柳堂知羽@一次創作
2024-09-19 07:51:57
7590文字
Public ⬛︎みえナい
 

やっぱり今日もみえナい【サンプル:通販あります】

見えない世界を追う青年ハヤテ。彼を見守るのは、人ならざる男トラ。好奇心が導く怪異の入口で、二人の奇妙なバディが動き出す。



濃いめのレモンサワーを飲み、冷奴をつまむ。本日の大将の気まぐれのお通しは、冷奴に辛い肉味噌を乗せたものだ。カリカリのニンニクも混ぜ込んであるからか、労働で疲れ切った体によく染みる一品である。やはり大将の作るつまみは最高だ。今日もテーブル席ではなく、立ち飲み席に通されたことを許してしまうほどに。暑さを少しも感じない涼しい目でハヤテのスマートフォンに映し出された最新の動画を最後まで視聴した後、「何を言いたいのか分からない」とばっさり切り捨てた隣の美丈夫は、厨房から出て壁にかかるテレビを見始めた大将に追加の酒を注文する。そうして、動画を見たことで顔にかかってしまったこめかみから伸びる髪を鬱陶しそうに耳にかけた。何度見ても様になる動作だ。ハヤテのふわふわとした髪とは異なり、肩までの長さの黒髪は居酒屋の鈍い照明の下でも分かるほどに真っ直ぐで、顔の脇にある髪を耳にかけても気がつけばまた顔にかかってしまうほどに癖がない。しかもそんな艶やかな黒髪の内側は目が覚めるほどの紅に染まっていて、それを見る度にいつも横っ面を叩かれたかのようにはっと目が冴えるのだ。もちろん、最初はただただ見惚れるだけであった。それこそ、すれ違う女性がこの髪を見ては何度感嘆の息を吐いた場面を目にしたことか。今ではその気持ちが分かる、なんて偉そうに腕組みをしてうなづいているのだが、やっぱりふとした時に見惚れていることに気がつくのだ。
「トラさん、今日こそ俺の動画のどこが面白くないのか、ちゃんと教えてください!」
「面白くないとは言っていないだろうに」
面白くないのではなく、意味がわからない。そう答えつつ、酒に酔い始めて目つきが怪しくなってきたハヤテの肩を男は軽く叩いた。
この美丈夫、もとい、トラという男とハヤテの付き合いは、気づけば数年以上のものになっている。
出会いはこの居酒屋だ。気まぐれに歩いた先でこのビルにある居酒屋にふらりと足を運んだ時、今二人がのんびりと酒を飲んでいる立ち飲みカウンターでトラが黙々と酒を飲んでいたのだ。あいにく、座席が全部埋まっているからとトラの横に通された時の衝撃を今でもハヤテは鮮明に思い出せる。ハヤテも平均的な身長よりもだいぶ高めではあるが、この男は更に高い。それこそ、久しぶりに自分よりも背が更に高く見上げる必要がある人物に出会ったな、なんて思った視線の先にあったのは眩しいまでの造形美。そんじょそこらでは滅多にお目にかかれないほどの美丈夫にくらくらしてしまったし、緊張すらもした。
そう、緊張したはずなのに、その時のハヤテの鼻はすん、と動いたのだ。
この人は美しいだけではない、と。心の奥底が震えた。この人は自分の知らない何かを知り尽くしている者だ、と。
そうしたらいつの間にか声をかけていた。アルバイト先で新規のお客さんからウケがいい爽やかな笑みを浮かべながら、つい、トラに話しかけていたのだ。最初はそれこそ、ハヤテがしつこく付き纏う、というと語弊があるかもしれないが、それほどまでにしつこくハヤテがトラに絡み、鬱陶しがられていた。後々、トラのことを詳しく知る中で「よく殴られなかったな」と身震いする瞬間もあったし、それに近いことを大将から言われて感心されたこともある。知らぬが仏とはよく言ったものだ。
トラ曰く、あの頃のハヤテは必死すぎてキモかった、とのことだが当の本人は知らないふりをしている。実際、あの時のハヤテは必死すぎて自分がどんな態度をとって、どんな話をしたかを全く覚えていないのだ。ハヤテはいつだってトラを見つけるや否や、人懐っこい笑みを浮かべながら、犬のようだと称される速さで近寄っていく。そうしてトラが呆れ顔をしていようとお構いなく、今日は懐があったかいから一緒に飲みましょう、などと言って気が付けば共に酒を飲んでいる。
このように徐々に(と思っているのは実はハヤテだけである)距離を詰めていって、気づけば二人はこの居酒屋のみならず、近辺の店でもよく一緒に酒を飲む仲になった、というわけである。まあ正確には、この店で鉢合わせて二軒目、三軒目を共にするという方が正しいのだが。
実は二人の付き合いは長くなってきたが互いの連絡先は知らなかったりする。そもそもトラはスマートフォンをもっていないため、何か言づけがあれば大将に頼むし、そもそもハヤテがいつ来てもトラは大抵ここで酒を飲んでいるから特に何の問題もない。そうやって気が付けば数年来の付き合いになっていたのだ。
「でもでも、今回は前回よりちょっと分かりやすくないですか?」
「ニンゲンって数ミリでも前に進むことができる生き物なんだなと思うレベルには、かな」
静かな笑みを浮かべているトラに気づくことなく、ハヤテは唇を尖らせながら動画を見つめる。ホンモノだと思うんだけどな、とぼやきながら見つめているスマートフォンには、どう見ても埃がオーブのように見えている写真が映し出されており、その前にはこれは明らかに心霊写真だ、と言って懸命に解説するハヤテ、もとい、ハヤテが描いた犬のキャラクターちょこちょこ動き回っていた。
どうやら先日、ハヤテが実家に帰った時にこの写真を見つけ、嬉々として持ち帰ったらしい。できれば家族にはその場で真実を伝えて欲しいものだ、とトラはこっそり思っているがそれを口にすることはなかった。
それに、トラが会ったことのないハヤテの家族もきっと、トラと同じ気持ちなのだろう。周りに迷惑をかけることなく、ハヤテ自身が「そう」だと思って楽しんでいるのなら、それでいいかな、と。だってこんなにもきらきらとした目で見つめているのだ。この目の光を絶やす方こそ避けるべきであろう。
今時はハヤテの手にある薄い板で簡単に心霊写真もどきを作成することができる。それに、仮に本物があったとしても、ハヤテが「それ」に当たる確率は極めて低い。トラにはそれが分かるし、万が一のことがあればどうにでも出来る。ただそれだけであった。
ちなみにこの心霊写真動画の前は、曰くつきの骨董品の噂だとか、●●市に伝わる背筋がぞくりとする都市伝説等のどこか胡散臭く、「ほぼ」真実ではない話題が並んでいる。よくまあ、ここまで人の話を信じられるものだとトラは呆れ半分、関心半分といった様子でいつもハヤテの発信している再生数が二桁に届けば十二分な動画をこの店で眺めるのだ。
きっと、ハヤテに話題を提供している人間達は、あまりにも大真面目に、それでいてきらきらと目を輝かせるハヤテを喜ばせるために話を盛りに盛って話をしているに違いない。正直、その気持ちはトラにはよく分かる。この青年は人の懐に入るのが上手い上に、人に何かを話させるのが上手い。しかも話をすると無邪気に喜ぶものだから話し手も嬉しくなって調子に乗ってしまうのだ。
その盛りに盛られた話はコンテンツにするとあまりにも「なさすぎる」ものになる上に、ハヤテは情報をとっ散らかせたコンテンツしか提供できないため、かえって面白い出来になっているとも言えた。なんでAという話をしていたはずなににBの話になるのだ。最初の頃はよくそう突っ込んでいたし、指摘されるとハヤテも納得するのか懸命に直そうとする。だが、次の動画でその指摘が実ることはない。トラとしてはそういう意味でハヤテの発信する情報を面白いと思っているのだ。
ちなみにハヤテは動画と同じ内容のことを自身のブログやSNSでも発信している。もちろん、バズりもしなければ炎上もしないし、スピリチュアルな集団も歯牙にもかけないという状態だ。炎上しないことはいいことなのだろう。ハヤテはそれを望んでいないし、トラもそのことをよく理解しているからこそ、まあこれでもいいか、なんて思っている。
「オマエ、話のまとめ方をもっと上手くするのは置いといて、もっとウケのいいネタを拾えよ。例えば▲▲市の廃病院の噂だとか……
「その病院、肝試しの連中が来すぎて近隣の人からの苦情が凄いっていうニュースを見たんですよね」
それに、あの病院が閉院したのって財政難でニッチもサッチも行かなくなったからですし、院長はまだ生きていますから、ナシです。そういって肩を竦めるハヤテの後頭部をトラはぱしんと叩く。それほど強く叩かれたわけではないが、ハヤテはふにゃふにゃと笑いながら痛いと言って笑いかけるのを、トラは呆れたように見つめていた。
ハヤテは面白い物事が好きで、自分が見聞きしたことを人に共有して同じようにわくわくして欲しいという考えを持っているものの、同時に自分の行為で他人が害されることを酷く嫌う。故に人から聞いた情報を精査、検証するために実物を見に行ったり、該当する場に赴く際、他者の迷惑になりそうだと判断すると、即座に調査を中止することを徹底している。ハヤテ曰く、迷惑行為がチラつくと、折角の面白い情報のノイズになるとのことだ。だからなのか、口にはしないもののよくバズってはいるものの迷惑行為をものともしない同業者を忌み嫌っている。いくら情報を様々な人に広げて楽しんで貰っていても、哀しい思いをしている人がいるのであればその情報は面白くない。そう言って苦い顔をするハヤテをトラは何度も見てきた。
きっと、彼の出すコンテンツからはその手の清廉さが滲み出るのだろう、界隈の一部からは「面白くもないのにお高くとまっている奴」とも言われているらしいが、ハヤテがこれを知ることは無い。正確に言えばなんとなく察している状態ではあるのだが、人は人、自分は自分を貫き通している。それにハヤテは自分が世間でどのように評価されているか、をわざわざ検索しない。情報を取り扱う者としてエゴサを全くしないのはどうかと思うのだが、せいぜい気にするのは閲覧数と自身のコンテンツのコメント欄くらいだ。
それにしても、だ。ハヤテの発信するコンテンツのコメント欄は何故か荒れない。界隈から爪弾きにされているとなると、面白半分で荒らしに来る奴が現れても不思議ではない。だが、過去に一度だって、ハヤテは己の手がけるコンテンツが悪意の渦に巻き込まれるところを見たことなかった。
そもそもそこまで人が来ていないこともあるのだろうが、それがハヤテには不思議であるらしい。とはいえ、荒れないのであればそれでいいと深く考えないハヤテの姿勢にトラはいつも笑っている。こういうところが、トラには眩しいのだと言わんばかりに。
「あ、でもちょっと面白い話を聞いたんですよね。▲▲駅のホームのどこかに盛り塩があるって話」
―― それを蹴飛ばした後に電車に乗ると、異世界に行けるらしいんですよ。マンホールを使わずとも確実に。
汗をかいてきたジョッキをおしぼりで拭いながら、ハヤテはなんでもないように言う。曰く、今日の日雇いの仕事場で出会った人から詳しく聞いた話だという。
ハヤテは気づかない。その話をした瞬間、トラの手が止まり、その涼しげな目がじっとハヤテのアルコールに溶けたアーモンド色の瞳を見つめているということに。ハヤテは気づかない。トラの涼やかな黒が、徐々に赤みを帯びているということに。ハヤテは気づかない、気づけない、気づくことはない。