しくるの納戸
2024-10-06 11:36:04
11927文字
Public 影日
 

プロポーズならあの世でしてよ

影日/海外移籍後
甘くない朝チュンと出来てないプロポーズの話。

※最終回ネタバレ
※全年齢ですが性描写を匂わせる表現があります。



 フィウミチーノ空港に向けて、影山の黒いレヴァンテが高速道路(A91だっけ、忘れた)を駆ける。安全運転でってお願いしたはずなのにもの凄いスピードを出してるからヒヤヒヤしたけど、これでも法定速度内らしい。マジかイタリア。
 車内は案の定というべきか、冷房を効かせても影山のにおいが染みついていて、出てくる前に一発ヤっておいて良かったと、俺はもう流石に勃たない股間をチラ見して安堵の息を吐いた。
 まあ、タイムアタックした分めちゃくちゃ疲れたけどな!
 そんなこんなで助手席で質の良いレザーシートにくったりと凭れながら、俺はハンドルを握る影山に問いかけた。
「セキニンって、結局何なの」
「あー……結婚じゃねーの?」
 絶対何も考えてなかっただろ。
 自分から言い出しておいてなんで疑問形なんだよ。それに。
「結婚はしたくないって、お前が言ったんだろ」
「今は、っつっただろ人の話ちゃんと聞いとけボゲ……いつかそういうの、考える余裕が出来たら」
「それいつの話だよ」
………………俺が死ぬ時」
 たっぷり考え込んでおおよそ二十秒。右側を走る車を三台追い抜いてようやく出てきた回答に、俺は爆笑した。
「コート降りる時!?」
 嘘だろ、こいつが、バレー出来なくなったら絶望するようなヤツが、コートを降りる時の話してる……
「笑ってんじゃねえぞ!」
「仕方ないだろ!」
 だってめちゃくちゃ面白い。
 それと同時に、俺もコイツも大人になったんだな、と当たり前のことを考えた。
 ずっと、ずっと、前だけ見て走り続けながら、視界の端にいつだってチラつく『引退』の文字。
 宮城のあの春が、ぶっ倒れてコートから立てなくなった春の光景が、脳裏に浮かぶ。
 背中に向かって腕を伸ばしてくるソイツはまだ遠い。まだ追いつかれてたまるかと走りながら叫び続けているけれど。
 昔、佐久早さんは「運が良い」と言っていた。
 注意深く手を尽くして、けれど今日バレーをやっているのは運が良いからと。
 俺も、ちょっと、分かる。
 頑張っても手を尽くしても、どうしようもない瞬間は、いつでも手をこまねいている。
 ——生まれてからずっとバレーボールと共に生きてきた、コイツの後ろでも。
……じゃあ、お前が死んだら今朝の、もっかい言って」
「今朝の、って何だ」
「トスと俺だけでいい、って」
 俺、それ好き。
 そう言えば、影山はフロントガラスを睨みながら、もに、と唇を動かした。
……そん時、覚えてたらな」
「それでいいよ」
 だってお前、たぶん忘れないから。
 それが何十年後の話だって、お前は俺の言ったこと覚えてるよ。
 
——期待してる」
 
 俺は、ドアミラー越しに、まだ遠い未来の影山に向かって笑んでみせた。
 
 
 
「で、俺もコートで死んだら応えてやるから待ってて」
「ふっざけんな待つのはお前だボゲェ!」
「勝負するか?」
「指輪二つ」
「いいぜ、最後ん時の年俸三ヶ月分な」
「ノッた」