【逆さの天国】Ⅱ

『B'ASH』現行未通過×

アマリン
※宗教パロ




……ゆめ」


虫の合唱が、窓の外から聴こえてくる。部屋は暗く、ボンヤリとしたカンテラの光だけが照らしている。小鳥の囀りは無く、太陽の輝きも無い。未だ夜が明けていないと、リンは静かに理解する。

あの後、すぐに天上から追放された。翼を黒く染められ、天輪に呪いを受けた。そのまま滅されるのは本意ではなく、追手から必死に逃げた。そして地獄へ繋がる穴を探して、宛もなく空を泳いだ。


「(あの焔に会う日は、まだだろうか)」


ベッドの上で目を閉じ、心の内で呟く。黒い瞼の裏に、鮮明な赤黒い焔が点滅する。こんな幻想ではとても足りないほど、あの赤黒い色に囚われている。何よりも愛おしい、誰よりも大切な想い。あれに抱かれて死ねるなら、どんな罪でも犯してしまう。

けれど同時に、アマヤメに軽蔑されるのも恐ろしい。彼にはバレたくない、失望されたくない。こんなにも歪んだ愛を、知られたくない。そんなことを考えてしまうほどに、リンは彼に絆されていたのだ。


現実から逃避するために、リンは深く布団を被る。小さく包まって、深い眠りへまた落ちようとする。何も考えたくない。長く考えれば考えるほど、無恤に突き当たって苦しいだけだ。いくら怠惰だと罵られても、この生活にあと少し甘えていたい。


……?」


耳に届いた、草木を掻き分ける足音。外から聴こえたそれは、徐々に近付いてくる。アマヤメとは違うように思える気配は、こちらではなく倉庫の方へ向かっているようだ。
咄嗟にリンは、見に行こうかを迷う。自分の姿を見て堕天使だと騒がれるのは非常に困る。しかし、放置する気分にもなれない。もし(こんなところに来るメリットは置いておいて)盗人であれば、無視するのは後に響く。

悩んでいる間に、玄関の開く音が聴こえた。先にアマヤメが起きたのだろうか。ならば向かわなくても良さそうだ。安心して眠れる。


その筈なのに。奇妙な胸騒ぎで、リンはベッドから下りる。音を経てぬよう床を歩き、扉をゆっくり開く。暗闇のリビングを過ぎて、玄関へ。一足の靴がなくなっていることを見て、やはりアマヤメが先に出たことを確認する。靴は履かずに、リンは微かな跡を探して彼を追いかける。ほんの少し残った足跡は、倉庫へ向いている。

一歩一歩、倉庫へ近付く。呼吸音よりも、心臓の音が大きく聴こえる。リンを見下すように、草木がザワザワと揺れている。虫の音は遠くなり、月明かりは雲と木々に阻まれて届かない。緊張から口内に溜まった唾を飲んで、倉庫の入口を見る。扉は、少しだけ開いている。

隙間から、中を覗く。息を殺して、存在を消して、警告を無視して。この先を認識すれば、もう戻れない。本能がそう叫んでいるのに、この身体は止まらない。






あの焔とは違う、けれど限りなく似通った色。
そんな赤と黒をぐちゃぐちゃに混ぜた液体鮮血が、倉庫の中心を彩っていた。