 未だ黒い煙を上げている尻尾が忙しなく動き、地面をぱたんぱたんと打ち付けているのを何とはなしに眺めていた。その素直な動きは何故かヴィンセントの粟立つ心を鎮めるのに役立っていた。

――ヴィンセントは子どもが欲しいと思ったこと、ないの?」
……ん?」
 話のポイントが変わっている。
 そう思いはしたが、敢えて指摘はしなかった。単純に、面倒だった。
「ないな」
 そして答えを考える必要もなかった。
 だが、そのシンプルな答えに、ナナキは満足しなかったようだった。
「オイラは獣だからさ、番を見つけて子どもを作るのは当たり前のことだって思っちゃうんだけどさ、ヴィンセントはそうじゃないの?」
 緩やかに首を振る。
 考えたこともない。己の子を望むなど。本能的な嫌悪感とでもいうのか、考えること自体を体が忌避する、おぞましいとしか言いようのないもの。
 次第に目が細く険しくなっていくのをナナキは感じ取ったのか、ぺろ、と長い舌で顔を舐めてきた。取り繕うように、口元を緩めてみせる。お前は私とは違うのだから、そんなに心配することはない。そんな説教じみたことを考えての、自嘲的な笑みだった。
 温かい毛並みをぽんと一つ叩き、ヴィンセントは立ち上がる。
 そのまま何も言わず、背を向けて歩き出す。
 そうしてようやく、ナナキが重い口を開くことが分かっていたからだった。 

――ヴィンセント」
 背に投げられるのは、今までの幼く優しい声ではない、低く張り詰めた、王者としての声。
 はっとするようなその声に、ヴィンセントは待ち受けていたように足を止める。
「忘れてはいけない。クラウドの腹から生まれるのはクラウドの子ではない。JENOVAの子――この星を滅ぼす災厄の子だ」
 振り返り、この赤い谷の王と改めて対峙する。
 立ち上がり、獲物を狙うときの低い姿勢。異なるのは声だけではない、獲物をひたと狙いすます、捕獲者の眼光。
 人間が野生の獣に勝つことなどできるはずもない。強靭な前足が一たび地面を蹴れば、いかにヴィンセントが人外の力を得ているとは言え、その爪を完全に避けきることなど果たしてできるかどうか。
「その子を祝福してはならない。許してはならない。それでももし生まれてくるというならば、産声を上げる前にこの牙で喉元食い破り、二度とこの地に立てぬよう手足を肉と塵へと還してくれる」
 低く唸る口元から覗く鋭い牙は、ヴィンセント自身の喉元すら容赦なく貫き砕くだろう。
 息を細く吐き出し、太陽の下で金に輝く瞳を赤く翳った瞳で受け止め、見つめ返す。
……分かっている。私も、同じ思いだ。それをお前の口から聞くことができて、寧ろ安心している」
 ヴィンセントは笑みを浮かべてはいない。そして、口調も最初から変わることがない。
 頬が切れそうなほどに張り詰めた緊張を崩したのは、ナナキだった。
 低く落とした頭をくんと上げる。いわゆるお座りの形に座り直し、思慮深さの籠った瞳でヴィンセントを見上げた。ゆらり、と揺れる尻尾がぱたん、と優しく地面を叩く。
「でもオイラ、そんなこと、絶対にしたくないよ」
 ヴィンセントは一つ瞬いてから、ゆっくりと頷いて見せた。
 それも同じ思いなのだと伝えるのに、この優しく賢い獣には言葉など不要だとよく分かっていたからだった。
――また来てね、ヴィンセント。今度はクラウドも、それからケットも一緒に、だよ。あんまり喧嘩しちゃ駄目だからね。オイラ、皆と一緒に話がしたいよ。だってクラウドもヴィンセントも、一人だと全然喋ってくれないんだもん。つまんないよ」
……ああ、そうだな。そうしよう」
 つまらなかったのか。
 最もどうでもいいところに多少引っ掛かりを覚えながらも、ヴィンセントは今度こそ背を翻し、コスモキャニオンを後にした。
 赤土の峡谷に夕陽が落ちていく。この美しい景色を一人でずっと眺めている時間の余裕は、確かにもう残されていなかった。

 * * *

 忘れられた土地に今も尚、尖塔のある古い教会が一つ建っている。
 淋しさをいや増すかのように、薄墨の空から小雨が音もなく降り注ぎ、灰色の屋根を点々と黒く濡らしている。
 旧ミッドガルのスラム街と呼ばれた場所。今はもう誰も住むこともないこの土地にあるのは錆びついた廃材のスクラップばかりだというのに、この教会の周りだけは今でも澄んだ水が湧き、緑に可憐な花々が咲き乱れている。
 重い木の扉を開けて中に入ると、ほんのりと柔らかい空気が身を包んだ。
 誰もいない礼拝堂を一人、やけに重苦しく響く靴音をひきずって祭壇のある場所へと進んで行く。
(ここでは、なかったか……
 確信があったわけではないのだけれど、クラウドが向かうとしたらここではないか、とも思っていた。少しの落胆と共に、胸に詰まった重たい息を吐き出す。
 長い年月が経ったはずなのに、この建物は朽ちることも果てることもなく、樹齢を重ねた大木のように泰然とそびえ立っていた。ここに皆が集ったのはまるで昨日のことのように、薄墨の視界に淡い光景が重なって見える。
 ここの屋根、ちゃんと直さないとね。
 そう言ったのはティファだった。
 このままだと雨で床も腐っちゃうし、柱もボロボロだし、壁も崩れてなくなっちゃう。
 そんなのいや、と言ったのはマリンという少女で、その後ろ姿はエアリスにそっくりだった。
 ヴィンセントはこの場所を良く知るわけではなかった。それでも、クラウドやティファ、マリンがエアリスを想って大事に守ろうとしていることは知っていたし、それだけでヴィンセントにとってもここが特別なものになる理由は十分だった。

……あんたが着てくれって言うなら、着てやっても、いいけど)
 ふわりと脳裏に蘇る声は周囲にかき消されそうなほどに小さく、それでもこの耳に確かに届いた。
 二人がこの場所である約束をした、昨日のような遥か昔。
 その日にしか着ないと、絶対に二度と金輪際着ないからなこんなものと何度も何度もしつこいくらいに念を押されて、陽光に溶けて消えてしまいそうな白いレースのドレスを纏ったクラウドの手を固く握りしめて、二度と離れぬと誓いの言葉を口にした。
(俺は何をしたらあんたが喜んでくれるのか、よく分かんないから……こんなことで喜んでくれるなら……その、何だって、するから……
 約束など、耳心地のいい薄っぺらい言葉をただ並べただけのもの。そんなものでクラウドを未来永劫縛り付けられるなどとは思ってもいない。
 それでも、それを形にしたいと言い出したのは、ヴィンセントだった。
(ねえ……あんた、怖い顔してる。俺もせっかくこんな……本当に絶対に二度と着ないからな? だから、あの……こんな格好するんだからさ……笑ってよ)
 ヴィンセントが口にした言葉は全て事実であり、真実だ。
 この世界で誰より美しく、可愛らしく、愛する人。
 恋人であり、妻であり、英雄であり、己の全て。
 その存在のためだけに生きている。それ以外に生きる意味などない。
 だから、たとえクラウドがもう嫌だと泣き喚いても、絶対に手放しはしない。
 もう眠りたいと縋り付いたとしても、死ぬことさえ許しはしない。
 キレイで薄っぺらい言葉を、ただの言葉だけに留めるつもりなど毛頭ない本心を、クラウドは一体、どこまで見抜いているだろう。
(あんたが俺の、旦那様……? ふふ、嘘みたい……なんか、笑っちゃうな。起きたら、夢から覚めたら、なくなってたりなんか……しないよな)
 いつか、クラウドは自分を恨むかもしれない。
 そうしたときに、自分はどうするだろう。
 一つの思考実験のように、俯瞰的に、ある意味では冷静に、ひたひたと考え続けている。恐らくはクラウドと出会った頃から、ずっと。
 ――ボク見たんです、まるであの旅の頃のような思い詰めた顔をされて部屋を出て行かはって、でもボクはてっきりすぐ戻って来るもんやとばっかり……
 クラウドが姿を消した朝。朝の空気にクラウドの気配がないと知って、次に考えたのは、逃げた彼をどうやって捕まえるか。どうしたら捕まえられるか。
 そのまま逃がしてやろうなどと微塵も考えなかった自分に、一人笑う。クラウドが余りに哀れだった。
 ――その子を祝福してはならない。その子を許してはならない。
 クラウドは、どうするつもりなのか。
 己の腹を自身で潰すのか、それとも。
 いずれにしても――クラウドは、探しているのだ。自分の思いを確かめながら、遂げられる場所を探している。ヴィンセントには何も告げることなく、逃げるようにして。
 ――オレンジとコーヒー。それからミルクも。沢山買ってきて。沢山だぞ、分かった?
 頷く間もなく駆け出して行った彼を追いかけることもできず、仕方なく買った沢山のオレンジとコーヒー、それからミルク。
 二人の家へと帰りつき、二人の寝室へと入った瞬間床に落とされたオレンジは、甘ったるい匂いを残したまま腐ってしまったことだろう。せめて一つくらいクラウドに食べさせてやりたかった。彼は逃げるときにもオレンジの匂いに気付くことは、あっただろうか。

 クラウドが不安定な状態になるのは、今でもままあることだ。
 そして、ヴィンセントはそれを何より愛すべきものと感じている。
 ヴィンセントは常に、迷わない。
 クラウドを生かすために、取るべき行動を取る。それだけが、クラウドと共に生きると決めたヴィンセントの判断基準であり、行動原則だった。
 クラウドは、迷う。
 彼の原理原則はいつも形を変える水のように不確かで、曖昧で、脆弱だ。
 その目はいつも、同じように不確かで、分かりやすい答えなど存在しない未来を見ている。未だ見たこともない景色を前にして、迷い、躓き、立ち竦む。
 ヴィンセントは未来など見ない。
 ヴィンセントにとって必要なのは、クラウドの目を通して映し出される未来だった。だから、迷いながらも前に歩き続ける彼の姿を何よりも愛し、その背を守ることこそが何よりの喜びだった。
 ――私が『最期に』伝えたことを、覚えていますね?
 ――それは良かった。では安心して送り出せます。行ってらっしゃい。そしてちゃんとここにお二人で帰ってくるんですよ。あなた方の家もこれから必要なものも、全て用意して差し上げましたからね。
 堪らず、苦笑いがこみ上げる。
 ヴィンセントにとって、友と呼べる存在は少ない。
 しかしそれにしたってあの男は些か心配性に過ぎるし、諦めるということを知らないからか、割りにしつこい。
 当たり前でしょう、と深い皺を刻んだ顔が憮然とするのを、忘れようとしたって忘れられるものではない。本当に。
 あなたは、というか、あなた方は本当に、いつまで経ってもぐずぐずぐずぐず、口を開けばやれ罪だ償いだ何だと、そんなことばかり言ってるんですから。かれこれもう何年経ったと思っているんですか。何年経とうが、っていうのは分かってるんですよそんなのは百も承知で言っているんですよこっちは。あなた方が『本当に』いつまでも抱え込んで背負う気でいるのを知っているからこそ、こっちだって言わないわけにはいかないんですよ。
 これからは、あなた方の幸せだけ、考えたらいいんです。
 それ以外はもう、何も考える必要はないんですから。

……家に帰る、か)
 顔を上げる。
 静かな聖堂に、ふふ、と透き通った笑い声が響いた気もするが、錯覚なのは分かっている。
 ヴィンセントは帰るべき家を持たない男だった。
 その彼に家をくれた人がいる。
 そしてその場所は、クラウドにとっても初めて持つことのできた、帰るべき場所であるはずだった。

 * * *

 教会を出ると、空も視界も相変わらずの薄墨色だった。雨は降っているのか降っていないのかよく分からない程度の小雨で、邪魔ではないが髪がじっとりと重くなるのが鬱陶しい。
 歩き出そうとしたところで、奇妙なことが起きる。
 この出来事は一体何だったのか。ふと後日に思い起こしては考えることもあるものの結局よく分からず、妙な白日夢でも見たということにして記憶の隅に放り込まれたままである。

 小雨で視界の悪い中、ふと現れた人影とすれ違った。
 ヴィンセントは何気なく通り過ぎようとして、視線を上げた。
 人の寄りつかなくなったこの土地で、一体誰とすれ違うことがあるというのか。
 振り返って見えたのは、不吉な黒いスーツの背に、燃えるような赤の長い髪。
 手にしたロッドで、何もかもが面倒くさいとでも言いたいのか、気怠げにぽんぽんと肩を叩いている。 
 薄墨の景色の中、一つに束ねられた髪がまるで炎のようにゆらゆらと揺らめいていた。
「どういうことだ……?」
――あぁン?」
 つい発した疑問の声に、男も今気付いたかのようにこちらを振り返る。
 好奇心に満ちた猫のような目、皮肉げにつり上がった口元。
「おんやぁ……懐かしい顔がいるぞ、と」
 あの頃と変わらない顔で、にやりと笑う。
「お前は……
「よぉ、先輩」
 正しくは、この男がヴィンセントの後輩であったことはない。過ごした時代が違うし、仕事を共にしたことも勿論ない。しかし、数奇な縁で顔を合わせるようになった頃、彼は皮肉めいた口調で面白そうにヴィンセントのことをそう呼んだ。ヴィンセントと彼――レノがかつて所属していたタークスという組織は、大義や道義といったものとは遠くかけ離れた職分だったからか、血縁のように固い結束で繋がれていた。周囲からは侮蔑や畏怖を込めて(あの部署に手を出したらとにかくただではすまないという意味で)家族のようだと揶揄されることもあったほどである。その感覚は個人主義の塊のようなヴィンセントでさえ有していたくらいだから、レノにとっても深く根付いていたのだろう。元だろうが何だろうが、総務部調査課に一度でも籍を置いた者であれば通じる感覚を持っているはずだろうと、わざわざそう呼んでくる後輩を、ヴィンセントは不快には感じていなかった。
 しかし、それはタークスという組織が存在していた頃の話であって、もはや遥か昔のことである……のに。
「んだよ、人を亡霊みたいな目で見るなっての。あるだろうがよ、ほれ」
 レノは口角を上げたまま、革靴を履いた足でとんとんと地面を蹴ってみせる。
 ヴィンセントの履くブーツは厚底で頑丈なものだが、レノの蹴る地面の微細な振動を感じ取ることはできた。つまり、目の前にいる男は物理的に存在しているということだ。
 ただし、ヴィンセントの知るレノかどうかは、まだ分からない。
 訝し気に口を閉ざしたままでいると、レノ(らしき男)は、はああ、と大仰に溜息を吐いて見せる。ついでに、地面を強く蹴った。
「疑り深ぇなあ、先輩。黙って相手に喋らせるってのは、やるほうは楽しくてもやられんのはむかつくだけなんだよ。俺にも分かるかっての……それとも」
 両手を上げて、降参のようなポーズを取る。手に持っていたロッドがするりと滑り落ちて、地面にぶつかって鈍い音を立てた。ごろりと転がったそれは、灰色の小雨に濡れて金属の磨かれた光沢が消え、やがて錆にまみれた塵へと化した。
 ヴィンセントは静かに探るような目つきで、それを眺めていた。
「これが終末、ってやつなのかねェ」
 レノはやはり、笑ったままだ。

 ――何故かそれは、一つの良い兆しのように思えた。
 この男が表情なく突っ立っているよりは余程良い。
 全く根拠のない勘でしかないが、タークスの血脈は己の中でまだ絶えていないのかと思うと、それは決して悪いことではないのではないか、と。

 くい、とレノが教会の扉を指し示す。
「あの扉を開けたら、そこにいると思うか? あの娘と、屋根から落っこちてきた間抜けの英雄サマは」
「さあ……どうだろうな」
「俺もこう見えて忙しいんだからな、無駄なことをしてる場合じゃねえんだ。さっさと相棒を探しに行かなきゃいけねえし――ってぇわけで、先輩」
 赤の長い髪を揺らして、背を翻す。
 別れの挨拶をするでもなく、レノは扉を示していた指を、そのまま天へと向けた。小雨の降る薄墨の雲の上にきらきらと漂うものを、更にその果てに流れる川を、この男が知っているのかどうか、それは分からない。
 ヴィンセントはその背に向かって、口を開いた。
……元気で」
「ふはっ、何だそれ」
「後輩への手向けだ」
「そうかい。じゃあ先輩も、お元気で」
 背中で笑い、そうしてレノは扉の向こうへと消えて行った。
 お元気で、という言葉は中々皮肉が効いているなと妙に感心する。
 小雨が音もなく、きらきらと降っている。
 星の見る夢が、記憶が雨となって降り注ぐのか。
 それとも、記憶などという美しい加工品でもないというなら、単なる星の悪戯か。
 そんなことを考えながら暫く後ろ姿を見送った後、やがてヴィンセントも背を翻した。

 * * *
 
 エッジ。端っこ、という名の街がかつてあった。
 その更に端っこに、かつてストライフ・デリバリーサービスは小さな店を構えていた。
 古い煉瓦造りのバラックの一階をぶちぬいて作られたガレージにカウンターと椅子を並べただけという、至って簡素な造りだったが、夜遅くまで灯している灯りが人恋しいという感覚を思い出させるのか、そこにはいつまでも少なくない人影がたむろしては小さな肩を寄せ合っていた。元はデリバリーの受付をする場所だったはずが、人が集まって来るからと試しに安酒を提供してみたところ、家賃を支払ってお釣りが十分に返ってくるくらいの稼ぎにはなったのだと店主は苦笑いしながら言っていた。
 中にはクラウドを目当てとしている奴もいるのではないかとヴィンセントは真面目な顔で言ったのだが、そんな訳ないだろとクラウドは笑って聞き入れなかった。だから仕方なく、仕事帰りにわざわざ店に足を運んでは虫払いに勤しんだ時期もある。クラウドも虫だと気付けば自身で追い払うのだが、ヴィンセントはクラウドの視界の中に虫が寄って来ること自体が我慢ならなかった。
 店に足を踏み入れると、隅に置いてある古い壊れかけのラジオからいつも雑音混じりのジャズが流れていた。中にはヴィンセントの好むナンバーもあったのだと、過日を思い出しながらクラウドに話したことがある。そうするとクラウドは店にラジオなんか置いていなかったと言った。そんなはずはないと言っても、そんなわけない、と返された。いや、最初は置いてたんだけど、あのラジオはすぐ壊れちゃったんだ。俺も気に入ってたから、覚えてる。元々はティファの店に置いてたやつで、引っ越しのときにもらったんだけど、大分古かったからな。壊れたのは店を開けてすぐだったから、あんたが来た頃にはもう、なかったはずだよ。
 そうだっただろうか。記憶力には自信があるのだが、クラウドは考え込む素振りさえ見せずにそう言い切った。クラウドがそう言うなら、そうだったんだろうと思う。別にどちらの記憶が違っていようが何だろうが、些末なことでしかない。
 大事なことは、人生の長くを放浪で過ごしたヴィンセントにとって、ここはクラウドと生活を共にした、初めての家だったということだ。

 旧ミッドガル同様、今や廃墟となったエッジに人影の一つもあるはずがない。
 人の住まなくなった建物はたちまち脆く崩れ去ると聞くが、かつてクラウドと暮らした古い煉瓦造りのバラックは、塵と埃に塗れていても屋根が落ちることもなく、何とか建物の体裁を保っていた。
 以前デリバリーの受付をしていた場所はドアがないため砂埃が容赦なく舞い込んで、今も残るカウンターが砂を被って白けた茶色になっているのが見えた。背もたれのない椅子が砂の中にごろりと転がって、長い年月が過ぎたことを否応なく思い出させる。
 ヴィンセントは立ち止まり、二階の窓を見上げた。
 それは当時の習慣でもあった、無意識の行動だった。
 クラウドは二階の住む部屋で、一人でいるときはよく窓辺の台座に腰かけて、窓ガラスに上体をもたれさせながら外を眺めていたものだった。だから、ヴィンセントはここに帰って来ると、見上げてその姿を確認することがいつの間にか癖になっていた。
 それがまだ感覚としてこの体に残っていたのかと、不思議な感慨を覚える。
 錆で軋む外付けの階段を上がり、留め具の半分外れたドアを押しのける。そっと押さないと今にも外れて壊れてしまいそうだった。
 絨毯もなく、剥き出しの床板を踏むとみしみしと歪んだ音がする。床が抜けるのではないかと一瞬冷やりとするが、数歩踏みしめてみて、どうやら大丈夫そうだと判断する。
 ひんやりとした静けさの中、小雨の降りしきる音だけがどこか遠く聞こえてくる。
 鈍く響く靴音を隠すこともなく、ヴィンセントは窓辺へと歩み寄った。
 クラウドに気付かせる必要があったからだ。
 クラウドは窓辺の狭い台に背を小さく縮こまらせるようにして座り込み、微かな雨の音さえ締め出すように、膝を抱える腕の中に顔を深く埋めていた。
 彼の向こうの、割れた窓ガラスをちらりと見やる。クラウドの俊敏さは、ヴィンセントとて手を焼くレベルだ。そこから逃げられたら厄介だが、そんなことを許すだろうかとも同時に考える。
 彼が逃げることを、果たして許せるのか。
 許すことなど、一体いつになれば、できるのだろうか。

――クラウド」
 はっとしたように埋めていた顔を上げるのと、その膝を抱える腕を強く掴むのは同時だったように思う。
 振り向いた顔は血の気が失せた蒼白で、少しでも体温を分けてやりたいと、その白い頬を撫ぜる。
 戸惑い、怯えたような表情。しかし、その目の奥にはヴィンセントの愛する彼そのものの強かな光を宿している。
 クラウドの手がヴィンセントの方へと差し向けられたのは、掴むためか、拒むためか。
 近づき、額を合わせて、その目を逃がすまいと覗き込む。
「私の子を産んでほしい――私の、愛しい妻」

 * * *

「ぅ、わ、分かった、分かったからヴィンスこれちょっと緩めて、苦し……
 とクラウドが苦し気に訴えるのはかれこれ五分以上も続いていることで、何度目になるかも分からない懇願でようやくヴィンセントがぎゅうぎゅうに抱きしめていた腕を多少ながらも緩めた頃には最早ぐったりとしてけほ、と涙目で咳込んだ。
「逃げたりなどするからだ、馬鹿者」
「そうは言ったって、加減ってものがあるだろあんたもちょっとは考えて、」
……クラウド」
 ヴィンセントがクラウドの名前を噛んで含めるようにしてゆっくりと呼ぶときは、決して優しい気分でいるときではない。
 それはクラウドも嫌というほど分かっているが、だからといってそんな素直になれる性分でもないのだ。静かに怒りを伝えてくる視線から顔を背け、食いしばるような表情で俯いてしまう。
 ヴィンセントは何も言わなかった。促すこともせず、抱きしめる腕を緩めるのでもなく、腕の中にある猫背気味の背をゆっくりと撫ぜ続けた。クラウドを責めたいわけではない。ただ、安心しろと伝えたいだけだ。そして、これ以上逃げてくれるな、とも。
……賭けを、してたんだ」
 ぼそりとクラウドが呟く。雨の音より少しだけ大きい程度の声で、ちゃんとヴィンセントに向かって話しかけているのだと分かる。
 相槌を打つでもなく、ヴィンセントは耳を澄ませてその声を聞いていた。クラウドはそれを分かっているように、ヴィンセントの返事を待つこともなくぽつぽつと喋り続けた。
「あんたがここまで来るかどうか、三日間、待ってみようかなって……三日に意味はないけど。こないだ三日間待たされたから、同じくらいにしてみようか、って。三日以内に来れたら、あんたの勝ち。来なかったら……
「私の負けか。お前が勝って、それでどうする気だった?」
……ああ、そっか。あんたが負けたら俺が勝つってことになるんだな。そんなこと、あんまり考えてなかったな……
 視線を合わせず、上の空でぽつぽつと喋る。
 ヴィンセントはそんなクラウドの様子をじっと見ている。
「お前が姿を消してから今日が三日目だ。では、私の勝ちということだな。褒美に、何をくれる?」
「褒美……?」
 クラウドは一瞬、ぽかんと呆けたような顔をした。
 暫くして、ようやくヴィンセントの方を見る。あんた一体こんなところで何してるんだとでも言いたげだった。
 そして、あ、と口を少し開けて、それから、くしゃり、と顔を歪めた。
「あんた、本当に信じてるのか……? 俺の体に何が起きて、俺が、俺の中に、何が入ってて、そこから何が出てくるって、あんたは本当に、」
「クラウド、」
「こんなこと、本当にあるのか? だっておかしいよな? 俺は男だぞあるわけないだろこんなの、これは、『何』なんだ? この中に入ってるのは、本当に、ヴィンセントの子なのか?」
――クラウド!」
 びく、と体を震わせてクラウドが口を噤んだのは、ヴィンセントが語気を強めたからではない。
 ヴィンセントの手が、クラウドの背を優しく撫でていたはずの手の片方が、クラウドの腹の上へと置かれたからだ。
 クラウドが何かを言う前に、ヴィンセントはその手にぐ、と力を込めた。
 静かな赤い目が、恐ろしいほど真っ直ぐにクラウドを見つめている。
「ここにいるのは、私の子ではないというのか」
「ヴィン――
「ならば、潰そう」
……ッ!」
 どこまでも冷静な声に、クラウドの顔がさぁっと青ざめる。
 反射的に腕を強く突き出し、ヴィンセントを押しのけようとする。が、混乱に陥ったクラウドの動きをヴィンセントが意に介するわけもなく、却って腕を取られて床へと強く押し付けられる。
 その力の強さに、ヴィンセントが冗談や酔狂で言っているわけではないと分かって、クラウドは恐怖で顔をひきつらせた。
「やめ――はなせ、はなして――いやだ!」
 甲高い、悲痛な叫びが静かな部屋に響き渡る。
 掴み上げる手の強さに逃げられないと分かったのか、クラウドは腕を取られながらもぎゅっと体を丸め、縮こまった。腹を守るようにもう一方の腕と膝で固く抱え込んで、誰にも触らせないというように。
 まるで、手負いの獣だ。
 ヴィンセントは深く息を吸い、そして大きく吐き出した。吐く息が微かに震えているのを自覚する。
 クラウド、と小さく名前を呼ぶ。
 何度も繰り返し呼びながら、その体にゆっくりと覆い被さるようにして抱きしめる。
 クラウドの体が大きくびくりと震えたが、背中を撫で擦る手がいつもと同じだと分かったのか、徐々に縮こまった体が警戒を解いて緩んでいく。やがて床に俯せたまま啜り泣きのような声が漏れてきた。耳元に優しく口づけながら、ヴィンセントは名前を呼び続けた。
「クラウド……何もしない、試しただけだ、すまなかった」
「ぅ、だけ、てなん、だよ、だけって……ばか、いたい、」
「悪かった……しかし、お前も分かっているだろう。お前の中にいるのは、お前の子……お前と私の子だ。JENOVAなどではない」
 背中を擦りながら引き寄せてやると、もう反発する気力もないのか、クラウドは素直に体を預けてきた。床に押し付けるなど不本意な体勢を解いて、改めてその体を抱え直す。埃まみれの床に腰を下ろして、その膝上にクラウドをそっと座らせる。髪や頬についた白い砂のような埃を払ってやると、少しむっとした顔で、あんたも、と言いながら長い髪を少し乱暴な手つきで叩いた。赤く腫れた目が痛ましく、キスしてやりたいと思う。
……んで」
「ん?」
「なんで、あんたに分かるんだよ……俺の中にいるのがJENOVAじゃないって、だって、もしJENOVAが、もし災厄の子なら、星を滅ぼすことになるなら……っ」
 揺らぐ目と、掠れた声。
 ここでクラウドの望む言葉を並べ立てて、それで彼が満足するならば、ヴィンセントは平気で嘘も吐いただろう。
 しかし、面倒なことに、クラウドは都合の良い嘘など簡単に見抜く。
 それをよく分かっているからこそ、ヴィンセントは望みとは無縁の言葉を口にする。
「細胞如きに星を滅ぼすことなどできない。星を滅ぼすものがあるとすれば、何者かの意思だ。自我を持たない細胞ができることなど、精々が他人の物真似程度でしかない」
……それも迷惑でしかない話なんだけど……でも」
「それを一番分かっているのはお前だろう。お前には厄介な話でもあるだろうが……
 不意に、途方もない疲れを感じて、ヴィンセントは口を閉じた。
 溜息を吐き出したいのを喉の奥で飲み込み、天井を見上げる。
 何の茶番だこれは、と思う。悲劇なのか喜劇なのか、高笑いの見物人は一体どこから見下ろしているのか。いずれにしても悪趣味にも程がある。
「あんたは、本当に……信じられるのか? この中にいるのが、本当に、災厄の種なんかじゃないって……
 不安を滲ませた声に、苛立ちすら感じる。クラウドに対してではなく、クラウドにそう背負わせるように仕向けた、何者かに。
 笑い出してしまいそうだった。何者、などとまるで他人事のように。
 それは、他ならぬ自分だ。
 カオスの変質などでは決してない、己自身の中から湧いて出た渇望だ。
 何度目になるか分からない溜息を吐き出したい衝動を堪えながら、淡々と言葉を続ける。
「信じたりなどしない。ただ、知っているだけだ。お前は今まで何度もJENOVAと戦い、打ち克ってきた。私はそれをこの目で見てきた。星を救った英雄――そして、私の」
 太腿の上に頼りなげに座り込む、ただ一人の英雄を仰ぎ見る。
 冷え切った白い頬を両手で挟み込むと、ひく、と喉を震わせた。

……あんたの子どもが、欲しかったんだ、俺が」
 ぽつぽつと語り始める様は、まるで罪の告解のようだ。

「何でだろ、何でか分からない、でもいつからかずっと思ってたんだ、俺があんたの子どもを産めたらいいのにって、そうしたら……いつか、俺が、いなくなっても、あんたを一人残していくことはないのに、って」
「でも、まさか本当になんて、思わなかったから、目が覚めて、何か今までと違ってて、嬉しくて、でも急に怖くなって、あんたが、もしあんたが、」
「あんたが、許して……ゆるしてくれなかったら、どうしようって、どうしたらいいのか、分からなくなって、だって――

 大粒の涙がぽろぽろと零れ流れていくのを、拭っても拭っても流れ落ちる透明な雫を、ヴィンセントはただ静かに、指と唇でその全てを受け止めていた。

「あんたがゆるしてくれなかったら、おれはずっと、一人で、」
「あんただけじゃない、みんなもきっと、ゆるしてくれない、」
「おれは、ひとりに、なってしまう、って……

 クラウドはそれ以上の言葉を続けることができなかった。
 そうだな、とヴィンセントが頷いたからだ。
 何があろうと、クラウドの体内に埋め込まれた細胞の事実がなくなることはない。これはヴィンセントの確信する事実とは異なるレベルの話であることを、ヴィンセントもまたよく理解していた。
 ならば、どうするべきなのか。
 ヴィンセントの中で答えが揺らぐはずもなかった。
 クラウドの右手を取って、口づける。あの日交わした約束のように。

「お前以外の許しなど、私には必要ない」
「皆が許さなくても――クラウド。私の全て――私の、クラウド」
「どうか、お前と私の子を、産んでほしい」

 大粒の涙を流しながら、顔をくしゃくしゃにしながら、クラウドはようやく、微笑みを見せる。
 
「うん……産むよ。あんたと俺の子を、俺も、産みたい」

 * * *

 降り止むことのない雨が窓ガラスを叩いている。
 湿気と冷気を防ぐため、急拵えではあるが古い布切れを窓ガラスに貼り付けて(布切れはヴィンセントが近所の廃屋から探し出してきた)、部屋に備え付けの炭ストーブに火を起こすと、僅かながら温かく乾いた空気が二人の周りを包んだ。
 炭ストーブの近く、元はソファがあったところに毛布を敷いて座り込んでいる。
 埃が舞い上がり、ぱち、と火花の爆ぜる音が耳に心地良い。
 温かい空気は、この家で過ごした二人の温かい記憶を呼び起こす。
 クラウドを休ませるためにも、設備の整った場所へ向かった方がいいことは分かっていたが、同時にこの場所にも離れがたさも感じていた。自分にもそんな感傷めいた感情があったのかと少し驚く。
……もう、ナナキには会えないのかな」
 ヴィンセントの長い腕に抱えられながら、クラウドがぽつりと呟く。その目は小さく揺らめく炎を静かに眺めていた。同じ記憶を思い起こしていたりするだろうか。そんなことを考える。
「ナナキは以前とはもう立場が違う。あの谷の長である以上、私たちの子を受け入れることはできないだろう」
「立場は違ったって、仲間なのに……
「そうだな。ナナキは優しい。誰が反対しようとも、お前を拒むことなど決してしない」
「じゃあ、」
「しかし、長の立場を捨てることもしない。お前に牙を剥くふりをして、私に撃たれることを選ぶだろうな」
 ヴィンセントの口調は常と変わらず、平静である。
 クラウドは激高するかと思ったが、指先をぴくりと震わせただけだった。恐らく、疲労がピークに来ているのだろう。器が一杯になり、感情が麻痺して動かなくなっているだけで、痛みは体のどこかに蓄積され続けている。
 抱えたクラウドの頭に柔らかくキスを落とす。
「クラウド、少し寝たほうがいい。ここでゆっくり休めとは言い難いが、雨が止むまでの凌ぎにはなる」
……ミッドガルに早く帰ろうとは、言わないんだな」
 ミッドガルには帰らないほうがいいと、ヴィンセントは考えている。が、それを疲れ切っているクラウドに今伝えるのはどうなのか、躊躇いがなかったわけではない。
 しかし、結局ヴィンセントは口を開いた。クラウドを慮って言わずにおくことを、当のクラウド自身が嫌がるからだ。
「リーブはナナキとは違う。私たちの事情と世界の存続を、公平に天秤にかけられる男だ。私たちの幸せを願うと言った口で、世界の存続のために諦めてくれと躊躇なく言うだろう」
「その言い方、まるでリーブを褒めてるみたいだ」
「ふ……そうだな。私は奴のそういうところを気に入っている。信頼に足る男だ」
……羨ましいな。あんたにそんな風に言われるなんて」
 クラウドがごそ、と体を斜めに傾けた。頭をヴィンセントの胸に預けて、目を閉じる。無意識なのか、手はずっと腹の上に置かれて、ずっと優しく撫で擦っている。
――ミッドガルにも、もう帰れないんだな……
 独り言のようなくぐもった声に、ヴィンセントは返事をしなかった。
 クラウドの手を覆うように自らの手を重ねて、おやすみ、と額に唇を落とす。
 雨が止むまでの間、目を閉じるだけでもいい。少しでもクラウドが安らかな気分でいられたらと思うが、気休めのようなことを言う気にはどうしてもなれなかった。

 ――夜。
 突如響く、とことこという音。どこか場違いな軽い足音が近づいて来る。
 ヴィンセントだけでなく、クラウドもはっとして目を覚まし、体を起こした。
――あ! クラウドさんにヴィンセントさん! ようやっと追いつきましたで~!」
 次に聞こえたのは靄をぱっと吹き飛ばすような、軽妙な声。
「ケット! どうしてここに?」
「一人で来たのか?」
 クラウドもヴィンセントも滅多に出さない驚嘆の声をあげて、ここにいるはずのない小さな猫型ロボットを凝視している。
 ケットはにぱっ、と笑い、両手をぴょこんと上げて、飛び跳ねるようにしてやって来た。
「もぉ~えらい遠いところまで来ましたわぁこんな小さい体でここまで来るのんどんなけ大変やったと思います? っていやいやそんなことよりクラウドさんようやく見つけましたわ大丈夫でっかほんまどうしたんやろ何があったんやろって心配してたんですからねでもお会い出来てほんまに良か」
 ぽて、とこける。
 顔面から床板にダイブしてぽふ、と弾むのは可愛らしさしか詰まっておらず、クラウドは思わずくすりと笑った。
 ぴょこ、と体を起こして、ケットはえへへ、と頭を掻いてみせた。
「あいたた……嫌ですわぁ、古い家はこれやから」
 ぱっと立ち上がり、足を踏み出して、またぽて、とこける。
「えへへ……あれ?」
 また立ち上がろうとして、立ち上がれないことに、ケットはおどけるように首をぴょこんと傾げる。
 そのどこまでも可愛らしい姿をクラウドは笑って見ていたが、もう一度ぱたんと床に伏したケットを見て、笑みが消えて代わりに怪訝な表情が浮かぶ。二人してケットの元に近寄るが、その間もケットは立ち上がることなく、その場にぺたんと座り込んだままだった。
「どうしたんだ、大丈夫か?」
 クラウドがケットを起こし、抱き上げて、ついでに顔についた白っぽい埃を丁寧に拭ってやる。雨の降りしきる中、この小さな体でここまでずっと歩いて来たのだろうか。防水加工が施されているとはいえ、全身ずぶ濡れになっていた。ヴィンセントが気付いたように、ケットの足の汚れを払い落とす。汚れは不似合いにきらきらとして、足のふさふさとした毛の中に細かく刺さるように入り混じっていた。この数日間抑えていた溜息を、とうとう吐いてしまう。
「だから家で待っていろと言ったのに……すまなかった」
 面白いことに、そのときケットとクラウドが浮かべた表情は似たようなものだった。きょとんとして、お前は一体何を言っているんだという表情。長い年月を共に過ごすと表情が似てくるというのは、こういうことなのだろう。ただし、お互いが考えたことは、それぞれ異なっていただろうが。
「え……ケット、どうしたんだ、本当に大丈夫なのか」
 不安に駆られたのか、クラウドの声色が変わったのを、ケットはきょとんとしたまま振り返った。
 そして、にぱっといつもどおり笑ってみせる。
「大丈夫に決まってるやないですか! ボクはねそれはそれはかわいいお人形ですからね、いくらでも替えが利くんです。……でも、クラウドさんはそうはいきません。替えなんてないんですからね。壊れてしもたらダメなんですから。せやから、遠くへ行ってしまわんといてください。一人やと迷子になってしまいます」
 クラウドに抱えられたケットは足をぷらんとさせたまま、小さな手できゅっとクラウドの袖を掴み、しがみついていた。
 ケット、と名を呼ぶクラウドの声は、小さく震えながらも、とても優しいものだった。
 だから、ケットはクラウドに大事に抱えられて、いつものように笑っている。
「ヴィンセントさん、早くクラウドさんを家へ連れて帰ってあげてください。ここは寒いし、このままやと風邪引いてしまいます。リーブさんも待ってるんです。お二人の家を掃除して飾り付けして温かくして、ローストターキーも気合入れて作らんとって言うてましたし、リーブさんは、」
 ふと、ケットは考え込むようにして、いつもであれば誰かが止めなければいつまでも喋り続ける口を珍しく自ら閉じた。そして困ったような顔で口をもごもごとさせている。
 ヴィンセントは何気なく、その頭を撫でた。そうするとケットの耳がぴくぴくと動く。撫でられるのが好きだったんだろうか。今更ながらそんなことを思う。
 ケットはヴィンセントを見上げて、言った。
「リーブさんは時々怖い顔しはるけど……でも、ヴィンセントさんはちゃんと私の言葉を覚えてくれてるはずなんやけどなぁって、淋しそうに言うてはりました」

 見上げたクラウドと、目が合った。
 泣き腫らした目は赤く、不安が去ったわけではない。それでもようやく、すっきりと心を決めたようだった。

――ヴィンセント。ケットを連れて、ミッドガルへ帰ろう」

 ならば、ヴィンセントも取るべき道は一つである。
 ふ、と笑みを見せるが、それでもちらりとだけ苦言を呈する。
「安易に賛成はしたくないが……リーブに腹積もりがないわけはないからな」
「分かってるよそんなこと、でも」
「言わなくていい。お前が決めたのならば反対はしない。それに……
……何?」
「お前は人を変える才能があるからな。案外、うまく丸め込めるかもしれん」
「それ俺のこと馬鹿にしてるよな……?」
「何故? 褒めているんだが」
「はいお二人ともこないなとこにきてまで喧嘩しない! とにかくお帰りになるということですねよっしゃ! はぁぁぁ良かった良かったこれで安心ですわぁ!」
 少々わざとらしいほどのケットの明るい声で、二人の言い合いは丸く収まる。それもいつものよくあることだった。ケットは満足そうに二人を見上げ、ふにゃ、と一つ欠伸をした。
――ボク、安心したら何や眠なってきました」
 クラウドが大事そうにケットを両腕に抱えて、優しい眼差しで見下ろしている。
「ほな、クラウドさん、ヴィンセントさん、ボクはお先に――おやすみなさい」
 ケット、と名を呼んで、その額に柔らかいキスを落とす。
 その様は古い教会で見る聖母の像のようだと、ヴィンセントは思う。
 ケットが動かなくなってしまう前に、ヴィンセントはその小さな頭をもう一度、撫でてやった。

「ケット、おやすみ――朝が来れば、他ならぬお前におはようと言おう。それまでゆっくりと――おやすみ」

 * * *

 とある日。
 ミッドガル市国中央市庁舎の住民福祉サービスその他申請受付は朝から多くの人でごった返している。そんな中、窓口にやって来たのは、まだ小さな子どもを腕に抱いた金髪の青年。
 窓口の若い男性職員がはい次の方お待たせしました、と顔を上げたときに思わず口をぽかんと開けたまま絶句してしまったのは、眼前にいる青年の存在そのものがあまりに美しく天使が舞い降りたのかと思ったから。そしてその天使が腕に抱く子どもの顔が天使の生き写しかと見紛う程にそっくりで、その瞬間脳裏に失恋という二文字が何故か浮かび上がったから。労災とも言える失恋を急転直下に味わって朝から胸がひどく痛い。もう午後から休んでやろうか有給休暇余ってるしなんて疲れ切った考えがよぎる中、青年がIDの更新を、と短く言って身分証であるカードを提示してきたのを機械的に受け取る。カードは四枚。目の前にいるのは青年と、青年の腕に抱かれてすやすやと寝入っている子どもの二人。数が合わない。
「ええと……貴方のお名前は、こちらのカードの」
「それ。この子のは、これ」
「残りの二枚はどなた様の」
「Vが起きそうだから、今向こうであやしてる。Vのカードは、これ」
「V……もうお一人のお子様ですね。で、こちらはヴィンセント・ストライフ・ヴァレンタイン……パートナーの方ですか」
……そう」
 天使(と呼ぶことにした)が僅かに言い淀んだので、何かまずいことを言ったかと一瞬慌てたのだが、怒っている様子ではなかったのでほっとする。ちらりと表情を盗み見ると、目尻の辺りが仄かに赤く染まっていた。胸痛が激化する。もう帰りたいと思いながらここにいない二人分のカードを指で指し示す。
「あの、申し訳ありませんがIDの更新はご本人様による手続きが必要ですので、こちらにお越しいただきたいのですが」
「分かるんだけど、こんな人の多いところにVを連れてきたら起きちゃうんだ。そうしたら大変なことになるから、っていうかこの更新手続き毎年やってるんだし、一回くらい何とかならないか」
「大変なことと言われましても……え、毎年?」
「下手したらこの辺飛び回ってめちゃくちゃになるし。リーブに言われて仕方なく来てるけど、そんな毎年手続きする必要あるのか? ないだろ?」
「ええ、いや、あの、えっ飛び回る? ええと、毎年されてるんですか?」
 職員が焦ったように瞬きを繰り返し、突然あたふたし始めた。
 この職員、不幸なことに突然の失恋に見舞われたためにそもそもこの天使のような青年が一体何の手続きでここに来ているのか、目的を把握していなかったのである。ただただIDの更新をと言われてはいIDの更新ですねと脊髄反射でそれらしい対応をしていたのだが、そもそもIDの更新とは何ぞや。そんなもん住民が毎年毎年窓口に来て手続きしなければならないものであるはずがない。そのことにこの職員はこの時点でようやく気が付いたのである。しかも天使が若干苛つき始めているのが分かって、一気に焦り始めた。こちら一旦確認させていただいてよろしいですかと引き取ろうとしたところ、突然窓口の机の上にぴょこんと飛び出してきたものがあった。
「手続きは毎年必要でっせ! というのはまあそらそうなんですけども、ほんまに今ここにヴィンセントさんをお呼びしたらどえらいことになりますねん。他にもようけお客さんが待ってはるようですし、ここは一つボクの顔に免じてぱぱっと更新してもらえませんやろか?」
 可愛らしい人形、いや猫型ロボットがまるで人間のように喋っている。お芝居じみた動きで、身振り手振りを交えながら、机の上をくるくると歩き回りながら。
 職員はその全ての意味が分からず、はぁ、と呆けてしまった。
 えらく流暢に喋るぬいぐるみだなあ、とぼんやり考え込んでしまった職員を見て、猫型ロボットは細い線の目をきらんと光らせ、ととと、と近づき、IDカードのとある部分を、これこれ、と指さした。
「J特……え?」
 カードに記された氏名のその上、端のほうに小さく枠線で囲まれた文字を読み上げて、職員は暫し動きを止める。
「J特措法の受給者の方ですか!?」
 そして数秒後に大声を張り上げた職員に猫型ロボットが慌ててしぃっ、と人差し指を立てるが、後の祭りである。
 正式名称「JENOVA細胞移植実験の被験者に対する救済及び特別措置に関する法律」、通称J特措法とは制定施行されたのがネオ・ミッドガル市建設前にも関わらず受給者が未だに若干名ながら存在する上に、細則や施行規則で事細かな実施運用がびっしりと定められ、更にこの現代においても度々法改正がなされその都度各省庁通達が降りてくるという恐ろしい法律である。一説にはこの法律の制定に携わった当時の関係者でさえあまりの条項の事細かさとその情報量にこんなの覚えきれなくて誰も運用できませんよと泣きを入れたらしいが、制定に携わった主要人物の一人が「私なら覚えられますが、何が難しいんです?」と心底分からないといった風にさらりと言い放ち、周囲の関係者が黙り込んだという。その人物に何故もっと死ぬ気で反対意見を言わなかったのかと恨み言の一つも言いたくなるくらい、市庁舎職員であれば誰しも一度は泣かされた経験があるという代物であった。
 そして一方、JENOVA細胞云々の話は義務教育の歴史の授業でも必須項目として出てくるため、その名は国民にも広く知れ渡っているのでタチが悪い。
 だからどういうことになるかというと、職員が不用意にも大声で叫んでしまったことによって、窓口近辺がにわかにざわつき始めた。あの人が、とか教科書で見た、とかいうそわそわした会話がそこら辺でなされる中、渦中の人である金髪の青年――クラウドは、職員が天使と心中で呼んだその美しい顔をこれでもかというくらい顰めて見せた。
「馬鹿! Kが起きちゃうだろ!」
 小さく鋭い声で職員に苛立ちをぶつけ、灰のようになってしまった職員をよそに腕の中に抱いている子どもをぎゅ、と両手で抱きしめる。腕の中でうにゃ、とむずがり始めた小さい天使にすぐさま猫型ロボットであるケットがぴょいと飛び乗って、おおよしよしと撫でてあげるがどうなることやらとクラウドがあやしてやろうと覗き込んだ瞬間。
 ぎゃぁぁぁん、とざわめきを一蹴するような咆哮が辺り一面に響き渡った。
 すわ何事かと一斉に振り向く人々。
 クラウドも焦ったように同じ方向をばっと振り向く。
 その向こうからやって来るのは、クラウドが天使だとしたら悪魔のような黒い長髪、長い手と長い足を持つ男。
 こちらも腕の中に小さい子どもを抱えている。抱えているというより、腕の中でじたばた暴れて飛び出して行こうとするのをがっしり掴んで身動き取れなくさせているというほうが正しいか。子どもの顔はよく見えない。深いフードを被って頭を覆い隠してしまっているからだ。それでもぎゃあと叫ぶときに豊かな黒髪がフードからはみ出してはふさふさと揺れている。
 クラウドはうわ、と軽く溜息を吐いて、黒髪を揺らしながら近づいて来る男にヴィンス、と呼びかけた。
「すまん、本格的に起きてしまった。こうなると私一人では治まらない……ほらV、ママだぞ」
「そっか、V、ママのとこおいで」
 クラウドの声に、じたばた暴れていた子どもがぴたっと動きを止める。それで静かになるかと思いきや、今までより一層高い、子犬のような声でぎゃぁん、と叫んでクラウドのほうへ飛びつこうとした。しかしそれを悪魔のような男――ヴィンセントがまたも大きい手でがしりと捕まえ、自分の体に縫い留めた。クラウドの腕の中にはもう一人子どもがいて、今までの騒ぎでこちらも目を覚ましてむずがり始めたからだ。寝起き特有の、うにゃぁと泣き声のような声をあげてクラウドの髪を引っ張ろうとする。
「ああこらもう、パパ、K抱っこしてて」
「V、そんなに暴れるな」
 ヴィンセントが片手で子どもを抑えながら、もう片方の手でクラウドから子どもを受け取ろうとしたとき、黒髪の子がぎゃぁ、とまたも叫んで、金髪の子に向かって大きく手を伸ばした。
「あっ」
「こら」
 とうとうぱちりと目を覚ました金髪の子は、きゃあ、と笑って同じように黒髪の子に向かって手を伸ばした。黒髪の子も金髪の子も人並みの親より体力があり余って仕方のない愛しき怪獣である。クラウドもヴィンセントも子どもをそれぞれ渡そうと互いに腕を緩めていたところの隙をついて、二人の小さな怪獣は親の腕から抜け出し、わぁっとお互いに抱き着こうとした。
「落ちるぅ!」
 ケットが思わず叫んで反射的にばっと両手を広げたが、そこはさすが人並みではないヴィンセントがすかさず黒髪の子を自分のほうへがっと引き戻し、金髪の子をもう片方の手で捕えて抱き留め、ついでに金髪の子を掴もうとしていたクラウドまでも引き込むように抱き寄せた。
 おお……と周囲から何故か拍手がさざ波のように湧き起こる中、そんなこと目にも耳にも入っていないかのようにクラウドは一瞬冷やりとした表情をほっと緩め、ヴィンセントの腕の中でわちゃわちゃしている愛らしい二人の子どもを眺めているのだった。そのクラウドを見つめるヴィンセントの眼差しがどういうものであったかなど、わざわざ言うに及ばずであろう。
 Vと呼ばれる黒髪の子が、Kと呼ばれる金髪の子に抱き着いて離そうとしないまま、白くてまあるい頬や額をぺろぺろと丹念に舐めている。時折かぷりと噛みついているようだがKはきゃっきゃと嬉しそうだ。しかしそれで終わるならただ平和で幸せなだけなのだが、やはりそうもいかない。数秒もしないうちにKがやぁぁ、と暴れ始めた。Vがやわい頬をがぶがぶと噛み始め、Kに押されようが蹴られようがやめようとしないのである。
 ふふ、とクラウドは笑った。こぉら、と甘い声でフードに隠された頭を優しく撫でて、その頬にキスをした。
「V、そんな噛んじゃだめ」
 ヴィンセントも柔らかい表情で、まろやかな金色の頭にキスを落とす。
「まだ眠いのだろう、ゆっくり寝たらいい、K」
 そこにぴょこんと飛び乗るケット・シー。
「さてさてここに取り出しましたのは一体何でございましょう。そうあなたの大好物、どれだけ噛んでも噛み切れない歯ごたえ満点カルシウムたっぷりのほねっ○ですよぉ、ほらっ!」
 ケットがどこからかひょいと取り出してひらひらっと見せたものにVはぱっと顔を上げ、ぎぁん、と嬉しそうに両手でさっと飛びつこうとする。しかしそこはケットのうまいところ、ひょひょいと何度かかわしてVの興味が完全にこちらに移ったのを見届けてからばくりと噛みつかせてやった。そのままあぐあぐと楽しそうに骨状の菓子を食んでいるVと、うつらうつらとまた寝入りそうになっているK、それをいとも幸せそうに眺める天使と悪魔とお人形。
 家族の肖像、という言葉が窓口で灰になりかけている職員の頭に浮かぶ。そして天使の囁く声は本当に天使のように甘やかだった。あんな声で日毎夜毎語り掛けてもらえるお子達はさぞや幸せなことだろう。家族というものが全て幸せに彩られているわけではないことは勿論知っているが、それでもきっとこれは幸せというものなんだろうといつの間にか立ち上がって拍手を送りながら職員は思う。そして労災の原因である天使の真横に寄り添う悪魔(ひどい呼び方だとは思うが、仕方ない)にも、あの天使があんな微笑みを向けるのだから、きっとあの悪魔も幸せに違いないんだろうと、嫉妬などと単純な言葉で言い表すことなどできない気持ちを抱えて職員は午後も仕事を頑張ろうと気分を新たにしていたのだった。

――あ。ヴィンス、呼ぼうと思ってたんだ。あんたが来ないと手続きできないって言うからさ、さっさと済ませちゃって」
「そうなのか。面倒なものだな」
 すみませんなにぶん私たちにはどうしようもできないルールというものがありまして、と職員は頭を下げて生体認証の機械を示しつつ、天使の顔をまじまじと見つめてしまう。
「あの……星の救世主、なんですよね」
 遥か昔、メテオの衝突を防いで星の滅亡の危機を救ったとされる青年がいたと、この国では誰もが習う歴史的英雄を前に、憧れよりつい好奇心が勝ってしまった。
 生体認証の機械の使い方をヴィンセントに指示していたクラウドが、何か言ったか、と顔を上げて、それから困ったように首をすくめた。
……星を救ったのは、俺じゃないよ」
 機械を操作していたヴィンセントが、分かりやすくふっと笑う。薄目で睨むクラウドに何を言うわけでもないその男に、職員はあれ、と眉を顰めた。
「星を救った仲間というのは、ええと、七人でしたか? この方ももしかして、お仲間なんですか?」
 手元にあるこの男のIDカードには、クラウドのものとは異なり、神特と記載されている。これもJ特措法と同じ、いやそれ以上に長々と綴られた法律に準じた制度だったはずだ、確か。はずとか確かレベルのことしか思い出せず冷や汗をかき始めた職員に、ヴィンセントがきっぱりと言う。
「私は違う」
 瞬間、クラウドが肘鉄を食らわせた。
「まだ言うの、それ」
「冗談だ」
「しつこいってば。……今の教科書は訂正されてるんだろ」
 え、そうなの。じゃあ星の救世主って一体何人なの。内心驚きつつ甘々しい声で交わされる夫婦喧嘩を見てコーヒーのブラック飲みたいなとか考えながら職員は端末を操作し、手続きを完了させる。
「お待たせいたしました。こちら更新が済みましたので、お確かめください」
 うん、とクラウドが四枚のカードを受け取る。

 ふと、職員は思う。
 教科書に記載されていた年月。自分が生まれるより遥か昔にこの青年は生まれ、星を救い、それなのに背負わされた因果でこれからも生きていく。恐らくは、自分が星に還った後も、ずっと、ずっと。
 その途方もない長い時間を想像することなど、できなかった。
 ただ思ったのは、この人がその時間をたった一人で過ごすことはどうやらなさそうだということ。
 それは本当に良いことなんだろうと、思った。

――あのさ」
「は――はい」
 この人たちを助けるためなら何でもしようと思い、とりあえず昼休憩に入ったらどうせ自分が担当することなどないだろうと思って一文たりとて読んだことのなかった法律(二つ)の条文を一から読もうと思っていた矢先。
 天使が、夜明けに明滅する星々のように凛とした美しい目をこちらに向けて、言った。
「補助金が、足りないんだ」
「は――補助金?」
「この子たち、双子なんだけど。補助金の振込額をさっき確認したけど、一児の場合の額しか振り込まれてなかった。あれじゃ全然足りない」
「あ……さ、さようでしたか」
「うん。困る。ご飯も服も何もかも倍かかるんだから。今月中に振り込んでほしい」
……金が足りないのか? それなら私の年金でどうとでもな」
「ヴィンセント、それとこれとは違う話だから。黙ってて」
 あの悪魔のような男が天使に一瞥されただけで無言で素直に引き下がるなんて。それなら自分のような矮小な人間如きが何を言えるはずもない。
「じゃ。頼んだからな」
 そう言って、救世主の家族一行は颯爽と去って行った。
 しかし、職員は暫し茫然としたままである。言われた内容より何より、天使は何を言っても天使でしかないんだな、とぼんやりと考えていた。
 そこにしみじみと思いを馳せる猫型ロボットが一匹。
 可愛らしいが、よく見たらとても古い人形のようだった。あのお子達が引っ張るからなのか、所々ほつれてしまって背中から数本の糸がぷらりと垂れていた。
……まさかご結婚の上にめでたくお子様を設けられるなんて思いも寄らんかったもんですからねえ。お子様がお生まれになるまでに法改正やー!思て頑張ったらあんた、何と双子やって。まーた法改正ですわ。あんときはほんま、大変でしたわねぇ」
「あ、そういえば数年前、立て続けに通達が来てましたね。あれはそういうことだったんですか」
――ま、そういうわけで。よろしくお願いしますね。補助金給付は過去分まで遡り支給が適用されますから、計算を間違えないように」
「はい、分かりました……え?」
 いつの間にか上長と話している気分になっていたが、いや目の前にいるのは道化のような単なる人形だったはず。
 そういえば入職時にどこかのおえらい人が挨拶をしていたけど、そのときに似たような人形を見たような気がしたなと思ってもう一度顔を見ようとしたら、もうそこに人形はいなかった。遠くへと歩き去り、今後二度と話をすることもないだろう家族のところへ人形がとことこと走っていく後ろ姿だけが見えて、それもやがて見えなくなった。

 * * *

 海に降る雨が見たいと言って、クラウドは一人、アンダージュノンの防波堤に佇んでいる。
 腕の中の毛布に包まれた猫の人形はぴくりとも動かず、ただ静かに眠っている。
 吹き付ける風は生温く、雨と潮の匂いが入り混じっている。
 ざん、ざざぁ、と堤に絶え間なく打ち寄せては砕ける灰色の波に、海とは意外に荒く、騒々しいものだったなと思い出す。海のない場所で育ったからか、もっと静かで大人しいものなんだと思い込んでいた。
 あの日見た景色はどうだったっけ。
 思い出そうとするが、もうそれは遥か遠くのもので、ぼんやりとして思い出せない。
 まだ子どもだった頃、もう子どもじゃない大人なんだ皆とは違うんだと追い立てられるような気持ちでニブルヘイムを出て、ミッドガルへと向かったあの頃。一人で初めて船に乗って、緊張と期待で胸が一杯になって、地面じゃない足元が揺れるのが堪らなく気持ち悪くて三等船室で倒れていたあの頃はどう考えても子どもでしかなくて、小さな世界の中で必死に足掻いていたあの頃の感覚は未だにこの身体のどこかに刻まれているから、そのひりついた痛みのほうが景色なんかよりよっぽど生々しい記憶だった。
 船室に一人寝転がっている間、波の打ち寄せる音がうるさくて、どうにも耳にこびりついて離れなくて、嫌いだった。不気味で、正体を暴かれる気がして、不安になって。結局は船に乗ることすら怖がっているただのちっぽけな一人でしかないと思い知らされるようで、吐気をこらえながらずっと耳を塞いでいた。
 灰色の空から海に降る雨はどこか不思議で、静かで、平等だった。
 あの頃の自分なら、同じように考えただろうか。それとも少しは、変わっただろうか。
 答えを出しあぐねている間に、時間が経っていたようだった。
――クラウド、そろそろ乗船の時間だ……フードを被れ、濡れてしまう」
 後ろから足音なく近づいたヴィンセントにぐいといきなりフードを被せられて、何だよ、と小さく文句を言って首をすくめる。
 もう少し雨を見ていたいと名残惜しい気持ちがあって、立ち尽くしたまま動かなかった。
 ヴィンセントは、いつもならクラウドの好きなようにさせてくれるし、放っておいてくれる。が、今はそうもいかないようだった。
「このままでは身体が冷えるぞ。せめて屋根のあるところへ行こう」
 添うように立って掛けられた言葉は温かく、クラウドはふふ、と微笑む。
 雨をもう少し見ていたいと半ば意地のように思っていたはずなのに、ヴィンセントの声があまりに優しくて、じゃあもう行こうかとあっさりと思ってしまったのだ。
 単純だな、と我ながら思う。
――ヴィンセント」
 いつも手袋をしたままの手に指をぎこちなく触れさせると、有無を言わさずといった感じでぎゅ、と握られた。
……ありがとう」
 口は動かしたんだけど、ちゃんと声になってただろうか。
 不安になって見上げると、ヴィンセントは驚いたように目を見開いていた。
 途端、ぐ、と強く抱き寄せられて足が少しよろける。
 身体が冷えていた、というのがよく分かるくらい、ヴィンセントの体は熱くて、長い腕の中に収まるのは心地よかった。ただ、昨日もそれで抱き潰されるかと思うくらいぎゅうぎゅうにやられたのを思い出した。そして何なら今はケットを抱えているのである。
「ちょ、ヴィンス、だめあんまり強くしちゃ、」
……ん」
 慌てて腕を間に入れて突っ張って、それでも抱き潰されたらどうしようという心配は不要だったらしい。割とあっさり引き下がって手の力を緩めてくれたことにほっとする。
……すまない」
「ん、や、ケットが潰れちゃうからさ、あんたの馬鹿力だったら」
「いや……そうではなく……
 珍しく歯切れの悪い言い方に、クラウドは不思議に思って顔を上げた。
 ヴィンセントと目が合って、その視線に躊躇いのようなものが混じっていて、それだけでクラウドは何となく察しがついた。ヴィンセントが今、何を考え、何を謝ろうとしたのか。
 それが分かるくらいにはもう長い時を共に過ごしているのだなと、思う。
 クラウドは何かを言うのではなく、代わりに長い黒髪をくん、と引っ張った。
 少ししてかがむように寄せられた唇に、クラウドから重ねる。触れ合わせて、触れ合わせるだけでは済まない熱を互いに持っていて、だからそれ以上進まないうちに離したのにすぐさま不満そうな吐息が聞こえて、思わず笑ってしまう。あんたも意外と単純だよね、俺よりちょっと大人の癖してさ。

……賭けに私が負けていたら、どうする気だったんだ」
「ん? 別に何も……一人でも産むつもりだったし……あ、でも」
 港のほうから乗船開始のアナウンスが聞こえたので、二人して歩き出そうとしたところ。何となく揶揄ってやりたい気分がふわりと持ち上がって、思わず口を滑らせた。
「一人じゃ生活が大変そうだし、金持ってそうな奴、何人か引っ掛けてやろうかなって。そういう奴ってちょっと困ってるふりして涙でも見せたらすぐ声かけてくるからさ、住むところ確保して暫くのんびりしてやろっかなって……ん?」
……ほう」
 急に向こうが立ち止まったので、こちらも引っ張られるように立ち止まる。
 ヴィンセントの表情を見て、あ、今って揶揄っちゃ駄目なタイミングだったんだと気付いたときには遅かった。
「楽しそうな計画だ。続きを」
「いや……冗談」
「そうだな、気分を変えるのは良いことだ。しかも複数を相手にか。実に楽しそうだ」
「ヴィンス冗談だってば、ちょっ、ぅわっ!」
 何一つ笑っていない目で腰に手が回されて、その手つきがいかにも不穏だったので距離を取ろうとするも逃げる暇もなくひょいと横抱きにされた。ケットを抱いている手前、抵抗もできずに足をじたばたさせるだけに終始する。
「嘘に決まってるだろ、ねえ何おろして別に一人で歩ける、」
「乗客の中にはミッドガルの富裕層も多い。目当てもすぐ見つかるだろうな。次はどうするクラウド? お前なら相手の気を引くことなど実に容易い」
……ごめん」
……全く」
 素直に謝れば降ろしてもらえるかと思ったのに、全くそんな気はなさそうだった。これ以上言ったって多分、無理だ。
 暫く大人しくしていようと思ったが、多くの乗船客が集まっている中に大の大人が横抱きにされたまま運ばれて恥ずかしくないわけがない(結構じろじろ見られた)。あまりの羞恥といたたまれなさで、堪らずヴィンセントの名前を呼んだ。
「何だ」
「あ、あの、本当もうおろして、色々無理」
「クラウド」
……はい」
「可愛い恋人の大事な身体だ。ここは人も多いし、マナーを弁えない輩もいる。それに船のタラップも狭い。万が一海に落ちたらどうする」
「落ちるわけないだろ! いいから降ろせってば!」
「うるさい。諦めろ」
 クラウドも一応人外の力を得て並外れた身体能力を持っているはずなのだが、ヴィンセントがこうなってしまうと腕一つ振り解けなくなってしまうのが実情である。
 結局横抱きにされたまま船に乗り込み、長い廊下と階段と再び廊下を突き進んで船室までその格好で連れて行かれた。特等室とのプレートがはめ込まれたドアを開け、特大のベッドに丁寧に降ろされる。
……馬鹿」
「似合いだろう」
 ふんわりした高級クッションに包まれて、色々な疲労を感じてもう動けなくなっているクラウドをよそに、ヴィンセントはクラウドの腕からケットを預かり、備え付けの座り心地良さそうなソファにそっと寝かせてやった。そして雨に濡れた上着と手袋を放り捨てると、寝転んだままのクラウドの靴を脱がし、分厚いカーペットの上に丁寧に置いた。
「クラウド」
 ざらついた指が、頬を撫でる。その手つきはいつも、とても優しい。
「今日は、ノーと言わないでくれ。頼む」
 そっと身を横たえながら、指を首筋に、肩に、胸に、滑らせていく。
 それだけで呼吸がもう苦しくなっているのを、ヴィンセントだって分かっているはずだ。

 クラウドは潤んだ瞳で、欲望を隠さない赤い瞳を真っ直ぐ捕えた。
 うるさい波の音はもう聞こえない。
 今から冬の宴が始まるのだ。
 クラウドは自分でベルトを外し、下着ごとズボンを脱いで、そしてヴィンセントの目の前で、ゆっくりと足を大きく広げて見せた。
――いいよ。早くきて、俺の……旦那様」

 ヴィンセントが実に嬉しそうに笑うのも、三日月のような口から覗く牙も、別の生き物のように動く赤い舌も、クラウドにとって愛しい全てだった。

「ああ――朝までゆっくり、子作りしようか。愛する、私の妻」