ななき
2024-10-17 21:42:05
5866文字
Public 吸死
 

最初の一巡り、或いは寂しがりの退治人が戻れなくなるまで

(ドラロナ)
最初の一年の季節ドラロナ、切り取り5編。
または、退治人の青年が寂しかったと気づくまで。

#2024.9に頒布した同人誌に先行まとめとしていれた短編です。


 

 寒い寒いと思っていたら、昼過ぎから雪が降り始めた。シンヨコで積もるほど降ることは稀だが、今回はその稀のようだ。生クリームを思わせる雪がこんもりと積もっている。
 ドラルクはあまりの寒さに棺桶引きこもりを宣言して今日は出てきていない。棺桶を開けると外気で寒死するらしい。ベタより寒さに弱いまさしく雑魚。

 事務所を閉めてリビングへのドアを開ける。夜だというのに静かだ。ゲームの音すらしない。わずかな物音は窓辺にいるジョンのもの。
「コンビニいってくるな」
 熱心に外を見ているジョンに、それだけ告げて出ようとしたが、直前で思いつく。
「ジョンも散歩来る? 公園なら雪で遊べるかも」
……! ヌン!」
 よかった、嬉しそう。よじよじと登ってくる体を掬いあげ、肩に乗せて一緒に出る。
 そういえば、ドラルク抜きでジョンとだけ出かけるのは初めてだ。いつも「ヌヌヌイ」って断られてたから。

 河原は真っ白だった。ジョンはまっすぐ駆けていって、丸く草の上に積もった雪に飛び込んだり、地面を掘り返してみたり。
「ヌヌヌヌヌン! ヌヌヌヌヌ、ヌヌヌヌイ!」
 ええと、ろなるどくん、と、つくりたい、はわかるんだけど。マジロ語はまだわからないことも多い。
 ヌー、とちょっと考えたジョンが、小さい雪玉を転がし始めた。あ、ゆきだるま、か!
「よし雪だるま、つくろうぜ!」
 ジョンの三倍くらいある雪だるまを作って、その隣に雪ウサギと雪マジロを作るころには、ジョンも俺もびしょびしょの泥だらけだった。
 雪遊び楽しかった、また遊んでね、というジョンは本当にかわいい。もちろん、よろこんで。

 くしゃみをしつつ帰ったら、暖房がガンガンに効かされていて、棺桶の中身が出てきていた。
 電気代!と一発は拳を入れたが、正直に言えば冷えた体にはありがたい。その上、乾いたタオルまで出てきたので何もいえなくなる。
「変な顔してるな。ジョンのついでだついで。いいから風呂いってこい。後からジョンも行くから」
 促されるままに風呂の戸を開ければ既にお湯が張られていた。

 湯船に浸かってぼんやりする。ここ、俺の部屋、だよな。こんなにぬくい部屋だったろうか。なんだか全身がこそばゆい。肩にまだジョンの重みがあるような、まだ温めてくれているような。ザバザバと湯船で暴れてジャバンと音を立てて潜ったら「風呂ぐらい静かに入らんか幼児!」と声が飛んできた。その声すら、こそばゆかった。

 埼玉の城では、寒さに弱いドラルクを思って雪遊びを控えていたと知らなかった頃の冬だ。



「パトロール出てくる」
「お。私も行く」
 ちょっと待てルドくん、と身支度しはじめたドラルクを素直に待ってしまう。最近は一緒に出るのが普通で、逆に行かないと言われたら理由を聞くようになった。
 置いて行ってもいい(というか邪魔なので置いていきたい)のだが、ポンチ騒動に後からこいつが合流すると面白がってひっかきまわしやがるので、つく収拾もつかなくなる。いっそ俺と同時に巻き込んだ方がマシだと学んだ結果でもあったりする。
「若造ー? エコバッグどこ置いた」
「あー? あ、俺が持ってる」
 帰りはスーパーの荷物持ちか。飯、なんだろ。

 ビルを出ると、柔らかな湿り気を含んだ風に撫でられる。うずうずふわふわとした、生き物の気配のする浮き立つ空気はいかにも春だ。
「ジョンは?」
「町内フットサルクラブに誘われたらしくてね。見学だそうだ」
 あの愛らしい丸は、いつの間にか独自の交友関係まで作っているらしい。それにしてもフットサルか。小さい身体で、しかし侮れない速度で走るから、いい選手になるかも。かわいいし。トレーニングとして今度ジョギングに誘ってみようか。

 街路樹は若葉でうっすら緑に染まっている。いまからこうやって日に日に緑が増していくのだろう。退治人業としては、虫型の下等吸血鬼が沸く繁忙期の到来でもあるけれど。

 俺が時々立ち止まって側溝を確認したり、公園の草むらを掻き分けたりする間、ドラルクは隣でやいのやいのと口を挟んでみたり、通り掛かりの市民の方とおしゃべりしたりしている。もう手伝えとはいわねぇけどさぁ。
 こいつと歩くようになって、俺も話しかけられる事が増えた。知らぬ間にドラルクがお裾分けしたらしいクッキーのお礼だと、野菜をもらったことすらある。人間より人間との関係の築き方がうまい、かも。……へんなやつ。

 特にいつもと変わらないパトロールだったが、経路にある小さな公園の前でドラルクが足を止めた。
「やあ緑でもいいものだねぇ」
 あ、そうか。ここは少し前まで、満開の薄紅色で染められていたはずだ。
……お前らばっかりジョンとお花見しやがって」
「だってロナルド君、メイデンに詰められてたじゃないか」
 呆れた声に一発、蹴りを入れた。当然、あたる前に砂になったが。  
 こいつとヒナイチとジョンは重箱をもって夜桜で花見をしたらしい。羨ましい。締め切りを忘れていたのは自分だとしてもだ、俺だって楽しみにしていたのに。
「ヒナイチくんも、ジョンだって気にしてたんだぞ。ま、来年は行けるように努力したまえ」
 来年。瞬きをした。
 考えてなかった。そうか、また来年。来年、春になったらこいつとジョンとヒナイチと、もしかしたらその他にも、皆で。
 極当たり前にそれを想像し、想像できた自分に自分でぎょっとして思わず勢いよく振りむく。驚いたような顔をしているのは、同居人でコンビ(ビジネス)の相方。……いや。
「な、なにかね」
「~~~~っ。お前っ! まだ居座る気かよ」
 本当はたぶん、別のことが言いたかったのだけれど口にはできなかった。
「はぁ~~? 私が私の城から出る謂れはないが?」
「俺の事務所だっつの‼」

 ギャアギャアとやりあう、これも慣れてしまった日常だ。……日常だと、もう、俺は思っているのだ。
 なんとなく、右ポケットのエコバッグを押さえる。ジョンによく似たキャラメル色の袋。ドラルクによっていつの間にか持ち込まれたもの。当たり前が侵食されていく俺の日常の象徴。

 次の春を約束する誰かを、何と呼ぶのだろう。何と、俺は呼びたいのだろう。

 スーパーの特売日を気にするようになった頃の、春。