Lv.1 → 毒を制する毒も毒
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窓の外、ウゾ、と蠢く気配がした。ジョンが一声高く鳴く。警戒の声だ。同時に、『領地』に良くないものが入って来たと高等吸血鬼の超感覚で把握する。
……まーたあの若造、ツけてきよったな。
夜食の肉じゃがの火は一旦止めるしかなさそうだ。
「ジョン、下まで迎えにいってやって」
「ヌン!」
愛する使い魔を守りに出す。我ら竜の気配で散るなら良し、そうでなくても牽制にはなる。
ロナルド君は妖、怪異に好かれやすい。本人はむしろ怪異に強いくらいだが、ただ、とんでもなく寄せるのだ。さながら超ハイスペック誘蛾灯。
美しく珍しい銀と青。生気に満ちた肉体に、健やかな魂、夜明けの名。
……まあ、好かれるな。そうそう連れて行かれることもないが纏わりつかれるタイプ。
この事務所だって私とジョンが来た頃など、大小の妖物が寄り集まってたいへんなことになっていた。半年掃除していない排水溝のような、といえばゾワっと感が通じるかもしれない。それらは私とジョンで蹴散らしたり、本人に『お掃除のお手伝い』をさせたりで消し飛ばした。
そのせいで、この八千円事務所が元から持っていたおかしな特性『変態に遭遇しやすい』が表になった可能性も、うん。なくはない。排水溝よりマシだと感謝してほしい。あのままならロナルド君がいくら強いと言ったっていつか負けていた。負けたらどうなっていたかは、わからないが。
下に来たモノはジョンの威嚇では離れなかったようだ。気配がまだ領地にある。
事務所の扉を開けて伺えば、コツン、カツン、と階段を上ってくるブーツの靴音がした。エレベーターを使わないとなると、ロナルド君がすでに影響されていて夢遊病状態かも知らん。
「メビヤツ、念のため構えていなさい」
ビッ!と返事も勇ましく、優秀なる門番が、扉に正対する。あーあ、もうこういう時だけだよ、メビヤツが私の言うこときくの。
ジョンはいつも通り、下の入り口で余計なものが来ないように見張っているはず。
私はマントを羽織って廊下に出る。まずは「どなたでもお入りください」の看板を外し、裏にして立てかけた。ヤツらに入られるのは業腹なので。
その間にも靴音は近くなり、廊下の端に赤い影が現れた。あー、はいはい。そんなに強くないな、デカいけど。これならメビヤツの出番はない。こういう時はこれだ、と某有名布用消臭スプレーを取り出す。除菌・祓魔もできる優れもの。
ゆっくりこちらに向かってくる影に近づいて、目の前で軽く手を振ってみせる。
「ロナルド君? おーい? シンヨコハマシャークゴリラ?」
視線はこちらに向くがそれ以上の反応がない。案の定、ロナルド君は足だけ動かしている状態だった。
開きっぱなしの彼の目に入らないよう手で覆ってやりながら、後ろの影に勢いよくスプレーを吹きかける。革にはあまりよろしくないので、衣装に直接掛からないようにも注意して。続けて、二度、三度。耳には聞こえない悲鳴を上げて、黒くて埃っぽい影が散っていく。
五度目で私の手は振り払われた。
「ぶえっ!!なになに、なにしてやがんだ」
ロナルド君が正気にもどったようだ。
「ヴァブリーヌだが。ビルに入って来る前から物凄いロナ臭がするってジョンが」
「俺そんなに臭い!?」
「とっとと風呂入れ」
この布用スプレー、どうして効くんだろうなあ。工場か材料に聖別でもしてる? 助かるが。
「何ぼうっとしとるんだ」
「いや、なんかパトロールの帰り道どうしてたか覚えてなくて
……」
「ぼんやりしてても巣に帰れるとはゴリラの帰巣本能すごいな」
これは本音。
「殺した」
風切り音と拳が飛んできて、スナァ
……ナァス、といつものやつ。
ま、これで今日のところは大丈夫だろう。
「ああ、看板また落ちてたぞ」
「はあ?また落としたのかよ」
「落としてないわ落ちてたんだわ」
実際は外したんだが方便というやつだ。落ちたなら裏返しなのはおかしいだろうに、気づいているのかいないのか。
ブツブツいいながら看板を掛け直すロナルド君の後ろ、未練がましく残滓が揺らめくのを蹴り飛ばす。
月の下に生きる我らと、闇に沈むコレらは相容れないが、わかる。ああ、わかるとも。
きれい、欲しい、救われたい、ここは寒い、明るい所へ行きたい、光が欲しい、アレが欲しい、欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい
……。
最後には己が焼かれて滅ぶのに。
どうしようもない。わかっていたって欲しいのだから。
「今日の飯なに」
両肩両足を払いながら。
掛けなおされた看板の横、光の漏れてくる事務所へのドアを開けるロナルド君。向こう側からはメビヤツの嬉しそうな音がしている。稀なお出迎えにデレッデレになるに違いない。
ここは竜の巣。彼は
竜 の宝。何者にも奪わせるつもりなどない。そのためなら、持てる手段は使わなくては。財宝が巣から逃げ出す気など起こさぬように。ここが在るべき場所だと思うように。たとえ意識を奪われようと、帰ってくるように。
だからまずは、空っぽの腹に夕飯を詰め込んでやろう。
「喜べ、特製肉じゃがだ」
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