小竜景光が主を見つけるまでの100日間 4

あと97日
藤四郎兄弟たちの話





「──へえ、小竜景光。ね」
 剣呑な口調で、薬研はそうつぶやいた。
 薬研以外の厨当番の信濃と後藤。それに畑当番の厚と五虎退と毛利も加わり、粟田口兄弟専用の部屋の一つで、一期一振は先日の会合の内容を話して聞かせた。
 それを聞いた弟たちの反応は、様々だ。
 五虎退と秋田は、きょとんとしているし、毛利はその様子をながめながら「ちっちゃい子のきょとん顔……カワイイっ!」と悶えている。
 信濃と後藤は、静観の構えだ。厚は眉をしかめて話をじっと聞いている。
 だが、薬研、鯰尾、乱の三人は、ますます剣呑な雰囲気を醸し出していた。
「束まで……通してやるか?」
 ボソッと、薬研が物騒なセリフを吐いた。
「薬研っ! 同士討ちは、ご法度です!」
「そうだよー、薬研。そんなコワーイこと言わないのぉ」
 一期一振が慌てて止めると、キャピっとした口調で同意した乱が薬研の肩を抱く。
「束までは、ダーメ♡ 背後から、おはだけ程度にして」
 ワントーン低い声で、乱が薬研に囁く。
 ──コワイ! この弟たち、怖すぎます!
 一期一振は、背中にどっと冷や汗をかいた。
「まぁまぁ、ふたりとも落ち着きましょうよー」
 明るい口調で、鯰尾が取りなした。無邪気な兄の笑顔に、薬研と乱もバツが悪そうに目をそらす。
「とにかく一回、僕たちと一緒にサクッと京都市中の夜戦に組み入れる、とかいいんじゃない?」
 明るい口調と笑顔を崩さず、鯰尾があっさりそう言った。
「楽しそうに、恐ろしいことを言うんじゃありません! 鯰尾」
 そもそも、京都の市中戦は太刀や大太刀は役立たずとなる。
 狭い道いっぱいに素早く襲ってくる敵たちを捌くには、太刀では機動力に欠ける。おまけに、建造物が邪魔して、思い切り刀を振れないのだ。
 しかも、あの夜戦には、短刀たちよりも素早く刀装をすり抜けて攻撃する槍がいる。一度、中傷になった経験のある一期一振は、それを思い出して身震いした。
「やだなぁ、いち兄。冗談ですよ、冗談」
 朗らかに鯰尾は否定するが、目が笑っていない。
……ねえ、小竜景光と大将が仲良くなっても、べつにいいんじゃない?」
 ずっと、話を聞いていた信濃がそう言った。後藤も同じ意見なのか、隣でうんうんと頷いている。
「はあ⁉ なに寝言抜かしてるんだ。信濃」
「寝てませーん、起きてまーす」
 ふざけたように答える信濃に、薬研がギリギリと睨みつける。
「オレも、信濃に賛成。大将が小竜景光を特別に気に入ってるなら、応援してやりたい」
「後藤までそんなこと言うのかよ!」
 後藤の意見に、薬研が信じられないとばかりに、切れ長の目をカッと見開いた。
「だって、あの大将だよ? 薬研や鯰尾が近侍になって口説いても、意味すら通じなかった人がさあ……ね、後藤」
「ああ。俺等じゃないってのは悔しいけど、せっかくそういう気持ちになったっていうなら、応援したいじゃん。大将のこと」
 どうやら、信濃と後藤は主の味方になりたいらしい。納得行かない薬研は、先程から黙したままの厚に視線を向ける。
「なあ、厚。厚はどう思うんだよ⁉ 大将がぽっと出の新参者に、しかも太刀なんかに持ってかれたくねぇよなぁ?」
 薬研の問いかけに、ずっと眉を寄せて考え込むように腕組みしていた厚が、おもむろに顔を上げた。
「大将の気持ちは、大事にしたい」
「厚、お前もかよ……
 厚の言葉を聞いて、ガックリと薬研が肩を落とした。
「だけど、大将へのオレの気持ちは、オレのもんだ。早く修行に出て、大将にもっと認められたい。なんていうか、その新参者の小竜景光のことは、どうでもいい。自分を磨けばいい」
 きっぱりとそう言った厚に、信濃と後藤がヒュー、と口笛を吹く。
「厚、カッケー」
「薬研も、厚を見習ったらどうだ?」
「うるさい!」
 短刀の中でも兄貴分である四振りのうち、自分以外は主の味方なのが薬研は悔しくてならない。
 しかも、兄弟が故に探られてほしくない自分の裡を抉ってくる。
「わかってんだぞ、薬研」
「な、何が?」
 後藤がニヤッと笑う。
「お前、俺達の中では一番最初に権現した粟田口最古参のくせに、後より権現した前田や平野に修行の順番譲っただろ?」
「それは、前田も平野も、修行に行きたがってたから……
「それだけかなぁ?」
 薬研の言い訳に、今度は信濃が突っ込んできた。
「練度が最大限になるとさ、難易度が相当高い任務じゃないと、大抵は本丸に待機でしょ。近侍も回ってくることも多いし。薬研が修行に出ないで待機してるのって、実は大将の側にずっといたいから……だったりして?」
「くっ……
 やり取りを聞いていた一期一振が、目線で薬研へ「本当ですか?」と問いかけてくる。薬研は、ぷいと横を向いてそれを逸らした。
「──そいつは、聞き捨てならないなぁ、やげーん?」
 スパーン、と廊下側の襖が開く音と同時に聞こえてきた声に、その場に居た粟田口兄弟たちの視線が、一気に向けられた。
 そこに仁王立ちしていたのは、前日に引き続き近侍を勤めている加州清光。
 そして、その背後に立っていたのは──。
「あ、主殿⁉」
「わーい、主様ー。おやつありがとうございます!」
 主の姿を見て、秋田と五虎退が駆け寄る。それに対して、審神者は彼らの頭を優しく撫でた。
「今日は、みんな内番ありがとう。一期一振も、当番の割り振りとか任せてごめんね。ご苦労さま」
……はっ」
 主に礼を言われて、一期一振は居住まいを正して深く頭を下げる。
 他の粟田口兄弟たちも、長兄に倣って、座したまま頭を垂れた。
「ところで、薬研」
 審神者に呼びかけられて、薬研の肩がぴくりと動く。それでも、主に名を呼ばれるのは嬉しいので、顔を上げてにっこりする。
「なんだい? 大将」
「さっき、信濃が話していたこと……本当なの?」
 審神者に問い詰められて、薬研はぐっと口を噤んだ。先程とは違い、言い訳もせずに黙してしまう。
 そんな薬研に近づくと、審神者は彼の前に膝を折った。そして、両手で薬研の手を取り、じっと見つめる。
「た、大将!」
「修行出たくない……? 強くなりたくない?」
「う、いや……出たくないわけじゃねーんだが」
 薬研以外の男士たちは、その様子を見て、内心で「あちゃー」と呟いていた。