Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
沁月
Public
ウ教×ハ♀ 両片想い 読み切り
炎安らぐ場所
MHRウ教×ハ♀。両片想い。
ハンターデビューして数ヶ月のハ♀。
初めて火竜狩猟に向かった彼女を襲う危機。
1
2
月の埋もれた曇天の闇夜に紛れ、必死に身を隠したのは、朽ちた拝殿。
そこは今や
微風
そよかぜ
にも軋み、ゆさ、ゆさと横に揺れて不穏な音を奏で、安堵とは程遠い頼りない密室。
その周囲を、どしん、どしんと大地を震わせ、圧倒的な貫禄と共に歩き、何かを探している深紅の火竜の気配。
火竜が探しているのは、ハンターになってまだ数ヶ月の娘。
師より『猛き炎』と呼ばれるほどの
天賦
てんぷ
の才を持つ彼女が、初めて挑んだ火竜、リオレウス。
依頼を受けて現地の大社跡へ向かってみれば、初めて挑むには厳しい、ギルドも想定外の巨大な空の王者が、
蒼穹
そうきゅう
を覆い尽くしていた。
異名に相応しい圧倒的な力、体重と根性では
抗
あらが
えない風圧、草はおろか土も一瞬で焼け焦げる炎の前に、娘は翻弄されるしかなかった。
力の差と命の危機を感じた彼女は、火竜の爪に裂かれて腕から出血しながら、ずるずると
挫
くじ
いた片足を引きずって逃れ、今に至る。
足を挫いて腕を負傷するだけで済んだのは、娘が師より学んだ翔蟲を用いた回避の技術と、天賦の才の立ち回りあってこそ。
だが、手際良く小娘を狩れなかったことは、空の王者の誇りを傷つけたらしい。
火竜リオレウスは執拗に娘を追い続け、今もなお低く喉を鳴らし、嗅覚も用いて探し続けている。
(──しつこいなぁ
……
! 諦めの悪い奴
……
!)
朽ちた拝殿内の太い柱の陰に身を隠すように座りながら、娘がちらりと視線を屋外に向ける。
炎を帯びた火竜の吐息が、夜闇の中で不気味に、鮮烈な赤紅の筋となって浮かび上がっていた。
夜は、光も音も
際立
きわだ
たせる。
とにかく物音を立てないよう、娘は息を殺し、気配を消し、闇の中に潜んだ。
どくん、どくん、どくんと
五月蝿
うるさ
い心音が緊張を煽り立て、彼女は強く唇を噛み締める。
危機感と恐怖感から痛いほど心臓が冷え、全身の血管の激流を感じた。
どしん、どしん、と大地が震え、朽ちた拝殿が揺れる音の後に「グルル
……
」と空気を震わせる、獣にも似た火竜の呻き声。
周辺を監視するように動き回り、飛び去ろうとする気配のないことが、娘の心をますます恐怖で
凍
い
てつかせた。
次に見つかれば、体力的にも状況的にも逃げられないと確信していたから。
長い時間と風雨に晒されて朽ちた拝殿を吹き飛ばすなど、この巨大な火竜には造作もないことだろう。
その程度のことなら、まだハンターとして成熟しきっていない彼女にも見当がつく。
(見つかったら
……
本当に『終わり』だ
……
!)
わずかな可能性であってほしい、モンスターの餌になるかもしれない未来が見えてしまった。
にも関わらず、娘は噛み締めていた唇を
綻
ほころ
ばせ、小さく笑いそうになるのを必死に堪える。
極限まで張り詰めているはずの、絶対零度の緊張の糸が、不思議と微かに緩み始めていて。
(──情けないな
……
ちょっと、諦めそう
……
)
諦念
ていねん
は、こんなにも心を安らげるものなのだと、娘は初めて知った。
諦めかけてはいるが、終わるにしても終わり方には人としてのプライドがある。
笑い声を漏らしてしまった故に見つかり、命が尽きてはあまりにも
滑稽
こっけい
。
彼女はあえて目を閉じて、視覚から心を乱されないように情報を遮断した。
ひゅう、と乾いた風の音。
どしん、どしん、と火竜の地響きの音。
ぎし、ぎしと拝殿の軋む音。
そして何より、自分自身の、どくどくどくどく、と更に早鐘を打つ心臓の音。
聴覚は敏感に、あらゆる音を拾い上げる。
音に意識を傾けている影響か、痛みは何故か感じず、腕の傷口と挫いた足首が熱いだけだった。
彼女の鼓膜をまた、どしん、ぎしぎし、と絶望的な現実の音が震わせる。
けれど、その残酷な重低音を奏でる暗闇の狭間には、微かに灯るものがあった。
──愛弟子。必ず、無事に帰っておいで
……
!
灯火は、絶望が凪ぐほどの優しい声。
そしてその声は、諦念に覆われていた娘の生への渇望を次第に甦らせていった。
記憶の暗闇の彼方から響き、ゆらゆらと灯る、今は聞こえるはずのない声。
想うだけで、ぶるりと身が震えるほど、愛しい声。
冷たく引き締まった緊張の糸が、一瞬だけでも瞬時に緩まるほどの、大好きな人の声。
(
……
ウツシ
……
教官
……
)
娘は目を閉じたまま、胸の奥で、幼い頃から想いを寄せ続ける師の名をぽつりと呼んだ。
心の声で呼ばずにいられなかった。
また、もう一度、あなたの顔を見て名を呼びたいと。
あなたの目に自分を映してもらいながら、愛弟子、と呼んでほしいと。
そう思うだけで、何と不思議なことだろうか。
たちまち『生きて帰りたいと』いう切なる願いが、朝陽のように娘の絶望を照り渡し、同時にその輝く願いに千切れそうなほど、胸を締め付けられた。
(ウツシ教官
……
あなたに、会いたい
……
! わたし
……
わたし、は
……
あなたの、愛弟子
……
!)
きつく、きつく、娘が再び唇を噛み締め、強く両手を握り込み、拳を作った。
締め付けられていたはずの胸の奥が、傷口の熱よりも熱く、火竜の炎にも劣らぬ想いに満ちていく。
諦めかけていた自分を恥じる心さえ、生を掴み取ろうとする熱へと変わって。
(絶対
……
乗り越えて、生きて、帰るッ
……
!)
1
2
@acadine
広告非表示プランのご案内