青果
2024-08-24 10:57:10
12266文字
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【サンプル】青い実のジャムは渋く、祝福

『青い実のジャムは渋く、祝福』
九龍妖魔學園紀:皆守と葉佩 / 文庫 / 全年齢 / 150ページ以上予定 /900円(通頒)
2024/8/24・25 ジュヴFES2『彷徨書房』にて頒布予定の前半サンプルです。
※9/4以降順次発送予定

左右を決する描写・示唆する表現はありません。

通頒:https://prim-caca.booth.pm/

・皆守と葉佩の【愛】と苦しみ

・サンプルは読みやすいように改行がありますが、本では詰まっています
・葉佩とは最終的に愛情値優位、Aスキル・Pスキルマックスを想定

 皆守!

 と叫ぶ声を聞いた。声に、まるで声帯をぎりぎりまで引き絞った切実さがあった。あと少しでも絞ったら声帯が切れるのではないかと思った。血を吐くかもしれない。
 そんな声を聞きたかったわけではなかった。ずっとそうだった。この声を聞かないで済む未来を夢見ていた。
 だが所詮、夢は夢に過ぎない。皆守の見る夢はたいがい叶わないのだ。

 皆守!

 と、もう一度呼ばれた。もう呼ぶなと思った。いま自分が、この声を止めなければならなかった。
 覚悟を決めた瞬間、皆守は軸足を固定するために止まった。

 わずかな時間だった。けれども、葉佩にとってはこのわずかな静止が必要なすべてだった。

 葉佩は十メートル近く離れた地に四肢をついていた姿勢からばっと上半身を起こし、銃口を向けた。照準を合わせるための動きをしている余暇を与えるほど、皆守は遅くない。それを葉佩は理解していた。銃をかまえる動きだけで照準を合わせ、引き鉄をひいた。
 甲高い音が、玄室の天井を打った。

 皆守は自分の足元が狙われたとすぐに察して飛び退く。そうしながら、葉佩が撃った弾の軌跡を目で追った。
 弾は皆守の足元に直進した。そして、彼が姿勢を整えるために静止した場に埋め込まれていたガス弾を撃ち抜いた。正確に言えば、本体が埋められ、ピンだけ地表に露わになっていた状態の、ピンの部分だけを正確に撃った。

 間に合わない。

 皆守は速いが、人間の四肢が動くことのできる範囲でのことだ。飛び退いて空中に足があるとき、皆守はさらに後退する手段を持たない。
 まずい、と思ったころには皆守の視界は土埃に覆われた。靴が地面を蹴る音と振動が近づく。次に目を開けたときには、砂から目を守るゴーグルをはめた葉佩にうつ伏せにされて、地面に全身を押しつけられていた。皆守の脚を押さえ込み、肩と腕で上半身を御している。顎下に銃口がぴったり添えられていた。
 皆守は目を閉じた。自分の背中の上で動きを止めた男の呼吸が乱れていることを感じ取った。肩で息をしている。
 皆守の首後ろに押しつけられた顔が、どんな表情を浮かべているかは分からなかった。

――皆守。
――……ああ。
――皆守。これは、おれの勝ちでいいですよね。もう、いいですよね。
――……九ちゃん、
――もういい、とだけ言ってください。お願いだから。これ以上、おれはできません。分かるでしょう、皆守。

 分かるよ。

――……俺の負けだよ。もう、……いい。

 顎の骨を押し上げていた鉄が離れた。葉佩が、皆守の後ろ頭に顔を押しつけている。離れてほしいと思ったが、離れなくてもいいと思った。
 皆守の上半身を抑えていた手が震えて、力が緩んだ。もう起き上がることができたが、動けなかった。

――皆守、怪我は。弾、当たりましたか?
――いいや。まったく、性能がよすぎるぜ。
――よかった。どこもひねっていないですか。足とか、腕とか。無理に動かしたでしょう。
――そりゃあ、確かにな。しばらくご無沙汰だったんだ。なまったもんだ。
――痛むんですか。

 鋭い声だった。皆守は浅く笑った。上にうずくまったままの男のせいで、息がしにくい。

――平気だよ。
――本当に?
――これは嘘じゃない。
――あなたに嘘をつかれていたなんて、思ったことありません。
――おまえ、人がよすぎるんだ。
――違います。

 あまりにすばやく否定されたので、皆守はまた浅く笑った。

――ちょっとどいてくれ。さすがに苦しい。
――嫌ですよ。あなたに合わせる顔がない。
――おい。ずっとこのままかよ。
――せめて、あと少し待っててください。まだ動揺してるから……

 そう言われたら、皆守は強く出られない。主張を諦めて、力を抜いた。
 皆守の脱力に気がついた葉佩が、ため息をつく。息には今の葉佩の胸の奥にあったもの全てが絡みついていた。まだ声がかすれていた。呼吸も乱れていた。それは決して、激しく動いたためだけではないことは皆守にも理解できていた。

――皆守。

 喉から血を吐くような声で呼んでいたときとはうってかわって、細い声だった。その声のままで、皆守の耳にささやく。
 彼は目に秀でたが、耳は一般程度の聴力しかない。でも、ほど近くなら小さな声でも聞こえた。
 声は、愛しています、とだけ言った。何度も聞いた言葉を、皆守は噛みしめる。そして、すまないと思う。応えられるだけの言葉の選択肢を皆守は持たない。

――九龍。

 できることのすべては、彼の名を呼ぶことだけだった。