あなたの、キミの味

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。

真夏の暑い日、アイスキャンディーを持ってハ♀の元を訪れたウ教のお話。

ゴトン、ゴトン、と規則的に響く重低音。

今日は玄関の戸を全開にしているので、水が掬いあげられて落ちる音まで聞こえる。

数十年に一度の、稀に見る炎天下。
山紫水明 さんしすいめい、自然に恵まれたカムラの里も、里の人々が感じたことのない暑さに見舞われていた。

……間違いなく……砂原より暑い……!」

畳の間でうつ伏せに蕩けている人間一人、ガルク一匹、アイルー一匹。

蕩けているのは里の英雄『猛き炎』と呼ばれる娘と
そのオトモたちだ。
前日エルガドから帰還してきたばかりで、本日は休養中。

休むことも大切だという教えを彼女に与えた師、ウツシは正しい。

装備品を脱ぎ捨てたインナー姿で、団扇 うちわを片手に、ごろりごろりと転がっては自分やガルクとアイルーをパタパタと扇いでいるのだが、扇いでも扇いでも生ぬるい風のみで、全身から動く気そのものを削いでいく。

「今日は……みんなで溶けてようねぇー……

ごろん、と仰向けになって深く深く息を吐きながら、声さえ蕩けて呟いた彼女の声に呼応するように「ニャアァ」とオトモアイルーの、「クウウン」とオトモガルクの、蚊の鳴くような声が響く。

だけで、あるはずだったのだが。

「やあ! 今日は特に暑いが元気かい愛弟子よ!!」

稲妻と烈風を足して掛け算したような来訪者。

暑く蕩けていた空気が、一瞬で里の彼方まで吹き飛びそうな程の声。

畳で蕩けていた娘が、アイルーが、ガルクが、ビクッと一斉に身を震わせる。

「んー……! ウツシ教官……

まるで寝起きのようなぼんやりとした声で、娘が間違えることのない声の主の名を呟く。

英雄の師である教官、ウツシの大声量は、慣れない人間ならば鼓膜が震える感覚を実感できるほど驚くであろうが、長い付き合いである彼女や、彼女のオトモたちはすっかり慣れたもの。

ジンオウガを基調とした見慣れた装備品に身を包み、口元は相変わらず鎖帷子 くさりかたびらで覆っているため非常に暑そうなのだが、彼はそんなものを感じさせず、熱気に溢れながらも新緑のように爽やかだ。

ウツシは仰向けに寝転んでいる彼女の眼前に、ぬっと顔を出して微笑んだ。

「ずいぶん暑そうだね、愛弟子! 俺も暑いよ!」
「でもお元気そうですね、教官……
「そうかい!? こう見えて俺も暑さで蕩けそうさ! だからいいものを買ってきたよ!」
「いいもの?」

仰向けに横になったままだが、明らかに娘の目に期待の輝きが宿った。
復唱の声も弾ませていた彼女の反応に、ウツシはなくなりそうなほど目を細めて喜びも露わに微笑む。

彼は片手に紙袋を持っていたようで、その中身を反対の手でごそごそと漁っている間に、娘は反動をつけて勢い良く上体を起こし、ウツシの方を向いて座り込んだ。

心做 こころなしかその表情は楽しげで、まるで手品師が魔法を見せてくれるのを待っているような。

この一時は、暑さを忘れることができていた。

ほどなく、彼女と同じように楽しげな様子のウツシは、紙袋の中から竹皮に包まれた小さな包みを取り出し、それを自分の片手を皿のようにして乗せながら娘の前に差し出した。

「見ててね、愛弟子! じゃーん!!」

自分の声で効果音を加えながら、ウツシが竹皮を勢い良く めくり開く。
いつもならば、里の名物うさ団子が包まれているはずだが、今回は違った。

竹皮が開かれた瞬間、娘は微かに、夏の空気に異議を申し立てるかのような、ひんやりとした冷気の流れを感じる。

それもそのはず、合計四本。
積まれ方こそうさ団子だが、竹皮の中にあったのは目にも鮮やかな、色とりどりの氷菓。
アイスキャンディーだった。

よく見ればうさ団子のように氷に小さく耳が生え、丁寧に目と口が彫ってある。

アイスキャンディーは、エルガドのある王国領内でアイスクリームと共に夏の定番菓子だ。

里にないはずのものを目の前にして、本当に魔法を見せられたような輝く瞳で、娘はウツシとアイスキャンディーを交互に見やる。

「え、えっ!? ええっ! 美味しそう! 一体どうしたんですか、このアイスキャンディー!」
「俺が王国で見た夏の氷菓の話をしたら、ヨモギちゃんが作ってくれたんだ! 素晴らしい出来栄えだよね! 夏の間だけ、茶屋で販売してくれるそうだよ! 新名物になりそうだね!」

愛する人の反応の良さに、ウツシが満足そうに微笑む。

よくエルガドへ赴く彼女から見れば珍しいものではないだろうから、どんな顔をするか、喜んでくれるだろうかと思っていた彼だが、不要な憂慮だったようだ。

「愛弟子! 俺と一緒に食べて涼しくなろうよ! ちゃんとオトモのみんなの分もある! さあ、どれにする? 好きなのを取ってくれ!」
「いいんですか!? やったあ! どれにしよう!」

先ほどまで暑さを前に蕩けていたはずの娘だったのだが、その面影はもうどこにもない。

手に持っていた団扇を畳に置いて「わあい!」と無邪気に声をあげながら、色々な角度からウツシの持つアイスキャンディーを眺め始める。

その仕草が味を選び始んでいるのだと察した彼女のオトモアイルーとガルクも、その隣で目を輝かせ始めた。

主人が一本選び取るのを、今か今かと身を揺すって待っている。

やがて彼女が「これにします!」と取ったのは、橙色 だいだいいろのアイスキャンディー。

続くように彼女のアイルーが「ありがとうございますニャ!」とウツシに礼を述べながら、白色のものを、ガルクも「ワウ!」と嬉しそうに吠えて、紫色のものをそれぞれ選び取った。

一人と二匹が選び終わるのを微笑ましそうに見守っていたウツシの手に残ったのは、彼の瞳よりは明るい、例えるなら彼のオトモたちの毛並みのような、黄色のアイスキャンディーだ。

「ねえねえ愛弟子! こっち! こっちでみんなで座って食べないかい?」
「はい! 食べます!」

それぞれのアイスを手に、娘たちとウツシは並んで土間の方を向き、上がり框に腰掛けた。

彼女の隣に彼女のオトモアイルー、その隣にガルクと並ぶと、全員が異なる色のアイスキャンディーを持って横並びに座る景色が完成し、ある意味壮観だ。

まるで保護者のようにウツシは自分の隣に並んだ愛する人を、そして彼女のオトモたちを見やってから、自身の口元の帷子を下ろした。

隠れていた彼の口元は、幸せそうに口角が上がっている。

「よーし! それじゃあ、みんなで! せっかくの氷が溶けないうちに! せー、の!」

音頭を取るような、ウツシの言葉の直後。

水車小屋の音が小さく聞こえるほど「いただきまーす!」の声が、綺麗に重なった。

きらきらと目を輝かせて、真っ先にオトモたちがアイスキャンディーにかぶりつく。

娘とウツシも、嬉しそうに目線を絡ませ合って微笑み合ってから、ほぼ同時に、その先端をぱくっと口に咥えた。

脳を突き刺す冷気と、まるで巨大な高音に晒された時のように、キーン! と鋭く響く頭。

娘とウツシは同時に眉を下げながら、ぎゅっと強く目を閉じ、口を一文字に結んで唇を噛み締めた。

「んんーっ! キーンときたぁー!!」

少々興奮したような様子で声を上げ、空いていた片手で仰々 ぎょうぎょうしく額を押さえるウツシの横顔。

目を開いてそれを一瞥 いちべつした娘の目には、愛する彼のその仕草も、子どものような百面相の笑顔もあまりにも可愛らしく見えて、思わず、くすっと可笑 おかしそうに笑みを零す。

「ふふっ……この感じ、暑い日には最高ですよね!」
「ちなみに愛弟子、何味だった? 俺のこの感じは檸檬 れもんだと思うよ!」
「多分ですけど、わたしは蜜柑 みかん味かな?甘くって美味しいです! 檸檬味も爽やかで美味しそう!」
「とっても美味しいよ! 食べてみるかい!?」
「えっ!?」
「え?」

別の意味で、夏の暑さほ吹き飛ぶウツシの発言に、顔を耳まで赤くした娘が、口を魚のようにぱくつかせた。

確信犯なのか、それとも本当に好意から言っているのか、ウツシの言動は稀に彼女であっても真意が分からないことがある。

その度に、彼女は心をときめかせたり動揺させたりと、 せわしなく感情を揺さぶられていた。
もちろん、今もだ。

「ア、アイスキャンディーですよ!? 教官!」
「そうだね! 遠慮しないでいいよ、はい!」
「き、教官……! え、えっ……!?」

本当に分かっていないのか。
それとも、分かっている ゆえなのか。

彼と深く愛し合う仲であっても、まだ分からない。

一点の曇りなき双眸 そうぼうで真っ直ぐ見つめてくるウツシに動揺したまま、彼女は彼と、彼が差し出してきた黄色のアイスキャンディーを交互に見やった。

今日の気温の高さの影響もあるのだろうが、ウツシの口内の温もりもあって、全体が汗ばんだ黄色の棒状の氷菓。

彼が かじって欠けた先端は曲線を描き、もったりと丸みを帯びていた。
端は特に溶けかけていて、妙にとろりと、垂れそうになってきている。

ただの、食べかけのアイスキャンディーなのに、それがウツシの食べかけというだけで。

それだけで娘には、目の前にある黄色い棒状の氷菓が、胸が高鳴って苦しくなるほど、妙に扇情的 せんじょうてきなものに映ってしまう。
まるで、愛する人の一部を、口に入れようとしているような。

「あ……あの、ウ、ウツシ教官……!」
「何だい? 食べないの?」
「そ、それは……! た、食べます……!」

言われてみれば、食べないという選択肢はないことを確信した娘。
アイスキャンディーを差し出したまま、首を傾げてじっと見つめてくるウツシの目を、ちらりと見る。

穏やかに微笑む彼は、目が合うと更に柔らかに「溶けちゃうよ?」と微笑んでくれた。
こういう時の彼は本当にずるい、あまりにもずるいと、娘は胸の内で呟く。

「じ、じゃあ、その……い、いただきます」
「うん、どうぞ!」

変わらずにこにこしたままのウツシに、心臓の音が届くのではと思うほど、娘は胸を高鳴らせながら、意を決したように小さく口を開いた。

同時にぎゅっと目を閉じて、ウツシの齧った場所、氷菓の先端部分をぱくりと咥える。

@acadine