炎安らぐ場所

MHRウ教×ハ♀。両片想い。

ハンターデビューして数ヶ月のハ♀。
初めて火竜狩猟に向かった彼女を襲う危機。

月の埋もれた曇天の闇夜に紛れ、必死に身を隠したのは、朽ちた拝殿。

そこは今や微風そよかぜにも軋み、ゆさ、ゆさと横に揺れて不穏な音を奏で、安堵とは程遠い頼りない密室。

その周囲を、どしん、どしんと大地を震わせ、圧倒的な貫禄と共に歩き、何かを探している深紅の火竜の気配。

火竜が探しているのは、ハンターになってまだ数ヶ月の娘。

師より『猛き炎』と呼ばれるほどの天賦てんぷの才を持つ彼女が、初めて挑んだ火竜、リオレウス。

依頼を受けて現地の大社跡へ向かってみれば、初めて挑むには厳しい、ギルドも想定外の巨大な空の王者が、蒼穹そうきゅうを覆い尽くしていた。

異名に相応しい圧倒的な力、体重と根性ではあらがえない風圧、草はおろか土も一瞬で焼け焦げる炎の前に、娘は翻弄されるしかなかった。

力の差と命の危機を感じた彼女は、火竜の爪に裂かれて腕から出血しながら、ずるずるとくじいた片足を引きずって逃れ、今に至る。

足を挫いて腕を負傷するだけで済んだのは、娘が師より学んだ翔蟲を用いた回避の技術と、天賦の才の立ち回りあってこそ。

だが、手際良く小娘を狩れなかったことは、空の王者の誇りを傷つけたらしい。

火竜リオレウスは執拗に娘を追い続け、今もなお低く喉を鳴らし、嗅覚も用いて探し続けている。

(──しつこいなぁ……! 諦めの悪い奴……!)

朽ちた拝殿内の太い柱の陰に身を隠すように座りながら、娘がちらりと視線を屋外に向ける。

炎を帯びた火竜の吐息が、夜闇の中で不気味に、鮮烈な赤紅の筋となって浮かび上がっていた。

夜は、光も音も際立きわだたせる。

とにかく物音を立てないよう、娘は息を殺し、気配を消し、闇の中に潜んだ。

どくん、どくん、どくんと五月蝿うるさい心音が緊張を煽り立て、彼女は強く唇を噛み締める。
危機感と恐怖感から痛いほど心臓が冷え、全身の血管の激流を感じた。

どしん、どしん、と大地が震え、朽ちた拝殿が揺れる音の後に「グルル……」と空気を震わせる、獣にも似た火竜の呻き声。

周辺を監視するように動き回り、飛び去ろうとする気配のないことが、娘の心をますます恐怖でてつかせた。

次に見つかれば、体力的にも状況的にも逃げられないと確信していたから。

長い時間と風雨に晒されて朽ちた拝殿を吹き飛ばすなど、この巨大な火竜には造作もないことだろう。
その程度のことなら、まだハンターとして成熟しきっていない彼女にも見当がつく。

(見つかったら……本当に『終わり』だ……!)

わずかな可能性であってほしい、モンスターの餌になるかもしれない未来が見えてしまった。
にも関わらず、娘は噛み締めていた唇をほころばせ、小さく笑いそうになるのを必死に堪える。

極限まで張り詰めているはずの、絶対零度の緊張の糸が、不思議と微かに緩み始めていて。

(──情けないな……ちょっと、諦めそう……)

諦念ていねんは、こんなにも心を安らげるものなのだと、娘は初めて知った。

諦めかけてはいるが、終わるにしても終わり方には人としてのプライドがある。
笑い声を漏らしてしまった故に見つかり、命が尽きてはあまりにも滑稽こっけい

彼女はあえて目を閉じて、視覚から心を乱されないように情報を遮断した。

ひゅう、と乾いた風の音。
どしん、どしん、と火竜の地響きの音。
ぎし、ぎしと拝殿の軋む音。

そして何より、自分自身の、どくどくどくどく、と更に早鐘を打つ心臓の音。

聴覚は敏感に、あらゆる音を拾い上げる。

音に意識を傾けている影響か、痛みは何故か感じず、腕の傷口と挫いた足首が熱いだけだった。

彼女の鼓膜をまた、どしん、ぎしぎし、と絶望的な現実の音が震わせる。

けれど、その残酷な重低音を奏でる暗闇の狭間には、微かに灯るものがあった。


──愛弟子。必ず、無事に帰っておいで……


灯火は、絶望が凪ぐほどの優しい声。

そしてその声は、諦念に覆われていた娘の生への渇望を次第に甦らせていった。

記憶の暗闇の彼方から響き、ゆらゆらと灯る、今は聞こえるはずのない声。

想うだけで、ぶるりと身が震えるほど、愛しい声。
冷たく引き締まった緊張の糸が、一瞬だけでも瞬時に緩まるほどの、大好きな人の声。

(……ウツシ……教官……)

娘は目を閉じたまま、胸の奥で、幼い頃から想いを寄せ続ける師の名をぽつりと呼んだ。

心の声で呼ばずにいられなかった。

また、もう一度、あなたの顔を見て名を呼びたいと。
あなたの目に自分を映してもらいながら、愛弟子、と呼んでほしいと。

そう思うだけで、何と不思議なことだろうか。

たちまち『生きて帰りたいと』いう切なる願いが、朝陽のように娘の絶望を照り渡し、同時にその輝く願いに千切れそうなほど、胸を締め付けられた。

(ウツシ教官……あなたに、会いたい……! わたし……わたし、は……あなたの、愛弟子……!)

きつく、きつく、娘が再び唇を噛み締め、強く両手を握り込み、拳を作った。

締め付けられていたはずの胸の奥が、傷口の熱よりも熱く、火竜の炎にも劣らぬ想いに満ちていく。

諦めかけていた自分を恥じる心さえ、生を掴み取ろうとする熱へと変わって。

(絶対……乗り越えて、生きて、帰るッ……!)

@acadine