ライジング・オルトスの後部座席で、酷い頭痛に耐えながらイサミはぎゅうと目を瞑っていた。視覚情報は邪魔だ。どうせオルトスの内部とメットを被ったスミスの後頭部しかこの、人間の目には映らないのだ。それらは目の前のこの男を生かすことに少しも関係がない。どくんどくんと脈動する自分の心臓が五月蝿い。いっそ止まってしまえばいいのに。血液に氷水を流し込まれたように手足が冷たい。全部全部どうでもいい。自分の身体感覚などに神経を使っている余裕は、今のイサミにはなかった。
新たにオルトスの視野に捉えた敵性個体にイサミはマーカーをつける。一度マークしてしまえば、オルトスのAIの力が借りられる。一度視野から外しても再追跡は容易だ。
言葉はいらない。発声には時間がかかるし、なにより音は遅すぎる。イサミはただ、オルトスを通して見る外の様子にだけ神経を尖らせていた。極限状態は思考を単純化させる。オルトスの目や耳となって外を観測すること。イサミがやるべきなのはそれだけだった。イサミが敵を捉えれば、スミスが狙撃する。逆にイサミが見逃せば、オルトスごと攻撃されイサミだけでなくスミスも死ぬだろう。絶対にダメだ。そんなことは起こってはならない。
オルトスの視界から、マークされた敵が少しずつ減っていく。スミスが撃墜しているのだ。烈華よりもイクシード・ライノスよりも速く滑らかに駆動する機体。イサミは振り落とされないようにするので精一杯だ。だって普段自分の体もTSもこんなに速く動かない。我知らずイサミの眉間に皺が寄る。酷使した脳が割れるように痛んで、それでももしイサミが索敵を止めれば、比喩でなく頭蓋が割れるだろう。
ぷつり、鼻の奥で粘膜が切れた感触がしたが、それもどうでも良かった。生暖かい感触が喉をくだる。鉄錆の匂いなんて、嗅ぎ慣れてしまって今更気にもならない。
「イサミ、作戦終了だ! ベースへ帰投する!」
この声は、どっちだったっけ。気にかけなければいけないものとどうでも良いものの境界がイサミの中で溶けていく。この声はとても、大事なものだったような。それでもオルトスの中にあるのだから、やっぱり不要なものだったろうか。
「イサミ、聞こえてるか? イサミ?! 応答しろ!」
動詞で始まる命令文に、兵士として刷り込まれたイサミの本能が反応する。応答しなければ。口を開いて、声を出して、──喉は、どのように使うんだっただろうか? 宇宙に放り出されたような感覚がイサミを襲う。その不快はオルトスではなくイサミに与えられたものなのだから、やっぱりイサミが検討する必要はないものだった。
瞑ったままの目を開ける方法も、自分の体がどこにあるのかもよくわからない。それでも、オルトスが基地に近づいていることだけはわかっていた。ハンガーにたどり着くまで9秒。半径3キロ圏内に敵性個体無し。今日も、スミスと生きて帰れる。
それだけを確認して、イサミの意識はふつりと途切れた。
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