ななき
2024-10-17 21:42:05
5866文字
Public 吸死
 

最初の一巡り、或いは寂しがりの退治人が戻れなくなるまで

(ドラロナ)
最初の一年の季節ドラロナ、切り取り5編。
または、退治人の青年が寂しかったと気づくまで。

#2024.9に頒布した同人誌に先行まとめとしていれた短編です。

最初の夏

 
 先日無理やり転がりこんできやがった、居候兼ビジネス上の相方をパトロールに連れ出した。暑さで死ぬから外に出たくないとゴネやがったが、退治人が留守中の家に吸血鬼を置いておけるかよ。ジョンごと砂を外に持ち出して、事務所から離れたところでぶちまければ観念したらしい。今はぶーぶー文句を垂れながらもおとなしく後ろを歩いている。

 蒸し暑い夜。それでも昼間よりはマシな温度の風が半袖の衣装を少しだけ冷やしてくれる。後ろからエンドレスに聞こえてくる文句に額の血管が耐えられなくなりかかったあたりで、ふと、青い海と入道雲のイラストに目を引かれて足を止めた。町内掲示板のチラシの一枚だ。バザーのお知らせ、か。添えられたぐるぐるうずまきの赤い太陽の絵に、ふと隣に問いかける。
「お前、入道雲見たことある?」
「はぁ? なぜ無いと思うんだ、夜でもお空には雲があるんでちゅよ」
「殺した」
 真っ直ぐ叩きつけた拳があたるかあたらないかで、クソ雑魚吸血鬼の身体はザラリと崩れる。が、ぞわぞわとすぐに痩躯を形作りはじめた。塵山と、すがって泣く健気なジョンをみながら、俺は思い切り顔をしかめる。
「お前が死ぬタイミングが分かるようになってきちまった……キショい」
「なら殺すな!」
「殺したくなるようなことすんじゃねぇわ!」

 吸血鬼に居座られて最初に迎えた夏だった。


 なんとなく涼しくなってから、寒いな、と思うまでが秋。独立して事務所に一人で暮らすようになってからはそれすら感じていなかったかもしれない。

 マントの後ろ姿が少し先を歩いている。その足元には可愛らしい丸い背中。最近見慣れてきた二つの背中を照らすのは満月にほんの少し足りない月で、ジャージにTシャツの俺の手の中にはススキが数本。

 ――明日は十五夜だしススキ採ってきてよ。河原に生えてたからさ、昼でも夕方でもパトロールのついででも。ジョンとお月見でもしようかとおもってね。……どれがススキだかわからない? えぇ? これだから最近の若造は。しかたない。ジョン、いこうか。

 そう言って雑魚砂引きこもりとジョンが行き先にしたのは事務所から一番近い河川敷だった。無視してもよかったのについてきたのは、ジョンが誘ってくれたからだ。それ以外に理由はない。ないったら。
 持ち帰ってきた(河川敷で草をかき分けさせられたのは俺だ)このススキは、事務所にも飾られるらしい。

 先ほどみた景色を思い出す。昼も夜も頻繁に歩いたはずの場所に、あんな光景があったなんて。
 ススキの穂は柔らかく月光を含んで輝き、その葉を風が揺らしていく音は優しく――息を飲むほど美しかった。訝しんだドラ公に声を掛けられるまで立ち尽くしてしまったほどだ。

 持たされているススキを月に翳せば、ひやりとする風が揺らしていった。
 まだ暑いなんて思っていたけれど、秋、なんだな。
 浮かんでいる月は、シンヨコにしては珍しいことにおとなしくひとつだけ。ほとんどまんまるの、黄色味を帯びた月。それはつい一昨日、料理だけは上手い砂おじさんが作ったホットケーキを思い出させた。……明日はもしかして月見団子があるんだろうか。実は食べたことがない月見団子。
 くぅ、と腹が鳴って、前を歩くふたつの影が振り返った。くそ、笑ってんじゃねぇよ。
「喜べ、今日はジョンのリクエストによりオムライスだ」
 好きだろう、畏怖して食すことを許す、とふんぞり返る吸血鬼に、そうかよ、と素っ気なく答えた。興味なんかないと示したつもりだったが、もう一度腹が鳴ってさらに一人と一匹に笑われる。それが気恥ずかしいながらも腹が立たないのは、ジョンのかわいさのおかげに違いなく、ドラルクの笑い方が穏やかで弱っちいものだったからでは、ない。ないったらない。

 フワフワの卵が乗った丸い形のオムライスは、初めて食べた。

 オムライス美味かったとも、ホットケーキまた作れよとも、まだ言えなかった秋。