Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
しゃどやま
2024-08-22 21:52:18
5007文字
Public
Clear cache
モクマさんと猫のチェズレイ(二本)
モクマさん視点とチェズレイ視点がありますが、別な話です。
1
2
「どうするの?」
「まあ捕まえて追い出すしかないな」
俺は迷惑そうにささやきあう二人を振り返った。今回の芝居グループは、しばらく厄介になる予定だ。演者が裏方も兼ねる小さな規模だが、詮索されない雑な所が気に入っている。
「どったの?」
手首で額の汗を拭う。トラックから大道具を運び、借りた舞台に並べる作業をこっそりとサボる口実にもなる。もうすぐ終わりだし。
「モクマ。ここ、小さいほうの控室あるだろう。置いていかれた道具の物置になってるやつ」
「あるね。片付けて使うんでしょ?」
「それが、中になにかいるのよ。入ったらバタバタって奥に逃げ込んでったの」
はぁー、と俺は相槌をうつ。たしかに年季の入った劇場だ。ネズミやなにやらが住み着いていてもおかしくない。
「みてこようか? おじさん害虫駆除とかもやったことあるし」
「ネズミだったら嫌だな
……
セットを齧られる」
「よろしく。道具が必要だったら声かけて」
あいよ、と答えて俺はのんびりと廊下を進んだ。
ホコリだらけの控室は、裸のマネキンや手作りのハリボテやらで酷く狭い。確かに動物の気配がする。引きずり落とされた舞台衣装、ピンクのドレスのところに白い毛がついていた。小さい窓が作る日向で、よく眠っているのだろう。
「ああ、これか」
隙間を縫って奥へ進むと、もう一つの小窓が細く開いている。さっと見ただけでは見逃してしまう大道具の影。俺は、その窓をゆっくりと閉めた。
既にその生き物は窓から逃げたかもしれない。そう考えつつ、振り返る。
殺意のこもった菫色の目が、こちらをみていた。
うう、と唸る。毛足の長い尻尾が瓶洗いブラシのように膨らんでいる。青みがかったグレーのポイント。白い毛並みの、猫が居た。
「あららら
……
お前さんの縄張り?」
野良猫とは言い難い、高級そうな猫だ。血統書もついているんじゃないかと思わせる、誇り高いデザイン。
俺が一歩進むと、カッと口を大きく開き、蛇のような声で威嚇した。
「怒んないの」
軍手をしたままでよかった。羽織を脱いだ俺は、猫の目を見る。威圧するように目を逸らさず、距離を詰める。猫もなかなか肝が座って居たようで、逃げ出さない。
俺の動きのほうが早かった。首根っこを掴み、動揺しているところを羽織で包む。暴れる猫を風呂敷包みにし、皆のもとに戻った。
「どうするの?」
「えっ? 俺に聞くの?」
唸る猫を、ダンボール箱にいれる。隙間から覗き込んだ仕事仲間たちが「すごい可愛い」と騒いでいた。
「迷い猫なら飼い主探し、そうでなければ保健所につれていくか、自分で貰い手を見つける」
「まぁ、そうだよねえ
……
」
俺は肩を落とす。逃げちゃった、と言って外に放せばよかったか。若い団員たちははしゃいでいるが、現実問題、ここで飼うわけにはいかないのだ。
「私たちが借りてる宿舎、ペット不可なの。今決めないと」
「あー
……
じゃあ、俺が一旦預かるよ」
ぽりぽりと頬を掻きながら、俺は言う。これも人助けだろう。
「大丈夫? 宿じゃないわよね」
「だいじょーぶだいじょーぶ、しばらく住むつもりで安い所借りてる。それに上の人なんて九官鳥飼ってるから。うるさいのなんの」
俺がおどけると、団長は冷静に「そう」と返した。
「どのぐらい預かることになるか解らないけど、いいのね?」
頷いて、俺はダンボールに近づく。蓋を開けて、抱き上げる。異様に柔らかい毛並みが指先に触れる。
顔を覗き込む。大きな瞳に、すました口元。毛艶も良い。
「こんなに美人さんなんだから、すぐ飼い主がみつかるでしょ」
そう笑いかける。俺の微笑みに、猫は思いっきり爪を立てた。
解散し、部屋に連れて帰る。箱から出す前に、逃げ出さないか部屋の窓を確認する。壊されたり爪を立てられたら困るものを避けておこうとして、そんなものは俺になかったと思い出す。
「ほいよ」
箱の蓋を開けてやる。俺は窓辺にあぐらをかいて、様子を見守る。
ふんふんと匂いを嗅いでから、猫はゆっくりと箱から出る。俺の姿を確認すると、直様周囲を見渡し、前の住人が置いていった鏡台に上がり、さらにそこからタンスに登る。前の前の住人のやつ。
暗がりからじっと俺を観察する。
「まあ、好きにしなさい」
俺は段ボール箱にタオルを敷いてやり、タンスの下にそっと置いた。新聞紙を引いて、小さい茶碗に水を注いでやる。飲んでくるために降りてくるだろうか。時計を見る。まだスーパーはギリギリ開いている時間だった。
「ちょっと出かけてくるから、のんびりしててね」
猫相手にひらひらと手をふる。当然返事は無い。
ペットシーツと猫餌を買って、俺と猫との共同生活は始まった。
食べない。あれから四日である。意地をはっているのか、どこか具合が悪いのか。毛玉のような猫は、目ばかりギラギラと俺を睨む。
「食べてくれよー、おじさんの事がそんなに嫌いかい?」
猫は答えない。改めて、同居人がハンガーストライキをすることの辛さを思い知る。ごめんな、と恩人の顔に謝った。
「獣医さんとか行かなきゃならんかな
……
あ」
ふと頭にチップのことが浮かぶ。血統書付きの犬猫が、行方不明になった時のための登録。ここまでゴージャスな猫ならば、登録されていてもおかしくない。
獣医には団長が写真を見せてくれたらしいが、本人にチップがあるかは確認していない。
俺は、タンスの上の猫に手を伸ばした。
結論から言うとチップはあった。飼い主にこれから連絡してくれるらしい。俺と猫は、待合室で返事を待つ。
「きっと見つかるさ、お家に帰れるぞ」
俺は膝に置いたダンボールにそう声をかける。中からは繰り返し唸り声が聞こえた。
これで、気まずい同居生活ともお別れだ。懐かれなかったのも丁度いい。別れを寂しがられては、互いの心に傷が残る。
「エンドウさーん」
「はぁい!」
若いおねえさんに呼ばれて、俺は笑顔で返事をする。おねえさんの顔がひきつった。
「あの
……
申し上げにくいのですが」
「え?」
「この子、捨てられてるみたいです」
飼い主の連絡先の更新が無かった。登録の時期は二年ほど前。電話番号は不通の上、問い合わせも来ていない。
「えっと
……
じゃあ?」
「名前はチェズレイちゃんで、雄。去勢済み、持病はありませんでした」
「どう、なるんです?」
眉をひそめて、おねえさんは言う。
「こちらで引き取り手探しのチラシは貼ることはできますが
……
あとは、保健所など
……
」
ああ、と俺は呻く。
「ちょっと、えー、責任者と相談させてください」
「責任者?」
「へへ。決断できない大人なんで」
俺とおねえさんは、責任者とは誰なんだろうと首をかしげあった。
部屋に戻る。猫は、チェズレイは不機嫌そうに箱から飛び出し、タンスの上に飛び乗った。食べてないのに、よく動けるものだ。そして俺を睨む。
「はぁー
……
」
俺は万年床に座り込む。空きっ腹に酒を入れる。
捨てられたと聞いて。
ああ、俺と同じか、と思ってしまった。
――
人を里を、捨てて逃げたのは、俺のほうだというのに。
被害者ヅラとは、身勝手なことだ。だからチェズレイは俺のことを睨んでいるのかも知れない。捨てられた側として。罪を忘れるな。お前は、私も捨てていくんだろう。そう語りかけてくる紫の目。
酒の味などわからない。つまみもないから、ただ胃の腑を消毒するような気持ちだ。もっと強くてもいい。
意識を失えるならばなんでもいい。
夢を見た。責める目に見つめられる夢だった。そいつは俺の傷口をえぐる。痛めつけて苦しめて、俺を殺そうとする。俺の事をいい人だなんて言わない。今も猫を抱えて面倒だと思っている俺を、無責任と詰る。殺してくれ、逃してくれ、と頼み込む俺を、嘲笑って。
「ぐぇ」
俺は目を見開いた。
腹に、四足でしっかりと猫が立っている。ピンヒールのように尖った足。それだけの痛みじゃない。タンスだ。タンスから飛び降りて、俺を叩き起こしたのだ。
恨めしげな目で、俺を見下ろす。チェズレイは、ふん、と鼻を鳴らした。
「な、なに?」
どうしたも何も。そう目が語りかけてくる。
俺は痛む頭をかばいながら、体を起こす。チェズレイはとことこと、タンスの下へ行く。
空になった餌皿が、そこにあった。
「
……
はは」
さっさとしなさい、と言いたげに睨む。
俺は、のろのろ立ち上がり、ビニール袋から猫缶を取り出した。皿に盛ってやると、警戒した様子で、それでも食べ始める。
「猫って何年生きるんだっけ
……
」
大切に、うまく行けば二十年。そう、記憶が語りかけてくる。
「世話がやけるなぁ」
俺は、チェズレイの頭を撫でる。
思いっきり引っかかれた。
1
2
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内