小竜景光が主を見つけるまでの100日間 4

あと97日
藤四郎兄弟たちの話

「いち兄、難しい顔をしてどうしたの?」
 心配そうにこちらを見つめる秋田藤四郎に声をかけられて、一期一振は我に返った。
 本日は、藤四郎兄弟たちで内番を振り分けている。
 厨当番は、薬研と信濃に後藤。畑当番を厚と五虎退と毛利がやり、洗濯当番は一期一振と秋田と鯰尾と乱が馬当番の後に手分けしてやっている。
 平野と前田、そして脇差の骨喰は修行で刃を極めたばかりで、さらに練度を上げるために出陣していた。
 それも、例の小竜景光と同じ部隊だ。
 この本丸の藤四郎兄弟たちは、殆どが早々に顕現した刀たちで、最近顕現した博多と包丁を除いては、すべて最大限まで練度が進んでいて、順次修行待ちである。一期一振と鯰尾は、最大限まであと少しだが、数度出陣して誉の一つでもあげれば、すぐに達する域までにある。
 だから、こうして内番を兄弟で任されることも多くなっていた。先日、特級になった博多と包丁は別部隊で遠征に出かけている。少し遠い場所ではあるが、他に練度の高い太刀や打刀と一緒だから、心配はないだろう。
 それでも、懸念は色々ある。
「なに、いち兄。平野たちのことが心配?」
 洗濯物を干しながら、乱がそう聞いてきた。秋田と似たような桃色の髪を、動きやすいように左右に二つに分けてしばっている。うさぎの耳のようなそれがぴょこんと揺れている。
……乱。今日は、珍しい髪の縛り方をしてますね」
 問いかけをはぐらかすように、一期一振がそう言うと、乱は嬉しそうに目を輝かせた。
「あ、わかるー? 主の持ってた本に載ってたの。『ついんてーる』っていう髪型なんだって!」
「そうなんですか」
「朝、主に結ってもらったんだー」
「ええ⁉ いつの間に? 抜け駆けは良くないぞ、乱」
「へへっ、悔しかったら鯰尾兄さんも今度やってもらえば?」
「もちろん、そうする」
 キャッキャと楽しそうに話している弟たちを見て、一期一振はまたもや憂い顔になる。
 弟たちは、この本丸の主が大好きだ。
 それは、長兄である自分を慕うのとはまた別の特別な好意である。主従としては勿論のこと、主本人の人柄に惹かれて慕っているのだ。
 単に慕っているだけなら良いが、恋慕のような気持ちを抱いている弟も少なくない。
「おーい、いち兄」
 その筆頭ともいえる弟が、声をかけてきた。振り返ると、両手に盆を持った薬研藤四郎が、ニコニコしながら縁側に立っている。
「薬研」
「洗濯の首尾はどうだい? いち兄」
「あ、ああ。そろそろ干し終わるが……
「じゃあ、休憩しようぜ。茶と菓子を持ってきた。朝から馬当番と洗濯で、疲れてるだろ」
 そう言って、盆を縁側に置いた。盆には、茶の入った急須と湯呑み、そして蒸し菓子が湯気を伴っていた。
「蒸し饅頭ですか」
「むしぱんっていうらしいぜ。主が教えてくれた。卵と牛乳と小麦粉だけだが、なかなかの出来だと思うぜ」
「わーい、おやつぅ!」
 乱が前田を伴ってはしゃいだ様子で駆け寄ってきた。その後を鯰尾がついてくる。菓子をみんなに配りながら、薬研は急須に茶を入れていく。
「いち兄」
 茶の入った湯呑みを渡しながら、薬研はにっこりと微笑む。
 切れ長の目で冷静な立ち居振る舞いをする彼がこうして笑うと、人懐っこい印象に変化する。
 だが、長兄の一期一振はわかっていた。
 笑顔にある種の圧がある。
「どうかしましたか? 薬研」
「こないだ、古参刀たちだけで密かに集まってただろ?」
 ──きたか。
 一期一振は内心でそう思いながらも、優美な笑顔で返す。
「ええ。それが何か?」
「いや。古参の集まりというなら、どうしてオレっちが呼ばれなかったんだろうなぁ? って、ちょーっと腑に落ちなかったんでね」
 ──それは、そうですよね。一期一振は、苦笑する。
 この弟刀は、利発な上に目端もきく。今まで、こうして口にしなかったのは、自分から説明してくれるだろうと待っていてくれたのだ。
「我々兄弟は、数が多いですからね。長兄である私が代表として、三日月殿から喚ばれただけです」
「だから、その三日月のじーさんたちと、何を会合で話していたんだ? 出陣した平野や前田、それに骨喰の兄貴に何やら話していたじゃねーか」
 薬研の鋭い切り返しに、一期一振はう、と思わず声が出る。元来、弟たちに隠し事が出来ない性分だ。追い詰められてるような気分になり、微笑みながらもこめかみがピクピクと引き攣る。
「やげーん。いち兄をイジメたら、いけませんよ!」
「そうだよ、薬研」
 二振りのやり取りを聞いていた鯰尾と乱が、割って入った。一期一振がほっとするのも束の間、今度は鯰尾と乱が妖しい微笑で、こちらを見ている。
「薬研の気持ちは、わからなくもないんだよ。ね? 乱」
「うんうん。まさか、いち兄。僕らに隠し事なんて……しないよね」
 粟田口の兄弟刀でも、一、二を争うクセの強い二振りまで迫ってきて、一期一振は深いため息をついた。
……わかりました。他の兄弟たちの内番が一段落したら、一度部屋に集まりましょう」