しゃどやま
2024-08-22 21:52:18
5007文字
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モクマさんと猫のチェズレイ(二本)

モクマさん視点とチェズレイ視点がありますが、別な話です。

「どうするの?」
「まあ捕まえて追い出すしかないな」
 俺は迷惑そうにささやきあう二人を振り返った。今回の芝居グループは、しばらく厄介になる予定だ。演者が裏方も兼ねる小さな規模だが、詮索されない雑な所が気に入っている。
「どったの?」
 手首で額の汗を拭う。トラックから大道具を運び、借りた舞台に並べる作業をこっそりとサボる口実にもなる。もうすぐ終わりだし。
「モクマ。ここ、小さいほうの控室あるだろう。置いていかれた道具の物置になってるやつ」
「あるね。片付けて使うんでしょ?」
「それが、中になにかいるのよ。入ったらバタバタって奥に逃げ込んでったの」
 はぁー、と俺は相槌をうつ。たしかに年季の入った劇場だ。ネズミやなにやらが住み着いていてもおかしくない。
「みてこようか? おじさん害虫駆除とかもやったことあるし」
「ネズミだったら嫌だな……セットを齧られる」
「よろしく。道具が必要だったら声かけて」
 あいよ、と答えて俺はのんびりと廊下を進んだ。

 ホコリだらけの控室は、裸のマネキンや手作りのハリボテやらで酷く狭い。確かに動物の気配がする。引きずり落とされた舞台衣装、ピンクのドレスのところに白い毛がついていた。小さい窓が作る日向で、よく眠っているのだろう。
「ああ、これか」
 隙間を縫って奥へ進むと、もう一つの小窓が細く開いている。さっと見ただけでは見逃してしまう大道具の影。俺は、その窓をゆっくりと閉めた。
 既にその生き物は窓から逃げたかもしれない。そう考えつつ、振り返る。
 殺意のこもった菫色の目が、こちらをみていた。
 うう、と唸る。毛足の長い尻尾が瓶洗いブラシのように膨らんでいる。青みがかったグレーのポイント。白い毛並みの、猫が居た。
「あららら……お前さんの縄張り?」
 野良猫とは言い難い、高級そうな猫だ。血統書もついているんじゃないかと思わせる、誇り高いデザイン。
 俺が一歩進むと、カッと口を大きく開き、蛇のような声で威嚇した。
「怒んないの」
 軍手をしたままでよかった。羽織を脱いだ俺は、猫の目を見る。威圧するように目を逸らさず、距離を詰める。猫もなかなか肝が座って居たようで、逃げ出さない。
 俺の動きのほうが早かった。首根っこを掴み、動揺しているところを羽織で包む。暴れる猫を風呂敷包みにし、皆のもとに戻った。

「どうするの?」
「えっ? 俺に聞くの?」
 唸る猫を、ダンボール箱にいれる。隙間から覗き込んだ仕事仲間たちが「すごい可愛い」と騒いでいた。
「迷い猫なら飼い主探し、そうでなければ保健所につれていくか、自分で貰い手を見つける」
「まぁ、そうだよねえ……
 俺は肩を落とす。逃げちゃった、と言って外に放せばよかったか。若い団員たちははしゃいでいるが、現実問題、ここで飼うわけにはいかないのだ。
「私たちが借りてる宿舎、ペット不可なの。今決めないと」
「あー……じゃあ、俺が一旦預かるよ」
 ぽりぽりと頬を掻きながら、俺は言う。これも人助けだろう。
「大丈夫? 宿じゃないわよね」
「だいじょーぶだいじょーぶ、しばらく住むつもりで安い所借りてる。それに上の人なんて九官鳥飼ってるから。うるさいのなんの」
 俺がおどけると、団長は冷静に「そう」と返した。
「どのぐらい預かることになるか解らないけど、いいのね?」
 頷いて、俺はダンボールに近づく。蓋を開けて、抱き上げる。異様に柔らかい毛並みが指先に触れる。
 顔を覗き込む。大きな瞳に、すました口元。毛艶も良い。
「こんなに美人さんなんだから、すぐ飼い主がみつかるでしょ」
 そう笑いかける。俺の微笑みに、猫は思いっきり爪を立てた。

 解散し、部屋に連れて帰る。箱から出す前に、逃げ出さないか部屋の窓を確認する。壊されたり爪を立てられたら困るものを避けておこうとして、そんなものは俺になかったと思い出す。
「ほいよ」
 箱の蓋を開けてやる。俺は窓辺にあぐらをかいて、様子を見守る。
 ふんふんと匂いを嗅いでから、猫はゆっくりと箱から出る。俺の姿を確認すると、直様周囲を見渡し、前の住人が置いていった鏡台に上がり、さらにそこからタンスに登る。前の前の住人のやつ。
 暗がりからじっと俺を観察する。
「まあ、好きにしなさい」
 俺は段ボール箱にタオルを敷いてやり、タンスの下にそっと置いた。新聞紙を引いて、小さい茶碗に水を注いでやる。飲んでくるために降りてくるだろうか。時計を見る。まだスーパーはギリギリ開いている時間だった。
「ちょっと出かけてくるから、のんびりしててね」
 猫相手にひらひらと手をふる。当然返事は無い。
 ペットシーツと猫餌を買って、俺と猫との共同生活は始まった。

 食べない。あれから四日である。意地をはっているのか、どこか具合が悪いのか。毛玉のような猫は、目ばかりギラギラと俺を睨む。
「食べてくれよー、おじさんの事がそんなに嫌いかい?」
 猫は答えない。改めて、同居人がハンガーストライキをすることの辛さを思い知る。ごめんな、と恩人の顔に謝った。
「獣医さんとか行かなきゃならんかな……あ」
 ふと頭にチップのことが浮かぶ。血統書付きの犬猫が、行方不明になった時のための登録。ここまでゴージャスな猫ならば、登録されていてもおかしくない。
 獣医には団長が写真を見せてくれたらしいが、本人にチップがあるかは確認していない。
 俺は、タンスの上の猫に手を伸ばした。

 結論から言うとチップはあった。飼い主にこれから連絡してくれるらしい。俺と猫は、待合室で返事を待つ。
「きっと見つかるさ、お家に帰れるぞ」
 俺は膝に置いたダンボールにそう声をかける。中からは繰り返し唸り声が聞こえた。
 これで、気まずい同居生活ともお別れだ。懐かれなかったのも丁度いい。別れを寂しがられては、互いの心に傷が残る。
「エンドウさーん」
「はぁい!」
 若いおねえさんに呼ばれて、俺は笑顔で返事をする。おねえさんの顔がひきつった。
「あの……申し上げにくいのですが」
「え?」

「この子、捨てられてるみたいです」

 飼い主の連絡先の更新が無かった。登録の時期は二年ほど前。電話番号は不通の上、問い合わせも来ていない。
「えっと……じゃあ?」
「名前はチェズレイちゃんで、雄。去勢済み、持病はありませんでした」
「どう、なるんです?」
 眉をひそめて、おねえさんは言う。
「こちらで引き取り手探しのチラシは貼ることはできますが……あとは、保健所など……
 ああ、と俺は呻く。
「ちょっと、えー、責任者と相談させてください」
「責任者?」
「へへ。決断できない大人なんで」
 俺とおねえさんは、責任者とは誰なんだろうと首をかしげあった。

 部屋に戻る。猫は、チェズレイは不機嫌そうに箱から飛び出し、タンスの上に飛び乗った。食べてないのに、よく動けるものだ。そして俺を睨む。
「はぁー……
 俺は万年床に座り込む。空きっ腹に酒を入れる。
 捨てられたと聞いて。
 ああ、俺と同じか、と思ってしまった。
 ――人を里を、捨てて逃げたのは、俺のほうだというのに。
 被害者ヅラとは、身勝手なことだ。だからチェズレイは俺のことを睨んでいるのかも知れない。捨てられた側として。罪を忘れるな。お前は、私も捨てていくんだろう。そう語りかけてくる紫の目。
 酒の味などわからない。つまみもないから、ただ胃の腑を消毒するような気持ちだ。もっと強くてもいい。
 意識を失えるならばなんでもいい。

 夢を見た。責める目に見つめられる夢だった。そいつは俺の傷口をえぐる。痛めつけて苦しめて、俺を殺そうとする。俺の事をいい人だなんて言わない。今も猫を抱えて面倒だと思っている俺を、無責任と詰る。殺してくれ、逃してくれ、と頼み込む俺を、嘲笑って。

「ぐぇ」

 俺は目を見開いた。
 腹に、四足でしっかりと猫が立っている。ピンヒールのように尖った足。それだけの痛みじゃない。タンスだ。タンスから飛び降りて、俺を叩き起こしたのだ。
 恨めしげな目で、俺を見下ろす。チェズレイは、ふん、と鼻を鳴らした。
「な、なに?」
 どうしたも何も。そう目が語りかけてくる。
 俺は痛む頭をかばいながら、体を起こす。チェズレイはとことこと、タンスの下へ行く。
 空になった餌皿が、そこにあった。
……はは」
 さっさとしなさい、と言いたげに睨む。
 俺は、のろのろ立ち上がり、ビニール袋から猫缶を取り出した。皿に盛ってやると、警戒した様子で、それでも食べ始める。
「猫って何年生きるんだっけ……
 大切に、うまく行けば二十年。そう、記憶が語りかけてくる。
「世話がやけるなぁ」
 俺は、チェズレイの頭を撫でる。
 思いっきり引っかかれた。