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amarey
2024-10-14 17:04:51
10275文字
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一幕:夜更けの共闘
ドクターのendless残業に遭遇してしまいお手伝いするムリナールさんのムリ博。
このお話のふたりは、特に付き合ってないし関係性も特にまだありませんが、いつかはあります。
博の性別描写はあまりありませんが、うっすらあるかもです。基本は当シリーズ同じ博。
※単語変換は今回何もなくてすみません
ほんの少しだけ居眠りの話(
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=22081768#2
)を前提として書かせてもらいましたが読んでなくても特に違和感はないと思います。
むしろロドス製薬に無いかもしれない制度・福利厚生について書きまくりなので、何でも大丈夫なひと向けです。
表紙お借りしました→
https://www.pixiv.net/artworks/100014582
文字入れさせていただきました→
https://sscard.monokakitools.net/covermaker_pixivview.php
※BABELはこれからBB4のため、イベストと著しく乖離がある場合は修正等行う可能性がありますが、そもそも論でもありますので大目に見てください。
1
2
3
「あなたは他者を信用していないのでは?」
「なるほど。ではきみはそうだったってことかな?」
軽口を返すフルフェイスマスクを被った指揮官に対し、ムリナールは眉を顰めて睨むように視線を向けていた。
退勤時間などとっくに過ぎた時間。ドクターが執務室で書面を見つめていると上背のクランタが現れた。何か用かとドクターが問えば、ムリナールは
――
有り得ない話だが
――
オリジムシでも噛み潰したのか随分と不愉快そうな顔をし、口を開くとともに先の言葉を告げた。
以前マリアから「叔父さんは帰りが遅い日も多かった」と何かの折に触れて懐かしんでいた。そんな日は特にマリアがさみしくないようにとムリナールには黙ってゾフィアが泊まりに来たり、マーガレットがまだ家に居た際は夜遅くまで読んだ本を互いに話したり、そんな日にしかできないことをしていたのだ、とか。
そんな話を聞いていたものだから、ムリナールは他者の時間外の業務にも寛容かと思っていたのだが、それはドクターの早合点だったらしい。
先ほどこの男へ返した承認通知は明日の朝送られるように設定すべきだったと反省し、そしてムリナールの手にある別件の報告書を受け取った。
「きみも時間外じゃないか」
「私はシフト勤務だ」
即座にそう返され、そう指示したのは自分であることをドクターは思い出した。
交代制のシフト勤務。元はあるオペレーターから提案されていたものだったのだが、それを採用に至った経緯はケルシーの不在と稀に起きるドクターの不調が重なったためだった。
ほぼ半日ロドスの中枢に赴かずにいたドクターが見たものは、交代の指示が発生しなかったことによる疲労困憊のまま働き続けるオペレーター達の姿。
中枢に立ち続ける
CEO
アーミヤ
に声を掛ければ、姿は普段通りなのに口振りは明らかに集中力も低下している様子。
必要なのは自主・自動的に勤務交代できる制度、引継の者が来ることで自然と勤務が終わりへと向かう仕組み。それによって保たれる作業品質とオペレーター達の健康。
そんなこんなで暫定的にシフト勤務制度を取り入れたのだが、常勤ではないムリナールをこの日シフトに組んだのは、確かにドクターだった。数日滞在の予定がありその上で具体的な予定は特にないのであればと、そしてロドスの現状についても知れれば、あと他オペレーターとのコミュニケーションなんてものも取ってみてはなどと。
報告書を受け取るも男はその場を去ろうとせず、じとりとドクターを見ている。この場で承認しろ、という圧ではないだろう。そもそもこの報告書自体、期限はまだ先であり本日提出する必要はない。
心配。過保護。過剰反応。
前職での名残、なんてものよりも、例えばそう言う言葉に近しい感情なのかもしれない。
それをそのまま伝えれば恐らく面倒な話と遠回しな侮蔑がもらえるかもしれない。そしてドクターはそれらを特段、必要としていないため口を閉ざしていた。
ドクターの言葉、もしくは納得する答えを得るまで動かないクランタの男へと仕方なくドクターは言い訳のように告げた。
「急に仕事が増えてしまって、切り分けも間に合っていない。この中でも急ぎの対応もあるからそれだけやったら終わりのつもりだ」
「
……
明日の業務開始まであと何時間か、認識しての発言か?」
いまは時計の長針と短針が仲良く真上へと向き、お揃いの時間から少し経過した頃合いだ。そんなことはわかっている。だからそれは丁度良いとすら考えていた。
「それとも、今日と明日の区切りもなく働くつもりか?」
「おやまぁ、バレてしまったか」
くるくるとペンを回し、ぎしりとデスクチェアの背もたれに寄り掛かり、苦笑まじりにドクターは答えた。
「社員の勤務時間超過が常とは、随分と悪質な企業だ」
「やだなぁ。みんなの勤怠管理はしてるよ。超勤は基準時間以内であること。やむなく超過する場合は必ず報告
……
外勤時は後報告でも承認可。数ヶ月内に休暇取得すること、消化せずに溜めすぎると強制的に
……
」
そこで一度言葉を切りひとつ息を吐いてから、続けた。
「数日間、社外へ
追放
﹅﹅
」
「
……
追放?」
そうだよ、と答えるドクターの声色は淡々としていて先ほどまでの感情が消えたように響いた。
「医療オペレーター数名の監視の元、任務として各ポイントを通過し、所定の滞在時間をそこで探してもらう。もちろん後日報告書も提出してもらう。滞在費や飲食費はこちら持ち。去年行った場所はシエスタだったかな。ちなみに対象者以外も希望すれば参加可能」
「それは
……
」
いわゆる慰安旅行なのでは。
喉元まで出かけた言葉をどうにかムリナールは飲み込んだ。追放などと言う強めの単語が出てきたときは何かと思えば、どうやら揶揄われているようだ。もしくは
――
「
……
話を逸らすな」
「ははっ。またバレたか」
消えた感情が戻るように、ドクターは朗らかに笑う。黒色のバイザー越しだが机を挟む程度の近距離では、表情をくしゃりの愉快そうに歪ませていることがよく分かる。
そんなドクターを見て、ムリナールはうんざりとため息を吐いた。そしてしばらく待てども誰も戻らない執務室を見回し、改めてドクターに問い掛けた。
「
……
いつも誰かしらは側にいるはずだが、秘書はどうした」
「ああ、流石にちょっと長く仕事をさせてしまったなと思って。一旦外してもらっているんだ。明日の朝にはアーミヤとケルシーが交代に来るから大丈夫だ」
「明日?」
日付が変わると同時に勤務が終わった男はふと『明日』が何処を指すのか純粋に疑問に思い、そう返した。
「
……
細かいなぁ。そうだよ、もう今日のことだよ。あと数時間だ。だから問題ない」
ムリナールの返した言葉を嫌味と捉えたドクターは唇を不満げな声色で答える。そう捉えられても仕方がないことはムリナール自身も分かっていた。
普段ロドスに立ち寄ることも滞在することも多くはないなか、だと言うのにドクターと顔を合わせると社交辞令はおろかざっくりとした挨拶以外は苦情に近い言葉を伝えがちだった。
それに対して"
大人の対応
のらりくらり
"を当初していたドクターも次第に少しずつ棘を隠さずに言葉を返すことも増えていき、ムリナールも静かに不機嫌そうに応対を返すことを繰り返した。そのようにして居心地数値が下がり切ったあたりで偶然その場に出くわした姪に『えっ、うそ! ドクターのレスバ候補者に選ばれたの叔父さん!? すごい!!』と訳のわからない感動の言葉を告げられた。
そんなやり取りが多いのだからドクターがつっけんどんに言葉を返すこともやむを得ない。
と、考えていたムリナールを、ドクターはバイザー越しに見上げて「それとも」と続ける。
「至らぬ指揮官の事務作業を手伝ってくれちゃうのかい? ムリナール・ニアールさん」
「
…………
」
片手に持ったペンをゆらゆらと揺らし、もう片腕は頬杖をついたまま。
ムリナールは自身の眉間に力が込められることを自覚した。
口から即座に長い下げる言葉を告げようとして、そしてそれを見越したであろう指揮官を睨み返す。
「それが命令ならば承知した」
「
……
えっ!?」
普段、秘書が座っているチェアへ手を掛けるとドクターは慌てた様子で立ち上がった。
「いや、待った待った。ふざけたこちらが悪かった。あなたはいま仕事上がりなんだから手伝う必要も義務も義理もないだろう」
「仰る通り」
ムリナールは深く息を吐き、チェアへと座る。思いの外、高く設定されていたチェアの座面の高さを調整し、そこに改めて座り、ドクターへ恨めしく視線を向ける。
「しかし日中ですら居眠りをする指揮官殿には見張りが必要だろう」
「ぐ
…………
」
以前、まさに居眠りの場面を見咎められたのだが、言葉にせずともその話を持ち出されたように感じられた。根に持たれている可能性すらある。
致命傷でも得たような声をあげてドクターの両腕はもだもだと空を掻く。そしてすとんと椅子に座ったかと思えば小さな声で呟いた。
「
……
業務中は寝ないよ」
「ならば
秘書
アーミヤ
にまだ休まないで欲しいと請われることもないはずだが」
「何だかんだうちに詳しいな!? いや、しかしねぇ
……
」
指摘に痛いところを刺されながらもドクターはなかなか腑に落ち切らない言葉を続けるが、ムリナールはそれすらも興味ないかのごとくすっぱりと問い掛ける。
「では。あなたの机に過剰に積まれた書面のうち、未処理のものについてご教示ください」
「ああ、もうっ
……
ここはチェック済み。ここらへんは明日別のとこに回すもの。こっちの山が
……
」
ざっくりとした書面の説明を終えてからも、ドクターは困ったような声で独り言のように呟く。
「本当に手伝うつもりなのか」
「
……
礼も言えないのか?」
そんな言葉にムリナールは今度こそ嫌味を返したつもりだった。
しかしドクターは一瞬ぴたりと止まり、小さく笑った。
「ふふ。いや、うん
……
そうだね。ありがとう、ムリナール」
ドクターの素直な礼の言葉、それこそ偽りなく告げられた感謝の言葉に、今度はムリナールが驚き、そして短く「ああ」とだけ返した。
+++
そんなやり取りの後、未処理の山へ手を出し始めてそれほど時間も経たないうちに、ムリナールはわなわなと書面を持つ手と声を震わせてドクターに問い掛けた。
「
……
どうして『本日中』もしくは『明日午前中必達』の書類がわんさかと出てくる」
低めの声色と合わない視線。額の皺が随分と深く刻まれており、理解できないという心境が一目で伝わってくる。
ムリナールが手に持ついくつかの書面へ目を走らせて、ドクターは悩ましげな声を漏らす。
「あ〜
……
、ここらへん定時前後にもらったやつか。
……
後続がつかえてるから今やんないとダメっぽいな」
「今? 今とは一体いつを指している」
「今は"今"だよ。"
直ちに
right now
"」
当たり前のようにドクターがそう答えて手にした書面、そして机に散らばる期限間近の他の書面へと目をやるとムリナールはわざとらしく大きく息を吐いた。
「御社
……
失礼。
自社
ロドス
では定時内ではなく明日の朝までを
本日中
﹅﹅﹅
と指す、という認識で宜しいか?」
「それはカジミエーシュジョークか何かかな? そうでないならうちを悪質企業に判定したがるのはやめてくれないか。ここらへんは、その
……
うん、そういう日もあるってだけだよ」
そう言われれば提出に来たオペレーターが気不味げに何かを言いたそうにしてやめた気がする。書類を受け取った際のことを思い返し、ドクターは複雑な胸中となった。
「『そういう日もある』で済ませるのは教育ができない管理職の都合の良い言い訳にしか聞こえないが」
「
…………
」
ちくちくと言葉を続ける元企業勤めの男、そこで得た経験則なのか随分と手厳しく正論じみたことを言う。
教育に重きを置くオペレーターも、教育方針についても建てられている。しかしやはり人には得手不得手があり、戦場を好む者いれば、社内業務専任の者もいる。そしてどちらも担当となる者も。
教えとして伝えたとしても、社内での管理が整っていないために杜撰さが残ってしまう。そしてそれを誰が巻き取って残対応していくかと問われれば
……
答えられることは少ない。
「やはりそう言ったところが他者を信用せず、独力で解決しようとしている、もしくは他者の成長を阻害しているのでは」
「
…………
ごもっとも」
小さく呟いた言葉。
ドクター自身、自らの業務に手一杯になっている場合でもなく、そしてそれらを務めたい事もある。ただそれを理由に目の前の事象を放り投げて良い理由にはならない。
一言だけ返すのみに止めていると、広げられた書面がざっと回収される。
ドクターが視線を上げるとクランタの男は変わらず仏頂面だった。なのに少し耳が傾いているように見えるのは角度の問題だろうか。
「一旦、私の方で仕分けをする。業務の全てを把握できているわけではないのであなたに随時確認を行うことになるが
……
何かご不満が?」
「いや
…………
」
両手を組んで頬杖をつく。そこに首から上を支えるようにして、ドクターはムリナールを見た。
「
……
成る程ね。きみ、そういう調整もできるんだ」
声色が少し和らいだ自覚はある。それがそのまま伝わってしまったのか、ムリナールは一度瞳を細めて、すぐに顔をそむけて席へ戻った。
「できるできないではない。ただやるだけだ」
そしてそのまま文字を追うよう斜面へ向けられた男の顔をドクターはふぅんと頷き、呟いた。
「それは上長の命令なら大体のことはやってくれちゃうって意思表示かな?」
「
……
なるほど。やはりハラスメント体質の企業でしたか、ロドス・アイランド製薬は」
「しまった。誘導尋問だったかこれは」
また軽口を挟めば応対するように返された言葉に、ついつい気が緩んでしまう。
時計の針を見直してそんな悠長な時間ではないことを認識し、そう言えばとムリナールに告げる。
「さっき言いけど、超過勤務の実績入力もよろしく頼むよ。忘れずに」
「無賃労働の間違いでは?」
「だから〜〜
……
」
時計の針がそれからお揃いの瞬間が三度目を迎えようとする頃合い。
ドクターのデスク上には本日期限の処理もあれば明日午前期限のものも、まだまだある。
それならまだしも期限超過している書面もどしどし出てくる始末なものだから、ドクターは一度奇声を上げて勢いよくソファは飛び込んだ。そんなドクターの襟首をムリナールは掴み上げてデスクチェアに座らせ、自身もコートと長剣をソファへと預けることとした。
せめて明日の業務は午前休を取らせるべきだろう。
互いが互いへそう考えていることなど、どちらも気が付くわけもなかった。
そうしてムリナールが承認可否もしくは問合せ事項の更なる問合せ先、それぞれの判断のため書面と睨み合う間に、ドクターは別件ひとりで苦しんでいた。
「わ、やば
……
あぁ、だめ
……
」
「
…………
」
か細く響く悲鳴に意識を削がれて顔を上げたムリナールの目に、書類棚の前で踏み台の上で背伸びをしたまま動けなくなっているドクターが映った。
目を離したとは言えまだ書面の字を追い考えるムリナールの思考は、その状況判断に時間を要した。
「む、ムリナール
……
」
「何か」
「助けて
……
落ちちゃいそ
……
」
本棚の上の方の物を取ろうとして、崩れそうになっている。台に乗ってつま先立ちでギリギリ届く指先でそれを抑えている。
「何をしてるんだ
……
」
そう呆れた様子でムリナールは立ち上がり、そしてドクターがひんひん言いながら指先で抑えていたファイルを棚へと押し込んだ。
「え、あ、え?」
そして踏み台の上でつま先立ちのまま落っこちそうになっているドクターの脇へ両手で抑え、ひょいと持ち上げてそこから降ろす。
ドクターは不思議そうで不本意そうに、疑問符がいくつも並んでいるようにバイザーの向こうで何度もまたたきをしてムリナールに見ていた。
「は?」
そんなものを見せられてムリナール自身、短く声を漏らして同じく頭上に疑問符を並べることになった。
そして一瞬、何もわからないもの同士で向かい合う時間があり
――
ドクターが状況を理解して、先に正気に戻った。
「
……
いや、私じゃない! 私は降ろさなくていいッ
――
ったぁ
……
」
ばしん、と思い切りドクターの裏拳がムリナールの胸筋を打った。が、ドクターの手がただ痛みを得て負傷しただけだった。
そしてムリナールは表情を崩さない中でも、ドクターの意図したことを遅れて理解して、自身の間違いをひっそりと恥じていた。
「もう! 結局取りたかったファイルが取れてないよ!」
「そのようなことは聞いていない」
文句を言いながらもう一度踏み台に乗るドクターと、ファイルを取ろうとするムリナール。
同じものを目掛けて二人は同じように本棚へ視線を向け、真横にいる存在を失念してしまった。
どんっ、とお互いの肩がぶつかるくらいに突然距離が近くなり、あまりにも近くて
――
心臓が飛び跳ねた。
「わっ
――――
あ」
ぶつかった勢いと驚いたドクターは一歩後ろに下がろうとして、しかし踏み台にはもう足場がなかった。
咄嗟に手を伸ばし
何かに
﹅﹅﹅
指を掛けようとするもそれはつるりと滑った。
そしてドクターは足を踏み外してそのまま後ろへと倒れる
――
ことはなく、途端に倒れ込む方向とは逆へと強く引き寄せられた。
身体が潰れるんじゃないかと思うくらいに強く押さえつけられ、んぎゅぅ、と声が漏れそうになった。両肩をすっぽりと包み込む力強い腕と、男のワイシャツに押し付けられるような形で床に座る自身の身体。
それらを理解してドクターは呆けたまま再び数度またたきをした。
「だから一体、何をしているんだ
……
」
「
…………
」
間近に男の声が響き、安堵に大きく吐かれた息がバイザーに当たる。
「び
…………
」
へたり込んだままドクターはムリナールを見上げ、両腕を縮こませた。
「っくりしてる
……
」
「それはこちらが言いたい」
「心臓が口から出てきそう」
「出すな」
もしかしたら口から出なくても居場所を間違えて耳の裏に来てしまったんじゃないか。そう思えるくらいにドドドと速い鼓動が非常に喧しい。危機を察知した反動だとしてもあまりにもうるさい。うるさすぎる。
まるでひとりぶんのそれではないように。
「足元もおぼつかないのであれば少しは休憩を取ってはいかがか」
ムリナールの悪態を耳にして、ドクターは暫く押し黙っていた。ごねるつもりなのではとムリナールが警戒していると
「
……
そう、するよ」
以外にもドクターはあっさりとそこ進言を受け入れる答えを返した。
すっと立ち上がり、しかしふらふらと覚束ない足取りで仮眠室へと続く扉の前に向かう。扉の前に辿り着くとぴたりと止まり、振り返らずに告げる。
「ああ
……
だからムリナールも、いま手にしているものを仕分けたらそれで終わりで構わない。では
……
」
そう言い終え、ムリナールが短く返事をしたことを確認すると、ドクターは扉を開けて執務室から離れた。
扉の向こう、フードを脱ぎ、バイザーもフルフェイスのマスクも外す。
そして黒のコートを脱ぎ捨てようと手を掛けたところでやっと、大きく息を吐き、顔を両手で覆った。脱ぎ掛けのコートが肩にだらしなく下がるのも気にせず、ドクターはずるずると床にへたり込んだ。
「びっくりした
……
」
実際にはまだしている。心臓はずっとどくどくとうるさいくらいに鼓動している。
鏡なんて見なくてもわかるくらい、いま顔色はひどいものだろう。
『報告は以上だ。これで失礼する』
そんな言葉が返ってくるだろうと、そう返させようと思って叩いた軽口により業務上がりの男を捕まえ、その結果がこんな事態だ。
すぐにでも見限って帰るかと思えば帰らず、促してみればそちらはどうなのかと詰めてきて帰らず、結局もうすぐ明け方という時間まで繋ぎ止めてしまっている。
落ちないようにしてくれたのは感謝しているが、とは言え落ちたところで臀部を痛める程度。
それなのに随分と丁重に扱われてしまった。
そう、丁重に。
「〜〜〜〜〜〜〜ッ」
目を閉じると直前に抱き止められた感触が思い出されてしまい、ドクターは慌てて目を開けた。
顔どころか体中が汗ばんでしまっている。
あつい。冷や汗などではなく、顔が熱くて仕方がない。
「なにも
……
」
小さく呟いてのろのろと仮眠用のベッドへと潜り込む。
また目を閉じると感触を反芻してしまいそうで、ドクターはどうにか目を開けたまま横たわった。でもすぐに、目を開けていてもあまり変わらないことにも気が付き、為すがままに目を閉じた。
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