和綺
2024-08-02 22:42:41
6351文字
Public
 

#ごうたんか

解説はできないが、話は書ける


初恋は 叶わないのと 君が聞く 叶えてみせてよ 鈍い君がさ


まぁべろべろだった。なので、アルコールに染まった真っ赤な顔が、顎のすぐ下にある。あぐらをかいた五条の太ももあたりに腰を落ち着けて、両手で握ったジョッキを覗き込みながら、それでもふんふん、と周りの話を聞いているようだった。片足を完全に明け渡した五条はテーブルに頬杖をつきながら、ちびりちびりとメロンソーダをやっている。
時折長い髪が顔をくすぐるから、そのたびに指先で跳ね除けて、小さな耳の形を拝んだりした。
髪、伸びたなぁ、とぼんやり思う。歌姫と会う度に、五条はいつも、昔のあの幼い容貌を引っ張り出して引き比べてしまう。優劣ではない。昔のあれやこれを、今のこれを順番に並べて、保存するのだ。思い出に浸っているとも言う。
あのときははっきりとした目が見えていたが、今はうつむき加減なのも相まって、少し長い前髪に覆われている。五条の指先が前髪をすくう。店先の暖簾を上げるように、その目を覗き込むと、ばち、っと電気が走ったかのような強さで視線が噛み合った。
思っていたより、目がクリアだ。
「ふふふん」
そんなことなかった。すぐにへにゃりと崩れた顔で、まだアルコールを摂取しようとジョッキを持ち上げている。
「おいしい?」
五条にはさっぱりわからない酒の味を尋ねると、うん、と返る。
周りでわっと盛り上がる声がした。ああ、初恋。
耳が拾った単語を反芻して、またぐびりとメロンソーダを含む。ぱちぱちとした炭酸が抜け始めている。
「ごじょ~」
「なにー?」
手のひらに体重を預けて返事をすると、酒で濡れた唇が開いた。
「はつこいだって」
「だってね」
「はつこいってかなわないんでしょ」
む、と尖った唇がてらてらと光る。
「さぁ? そうなの?」
「そうなの!」
ふん、と鼻息荒く息巻くので笑ってしまう。
「歌姫の初恋は?」
「わすれちゃった」
「僕だったりして」
「んなわけない」
「えーそうなの?」
「そうにきまってる」
「じゃあ誰?」
尋ねながら、学生時代をつらつらと思い返す。自分たち以外に歌姫の周りにいたような人間をあまり思い出せない。
「冥さん?」
「めいさん、すきー」
「まさか学長とか……
サングラスをかけた強面を思い出して、五条はわざとらしく身を震わせる。
「ちがう」
「あーそー」
「けど」
「けど?!」
「すきー」
「ああ、はーい」
氷がすっかり溶けて薄まったメロンソーダを飲み干して、空のグラスを眺めながら、ふ、と聞いてみる。
……傑?」
「んなわけない」
五条と尋ねたときと同じ速度での返答に、あは、と笑う。
「最強の二人を捕まえて贅沢だな」
「ごじょうは?」
「うん?」
「はつこい」
次は何にしようかとメニューを探していた目を歌姫に戻して、その目がまだアルコールに濡れているのを見た。
「初恋ねぇ……
息まじりのそれをどう捉えたのか、五条の腕の中で、歌姫が首を傾げる。
「かなわないの」
「そうだねぇ」
五条を見もせず、じっとジョッキの水面を覗き込んでいる歌姫のつむじに触れて、前髪をかき分ける。小さな額から眉をなぞって、叶えてよ、と笑ってみせる。
君がこちらを向いて、そうして、叶ったと五条が思ったのなら、きっとそれが初恋なんだろう。
ちらりと上がった目に問うように、五条は笑って、酔っ払いの小さな鼻先をぴん、と指で弾いた。