和綺
2024-08-02 22:42:41
6351文字
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#ごうたんか

解説はできないが、話は書ける


最悪だ。最悪である。


五条の部屋がたまり場になることはよくあって、それは大抵親友と同期のせいであったので、五条は概ね許容していた。エロ本なんざ見られたところで屁でもないし、元よりそれほど置いていない。
帰宅した五条に気づいた硝子が、よ、と手を挙げる。
「お疲れ」
「お疲れ」
「今日は早いんだな」
「ああ、うん」
はー、とアイマスクをむしり取り、上着を脱ぎ捨て、ベッドに投げていたスエットを手に取る。履いていたスラックスを抜き取って履き替えると硝子が収まっているこたつに向かう。
「何連勤?」
隈だらけの目がからかうように見上げるのに、二十五と答えると、一ヶ月……! と吹き出している。
「そっちは? 何徹?」
「四、いや、五かな」
気だるそうについている肘の横には、小さなグラスがあって、飲むより寝た方がいいのではと思うが、わざわざ言うようなことでもない。
「で、あっちは?」
「十二、かな? 二週間くらい休みないって言ってた気がする」
五条の位置からではつむじとくたりとしたリボンしか見えないが、座卓の一辺で寝ているのは庵歌姫そのひとである。
ふーん、と応えた五条の指が卓上の漬物を摘む。
「いつもの?」
「そう、いつもの」
蕪の千枚漬けは、歌姫がお気に入りの京都の店の物で、この時期に上京する際の定番の手土産だ。
ぱりぱりと咀嚼し、ああ、あったかいお茶がほしいな、ともう一枚を摘んだ。
「飲むか?」
硝子がグラスを振るのに、五条は顔を顰めていらないと首を振る。
「お子ちゃまめ」
「いや体質でしょ。医者が何言ってんのさ」
「でも味も嫌いだろ」
「まぁ」
「ほら、お子ちゃま」
は~? と威嚇しながら、自室の冷蔵庫の中身を思い浮かべる。とは言え、ろくな物が入っている記憶がない。
「コーラあるぞ」
「え、まじ?」
「先輩が買ってくれたんだから、感謝しろよ」
ラッキーとこたつを抜け出して、通り過ぎがてら、歌姫の頭をありがと、と撫でる。んん、という唸り声が返事のようだ。
「ね~プリンあるんだけど~」
「ああ、それも君の」
「やっぴー」
ご丁寧に一緒に冷やされていたプラスチックのスプーンをプリンの上に乗せて、コーラを抱え、冷蔵庫は足で閉めた。
「なに? サービスいいじゃん」
「先輩優しいから」
「そう~? いつもきぃきぃヒスってんじゃん」
「あ、違った。私にはいつも優しい、だった」
「でもこのプリンとコーラは僕のだもんね~」
「はいはい、よかったな」
元の位置に戻った五条は、コーラを置いて、プリンのふたをぺりりとめくる。コンビニと有名パティシエとのコラボ商品であるそれは、少し硬めの焼きプリンだ。
「歌姫、いつから寝てんの?」
「さぁ、いつだったかな」
「今日泊まり?」
「多分?」
「任務? お使い?」
「あー、どっちか」
「え、なにも聞いてないの?」
「いや、聞いたよ」
「飲みすぎ?」
「酔ってない」
「そりゃそうか」
ほぼワクに近い酒飲みである硝子は、いくら杯を重ねても顔色ひとつ変わらない。
「飲んでて楽しいの?」
歌姫のように我を忘れて騒いでストレス発散などとはならないのに、硝子は自分の意思で歌姫の誘いを断ったことがほぼない。
「楽しいよ。先輩かわいいし。飲んだら多少テンション上がるし」
「あ、上がってんの?」
「見ればわかるだろ」
「いやわかんない」
「見る目な」
「え、そういう話? 歌姫くらいわかりやすかったらわかるけどさ」
「先輩はいつも元気でかわいい」
「さっきから同じことしか言ってないんだけど、やっぱり酔ってる?」
「酔ってない。ただの事実」
じ、と隈に埋もれたような瞳を覗き込んでも、そこにはいつものクールな光があるだけで、五条ははぁ、と嘆息した。
「まぁ、それは同意」
「お」
硝子の声が喜色を帯びる。いや、どちらかというとおもしろがっているだけのような気もするが。
「なんだよ」
「いや? 素直じゃん、と思って」
五条の目が、ちらりと伏せている歌姫の頭に流れる。
「僕はいつも素直じゃん」
「へー」
「素直だろ」
「へ~?」
あ、めんどくさ。硝子がグラスを掲げて、へらへらと笑ってくる。隣に同じような顔で笑う親友が見えた。
「はいはい。かわいいと思ってるよ、だいたいいつも」
「どういうとこが?」
あ、酔ってるな。五条が半眼になる。やはり、先に寝かせておけばよかった、と思うも後の祭りだ。空になったプリン容器にスプーンを投げ入れて、コーラの栓を捻る。ぷしっと気体が弾ける音が響く。
「僕を見上げて顔真っ赤にして怒ってるときとか」
「変態」
「心外だな」
「まぁ、先輩かわいいからな」
「またそれ?」
「ん? ああ、いや、今は造形的な話」
「僕には劣るけどね~」
「お前の話はしてない」
「ひどっ」
「かわいいよりきれい寄りかな」
「歌姫の顔は僕も好きだよ」
「唇とかぷるっぷるだし」
「マウントですか~?」
「そう」
硝子の目が歌姫へと向く。頬杖をついて、本格的に眺めることにしたようだ。普段、あまり大きく動かない口元が緩やかに弧を描いている。
「怒ると」
「うん?」
「歌姫、だけってわけでもないけど、ばちばちって弾けるんだよね、呪力。火花みたいできれいだよ」
「マウントかよ」
「そうで~す」
ちっ、と舌打ちが聞こえて、五条はペットボトルにつけた口で笑う。
「好きなひとにきらきらのフィルターがかかるなんて少女漫画みたいだよねぇ」
「君、案外俗っぽいよな」
「おもしろいよ。硝子も読む?」
「いい」
すげない言葉に、五条の脳内にあったおすすめラインナップのヒロインたちが霧散する。
「先輩は読みます?」
突然、硝子が尋ねると、伏せている頭がぴくりと揺れた。それを見ながら、五条はペットボトルを呷る。
「あれ? 驚かないんだ」
にやついた顔が五条を向いたので、軽く肩をすくめておく。
「わかるって」
「呼吸?」
「も、そうかな。あとはなんか気配」
「つまんな」
は、と息を吐き出した硝子が、グラスを持ち上げる。
「起きてるの気づいてたのに、かわいいとか言ってたんだ?」
「だって寝ちゃうくらい酔ってたら、歌姫覚えてないでしょ」
ああ、そういう、と頷いた硝子が、くぴ、と酒を口に含む。
「覚えてない方がいいの?」
「う~ん、まぁそうだね」
「なんで?」
「なんで?」
「先輩と付き合いたいとかないの」
「ないような、あるような……
てか、起きてるんでしょ、と無言で歌姫を指さすと、うん、と硝子が頷いている。
え、これ何の会?
指先で頬をぐにぐにと潰しながら、頭の一部で思考する。
「先輩に付き合ってって言われたら?」
「今じゃないって言うかな」
ふーん、と硝子がグラスを回す。渦巻く酒を最後の一滴まで飲み干して、こん、と置いた。
「だそうですよ、先輩」
今度は明確に、硝子が歌姫に声をかけた。肩がびくりと揺れて、もぞりと起き上がる体を見ながら五条もコーラを飲み干した。
ずっと伏せていたせいで乱れた髪を直している歌姫の目元が赤い。

……じゃあ、言わない」

ふん、とそっぽを向いた首まで赤くして、覗く横顔が不機嫌そうだ。
「拗ねないでよ~」
「拗ねてない」
「えぇ……かわいいんだからもう」
「バッ……!」
がん、と派手な音がして、天板が一瞬浮いた。いたたたた、と呻いている歌姫の足を、硝子が心配そうに覗き込んでいる。
「大丈夫ですか?」
「いたたたた……うん、大丈夫」
「大丈夫? 痣とか明後日くらいに出たりしない?」
「筋肉痛じゃねーわ!」
「あ、やっぱり筋肉痛出るまで、時間かかるんだ?」
「かからないわよ!」
「先輩、落ち着いて。ほら、じゃあ、もう飲みましょう」
「ん?」
いそいそと歌姫のそばに寄った硝子が、一升瓶を持ち上げる。
「まだ飲むの? もうやめたら?」
「うるさい」
並々と注がれたグラスを、硝子の空のグラスに合わせて、小さく乾杯している。
「え?」
ごくごくとグラスの中身を減らした歌姫が、ぷはーっと酒くさい息を撒き散らす。
「やっぱり最初の一杯はビールがよかったな」
「よく我慢しましたね」
よしよし、と硝子が歌姫の頭を撫でているのを、五条はは? と見つめている。
「は? なに?」
硝子~と泣きついた歌姫を受け止めた硝子が、五条に向けて、ふふんと笑った。

「先輩、今日は酔ってないよ」

あ、さっきまでは、か、と硝子が楽しそうに続けるのに、五条は、最悪と小さく呻いた。


まじ待って 飲んでないとか 酔っててよ 飲めない酒に ふりもできない