Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
gib_fox
Public
wt穂荒
Clear cache
続きを始める話
あらうけで載せていたものです
穂刈が記憶をなくしていて、再会してお互いの誕生日をそれぞれお祝いするころの話
穂刈がボーダーを去ったのが20歳、22歳で再会してます
1
2
続きを始める話
序
誕生日おめでとう、を伝えるのは、今日が記念すべき十回目となった。伝える側はボーダー職員の制服を着ていて、昨日アイロンをかけたばかりのシャツとスラックスでかしこまっている。伝えられた側は似たようなスーツではあったがボーダーのバッジはつけていなかった。
「たしか五回目だよな、こうして祝ってもらうのは」
と言い、伝えられた側──穂刈が出てきた料理に箸を入れる。
荒船は静かに酒を飲み、グラスをテーブルに静かに置いた。
「そうだな、五回目だ」
訂正することなく笑った。
1.
穂刈と再会した、と伝えたとき、ボーダーに残っている元同じ隊の加賀美と半崎には呆れられたし、連絡を取ることに関して苦渋の表情をされた。
「まず、なんで会っちゃったんすか」
「本当に偶然なんだ」
奇跡としか言いようのない確率だった。朝の出勤ラッシュ時の駅でたまたま、それも、穂刈から声をかけてきた。そうせざるを得ない状況だったからだ。
「なんでICカード落としちゃったのよ、荒船くん」
「それは仕方ないだろ」
荒船が改札を通るまえに、うっかりカードを落として穂刈が拾った。荒船は「ありがとうございます」と言って顔を上げ、その顔が見慣れた──けれど今はもうそばにいない人物だったことに驚いて、人混みの中で固まってしまった。
一度しかない奇跡のはずだった。カードを受け取り、「元」同僚に礼を言って、足早に改札を抜ける。振り返ると、穂刈はすぐに違う方向へ歩き去っていた。
「だからって、二回目もあります?」
「それだよね、それ」
二度目に穂刈と会ったのは、本部からの帰り、スーパーに寄ったときだ。惣菜のコーナーでひとしきり考え事をしている穂刈がいた。なんでこんな近所に住んでるんだ、と絶句していたら、その目が荒船を見たのだ。
「人の顔を覚えるのに自信があって」とその穂刈は笑った。
知ってる、お前はそういうやつだよな。
と言いそうになってしまった。喉元にひんやりとした汗が通る。その汗がシャツの隙間を過ぎたころになってようやく「そうですか」と言えた。
帰り道の方向は逆だ。だからスーパーにいる間だけ。そう思い、歩調を合わせた。同い年で、共通する話題も似ていて、当然ボーダー以外の話をするわけだが、それでも穂刈とは昔と変わらず話せることがたくさんあった。レジで精算をして袋詰めをする間もずっと話していた。気が合う、というのがこんなに恨めしかったことはない。呪いのような時間が過ぎて、穂刈はスーパーから出て「さようなら」と言った。
さようなら、と返したその体はスマートフォンを握っていて、そこに穂刈篤の名前が先ほどふたたび登録された。メッセージのトーク画面から消えていたはずの名前は、その夜通知から生まれ、トーク画面の一番上に落ちてきた。今も、一番上から三番目辺りを言ったりきたりする。荒船が、誰かと連絡を取ることが極端に少ないせいだ。
メッセージの文面に、昔は語尾につけていたふざけた顔文字がなくなっていた。その顔文字がなくなるまでになにがあったのか、どんな経緯でなくすことにしたのか──なにも知らない、ということが荒船の心をゆるやかに動揺させた。目のまえのこの穂刈には、荒船にとって未知の部分がある。
そんなことを言えば穂刈の幼少期や生まれたばかりのころだって見てきたわけではないのだが、荒船はそのころの穂刈を、まだボーダーにいた穂刈自身からアルバムを見せられて知っていた。誰もいない穂刈の家で、ソファに横に並んで座り、小学生だった穂刈の話をされた。幼稚園も、中学も、習い事の話も聞いた。面白く、楽しく、ときどき切ないような思い出の数々だった。
「記憶のない穂刈さんと一緒にいるって、まずいんじゃないすか」
「記憶が蘇る可能性があるからか?」
「っていうより
……
」
半崎の言いたいことは嫌というほどわかる。こうしている間にも、荒船の背筋には冷えた汗が一筋流れている。
「穂刈さんが、消したいって言った記憶なのに」
荒船はラウンジで、紙コップを握りしめた。
2.
芝生にカップルが座っている。橋の下で釣りをしている年寄りがいる。夕暮れどきの三門は以前より平和に傾いた。まだ
門
ゲート
が開くこともあるが、回数もずいぶん減っている。荒船たちが出動する機会もなくなってきた代わりに、別の星から遠征の要請が来る。友好な関係を築いてきたガロプラ、一時の戦闘状態から膠着し、貿易と対価交換で今のところは穏やかに関わりを保っているアフトクラトルなど。
基本的には防衛戦に協力する。侵攻の援助を頼まれることもあるが、政府と国民の意見から侵攻に関してはあまり関与するべきでない、というのが国の方針だ。防衛は、被害を最小限にとどめようとする行為だが、侵攻は被害の拡大も意味する。そこに強い賛同を得られるほど、世論は戦争に意欲的ではない。
(他の星が、生存していくためだとしてもだ)
地球のようにマザートリガーの使い方が特殊な星は、他の星と比べて安穏とした思考が育ちやすいのかもしれない。現に荒船も、自分がもし違う星に生まれていたんだとしたら、生まれたときからもっと身近に戦いを意識しただろう。ボーダーに入って己の腕を磨き続けながら、いつかこの腕が戦争の一端を担う、と思うと恐ろしくなることもある。それが地球で生まれた人間として当たり前で、だからこそ遠征に行き慣れた人たちは行った先の星で、新たに違う価値観を身につける。
──荒船も、遠征に行った。もともと遠征は希望していなかったが、パーフェクトオールラウンダーになったとき、その実力が本当に通用し、今後理論を展開して果たして誰もがうまくやっていくことができるのか、最終チェックも兼ねて行くことにした。
そのときはまだ荒船隊があって、穂刈もいた。当初の予定では荒船が単独で選出されて、残った隊員は手薄になったこの星の防衛任務に回ることが予想された。
けれど、加賀美がぽつりと言ったのだ。
「違う星の文化って、どんな感じなんだろうね」
彼女の、他の星への憧れのような、羨望のような、そして戦争へ向かおうとしている星への憐れみも含めた言い方は、荒船をしばらく熟考させた。
加賀美のそれは、なにげない一言だったように思う。彼女が荒船隊として行くのではなく、荒船一人が駆り出されることを不満に思っている様子はまるでない。単に違う星の文化に対する期待を口にしただけだ。
「隊で行けるか、打診してみるか?」
そのとき半崎が持っていたゲーム機を落として大騒ぎになった。ゲーム機の端がほんのわずかに欠けたが無事に使えそうなことを確認して、みんなで壊れなくて良かったとひと安心する。ただ一人半崎が「いやそうじゃなくて!」と荒船をまじまじと見た。
半崎は、遠征を希望していなかった。ダルいからと口では言っている。たしかにダルいかもしれない。半崎ほどの精密射撃を持つなら、遠征先ではかなり重宝されるからだ。荒船隊で活動する以外に、半崎単独で当真や奈良坂と任務に着くことも考えられる。
「遠足じゃないんですから、せっかくだからみんなで、なんて通じないと思いますけど」
半崎がいつもの調子で反論する。それも最もな意見だ。けれど今回の遠征は、トリオンに余裕があったり、ほとんど戦果を上げる必要のない、資材調達も含んでいる。隊で行けるチャンスはこの機会しかないだろう。
そう説明すると半崎がカリカリと後頭部をかいた。頬が赤い。このときの半崎の反論は強がりで、今思えば隊で行けることを密かに楽しみにしていたのかもしれない。
上層部に連絡をして、三日ほど待った。遠征に行けることが決まり、加賀美も、半崎も、穂刈も、荒船を支えると力強く言ってくれた。隊長として心強い言葉で、なにより嬉しかった。
もしもこの経験を通して荒船の実力がたしかなものとなり、パーフェクトオールラウンダー量産に対して着実な一歩が踏めることになれば、荒船隊は解散になる。
……
結果として、荒船隊はこの遠征のあとに解散した。かなり良い戦績を残したので帰還後も周りから惜しまれたが、隊の方針は変わらなかった。解散の話し合いをしたのは、荒船の誕生日をかげうらで祝った翌日だった。
帰国後すぐに四人で作戦室に集まり、遠征先での状況を報告したり各々で感じたことを述べた。軽食をつまみながら、思い思いに過ごしつつちゃんとした話し合いができる。自由度が高く、寛容なこの隊だからこそ荒船のここまでの理論も確実に歩めてきた。
この作戦室での居心地の良さがもうすぐ終わってしまうんだな、と荒船が帽子のつばを下げようとした。
「ちょっと話したいことがあるんだが」
と穂刈が口を開いた。それまで加賀美と半崎の話に相づちを打って朗らかに笑っていた男がだ。荒船は顔を上げて穂刈を見る。
「もしもここで解散するなら、記憶を消して外で働こうと思うんだ、オレは」
いつもと変わらない表情で、まるで散歩にでも行ってくるかのように穂刈は言った。遠征先の星では感じられなかった秋の始まりを、ようやく窓から入る風で感じた午後だった。
それから荒船は五度、遠征へ行っている。違う価値観を身につけたかと言えば、もともと身についている価値観の中に、新しいものをわずかに見出したくらいだ。
(穂刈は、遠征でなにかを見出したんだろうか)
橋を左右に走っていく車を眺め、赤や青の車体がライトをつけるようになったのを見た。ライトは何度か交差して、道路とガードレールを照らす。少し体が冷えてきた。昼間の太陽の熱で、空気もうねるようだったのが、今は静寂をもたらしている。まもなく、雨が降るだろう。
荒船が帰路につくと、とうとう雨は本降りになった。道路の真ん中の窪みに水たまりを作り出す。車が通るたびに跳ね、道行く人が迷惑そうに顔をしかめていた。
……
人の波を抜けて、目のまえから大きなビニール傘をさした人が歩いてきた。もう着なれたスーツ姿で、ネクタイは外している。今はクールビズ期間の只中だ。彼の会社はクールビズ期間が長いようで、体を鍛えていて暑さを感じやすい彼はありがたいと言っていた。きっと秋ごろも同じ格好をしているだろう。
「荒船」
彼──穂刈に呼ばれた。隊を解散したころより声量が控えめで、しかし耳に通るようになった。目の力を抜いて、口元がゆるむ。穂刈は荒船を呼ぶとき、いつもこうだ。
「会社終わったのか、ずいぶん早いな」
と声をかけると、彼は笑う。
「駆り出された分早く上がらせてもらえた。本当なら今日は休みだったから」
穂刈が一度、傘を弾いた。ついていた雨粒がパッと広がって地面に落ちる。そのままごく自然に、荒船を傘の中に入れた。荒船の鞄の中に折り畳み傘が入っている。活躍の場を失ったそれを、荒船は一旦忘れることにした。
帰り道はここから短い距離だ。民家を三つほど通り、アパートを一つ過ぎて、荒船のマンションが見える。築浅の、単身者に住みやすいと売り出された建物だ。ボーダーで本格的に仕事をするようになってからは、眠るために帰っているようなものだった。
今の穂刈はこの家に入ったことはない。スーパーからの帰りに家の場所は教えたが、部屋番号も、南向きであることも、上の住人がたまに楽器を鳴らしていて音が漏れることも伝えていない。
「休みの日に出るなんて、よほど忙しいんだな」
当たり障りのない話をすると、穂刈が息を吐く。「そうなんだよな」と言いながら、少し唇を尖らせている。
「そんなにやらなくてもいいんじゃねーかと思ってる、本来は」
「お前だけ会社に行ってんのか?」
「いや、上司もだ。いい上司だから、断りきれなくて」
「人に恵まれてるのはまだ救いだな」
休日返上を頼んでくるような人間が恵みかと言われたらわからないが、穂刈の中でまだいい上司、というカテゴリーにいられるのならいいんだろう。
自分もいい隊長でいられただろうか、とも考えたが、まず間違いなく以前の穂刈は否定しなかっただろうし、そもそもいい隊長、というのは何なのか。と定義を求めてしまう。いいか悪いかなんて、つまるところ受け取り手の匙加減でしかない──荒船はそう思っていた。
閉鎖環境試験のころ、若村や村上が、隊長という臨時の役割をしっかりと受け止めながら過ごしていたというのを聞いたことがある。今やあの試験は臨時ではなく、毎年恒例の試験になった。遠征へ行くための選抜はもちろん、管理職へ就くためのステップアップ、将来への精神修行のため、なんて大げさな目的で挑む連中もいた。隊長職を退いても、荒船はよく試験の様子を見に行っていた。どの人材もそれぞれに長所があり、短所があり、足並みを揃えることに苦戦しながら、最終的にはチームとして形を保ちながら駒を進めていたように思う。
その中に、荒船はぼんやりと、穂刈のように均衡を保っている人間を探してしまっていた。
隊長として荒船隊を牽引しながら、穂刈のバランス感覚に救われたことは何度もある。特に自分が接近戦に持ち込まなければならないとき。精密射撃が
要
かなめ
の半崎を見つつ、荒船が弧月を持つ合間に立たされた穂刈は、二人が自由に動けるように援護と防衛を一手に担っていた。ボーダーで培った才能、というより、あれはもともとの性格も起因してそうだ、と荒船は考える。
だからボーダーを離れて社会生活に戻る、と言われても、こいつならやっていけると確信していた。
「上司はいいやつか、荒船のところは」
こんなふうに相手の状況を聞けるぐらいの余裕があるのも、やはり社会でうまくやっている証拠だろう。
「いい人ばっかりだ。ときどき意見が割れたときは面倒だがな」
そういうとき、お前みたいなやつがいてくれたらと思うよ。とは言えなかった。
お前みたいなやつ、ではなく、お前がいたらと言いたくなるからだ。
1
2
広告非表示プランのご案内