返す言葉も無い

ほにゃっと時空コノチャ♀
妻可愛すぎ問題に直面して見通しの甘さが露呈して後悔の念に苛まれるコノエの話。

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 帰宅後も、チャンドラはいつもよりテンションが低い。
 コノエはせがまれるまま子どもと遊んで、ランチを作って食べさせ、また子どもと遊んで、昼寝させ、その間に夕飯の準備をして、子どもが起きたら夕食を済ませ、チャンドラが子どもとシャワーを浴びている間にキッチンを片付け、子どもからの「今日はパパと寝る!」という嬉しい要望に応えて寝かせるついでに離れていた三カ月の間のたくさんの話を聞いて、やっと寝てくれたので急いでリビングに戻ったら、まさかの無人だった。

「ダリダ?」
 やっと夫婦の時間だと期待してやってきたリビングはシンとしている。落ち着いたクリーム色のインテリアにアクセントとして選んだ濃いブルーのソファー。夜用のオレンジ色の間接照明と窓際の満月の形のペンダントライトが淡く光って雰囲気は最高なのに、その空間で一緒に過ごしたいチャンドラが居ない。
 避けられている可能性が無視できなくなって、ぞわりと背筋の悪寒に震え、踵を返して小走りで寝室に行くも姿はない。
 ドッドッと響く己の心臓の音が煩い。焦りつつ書斎に行くとドアが僅かに開いていて、中を覗けばまさかのパソコンデスクの前で難しい顔をしながらキーボードを叩いている。
 書斎のドアを開けておくのは子どもの夜泣き対応のための習慣で、一応ノックしてから声をかけた。
「ダリダ?」
 声をかけるとすぐに気づいて振り返ってはくれた。
「あ、寝かせつけありがとうございます。ちょっとだけ仕事していいですか」
「も、もちろん。いいよ」
 本当は仕事なんてしてほしくないが、散々仕事に追われて三ヶ月も帰ってこれなかったコノエにダメと言えるわけもなく。
「リビングで待ってるよ」
「待たなくていいです。疲れてるでしょう、先に寝てくださ」
「全く疲れてないから、待ってるよ」
 独り寝なんて絶対無理で、食い気味に待つと宣言してからすごすごとリビングに戻るコノエであった。
 リビングを通り抜けキッチンに入ってシンクの前で両手で顔を覆って深いため息を吐く。
 やはり、三ヶ月帰れなかったから怒っているのだろうか。コノエは死ぬほど楽しみにして帰ってきたのにまだハグもしていない。
「は?」
 事実に気付いて戦慄した。
「そんなことがあり得るか?」
 思わず呟いた声が震える。娘が嬉しそうに笑ってたくさん甘えて抱きついてくれたから感動で気づいてなかったが、久しぶりに会った夫婦がハグもキスもなく寝るなんて本気で嫌われているのでは?
 コノエはポケットから端末を出し、ハロの記録しているデータのチェックをする。
 録音記録、音声通話、メッセージのほぼ全てがハインラインの作ったフィルタリングで精査され異変があれば通知が来るのだが、この三ヶ月は特に変わりないルーティンをこなしている様子で確認すべき通知はない。
 娘のハロのチェックもする。こちらもバイタル記録に熱を出して数日調子が悪い日があったり、転んで擦り傷を作った日があったくらいで基本的には元気だし、それらはチャンドラからも通信で話を聞いている。
 再びチャンドラハロのデータを見直すが、ここひと月はバスタイムの時間が延びているくらいの変化しかない。それも精々五分から十分程度で毎日というわけではないし、トイレと風呂にハロを持ち込まないというのはルール違反ではない。大方、半身浴でもしているのだろうと思われる。
 それを踏まえてざっと異変がないか確認したが、無い。
 職場での会話の記録も世間話の範疇を出ないし、チャンドラの会社用端末のメールも改めて確認するが、問題のあるものは事前に弾いて自動返信メールで対応しているし、それ以外の個別に対応すべき事案もコノエが仕事の合間にかわりに処理してあるのでここも異常はない。
 同僚以外の男との会話記録はノイマンとハインライン、フラガ以外には無し。他の男に心変わり、という線は薄そうだがコノエ自身に愛想を尽かしているという可能性は捨てきれない。
 やはり三ヶ月は長すぎる。自分なら途中で「仕事と自分どちらが大事なんだ!」などと言いそうで怖い。我ながらめんどくさい重たい男すぎるが偽らざる本心だ。
 そもそも可能ならとっくに退役している。一応、帰化する時にオーブ政府と交わした密約はあるのだが色々と理由を捏ね回せば反故にすることは可能だ。
 そんなコノエがこの三ヶ月を耐えられたのもチャンドラが毎日通話に応じて話を聞いてくれて、励ましてくれて、コンパスの指揮官という仕事の重要性と、そこで働くコノエが好きだと言ってくれたからである。
はぁ」
 再び頭を抱えてため息をつくコノエ。
 混乱してきた。とりあえず一旦落ち着くために何か飲んだ方がいい。ついでにチャンドラの飲み物も作って運べば少しは会話できるかもしれないとコノエは冷蔵庫を開けた。

 ほんのり甘いほうじ茶ソイラテを丁寧に作りながらウイスキーのロックをちびちびと舐めていたらチャンドラがキッチンに来た。
 髪はおろしたままで、コノエのTシャツとコンパス時代の官給品の短パンという完全オフモードの部屋着姿が愛らしい。
「あれ、まだ起きてたんですか」
ああ、まだ眠くないからね。終わるのを待ってるよ」
 コノエが起きていたら不都合と言わんばかりの態度に初手で心が折れかけたが何とか平静を保って返答することに成功する。
「ありがとうございます。すみません、なんか急な仕事が入っちゃって」
「忙しいね」
「そうですね。ちょっと
 歯切れの悪い返答。さりげなくそらされる視線。
 嘘だな。とコノエは直感で理解した。
 チャンドラは親しい相手に嘘をつくのが下手だ。赤の他人にはすらすらと嘘がつけるし駆け引きもできるのに、ノイマンやラミアスに嘘をつくと罪悪感からかあからさまに目が泳ぐ。
 最近はコノエに対してもそうで、信頼されていると思うと嬉しい反面、嘘をつかれるとすぐわかるので困ってしまう。
 嘘をつかせているのは自分だ。何か原因がある。それが理解できていないことに焦りがつのった。コノエは慎重に言葉を選ぶ。
「どのくらいかかりそうかな? 今日は一緒に眠りたいしできるなら少し話もしたい」
「あえーと、あと、一時間くらいですかね」
「そうか。お茶を淹れたからどうぞ」
「ありがとうございます」
 一応、笑ってくれたが無理しているのが丸わかりだ。
「私に手伝えることはあるかな?」
「守秘義務があって」
 ぽつりと答えるチャンドラは一切コノエを見ないのでそのような機密性の高い仕事ではないのだろう。そもそも本当に仕事をしているかどうかもあやしい。
「そうか。では、寝室で待ってるよ」
 コノエは待っていることを強調して一旦引いておく。ウイスキーのグラスを持って先にキッチンを出た。
 最近は持ち帰りの仕事は無かったのに今日に限って急にそんなことをするのも不自然。意図的にコノエと過ごす時間を少なくしようとしているのは明らかだ。やはり三ヶ月も帰宅できない夫だから愛想を尽かされている線が濃厚だ。
 寝室のベッドに入って端末を取り出しもう一度チャンドラのハロの録音記録を精査する。
 見落としがあるのではないか。浮気相手が居るのではと留守中の記録を確認しているといつの間にか小一時間経っていた。日付が変わっておりまだ寝室に来ないチャンドラが心配になって書斎に向かうが、チャンドラの姿はない。
 ならばとリビングに行くとL字型のソファの上に小さく丸くなって眠るチャンドラが居た。
 居場所がわかって安堵し、そっと横に行って床に膝をついて寝顔を見つめる。
 疲れているならベッドに来れば良いのにこんなところで眼鏡もかけたまま寝てしまうなんて。
 まさか、本気で一緒に寝たくないということだろうか。「嫌われた」という考えたくない仮説が現実味を帯びてきた。
 とりあえずこんなところで寝かせては風邪をひく。ベッドに運ぶべく抱き上げようとして触れた途端、ぱちっと目が開く。
「ダリダ?」
 名前を呼ぶと、チャンドラはガバッと上半身を起こした。
「アレクセイ、もう寝たんじゃ
「いや、ベッドで待ってたよ」
「先に、寝てって言ったのに」
「待っていると言ったじゃないか。君はどうしてソファに?」
「えーっと、お茶飲んで、うとうとして
 またそらされる視線。これも嘘だ。わざとソファで寝ようとした。久しぶりに帰宅した夫と一緒のベッドに入りたくないということが確定した。
「ダリダ、気づいてるかな?」
「え?」
「帰ってからまだキスもハグもしていない」
 頬に手を伸ばすと、ビクッと身体を震わせたチャンドラの視線がコノエの手に向けられ、それからゆっくりと視線が上がってコノエと目が合った。
 小さく開いた口がわななき、レンズ越しの青い瞳が潤んでいくのがわかる。
 突然泣かれて、コノエは焦る。
 キスもハグも泣くほど嫌だということか?まさかそこまで嫌われるとは。やはり小さな子が居るのに三ヶ月帰宅できない夫なんて最低ということだろうか。
 チャンドラはモルゲンレーテでの収入があるし、離婚しても経済的に困窮することもない。ラミアスやノイマン、アスハ代表が居る限り後見人にも困らない。いつだって人生からコノエを切り捨てることができる。
 もちろん、情にあつい人だから結婚までした相手をすぐ切り捨てるようなことはないはずで、しかし三ヶ月、約百日間が「すぐ」かは個人の主観による。一年のうち一緒に過ごせる期間の方が圧倒的に少なくなる生活では愛想を尽かされてもおかしくないし他にもっと良いパートナーはいくらでもいる。心変わりしてしまう可能性もゼロではない。
 コンパスに復帰する前からずっとコノエが葛藤し続けていたことを再度思い悩んでいたらチャンドラは眼鏡を外してパジャマの袖でぐしぐしと目元を擦り始めた。
 乱暴に擦ったりして、目が腫れてしまうのではと不安になったし、そもそも泣いているから目を擦りだしたわけで、つまり泣くほどハグとキスがイヤということなのだろうか?よもやそこまで嫌われて
「ダリダ?」
 震え声で名前を呼ぶとチャンドラに顔を背けられた。
「み、見るなっ
「でも
「なんでもないですからっ!」
 チャンドラは立ち上がって逃げようとしたがそんなに泣いていて「なんでもない」は無理がありすぎる。
 コノエはチャンドラの細い手首を掴んで捕まえて引っ張る。華奢な身体はがくんと体勢を崩し背中からコノエの腕の中におさまった。
 チャンドラの手にしていた眼鏡が床に落ちかちゃんと小さく音を立てわずかに床を滑る。
「待ってくれ」
「アレクセイ
「もしかして、私は嫌われたのか」
「え?」
「申し訳ないが、私はいくら嫌われてもダリダを愛しているからり、離婚、には、応じられないし
 いけない、自ら離婚に言及するのが嫌すぎて声が震えてうまく言えない。
「あの、嫌ったりしてないです」
「ならどうして、私に素っ気なくするんだ」
 コノエの決死の別れない宣言はあっさりと否定されて身体から力が抜ける。
 安堵と共にチャンドラの身体を反転させ、両肩を掴んで顔を見て問い詰める。
 真正面から捉えた青い瞳がチラチラとコノエを見ては逸らされてその反応が何を意味しているのかわからなくて怖い。
 するとチャンドラはコノエにぎゅっと抱きついてきた。コノエの胸にぐりぐりと頬を押し付けて、密着されてチャンドラの表情が見えなくなったが、ここまで積極的にくっつかれているのだから嫌われては居ないと信じたい。
「ダリダ?」
「今はあなたと話したくない。顔、見られたくない」
「どうして? 私は久しぶりに会えるから今日はたくさん触れ合えると楽しみにしていて」
「わがまま言いそうだから、無理なんです」
「わがまま? 何でも言ってくれ」
「やだ、呆れられる。バカと思われる」
「呆れないしバカだなんて思わない。約束するから本当の気持ちを教えて欲しい」
 懇願してもなお、チャンドラの無言の時間が続いたがコノエは辛抱強く待ち、促す。
「ダリダのわがままがききたいよ」
 別れたいとか嫌いとかそれ以外なら何でも対応する構えだ。するとチャンドラは震え声で笑った。
「ははっ、やだ、もう、むり」
「ダリダ?」
「優しすぎなんですよ
「え?」
 コノエの身体にしがみつくチャンドラの手に力がこもったかと思うと、ぽつりと言われた。
「さみしかった」
「さみ、し? ……ん?」
「あなたが帰ってこないから、さみしかった」
「ダリダ?」
 やや力を込めて無理矢理身体を離したらチャンドラの瞳からはぼろぼろと涙が溢れていた。
「ばかぁ顔見んなっていったのにうっ
「ご、ごめん。悪かったよ泣かないで」
 慌ててまた抱きしめるとぎゅっと抱き返されてぽつりぽつりと教えてくれる。
「会いたかった」
「うん」
「会いたくてたまらなかった。さみしかった」
「うん」
「あの子の前で、寂しいって、言えなくて。あなたもっ。忙しそうでっ、帰れなくてきついのはあなたなのに、私が、わがまま言っちゃダメだって、思ってずっとがまんして
「そうか」
 途切れ途切れの声と震える身体。じわりと湿っていくコノエのTシャツ。これはもう、完全にボロ泣きだ。
「今日、空港で、あの子がいっぱいキスしてもらってるの、うらやましかった。私は家で子どもと二人で過ごせてるのにわがまま言っちゃダメってあの子も寂しかっただろうし、私が割り込んじゃ悪いかなって、あなたを困らせるってがまんして
 何という可愛らしい主張だろうか。嫌われていたどころか妻からの愛が大きすぎるし、娘に遠慮して我慢していたとは。
「二人一緒で構わないからダリダも来てくれてよかったのに
………もう宇宙に行かないで」
 ポツリと呟いたかと思ったら、ぱっと身体が離れて行って、数歩後ずさったチャンドラは両手で口を押さえて青ざめていた。
「ダリダ?」
「うわ! やっぱり言っちゃったじゃないですか! こんなのダメなのに。変なこと言ってすみません」
「いや」
「引いた? てか良い大人が寂しくて泣くとかバカですよね。呆れた? もう二度と言わないから嫌いにならないで欲しいというか」
「ちょっ待ちなさい。慌てなくて良い」
 控えめに言ってにやけそうである。いや、これはもうすでににやけている。唇の端がヒクヒクするのをさり気なく手で隠してやり過ごす。
「怒ってないんですか」
「怒ってないよ。おいで」
「うっ
 両手を広げて待っていたら再び抱きついてくるチャンドラ。
「コンパスで働くあなたを尊敬してるのにどうしても寂しくて、あなたは平和の為に働いてるのに
 平和の為ではなく妻子の幸福な未来の為に働いているので若干違うのだが、結果として同じことなので今は訂正せずに聞いておく。
「今日一緒に寝たらコンパス辞めてずっとそばに居てって言っちゃいそうで、だから今日はソファーで一人で寝るつもりだったのに」
「そういうことだったのか」
 素っ気なくされたのは嫌われたからではなく寂しかったからだと告白され、心から安堵している。
さみしかった」
「うん、帰れなくて申し訳なかったね。寂しい思いをさせて悪かった」
「アレクセイ
 とろんとした顔をして上目遣いを向けられ言外にキスをねだられた。もちろん愛妻の願いは全力で叶えたいコノエに否やはない。
 触れるだけのキスからわずかに開いた唇から舌を差し入れて口内を舐るねっとりとしたキスをしてチャンドラの身体からカクンと力が抜けるまで堪能した。

「寝室に行こうか」
「いっぱいして」
 頬を赤らめ、おねだりされる。いろっぽいのにあどけない口調に興奮して思わず唾を飲んだ。
 数秒無言になってしまったからか、チャンドラに怒っていると勘違いされて謝られた。
「疲れてますよね? ごめん、やっぱり」
「いや、ダリダ。違う、待って」
「やっぱり私、ほんとにすみません。考え無しの発言でした。今日はノイマンの家に泊まる! 休みって言ってたし!」
「ダリダ! 違うから待て!」
 全力で家から飛び出して行きそうなチャンドラを慌てて抱き上げて急いで寝室に入る。ベッドの上に優しくおろして覆い被さってキスをして、チャンドラからも泣きながら求められた。
「アレクセイ、おこってない?」
「怒るわけないだろう。寂しい思いをさせて悪かったね」
「うっ
「あの子のためにたくさん我慢して偉かった」
「うん」
「でも次からは我慢しないで言ってくれるか。ダリダに会いたいと言われた方が嬉しい。私ばかりが会いたいと思っているのかと思って、実は少しいやかなり寂しかった」
「アレクセイも?」
「ああ」
「同じだったってことですか?」
「そうだな」
「そっかぁ
 ここでほにゃっとかわいい笑顔に至近距離で被弾してコノエは息が苦しくなった。

「愛してる」
 本当に嬉しそうに言ってくれたその後から記憶が無い。