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榊
2024-10-01 18:05:13
10492文字
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スミイサ
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方舟
支部にあげてるスミイサ③ 複座軸 コパイサ感覚異常もの
最後のページにオマージュした映画の名前出してます
1
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3
4
「ニーナ中尉! すまないが、イサミを診てくれないか! 俺がオルトスを降りた時にはもう意識がなかったんだ」
簡易的な救護所のドアを蹴破らんばかりに入ってきたのはルイス・スミスだった。呼ばわれたニーナは反射的に腰を浮かし、スミスの腕の中でぐったりと脱力している男に目を向けた。顔から首にかけて血に濡れているのがわかる。
「ルーテナント・アオ
……
出血しているわね。外傷は?」
床に清潔なシーツを広げ、ニーナはイサミをそこに下ろすように指示した。本当なら、柔らかいベッドで見てやりたい。それでも救護所は手一杯で、人類の命運を背負った若者一人満足に寝かしてやることができないのだ。
「外傷は負っていない
……
はずだ。今日俺たちは一度も被弾していない。コックピット内部でどこかにぶつけたということは流石に無いと思うんだが
……
」
イサミを下ろしたスミスは、そわそわと自らの腕を掻き抱いている。ニーナはスミスの体にも目を走らせたが、いうとおり外傷はないようだった。
「なにか様子が違ったということはない?」
ニーナはイサミのそばに跪き、手首を取り、胸の動きを確認した。どうやら脈も呼吸もあるようだが、意識だけがない。横向きの回復体位をとらせ、顔の血を拭ってやればやはり外傷はなく、鼻血か口腔内からの出血だろうと思われた。
「様子
……
わからない、いつもよりも調子が良かったくらいなんだ。うまくは言えないが、索敵までのスピードが体感で数コンマ秒速いというか
……
ただ、いつもより無口ではあったかもしれない」
イサミを運んできたスミスの手は血に濡れていたが、意に介さない様子でスミスは自分の頭を掻いた。血と埃に塗れたブロンドはすっかりくすんでいて、平素の輝きが嘘のようだ。
「そう
……
」
ニーナの視線が、じっとイサミを捉える。いくつかの器具を貼り付け、簡潔な診察を行うが、異常は見当たらない。イサミは眉を寄せ、浅い呼吸を繰り返していたが、意識が戻る様子はない。
「ごめんなさい、現状では確かなことは言えないわ。疲労か、他の何かか
……
今すぐ命に別状がないことは確かよ。ここより、彼の自室か
……
あなたの部屋で休ませてあげて。いつでも連絡はつくようにしておくわ」
ニーナは首を振り、眉を下げた。ニーナがイサミにしてあげられることは一つもなかった。
スミスが小さく口の中だけで何事か、スラングを吐き捨てたのがわかった。ニーナへの暴言ではない、何に対しての悪意でもない、強いていうのなら、スミスが呪ったのは世界だろうとニーナにも想像がつく。
「わかった。あなたも忙しいのに、すまない。ニーナ中尉」
「いいえ、いいのよ。これが仕事だから」
眉間を揉んで平素通りの表情を作ろうとしたスミスに、ニーナは微笑んだ。スミスが意識を失くしたままのイサミの膝に手を入れて、再び抱き上げる。
「スミス中尉」
背を向けて去ろうとしたスミスに、ニーナは声をかけた。
「彼を部屋で休ませたら、あなたにだけ話があるの。少しだけ戻ってこられるかしら」
スミスは腕の中のイサミとニーナを何度か見比べて、深刻な顔で頷いた。
「それで、話というのは」
雑多な救護室ではなく、ニーナ個人に与えられた私室に呼び出されたスミスは、緊張からわずかに声を上擦らせていた。ただでさえいきなり意識を失ったイサミが心配であるだろうし、そのタイミングでニーナから、それもスミスにだけ話したいことがあるなどと言われれば不安が募るのも当然だ。
「楽にして構わないわ。
……
と言っても、そんな心境じゃないかもしれないけれど」
困ったように笑うニーナは、数枚の書類をスミスの前へと滑らせた。
「これは
……
」
「ええ、ライジング・オルトスの仕様書よ。私にはTSのことは門外漢だけど、ひとつだけわかることがある」
ニーナのささくれだった指先が、書類の一点を指差した。こんなことになる前はよく手入れされた滑らかな指だった。
「ここ、オルトスとコパイロットとの脳波リンクの仕組みなのだけれど──」
それからニーナは、訥々と語った。メインパイロットのスミスでさえ知らなかった、オルトスの仕様を。
脳波を使用した、ライジング・オルトスとのリンク。定められた時間と頻度を守らない場合、コパイロットの感覚神経はライジング・オルトスに最適化され、人間にとっては過敏になりすぎたそれは、人体に苦痛をもたらすことが起こり得る。
「なんてことを、それじゃあ、イサミは
……
!」
檄し、立ち上がりかけたスミスを、ニーナは手で制した。
「落ち着いて、スミス中尉」
「落ち着いてなんて、いられるわけがない! こんな仕様、どうして
……
!」
「ルーテナント・アオは承諾しているわ」
「っ
……
!」
スミスはぎゅっと拳を握り、自らの太ももに叩きつけた。俯いた表情は、ニーナからは窺えない。
「スミス中尉。私が今話したことはね、最悪の想定なの。ライジング・オルトスの設計者たちはこんな運用を想定していなかったわ。それは確か。それが、ここ数日の連続搭乗で表面化した。ルーテナント・アオは当事者だから、万が一のことも知らされていたけれど
……
そんなことは起こらないように、医療チームも開発チームも皆が努力していた。もっとも、こうなってしまっては言い訳のしようもないけれど」
スミスは詰めていた大きく息を吐きだした。落ち着こうと努力しているのが、肩の上下からニーナにも伝わった。
「
……
わかった。それで、イサミは治せるのか? 何か俺に、彼にしてあげられることは」
「
……
オルトスとのリンクは、恒久的なものではないわ。彼の神経がオルトスに慣れてしまったように、また人としての生活に慣らすことで少しずつ元に戻っていく。でも、それまではかなり、苦しむことになる」
スミスの蒼色の瞳がニーナをじっと見据えていた。ニーナが少しでも自己保身に走ったり、真実を隠蔽しようとしたりすれば、その瞬間スミスはニーナの肉を喰らい、骨を砕くだろう。そんなことはありえないとわかっていても、そう思わせるほどの迫力の視線にはあった。
「何に例えれば分かりやすいかしら
……
そうね、少しスケールが小さいけれど、暗闇に慣れた瞳には一般的な照明の光量でも眩しく映り、目を閉じずにはいられないでしょう? 今の彼はそういう状態にあるはず。特にオルトスで使用している視覚と聴覚ね。彼にとってこの世界は、騒音に満ちた極彩色のカオス。望むと望まざるとに関わらず、彼を取り囲む全てが、人間の処理能力を超えた速度で彼の脳味噌に入り込む」
ニーナは、過不足なくイサミの状態が伝わるように言葉を選んだ。発言を重ねるたび、じわりと室内の温度が上がるような錯覚に苛まれる。
「さっき気を失ったのは重度の脳疲労によるもので、鼻血もそのせいだと思うわ。でも、眠っている方が彼にとっては幸せだとも言える」
机上に載せられたスミスの拳が、力を込められすぎて軋む音が聞こえるようだった。
「目が覚めれば彼は、過敏になった感覚でこの世界に放り出される。きっとそれは
……
ひどく、不快なはず」
くしゃり、紙がしわつく音を立て、それが自分の指先からした音であることにニーナは遅れて気がついた。ニーナだって本意ではないのだ。このような未完成の技術を実戦に投入し続け、兵士の命を危険に晒すことは。
「あなたが彼にしてあげられることは、残念だけどそう多くないわ。ただ、彼の安心できる場所を作ってあげて。自室で一人にしてあげるのでも、あなたが一緒にいてあげるのでも構わない。彼のことは、あなたの方が詳しいと思うから」
ニーナの言葉を受け、スミスはしばらく黙っていた。俯いた視線がどこを見ているのか、何を考えているのか、ニーナに伺う術はない。
「
……
わかったよ。教えてくれてありがとう。それ、本当は俺に教えちゃいけない情報だろ?」
「あら、お見通しなのね、中尉」
顔を上げたスミスは、小さく微笑んでいた。ここ最近居座って消えない目の下のクマが痛々しく、作り笑いであることは明確だったが、ニーナはその演技に乗るしかなかった。
「そりゃ、俺に言っていいことだったらもっと早く共有されてるに決まってる。俺がこれを聞いたら、こんなものにイサミを乗せられないって騒いだろうからな」
ニーナも薄く笑みを作ったが、それに頷くことはできなかった。そのとおりだからだ。だから、ニーナたちがしたことは騙し討ちなのだ。スミスの大事な人を、そうとは知らせず危険に晒した。人類のために。本人が同意していることは言い訳にならない。イサミが是というのもわかっていたからだ。イサミが乗らなくてもスミスはやるだろうし、イサミより適性の劣るコパイロットを載せたオルトスがどうなるか、それに乗ったスミスがどうなるか、イサミが考えなかったはずはない。
「
……
ごめんなさい、スミス中尉。私にできるのはここまで」
「十分、感謝してるさ」
スミスはそう言って、席を立った。くるりと振り返ってしまったその向こうで、どんな表情をしているのかニーナにはわからない。
「では、ニーナ中尉」
「ええ、また。スミス中尉」
最後まで振り向かないまま、スミスは部屋を出た。
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