マイ・リトル・スネイル“裏”
窓から差し込むブルーグリーンの光は、波の影を床に写していた。
葡萄の蔦のような調度品が並ぶ書斎、その中央に置かれた猫脚のソファーに座って、サーヴァンタスは話をしていた。
相手はこの場には居ない。
数光年先の宇宙に居る。
サーヴァンタスは電脳を通じて、会話をしていた。
「お前が私に頼んでいた件だが、お前の子飼いの−−彼をヴェスパー4に推薦したよ」
『
……』
「いや、仲間殺しはせずに済んだ。前任者が運よくチャーリー症にかかってくれた」
『
……』
「私は快楽殺人者じゃない。死者が出ないならそれに越したことは無いさ」
『
……』
「上層部には今も進言はしている。私も彼を失いたくはない。しかし
……状況は芳しくない。新型ACについては一旦私で話を預かる。そちらの企業についてはお前で話を付けてくれ。進捗があれば連絡する。切るぞ」
通信を切断する。
サーヴァンタスは背もたれにもたれ掛かる。
長い髪がベルベットのソファーに柳の枝のように垂れかかった。
セカンドプランは順調に進んでいる。
しかしそれは良い事ではい。
ファーストプランが問題だ。
増幅可能な次世代エネルギー、コーラル。
独占できれば利益を上げるどころか星間勢力図も塗り替えることができる。
だが、コーラルを独占するには−−。
彼は顔を横に向けて窓を見る。
窓の外では回遊魚が呑気に群れを成して泳いでいる。
私の気も知らないで。
「惑星封鎖機構
……宇宙政府か」
宇宙政府−−真っ向から楯突くにはあまりにも大きすぎる。
無茶な計画に人材を費やすよりは、現地政府と協力体制を敷き宇宙政府と対抗した方が得策だろうとサーヴァンタスは考えていた。
コーラル資源の専有よりは買取独占を狙う方が痛手が少ない。
我が社は副業として農業プラント事業も行っている。
技術提供のカードがあれば十分交渉材料になる筈だ。
なのに。
肥えた馬鹿者共め。
ギリシャ彫刻のように端正な顔が苛立ちで歪む。
組んだ脚を揺らして、怒りに心を費やす。
足を揺らすだけでは怒りは出ていかない。
ただひたすらに時間が無駄に過ぎていく。
何十匹もの魚を見送って、数刻。
コン、コン、コンと3回ドアをノックする音が聞こえた。
「誰だい」
「ドルネシアです。代表より通達を預かっております」
「入ってくれ」
ガチャリと扉が開く音がして、次に彼女のヒールが黒壇の床を蹴る音が続く。
サーヴァンタスは首だけをぐるりと彼女へと回す。
アイロンがしっかりかかった皺一つ無い軍服に身を包み、コーンロウをポニーテールで纏めて。
勇ましさが服を着ている、そんな雰囲気を身に纏いながら、少女は白杖を突いてサーヴァンタスに近づく。
サーヴァンタスは彼女に言う。
「報告を」
「代表より通達です。役員会議の結果ルビコン侵攻作戦を決行することを決定した、とのことです」
「私抜きで、か−−?」
ドルネシアは申し訳無さそうに頷く。
「君のせいでは無い。気に病むな」
私を蚊帳の外に置いて計画を進めたか。
彼の眉間の皺が更に深くなる。
しかもドルネシアを経由して事を伝えるとは、とことん私を話に関わらせないつもりだな。
全く、小賢しい。
「それからもう一つ言伝です。セカンドプランを早急に進めよ、と」
「
……ありがとうドル。了解したと伝えてくれ」
咽頭に音が篭って、サーヴァンタスの声が地鳴りのように低くなる。
「失礼ですが、“サー”。本当にそれで良いのですか?」
スネイルの事は?と言いたいのだろう。
サーヴァンタスが彼のことを実の息子のように慕っていることはドルネシアも知っていた。
だからこそ彼女は息子のような彼を手にかけるつもりなのか、と聞いているのだ。
「当然だ。我々はその為に居る」
上層部の尻拭い、それこそが我々の存在理由なのだ。
苦しみや屈辱を感じこそすれ、命令に従わぬ事は出来ない。
サーヴァンタスは上層部に対する憤りを胸の奥へと飲み込んだ。
「私には理解しかねます」
「理解しなさい。でなければ私の後を任せることは出来ない」
歯を食いしばっているのであろう。
ドルネシアの口からギリギリと音がする。
サーヴァンタスが彼女の顔の方を振り向くと、彼女は苦虫を噛み潰したように渋い顔をしていた。
優しい子だ。
「
……分かりました。代表には承知しましたとお伝え致します」
彼女は無理矢理冷静な顔を作っている。
引き攣りながらドルネシアが一礼をする。
「いや、待ってくれ。もう一つ要件がある」
顔を上げて部屋から出ていこうと踵を返す彼女。
その彼女をサーヴァンタスは呼び止めた。
「何でしょうか、“サー”」
「退職扱いになるヴェスパー4が居るだろう?彼をバベルに異動させるようヴェスパーに掛け合ってくれ」
「
……失礼ですが、バベルに追加人員が必要だとは思えませんが」
「私の後釜が要る。彼ならば我等の仕事も理解できるだろう。丁度良い」
彼女の持つ白杖がガタガタと揺れる。
「後釜なら私が
……!」
「君ではまだ力不足だ」
「アタシがチカラ不足だって⁉︎アタシは10年もアンタの下で働いて来たんだぞ‼︎」
サーヴァンタスの言動に怒りが爆発したのだのだろう。
彼女の毅然とした立ち振る舞いは嘘のように崩れ、言葉遣いが汚くなる。
「君はまだ汚れ仕事に慣れていない。正義と善性を腹の内に飲み込む事が出来ぬ現状、君にはまだ私の仕事は任せることは出来ない」
「なら、そのヴェスパー4には出来るのかよ⁉︎」
「出来るさ。ヴェスパー4なのだからね」
ヴェスパーは上層部直属の戦闘部隊だ。
内部の違反者を狩ったり、後方で次善策を練るルシファーとは違い、彼らは常に最前線に立ち戦っている。
そして、第四部隊は遊撃部隊だ。
時には仲間を犠牲にしてでも相手を撃つ選択も強いられる。
出来て当たり前なのだ。
強化人間部隊“ルシファー“に所属しているドルネシアも当然知ってる事であった。
「時が来れば、君に全てを任せるつもりだ。私は君の事を信頼している。だからこそ、時間をおくれ」
先程までの悪鬼の如き形相が嘘であるかのように、目を伏せ、口を一文字に結び呵責に耐える彼を見て、己の力不足を悟った彼女は、目に涙を貯めてこの場を離れようと後ろを向いた。
目が見えないとは思えないほど早く、駆け足のように歩く。
扉を握り、勢いよく扉を引く。
力強く引いた反動でドアが壁にぶつかり、バンと壊れそうな音を立てた。
閉めることもせず、ドルネシアは部屋を出て行った。
我ながら酷い事を言った。
はっきりと力不足と言ってしまったのは流石に悪かったか。
彼は開いたままのドアを見つめる。
彼女には力量はある。
無いのは経験。
それもこれも、全ては私が彼女に私の仕事をやらせたくないと逃げているのが原因だ。
汚れ仕事は私がすれば良い。
そう思って今の今まで逃げ続けて来た結果、サーヴァンタスの余命は幾許も無い状況になってしまった。
それなのに彼は未だ彼女に仕事を任せるとこが出来なくて、同じ境遇のヴェスパー4に仕事を任せて問題の引き伸ばしをしようとしている。
悪に挺することの出来ぬ己の都合の良さに、サーヴァンタスは嫌悪を覚えた。
彼は息を吐く。
私はなんと矛盾した男であろうか。
我が子と思う程に愛おしい子供を慈しみながら、彼の首に手をかけ、そして手をかけながら別の者に親心を抱く。
なんとも整合性が無く、弱い人間であろうか。
そんな自身を嫌悪をしているにもかかわらず、それを心の底から良しとしている。
それの恥ずかしいことよ。
嘆き悲しむにも、サイボーグとなった彼の目からは涙は溢れない。
彼は己の汚らしい心から逃げる為に目を閉じた。
“おじさん、あのね”
私の可愛いカタツムリ君。
私をそんな綺麗な目で見つめないでおくれ。
“ぼく、大きくなったら”
それ以上言わないでくれ。
“おじさんみたいに偉くなって”
やめてくれ。
“おじさんみたいにおとうさんとおかあさんのような困った人を助けるすごい大人になるんだ”
スネイル、私は凄くなんか無い。
私は矮小で、悪い、醜い大人だ。
“おじさん”
ほら、見ておくれスネイル。
現に私は、君の首に手をかけているではないか。
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