お月様は見ている

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。

十五夜を楽しむ恋人同士。
月はあなたに似ている、とウ教に微笑むハ♀。

たたら場の屋根上は、里中で空に一番近い場所。

十五夜の空には、雲一つない。

普段は淡い月明かりが、今夜は一際 ひときわ、純白に輝いて、太陽のように夜闇を照り渡している。

人気はなく、とても静かだが、不穏や寂しさはない。

葉を落としても堂々と月下に そびえる桜の枝振りは、まるで珊瑚礁のようで、海底にいるのかと錯覚するような美しさ。

昔話に出てくる月の姫の都は、もしかしたらこんな世界かもしれない。

……とっても明るくて、優しくて。こういう月って、特にウツシ教官みたい」

思いついたように呟いて、静けさを震わせた声の主は、たたら場の屋根上に座って、空を仰ぐ里の英雄『猛き炎』たる娘。

その隣に寄り添いながら「え?」と首を傾げ、彼女の横顔を見やった屈強な人影は、名を呼ばれた本人。
英雄の師であり、相思相愛の想い人であるウツシ。

「俺みたい? あ、俺、ジンオウガのモノマネで遠吠えしたりするからかい?」
「ええ? あはははっ、そうじゃないです」

 空を、月を仰いだまま笑った娘の手が、自分とウツシの間に向かって、おもむろに伸ばされる。

 其処には、黄唐茶色 きがらちゃいろの竹皮の上に積まれた、ちょうど今の名月のような純白の月見団子が積まれていて、上の部分は既にいくつか欠けていた。

彼女の手がまた一つ、団子の山を掘削 くっさくし、流れるように口の中に頬張る。

この月があなたのようだ、という言葉の意味が本気で分からない様子の、純真な師の言葉の可笑しさと愛しさを落ち着かせながら、想い人である人への適切な言葉を選ぶ、思考の いとま

娘の言葉を待つ間、ウツシも月見団子に手を伸ばす。

こんな調子で、二人は月見の最中に語らいながら、里では珍しい串に刺さっていない団子に舌鼓を打っていた。

ごくん、と喉が鳴ったのは、ほぼ同時。

娘は「ふふふっ」と余韻のように笑いながら、空で強く輝いて自分たちを、里を包み込む月を見つめ直す。

「教官、私ね。ハンターになってから結構長い間、夜の狩猟が怖かった時期があるんです」
「夜は本当に暗いし、モンスターによっては動きが活発化するからね……最初は誰だって怖いさ。俺もハンターになってしばらくの間、夜が怖かったものだよ」

懐かしむように告げたウツシをちらりと横目で見ながら、娘が「本当に?」と眉を下げ、息を吐き出すように笑った。
常に純新無垢であり、誰より腕の立つ師の言葉だが、たまにそれが本気か冗談か分からなくなることがある。愛する男性でもあるが故だろうか。

不意に、そんな彼女の目はゆっくりと、微かに伏せられる。

英雄と呼ばれる前、今やすっかり遠い昔のように感じられる日々のことを、あの時の心の揺らぎまで、自身の記憶の引き出しから繊細に、丁寧に取り出して。

「あの時は夜の狩場が怖くて不安で、どこからモンスターが来るのかって緊張しっぱなしで。でも……ふと、空を見たら、今日みたいに綺麗な満月があって。時期的に、本当に同じ月かもしれません」
……安心、できたの?」
「とっても。まるで、あなたが傍に居てくれてるみたいで……本当に心強くて」

月明かりに温もりさえ覚えて微笑みながら、娘が隣で寄り添うウツシに顔を向けた。

彼の満月のような金色 こんじきの瞳は優しく揺れて、今、自分の笑顔だけを映していることにも、ほっと安堵する。

何となく、あの時に感じた安堵と似ていると思った。

名月は、未熟な緊張と恐怖に寄り添うように、とても柔らかな光を放ち、優しく包み込んでくれた。

──俺は、いつもキミを見守っているよ。

名月は、最愛の人と同じ言葉を、声が無くとも伝えてくれているように感じられた。

震えていた心は温かく満たされ、最愛の人が手を添えて支えてくれたように、両足から、全身から怯臆 きょうおくは消え去り、強く奮い立つことができた。

──大好きなあなたが、本当に、近くに居てくれているようで。

「月が……本当に、今日みたいに明るくて、優しかったんです。いつも私を見守ってくれる、あなたみたいに」
……隠れてしまっても、大丈夫だった?」
「はい! 雲の向こうにいてくれますから! そう思ったら、遠い里からあなたが見守ってくれているような気がしてきて。怯えてカッコ悪いところなんて見せたくなくなって、頑張れるようになりました」
……。カッコ悪い、なんて……思ったことないよ」
「えっ?」

微かなウツシの声は、娘の鼓膜を震わせる前に、月明かりの中に掻き消える。

言葉も声量も全て計算づくのような様子で、彼は娘の真ん丸に開かれた双眸に意味深に、鷹揚 おうように笑いかけた。
吸い込まれそうな月の瞳の奥に、彼の真意と想いは隠れている。
それは娘本人を前にしても、優しさ故に雲の中に隠れたままで。

「ふふふ、何でもない」
「え? え? 気になるじゃないですか、何て? 教えて下さい」

いつも溌剌 はつらつに、とても明瞭に発音するウツシの、確信犯の微声。

頬をぷくりと満月にも似て膨らませ「ずるい」と身を乗り出した娘に、彼はとろりと金色の瞳を細めた。

満月から三日月に変わった、その瞳の あでやかさに、娘の胸がどきんと跳ねる。

ウツシは「ふふっ」と意味深に笑いながら、そっと片手を伸ばして、彼女の頬に添えた。

ごつごつとして少々硬く、けれど温かく優しい、唯一無二の甘い感触に、娘の体はぴくりと小さく跳ね上がる。
武器を握る者らしい頑強さと、愛する人の肌を求めて吸い付く柔らかさ。
全てが調和した優しい強者 ツワモノの手に、すっかり心を掴まれている。

彼の金色の眼差しに射抜かれ動けず、月の魔性に囚われたように目を離せないままで。

三日月の瞳のまま月光を浴びて、ウツシは「ふっ」と愛しげに吐息を漏らした。

……俺はいつも、どんな時でも……キミを見守っているから。だから……安心してね? 愛弟子……俺の愛しい人よ」

ゆらりと、ウツシの顔が、更に娘に近付いて。

「──あ……!」

愛しい熱が、温くて蕩けそうな風が、娘の鼻と陰った唇を くすぐる。

@acadine