ななき
2024-08-31 22:13:11
9491文字
Public 吸死
 

毒を制する毒も毒 Lv.3 〇〇しないと出られない部屋?

(ドラロナ)
怪異ちゃん「当て馬にされた……泣」という話。
竜寄りドラちゃんシリーズ、ロナルド君視点。1、2に比べて関係がだいぶ進んでいます。

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Lv.1Lv.2

(2024.9.25 修正)

 こんにちは。吸血鬼退治人ロナルドです。今日は出張退治に来ています。

 お電話での依頼でした。
 もちろん、ロナルド様に任せてほしいと二つ返事で請けました。今思えば、ザリザリとノイズが混ざり、遠くなったり近くなったりする妙な声でしたね。電波悪いですね、なんて俺はのんきでしたが。

 詳しいことは現地でと告げられた住所。地図アプリが示したのは山奥の集落の端っこギリギリでした。

 そしてそこにあったのは古めかしい小さなお社。ちょっと傾いて草が生えて管理が蔑ろにされていそうですね、というお社です。その時点で変だなと気づけなかったのは俺の落ち度でした。汗顔の至りです。

 俺は迂闊にも、とりあえずと社の小さな扉を開けて(邪魔しについてきていた相棒の静止は間に合いませんでした)、吸い込まれて……知らない部屋に閉じ込められました。いいんです。退治人やっていればたまにあることです。先日も吸血鬼『カラオケ百点取らないと出られない部屋』に閉じ込められましたがマイクのハウリングを聞かせまくって退治しました。だから大丈夫です暴力で大体解決します。

 パンッとまた乾いた音がしました。ここに入ってから出所のわからない音が止みません。俺、知っています。ラップ音ていうんですよね、こういうの。今度はドンと壁を叩くような音がして、カリカリカリと天井を何かが引っ掻く音がしました。ズズ、と背後の椅子が動いたりもします。モノが動くのは、ポルターガイストでしたっけ。

 そんなことより、です。そんなことより問題は
「キスさせてよ」
 一緒に閉じ込められた吸血鬼に、キスを迫られていることです……………………

 …………
 現実逃避してみたが目の前の現実は変わらない。

 今いるのは、一見、普通の部屋だ。小綺麗なマンションの一室、そのリビングに見える。お社はこんな部屋どころかジョンだって入れない大きさだった。つまりは何か異常事態が起こったことは確定。

 お社に吸い込まれて、もしくは吸い込まれたのは錯覚かもしれないのでより正確に表現するならばそこで気を失って、気づいたらこの部屋のソファに座っていたのだ。右隣にはドラ公が座っていて、俺と目が合うやいなや、いやに真面目な顔で
「ここでは極力私を殺すな。生きて帰りたければ」
と無理難題を言ってきたうえに、手袋のない素手を目の前に突き付けてきた。俺の右手を掴んだ、自分の左手を。
「この手も放すな。もし私が死んだら私の塵から手を放すな。いや、私が君に触れていればいいから手でなくてもいいんだが、とりあえず」

 さらには真面目な顔のまま、ここから出る一番早い手段だけ伝えるよ、と前置きしたうえで
「キスさせてよ、舌入れる深いやつね」
ときた。反射でぶっ殺さなかった俺を誰か、褒めてほしい。

 目の前で赤い爪がひらひらして我に返る。
「聞いてるか、シンヨコハマ・シン・ゴリラ」
 その呼びかけに、俺はいやいやながら答える。
「シン重ねると語感わりいな……。聞きたくねぇけど聞こえてるわクソ砂」
 ちょっと意識をよそにやってただけで。
「じゃあ、」
 痩身がこちらに傾きかかったのを、咄嗟に手のひらで押しとどめる。吸血鬼は、まあ、止まってはくれた。
 じゃあ、で、ちゅーされかかったのか、今、俺。意味がわからなさすぎて見知っているどころか知りすぎているはずの吸血鬼が怖い。異常に異常を重ねないでほしい。

 ソファの上でなんとかドラ公から距離を取ろうとするが手を放してくれないのでうまくいかなかった。殺せれば早いのに。
「いきなりキ、ちゅーとか意味がわからん。まず状況の確認だろうが」
「キスも言えないうぶルドは流されておきなさいよ、ここは」
 いかにも面倒そうにするんじゃねぇよ腹立つ。
「無駄だろうが、まあ付き合ってやろう。時間はそれほど多くない、手早くな」
「殺、」
「やめろといっとるだろうが」
 ……やりずれぇなぁ。
 部屋のどこかでまた、パシパシパシッと木が爆ぜるような音が響いた。

 ◇

 それから、ややあって。
 俺はぐったりとソファに体重を預けた。隣のドラ公は、組んだ足に肘をたてて頭を支える少々お行儀の悪い姿勢で俺を見ている。俺は視線が合わないように、前方、カーテンのかかった窓をみる。手は、今もずっとつないだままだ。
「気は済んだか、力押しウッホホウホ」
 認めるのも癪で、無言で返す。
 散々、ドアに見えるところや窓に見えるところを殴ったり揺すったり蹴ったりしたが、確かにどこもかしこもビクともしなかった。
 ただ、何かすると応えるようにラップ音が一段大きく鳴る。つまりこの部屋の主、もしくはラップ音をたてている何者かは俺たちを見てはいるらしい。

 そのほかにわかったのは、スマホの電波は入らないことと、この空間での長期生存は無理だということ。窓の向こうもドアの向こうも真っ暗でなにも見えないし、キッチンの水は出ないし、トイレも同様。冷蔵庫の中は空で作り付けの戸棚も空。
 体感では閉じ込められて一時間。まだ余裕はあるが、水がないのでは先がない。

 黙っていると静か……と言いたいが、実際にはコンコンと壁を叩くような音や、ガシャンと金属製の箱が落ちるような音、部屋のどこかが軋む音がひっきりなしだ。ちなみに、部屋中見て回っても音の発生源は完全に不明。

 突然、つないだ手の甲を撫で上げられて飛び上がった。睨めば、すこしばかり呆れを含んだ視線とあたる。いきなり、やめろ。

「ねぇ、外にいるはずのジョンが心配なんだよ。退治中のちゅーなんてあれだ、百人に訊いたら三百人がノーカンしてくれるぞ、だから」
 またそれか、と腹の底がぶわりと煮えた。
「だーかーら! なんでそうなんだよ! 筋肉とか力とかパワーとか暴力でなんとかさせろ!」
「そのお得意の暴力でどうにもなってないじゃないか」
「休憩だ休憩! それにいつもの変態ならそろそろ名乗りが入るだろ! それからでもいいじゃん!」
「望み薄だと思うがねぇ、その線は。わかってるくせに」
 うるせぇ。わかってるわ。

 ポンチな吸血鬼は概ね自己顕示欲が強い。俺が目を覚ました瞬間に名乗りを上げているはずだ。つまりいまだに無言である事実が、いつものとんでもポンチ事象ではないことを示している。
 つないだ手を持ち上げられて、揺らされる。恋人の機嫌を取るように、と一瞬過ってしまった作家のサガが今だけ邪魔だ。
「退治のためなら大抵の醜態は受け入れるじゃないか、それと一緒だ。私しか知らないんだし、蝙蝠のぬいぐるみにでもチュッとする感じで」
「だって……お前だし」
 無言で天井を仰ぐドラルク。……ぬいぐるみだと思うとか、無理。

 俺だってジョンは心配だし、ずっと寒気がするし、早く出たい。それにドラ公の雰囲気がいつもと違う、気がする。
 殺すなというくらいだし雑魚っぷりは変わっていないはず。それなのに、妙な威圧感がある。こいつの親父や、あのミニゴジラ爺さんと同種の空気。つまりは別格に強い吸血鬼の空気だ。そのせいでずっと落ち着かない。

「ね、すぐ終わるから。チクッともしないし」
「お前もしかして催眠にでも掛かってる?!」 
 しつこい。いっそ怖い。
 手をつないだままで、無言でにらみ合う。睨むのと見つめ合うのって同じだよな、などとこの間、話したことが脳裏を過ってしまい、気恥ずかしくなってきた。

 そわそわする。しかしここで目をそらしたら負ける。

 もう適当な、昔飼っていたカメの話でもして仕切りなおそうかと俺が考え始めたとき。薄い唇が、しかたないか、と独り言を呟いた。
「説明しよう」
「最初っからそうしろや」
 いやまあ暴力でなんとかなるならそれでよかったし、こんなところではとかなんとかブツブツ言って、最終的に吸血鬼はいかにもしぶしぶという風情のため息をついた。いやむかつくな。
「ロナルドくんな、モテるんだよ」
「はぁ? お前、俺がどれだけモテないか見てるし、バカにするじゃん」
「相変わらずのハムカツだからな。だが怪異、もっと簡単に言うならお化けには爆モテだ」
「あ?」
 お化け。お化け?? ……は?
 何言ってんだ、と顔に出たのだろう。俺の表情をみて、ドラルクも顔を顰めた。
「信じられないかもしれないが飲み込め。お化け、怪異と呼ばれるモノは存在する。連中、吸血鬼と遠い遠い部分の根っこは同じだ。高等吸血鬼としてあまり気持ちのいい考え方ではないが、それで納得できるならそう思え」
 一度握った拳を解いたのを見て、ふふん、みたいな面をしやがったので、もう一度わかりやすく拳を握って真面目な顔に戻してやる。

「で、お前の無駄すぎるモテについてだが。細かいのはもう挙げるのも馬鹿らしいくらい憑けてきてる――そうだな、先週、急に依頼人が帰ってしまったと困惑してただろう。あれ人じゃなかったからな。いったい何に見えてたんだ。私とジョンで追い返すのに難儀したんだからな。それにたまに届く結婚式の招待状風の封筒、あれも怪異だ。退治人ロナルドを呼んでる。見つけ次第処分してるが、開けるなよ? しつこくてかなわん。それからパトロール中。たまに君、誰も居ないところに、」
 待て待て待て待て待て!
「怖い話してます?」
 ひらり、と赤い爪の手が翻る。そうだという肯定だ。さすがに顔が引きつる。それに対してドラルクは普段通り、というよりつまらなさげでさえある。
「ほかにもあるぞ。嘘だと思うならジョンかメビヤツに……あぁ、ジョンは外か」
 可愛い丸が恋しくなったのだろう。ジョンーと情けない鳴き声を上げた吸血鬼は、また、ため息をついた。
「で、これもその案件だ。本能的な部分での感覚だから説明が難しいが」
 それは、なんとなく理解できてしまった。この部屋は気配、というか手触りのようなものが吸血鬼とは違う。悲しいことに吸血鬼の能力には掛かり慣れているのでわかってしまうのだが、あのふわっと頭がかすむ感じがない。代わりに、冷凍庫で冷やした洗剤を頭からかけられているような感触がずっとある。熱を奪っていく粘る何かにずぶずぶと、漬けこまれて、身動きできなくなって、静かで、暗くて、どこにもいかない――

 パチン、と言う音で目が覚めた。
 また目の前に、血色の悪い手。ドラルクが指を鳴らした音だったらしい。あれ、今。
「あまり気配を追いかけるな。君がそれをやると取り込まれやすくなる」
 ぎょっとして考えるのをやめる。怖い。

「まぁ、それを踏まえてだ。今回の依頼の現場、私には小さいお社が見えていた」
 目線でどうだ、と促されて頷いた。
「お社自体よりはその中身だろうな。コレ・・は。どこで目をつけたんだかまではわからんが、君を狙っていたのは間違いない。一緒に来た私は邪魔だったはずだ。だーがー、賢く聡明な相棒である私は咄嗟に取り込まれそうになった退治人の肩を掴むことに成功した」
「それで一緒に吸い込まれてんじゃねぇかバーカ」
 つい、いつもの調子でまぜっかえしてしまったが、ドラ公は気にする様子がない。
「私の機転と血に感謝したまえ、ノータイムであからさまにヤバそうなお社の扉を開けたヤバヤバ迂闊ルド。今だって私に向かっては殺気に近い圧力がずうっとかかってる。それを軽やかに無視して居座って抑えこんでやってるんだ」
 その言葉が終わらないうちに、バン!と窓がひときわ大きく叩かれた。
 しかし殺気ねぇ。そんなもの、この砂おじさんがわかるだろうか。血というなら確かに最強の血統だろうが。なにしろあの爺さんの直孫だ。
 死んでるかゲームにムキになっているか家事しているところばかり見ているので、だからどうしたという気持ちが勝ってしまうけれど。

 今度は、ゴン、とボーリングの玉でも落ちたような音。……あれ、こいつ。カナブンが死因にあるくせに、この止まないラップ音では一度も砂になっていない。

「手を放すな、殺すなと言っただろう。接触で私の気配を上書きして君の所在を誤魔化してるんだ。今、コレは君の存在はわかるのに、見つけられなくて苛立ってる」
 ガツンガツンと重たい物同士をぶつける音がし始めた。そういえばはじめは小さい物音だったのに、だんだん派手になってきている。
……え、まずくねぇか」
 通常の退治でもターゲットを怒らせるのは、策がなければいい案ではない。
 そうかもね、と目の前の男は肯く。
「今はまだ、こいつは生きてる君を欲しがってるが……我慢を切らして部屋ごとシェイクされたりしたら、君の方はあまり面白いことにはならんだろうな」
「手、放したらどうなる」
「即、どっぷり催眠かけられて幻覚でじっくり接待うけながら、ゆっくり取り込まれる。予測だがね。ここ、カップル向けの部屋に見えるし、君の好きな甘いちゃ系接待かもしれん。怪異のくせに勉強したのかねぇ、健気といえなくもない……ああ、幻覚でもいいからお嫁さんが欲しければ放していいが」
 つながった手に、雑魚でも死なない程度の力をいれて抗議を伝える。吸血鬼は、ちらりと手に視線をやったが、何も言わなかった。伝わったらしいので、いつもみたいに馬鹿にする絶好のタイミングだったのにな、とはわざわざ俺からは言わない。

「さて、この現象の狙いと、原因と、現状についてゴリ・ゴリ造にご理解いただいたところで、帰るための提案だ」
 俺が目線で促せば、どうも、とでもいうように首をかしげてドラルクは続けた。こういう仕草が様になるのが、ずるい。
「まず狙いであるロナルド君の気配を完全に遮断……そうだな、昔話で神隠しって聞いたことあるだろう。そんなイメージだ。私が、ロナルド君を、隠す」
「そんなことできんの?!」
 クソ雑魚ミミズランク吸血鬼なのに!? そういう能力は言っとけよロナ戦のネタぁ! と喉まででたところで呆れた視線に気づいた。
「ロナ戦のネタになるからもっと早く言っておけ、とか考えよったな? 普段は無理だぞ。ここは怪異の領域で、そのせいで竜の血の力がカウンターとして発動かつ増幅されてるからできるだけ。条件激シブの限定バフマシマシイベントだ」
 コンビ歴ウン年の功で見透かされたので、ごほ、と咳払いで誤魔化しておく。……限定でもおいしいネタだ。心のネタ帳には忘れないように書き留めておく。
「まあいい、続けるぞ。ロナルド君を隠して、身代わり――ヒトガタをたてる。その隙に逃げる作戦だ」
 つないでいない方の手の指先が、俺の胸を指す。
「ロナ戦一巻、持ち歩いてるだろう。サイン用のペンも」
 ある。ご紹介およびプレゼント用のが。
「正真正銘、心血を注いだ言葉が本一冊分と『名前』、『誕生日』。揃えばヒトガタには十分なはずだ。都合のいいことに、表紙も退治人ロナルド様の姿絵だしな」
「それ以外の案は」
「シンプルに籠城だな。お父様かお祖父様が気づくか、ジョンが助けを呼んでくれることに賭ける。が、いつになるかわからん。中と外の時間の感覚が同じ保証もないし……お互い締切が明けたばかりなのが痛いな。明日だったりしたらフクマさんが一瞬で回収に来てくれただろうに」
 敏腕すぎる担当編集さんの真っ黒な瞳を思い出してちょっと震える。確かにあの人ならお化けも怪異も屁でもなさそうだけどさ。

 ギシギシと軋む音は、家鳴りどころではなく今にも柱がへし折れそうな音になってきているし、目の端では、食器棚の扉がバタンバタンと開閉を繰り返している。

「私が先に出て助けを呼ぶ案もあるが、腹にロナルド君を抱えたまま逃げられたら追跡は骨だ。分の悪い賭けになる」
 つまり、神隠しとやらが最速最善。
「一択じゃねぇか。やれ」
 にんまりと笑った吸血鬼は、ただし、と、もったいぶった態度を崩さない。
「お父様なら仕込みもなしに上手くやるだろうが、私は初めてだ。触媒で成功率を上げる必要がある。……この場で手軽なのは、体液。血が一番だな」
「飲めって? ダメに決まってんだろ」
「なら、唾液か、精液だ」
「せ、……は?」
 にっこりというには邪悪すぎる吸血鬼の笑み。
「だから、ね、キスさせてよ」

 そう、か。そういえばそういう話、だった。

 豆鉄砲をくらった鳩は、今の俺のような気持ちだろうか。こいつの先からの奇行が予想外の繋がり方しやがった。
 理解が追い付くのと同時、まさかコイツ、それだけのために長々と今の話をでっち上げたんじゃ、という疑惑が俺の脳裏を掠める。
 なぜなら。
「ほら、説明もしたし、納得もできたな? ああ、やり直しはしようね。君が好きな夜景を見ながらでもいいし、希望があればいくらでも叶えるから」
 ね、愛しい人。とウキウキと耳元で吹き込むキザな真似をしやがるこの吸血鬼が、ほんの一か月前から俺の恋人でもあり、手をつなぐ以上のあれこれから、俺が全力で逃げているという状況でもある、ので。

 喧しく煽るでもなく馬鹿にするでもなく、真面目な顔で、少しずつでいいから慣れてほしい、触れさせてほしいと言われて気圧されるまま、かろうじて頷いたのはつい昨日だ。それまで、紳士を自称するこいつは俺が怖じ気づいたのを感じ取ればあっさり引いてくれていたのだ。だが、あまりに俺が逃げ腰なので、さすがに焦れてきたらしい。ジョンへの接し方をみていればわかるように、親しみや愛情をいくらでも与えたい性質だから、それができないのは辛い。とは本人の弁。
 ……悪いとは、思っている。したくないわけじゃないし。期待がないわけでも嬉しくないわけでも、もちろんないし? ただ、ドキッとすると拳が出てしまうのだ、どうしても。

「言っておくが」
 俺が黙り込んだからか、ドラルクが口を開く。
「正直、チャンスだとは思っている」
「サイテー。だから男子ってイヤなのよ」
「やかましい! 思わないわけないだろうが。でもそれより、まずは無事にここから出るための提案なのは本当だから」
 また無言でにらみ合う。
「誓えるか」
「QSGに誓う」
 最上級の誓いじゃねぇか。ここまで言うなら嘘はついていないだろうが、意図的に黙っているらしい情報に、俺は気づいている。でも致命的なものではない……はず。
 そうかぁ? と脳みその片隅でもうひとりの冷静な自分が首を捻っている。楽しさ優先でいくらでも事態を悪化させられるヤツだぞ、と。それはそうなんだが。まあでも、今回提案を飲んでも賭けられるのは俺の羞恥心だけだし。

……わかった」
 結局俺は、許容範囲だと結論をだした。
 ドラルクは嬉しそうに笑った。そりゃあ、悪い気はしない。何がどうなってこうなったかはいろいろあるとはいえ、好きなヒト、なので。

 グラグラと部屋が揺れ始めた。限界が近そうだ。
 では、とドラ公が立ち上がる。ほら、とつないだ手を引かれて俺も。反対側の手にはサイン済みロナ戦。

 なんとなく逃げやすそうだからと、ドアの前に向かいあって立つ。が、そこでドラルクが動かなくなった。
 あーとかうーとかもぞもぞしている。一通りもぞもぞしたドラ公は、ようやく、
「で、では失礼して」
 とつないでいない方の手を俺の頬に伸ばしてきた。が、またそこで停止する。耳は気持ちへにゃりとしており、落ち着かない視線。……がっちがちに緊張してやがる、このバカ。なんじゃそら。散々迫ったくせに。
「おら、やるならさっさとやれ」
 しかたないので目を閉じて待機してやる。が、しばし待っても何もない。俺たちの背後、ポルターガイストだけが元気である。

 片目で窺えば、ほんの少し先にかちんこちんの吸血鬼の顔があった。はぁ……
「ドヘタレくそ雑魚。度胸も鶏ガラのほうがマシか」
「誰が骨なしチキンじゃ!」
 わぁん! と、とうとう満更嘘泣きでもなさそうな涙を浮かべるので。

 上着の襟をひっつかんで細い身体を引き寄せる。目標、赤いゴマ粒瞳の、その眦。ちゅ、と音がしてしまったのは、うん。恥ずかしい。

 ふへ、アホ面。

 部屋が静まり返る。俺の推測は正解だったらしい。今、俺が消えたようにみえているのだろう、狙い通り。
 無音は一息も続かなかった。ごぉ、と地鳴りが始まる。ヤべっ。

 呆気にとられているアホ面を横目に、ロナ戦をソファに放り投げた。頼むぜロナルド様!
 ロナ戦が着地する音と同時、足元の感覚が消失した。

 ……
 …………

 ◇

「ヌーー!!」
 ジョンの泣き声で目を覚ます。星、星、星、夜空。
 跳ね起きれば隣に砂山がみえた。縋って泣いているジョンも。
「おい!」
 俺の声で起きたのか、もぞもぞと痩せた体が現れてほっとする。その胸にジョンが飛び込んでいった。

 ……そうだ、お社!
 慌てて振り返った先にあったのは、朽ち果てて崩れた、石と土くれと木片の山だった。その隙間に紙束が見えたので拾い上げた。表紙に赤い衣装の人物が描かれた、本。それは、何年も雨晒しにされたようにボロボロだが確かにロナ戦だった。
「ああ、自壊したか。元々強くもないのに無理をして限界だったのか――それともヒトガタで満足したか。いずれにしても手間が省けたな」
 後ろからした声は、いつでも賑やかな吸血鬼にしては、静かすぎる。
「かわいそうだなんて言うんじゃないぞ。君を取り殺そうとした相手だ」
「言わねえよ」
 哀れだとは、思ってしまったけれど。……騙してごめんな。でも俺はあんたと一緒にはいられない。
 自己満足かもしれないが、ボロボロのロナ戦を再び供えて手を合わせる。崩れて消えてしまうほど、俺を欲しかったという何か。これは俺ではないけれど、俺が大事に書いた本だから、持っていって。

 ジョンが泣きつかれてドラ公の腕の中で眠り始めたころ、俺たちは無言でその場をあとにした。今は明かりも見えないが、民家のあるところまでは、それほど遠くないはずだった。

 いくらも歩かないうち、ぼそっとドラ公が呟く。
「気づいてたんだな」
 最後のアレか。
「体液が条件なら涙でも汗でも理屈が通るだろ。……でも一応? 必死すぎる誰かさんの顔を立てて? 待ってやったのに? ヘタレやがるから」
……
 うわ、めずらし。ぶすっと黙り込むほど拗ねてんの。
「必死なわけあるかとか別にしたくなかったわ! とか言えよ」
……必死だったし、したかったから言わん」
 へぁ? ……へ、へぇー……
「ほぉーん?」
「ニヤニヤすんな」
 照れくさいようなフワフワとしたような、なんともいえない気分だ。
 だから提案してみたりして。
「やりなおし、星空の下っていうのはアリ?」
「却下。……もっと格好つけられる時にしろ」
 疲れ切った今では格好つけられないらしい。別にいいのにとは教えない。じゃあ楽しみにしとくぜとだけいえば、なぜか悔しそうにしやがった。

 依頼人不明、事態は終結(暫定)。よって今日の仕事はもう終わり、にするしかない。あとは俺たちの事務所に帰るだけ。
 だから、右手に触れるすこし低い体温を握り返す。
 欲しがってくれることもそれに応えられることもウソみたいに幸せなことだから、崩さないように、そっと。