あつき
2024-07-23 00:52:24
18712文字
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甘美なその血を与えることなかれ

吸血欲とキスしたい欲に抗う、片思いドちゃんの話です。

ロナルド君の血が欲しい。
それは至極当然の帰結と言えよう。だって私、吸血鬼だもの。
そしてそれに加えて、私はロナルド君のことを愛していた。ただし枕詞に『一方的に』と付いてしまうが。いわゆる片思い、ということになるな。
それは仕方のないことだ。超ウルトラキュートなドラドラちゃんだけど、おっぱいが大きいお姉さんが好きな若造の好みに寄せるには無理がある。いかに完璧な私でも、性別は超越出来ない。
私もうなじの綺麗な美女が好みだったというのに、大変に狂わされた。これも仕方ないことだ。銀髪碧眼の美青年は、黙っていれば男も女も、人間も吸血鬼も関係なく魅了する。
例え中身が粗暴なゴリラで五歳児並みに情緒が幼くても、それは主に私に発揮される一面で、多くの人には等しく正義感をもって接する心優しき退治人だ。その笑顔と優しさをこちらにも日頃の感謝と敬意をもって還元すべきだと不服ではあるが、ある意味では私に心を許して甘えていると捉えれば別段悪い心地はしない。
端正な容姿のみならず均整の取れた体躯も美しく、それは私の料理の功績が大きいことは間違いないが、日々鍛練に勤しむ彼の真面目さに由来するものでもある。
得てして吸血鬼は愛する者の血を欲するものである。私はロナルド君を愛していて毎日せっせと手料理を振る舞い、栄養管理まで完璧にしているのだ。飲まずとも分かる、彼の血は、今まで飲んだどの血よりも甘美な味であると。
彼の些細な怪我でも、そこから漂う芳醇な香りは私を狂わせそうになる。あの逞しい首にこの牙を突き立て、その香りが物語る味を、存分に堪能して飲み干してしまいたい。
ああでも駄目だ、もし少しでも飲めば取り返しがつかなくなる。彼を所有物だと認識していない今なら、あるいは引き返せるかも知れない。吸血などすれば完全に彼は己のものだと、歯止めが効かずにあらゆる手段を使って、その命が尽きるまで執着してしまうだろう。

吸血や執着も、しても問題ない環境を作るとすればどうだろう。彼と恋人になれば全て丸く収まりハッピーエンドだ。
しかし今後、私が何をするかといえば、何も行動を起こす気はなかった。今の生活を壊す覚悟で彼を口説くより、長くこの愉快な日々を楽しみたいと思うからだ。
私は彼と同居していて、多くの時間を共有している今の生活に満足していた。恋人になれたとて、何が大きく変わるかと有り体に言えばキスやセックスといった触れ合いだろう。
清廉潔白な私でも、多少の性欲は持ち合わせている。しかしながらコンテンツ豊富な現代において欲の発散に困ることはなく、今の生活を壊すことと天秤に掛ければそれを彼にぶつける意味はない。
そうなってくると今後の懸念は、彼が恋人を見つけてきたらどう身を振るのかということだ。
現時点でロナルド君に一番近しい存在は私だと、不遜ながらも自負している。それを脅かす存在が現れたら平静を保てる自信などない。今の生活を甘んじて続けるのは、彼が誰のものにもならないことが前提だ。そしてその前提は、いつ崩れるかなど分からない。
恋人までは望めなくとも、……キスくらいなら良いんじゃないか。こんなにもいじらしく甲斐甲斐しく、若造の世話を日々焼いてやってるのだ。
いつか顔も名も知らぬ相手に全て掻っ攫われるくらいなら、ひとつくらい彼の初めてを私がもらってもいいんじゃないだろうか。
心の内のジョンが『だめヌ』とアウトを宣言した気がしたが、いつだって完璧な私のマジロは、アイスクリームとベリー添えのホットケーキを作ってやれば『ドラルクさまのいうとおりヌ♡』と可愛く同意してくれるに違いない。


「あ?何見てんだよ殺すぞ」

原稿の修羅場真っ最中で、血走った目をしてヘアバンドを使いおでこを晒したロナルド君は、私にどこぞのチンピラなのかというガンを飛ばす。無防備なおでこはキスを落としやすいな、と考えていただけでこれである。
「目が合っただけで威嚇するんじゃない、野生の凶悪なゴリラめ。空腹で機嫌が悪いのか? ジョンに作った余りのザッハトルテでも食って落ち着け」
「うるせえどうせ録でもない悪戯考えてたんだろ。ザッハ?……何とかは美味しくいただくぜ」
菓子ひとつの名前も言えん癖に、私に濡れ衣を着せて殴りかかってきよる。砂になりジョンが泣いている。
もし私の普段の行いがどうこうという話になるなら、卵が先か鶏が先かの話だ。ゴリラは私のおちゃめな悪戯がなくともいずれ本性を出して理不尽に殴りかかってきていたであろう。
そうして強奪したザッハトルテを美味しそうに頬張るからたちが悪い。ああ!野蛮人め、ケーキの類いを手掴みで食べるな。チョコが溶けてベタベタになるだろうフォークを使え。
粗野なこいつのどこを好きになったんだと言われたら、私が一番疑問を持っている。さりとて恋とは理屈ではない。そういうものだ。決して無邪気にジョンとお菓子を頬張りチョコを付けて緩んだ顔が、可愛いなどと浮かれたりしていない。
「ほれ、おかわり要るか?ジョンのついでにお父様に貰った春摘み茶葉の紅茶も淹れてやろう。畏敬と敬意の念を持ち感謝したまえよ」
「それは親父さんに感謝だな」
クソ生意気な若造め!こっそりセロリエキスを仕込んでやろうか。これは悪戯ではなく、好き嫌いを払拭してやりたい親心のようなものだ。気付かないよう栄養をプラスしてやってるんだから有り難いと思って欲しい。
まあ、正気なロナルド君にキスなど無理がある。自分に入れた牛乳をちびちび飲みながら、不純な考えを取り敢えず仕舞いこんだ。

**


季節は少し蒸し暑い初夏。夜はまだ窓を開ければ冷房は必要ない。
吸血鬼の私にとっては活動時間だが、人の子であるロナルド君はソファベッドで深い眠りについている深夜、私は棺桶に腰かけて足を組み、顎を撫でて思案していた。
ジョンは明日昼間にお出掛けの予定があるとのことで、早めに寝かしつけた。寝床で可愛らしく丸まり小さな寝息をたてている。
風になびいてカーテンが揺れ、室内に入り込んだ月明かりに照らされた銀髪の美しさに、思わず見入る。吸血鬼にとって、銀は決して縁起の良い色ではない。なのに何故、彼の髪に睫毛に、こんなにも触れたいと心を掻き立てられるのか。
立ち上がれば、移動する必要もなくそこにはロナルド君が寝ているソファベッド。その端に、そっと腰を下ろす。
風が凪いで月明かりが入らなくなっても、夜目が利くこの目には血色の良い唇がはっきりと見える。今なら焦がれてやまない彼の唇を奪うのは容易だろう。
だがそうしないのは、紳士違反うんぬんがなくともそこに想いがなければ、一方的なキスなど虚しいだけで形骸化したものでしかなくなるからだ。
それに純粋で夢見る夜景大好き男のロナルド君は、きっとそれはそれは理想のファーストキスを想い描いているだろう。それを壊してまで手に入れるほど、私は鬼ではない。いや吸血鬼だけど。
――でも、唇でなければいいのでは。
半ば吸い寄せられるように無防備な首筋に、惹かれてやまない感情を乗せて唇を寄せた。微かに触れた唇に、ひくと肢体が反応したが、寝返りを打ってまた安らかな寝息を立てた。
その後のことは、牙が疼いたとしか言いようがない。噛むつもりなどなかった。この牙を突き立てたらどんな心地がするのだろうと想像しながら、柔らかで若く張りのある肌に僅かに沈む牙の感触を、食い破らないよう楽しみたかっただけだ。
首筋に再び唇を寄せ、そっと牙が掠めたその刹那、雷に打たれたような衝撃が私を襲った。
滅多に感じない痛みと共に私は塵になっていた。痛みに声を上げる間も無く殺された。死因が何か分からず、戸惑いと混乱にすぐに復活出来なかった。
状況を知る為に自分を奮い立たせ、逸る心臓を宥めながらなんとか人型を取り戻した。
復活した私の視界に映ったのは、月明かりを背後に纏い、青の双眸が妖しく闇夜に浮かび上がる、冷徹で何者をも信用していないかのような雰囲気を醸し出すロナルド君だった。
背筋に寒気が走った。こちらを真っ直ぐに見ているのに、その瞳には何も映っていない。
先程まで確かに寝ていた筈なのに上半身を起こして、左手はソファに広げて置かれている。右手は拳を振り下ろしたような形で、ソファと拳の間に若干残った自分の塵の気配を感じた。
その状況と照らし合わせてようやく、獰猛な肉食獣のような彼に殺されたのだと理解した。
波立つことのない静かな殺気に、身動ぎすら出来なかった。音をなくした世界は永遠にも思えたが、こちらを見つめる目に僅かに光が戻ったような気がした。そうすると、ロナルド君は正気を取り戻したようにようやく私を視界と意識に入れた。
……あ?ドラ公!?なんか下等吸血鬼に吸血されそうな夢見たんだけど。……まあ気のせいか」
気のせいではないわ!いや寸止めのつもりだったけど!?そして下等吸血鬼と一緒にされるとはなんたる侮辱!
しかし私が牙を立てましたなどと言える訳もなく、誤魔化してお茶を濁す他ない。
「君は夢まで仕事に侵食されてるのか?ワーカーホリックも大概にしろ。夢遊病の五歳児が居るとおちおちゲームも楽しめんわ。ほれ、横になれ。お腹ポンポンしてやるから寝ろ」
あぁん?とチンピラのようにガン垂れてきたロナルド君だが、殴りかかっては来なかった。目蓋がとろんとしている。分かりやすく眠そうだ。
「言われなくても勝手に寝るわ。幼稚園児扱いやめろ」
ロナルド君は素直にソファベッドにごろんと寝転び、ブランケットを手繰り寄せた。一旦覚醒したとはいえ、まだ夜の気配も残る時間だ。引き切っていなかった眠気はすぐ彼に波寄せてきたらしい。うとうとと微睡み、ほどなく穏やかな寝息を立て始めた。
ロナルド君が完全に寝入ったことを確かめ、気が抜けて安堵のため息を吐く。
――いやはや、恐れ入った!
少々、いやかなりアホな一面を持つ彼だが、元々退治人としての腕を疑ったことはない。
しかしあそこまでとは。完全に寝入った状態であれほどの反射神経を見せるのは、流石としか言いようがない。
まだこの若さで末恐ろしい。普段の五歳児のような彼との差が、あまりにアンバランスだ。
そしてこれで身を持って分かった。
ロナルド君から同意無しで血を貰うことは不可能である。もともと吸血する気などなかったからいいんだけど。
むしろその事に安堵すらしていた。ロナルド君を不本意に傷付け、私自ら愛しい彼を損なうようなことは絶対ないのだから。

**

明くる日の空が白む前の深夜、私はまた彼の眠るソファベッドの横に立っていた。ロナルド君は完全に寝入っていて、規則的な寝息と上下する胸が見える。長い銀の睫毛の数を思わず数えてしまう。
穏やかな彼の寝顔を見ながら、鮮烈に昨日のことを思い出してしまう。深層意識でも動く肉体は諸刃の剣だ。性格上も無理をするタイプの彼が、更にたがを外して動くのはどこかできっと歪みが生じる。あのどこまでも冷たい瞳は恐ろしくも美しくあったが、あんなロナルド君はもう見たくなかった。無邪気でバカで間抜けな五歳児のままでいい。戯れに牙を宛がうのは、もうあれっきりだと誓った。

──吸血は無理だが、キスのみならばロナルド君は目を覚まさなかったな。
そのことが、私を突き動かした。

ロナルド君の手を優しく掬い上げても、その眠りを邪魔することはなかった。くたっと完全に力が抜けていて、肘から下の腕だけでも非力な私にはそれなりの重みがある。
おやすみを告げるように触れるか触れないかギリギリで、祈るように手の甲へキスを落とした。
たったそれだけで、私の胸は痛むと同時に、仄かな暖かみを伴った。
波風立てないように、ひとときの平穏を求めてぬるま湯のような現状を望んだのは他でもない私だ。
それでも心の奥底で、ロナルド君への恋情が悲鳴をあげている。ああ、彼が欲しい。その全てを掌中に納めて、蒼穹の瞳に私だけを映して欲しい。
キリキリと軋み痛む胸を無視して、叶うことのない願いを棺桶に押し込める。もう間もなく夜が明ける。私も中に入り、ひりついた感情が零れ出ないよう棺の蓋を閉めて目を閉じ、その日はそのまま眠りについた。

その日以来、眠るロナルド君の体にひとつ口づけを落とすことが寝る前の習慣になっていった。
ある日は頬、ある日は額に。髪に、まぶたに、ひとつひとつの指先や、腕に、手のひらに。
キスはする場所で意味が違うと聞いたことがある。
額は友愛、頬は親愛、髪の毛は思慕、まぶたは憧れ、鼻は慈しみ、腕へは恋慕。

手のひらへのキスは、懇願。
――どうか、私を受け入れて欲しい。
ロナルド君の特別になりたい。隣に並び立つのは、私だけであって欲しい。
そんな魂の叫びは、当然彼に聞こえることはない。聞こえてはならない。
……本当にそうか?棺桶まで横に置いても赦してくれたなら、この我が儘も聞いてくれるんじゃないか?
いや、私ほどアグレッシブに大胆に行動できる者がいるとは思えないが、仮に同じベクトルを持った別人が転がり込んで来ていても、全方位お人好しなチョロルド君は同じように受け入れたんだろう。だから私が特別などと思い上がらないようにしているし、この想いはひた隠しにしなければならない。そう、だから相当にラッキーだったのだ。あの日ここに押し掛けたのが私で。もし不届き者な輩が彼を籠絡していたらと想像するだに虫酸が走るが、紳士な私なら少なくとも彼を傷付けることはしない。したくない。
だから今日も牙の代わりに、唇を寄せる。
その日その日で、寄せる唇には様々な感情が乗っていた。
ある日は恋い焦がれるように。
ある日は血が欲しい衝動を宥めるように。
ある日は明日も彼が、健やかでありますようにと。
その時間は心の支えのようであり、私の大切な時間となっていた。
こんなにも無防備に眠る彼を見れるのは私だけだ。今はまだ、誰のものでもない。まっさらな彼のままで。
「おやすみロナルド君、愛しい昼の子よ」
それは自然と、口から滑り出た言葉だった。
今宵もまた、彼の手のひらに優しく口づけて、朝が来る前に私も眠りについた。

**

吸血の衝動は、抑えているだけで当然無くなってはいなかったが、当初はそんなに深刻には考えていなかった。普段は理性も保てているし、問題ないと思っていた。
しかし、次第にただでさえ旺盛でない食欲がみるみるへっていった。いくら燃費が良いエコな私でも、最低限の血液を摂取しなければ生きられない。
なのに普通の血液パックは全く受け付けなくなってしまい、高級な血液ボトルでさえ誤魔化しが効かなくなった時は、いよいよこれはまずいと焦りが出てきた。
察するに恐らくロナルド君の血を体が欲していて、他の血液に拒絶反応が出ている。そんな事例は聞いたことがなかったが、長く生きていればこんなこともあるだろうと妙に冷静だった。
血を殆ど摂取出来なくなったことで、死から再生するのが僅かながら遅くなってしまった。死に易さは元々なので影響は分からない。
とはいえそれは、私のみが感じるような些細な差だ。
まあ不摂生で三食牛乳で済ませていることもあったくらいだし、まだ大丈夫でしょ。他の人に気取られるくらい影響が出たら、御真祖様にでも相談しよう。
そう自分を落ち着かせていた頃だ。

「おいドラ公、最近お前生き血を飲んだりしたのか?」
ロナルド君とジョンは夜食を食べ終わって食器を片付け、私はダイニングチェアに座って、牛乳を時間をかけてゆっくりと飲んでいた。
ロナルド君はダイニングテーブルの横に突っ立って私を見下ろしている。突然何を言い出すんだこの青二才は。
「は?見くびれ、私だぞ。そんなこと出来るように見えるか?」
「おまえその回答めっちゃ情けねえぞ」
「ンギーー!!じゃあ市民を襲って飲んでいいんですかぁーー!?それとも素直に君がうなじを差し出したりしてくれるんですかねぇ!?」
完全に売り言葉に買い言葉で、もちろん血を本気でねだった訳ではなかった。
……飲めよ」
…………は?」
聞き間違いか、私の耳が馬鹿になったのか。
ソファで死のゲームと遊んでいたジョンが「ヌェェ!?」と裏返った変な声を上げたので、ロナルド君がおかしなことを言っているのは間違い無さそうだ。
「飲みたいんだろ。いいよ。おまえなら」
先程の言葉はやはり聞き間違いではなかったらしい。うつむき横を向いて、私に向かってえりあしをかきあげてみせた。
意に反して喉が鳴る。
「馬鹿げたことを言うな。君は退治人だろ」
「はっ。それは俺が気にこそすれ、お前には関係ないだろ?びびってんのかよ」
「安い挑発だな、若造。何を考えている」
……最近お前牛乳しか飲んでないだろ」
気付かれていた。その衝撃に、思わず返答に詰まる。激ニブルドのくせに、何でそういうところは聡いのか。
「だからなんだね。私が不摂生で牛乳ばかりなのはよくあることだ」
「いや限度があるだろ。もうずっとお前が血液パックとかボトル空けてるの見てねえぞ。だから外で飲んでるのかと思ったけど、それも違うんだろ?」
「生き血は飲みようもないが、外食は何度かしている」
嘘だ。高級ボトルで賄えない体が、安いチェーン店の血液を受け付ける筈もない。
「本当か?お前ただでさえ無い体幹が消滅したように歩き方もフラフラしているし、死んだあとの再生もなんか違和感あるぞ。上手く言えないけど、スムーズじゃないっていうか」
ギルドや吸対の面々、同胞にもそんなことは指摘されたことがなかった。フラフラしている? 私が?確かにいつにも増して体に力が入らないなとは思っていたが、そんな自覚はなかった。
それが本当なら、何年も同居しているとはいえ私のこと見すぎじゃないのか?
「夏バテだ。気にするな」
「初夏のこの時期に夏バテしてたら真夏はお前死にっぱなしになるぞ。なら尚更飲めよ。栄養摂らないと治んねえだろ」
……はっあーーー!!ふざけんなこっちは霧散しそうな理性をかき集めて耐えてるんだぞ!!こっちの気も知らないで、お人好しも大概にしろ!!
ちょっと同居人が体調が悪そうだからってこの調子なら、もし演技でも具合が悪いふりをすれば自ら首筋を差し出すのか?
私相手じゃなくても、底抜けのお人好しのこいつはきっと誰にでもそう、自分を犠牲にしてでも誰かを助けるんだ。ああ気に食わない!気に食わない!!
生憎、ロナルド君の血は絶対に飲まないと決めてるんでね。

「長年同居しても、まだ私の好みを理解していないようだなぁ~~?若い男の血はくどくて死ぬに決まってるだろう!!うなじの綺麗な美女に生まれ変わってから出直してこい!!ゴリラゴリラゴリラ、学名ニシローランドゴリラ、類人猿から進化できないゴリ造は逆立ちしたって無理だろうがスナッ」
よし、煽りが成功した。まんまと拳をあげてきた。ここまできて、それでも血を寄越すなどと酔狂なこと言わんだろ。
そう思ったのに上から降ってきたのはいつもの騒がしい怒声ではなく、ロナルド君らしくない弱々しいもどかしさを含んだ声だった。
……やっぱお前変だよ。再生するのも遅いじゃん。俺の血がそんなに嫌なら、今から質の良さそうな血液ボトル買ってくるから」
絶対飲めよ、そう言い残して、財布と鍵を手にしてロナルド君は事務所に通じる扉を開けて出ていった。

やめて欲しい、しおらしく優しいゴリラなんて、調子狂うだろ。

その後、おそらく高級スーパーを探さないと手に入らない、市販のなかではこれが限界だろうというお高い血液ボトルをロナルド君は買ってきた。私に半ば無理やり押し付け、シャワーを浴びに行ってしまった。
折角の彼からの贈り物だ。こんな状況でなければもっと飛び上がるくらい嬉しかったのに。
貰ったからには彼の好意を無碍にしたくなくて、どうにか飲もうとしたがやはり口に含むことも厳しかった。
……この味覚、いつか戻るよね?
グラスにまだ残っている、本来なら舌鼓を打つような美味しい血液を断腸の思いで排水溝に流した。結果的に好意を捨ててしまった後ろめたさで自責の念に駆られるが、どうしようもなく焦りが募るばかりだ。
「ヌー……」いつも一緒のジョンには隠し通せなくて、体が血液を受け付けていないことは伝わってしまっていた。心配をかけて心苦しい。
「ジョン、大丈夫だ。本当にやばいときは御真祖様になんとかしてもらうからね」
可愛いマジロを抱き締め撫でれば、心の痛みが和らいだ。
グラスを綺麗に洗って、せめてロナルド君に飲めなかったことがばれないよう祈った。

**

事態は進展も後退もしないまま数日過ぎたある日、ロナルド君は怪我をして帰ってきた。
「ドラ公、この血、落ちるかな」
「うわ、何だその出血は!!怪我は!?大丈夫なのか!?何で病院行かずに帰ってきた!!」
慌てて作業をしていたキッチンから出て彼の元へ駆けたが、ロナルド君は平然とした顔で既にダイニングテーブルの近くまでやってきていた。
赤い退治衣装の前面が、全体的に血を吸いどす黒く染まっている。黒のインナーは目立たないが、白のパンツなんて最悪だ。よくこの状態で歩いてきて通報されなかったな。人の子はこんなに血を流したらまずいんじゃないか?どうりでメビヤツが騒がしいと思った。
震える手で救急車を呼ぼうと携帯の緊急ボタンを押す手を、ロナルド君が掴んだ。
「落ち着けドラ公。これは吸血鬼の能力だ。一定時間だけ血の気が極端に増えるらしい。厄介だけど血は増える分、出血量が多くても命に別状はないとVRCからの回答だ。対象はちゃんと捕まえて引き渡しもしてきたし、今は血は止まっている」
「本当か!?痛みは?」
焦って傷口を確認しようとするが、ロナルド君に制止されてしまう。
「もう痛くねえ。傷口は腹に浅いものがひとつだけだ」
場所を聞いて、制止するロナルド君に構わず黒のインナーをたくしあげ、傷口を目視する。横に長く伸びた切り傷のような痕があるが、ほぼ塞がっている。血だらけのせいで全然大丈夫に見えなかったが、確かに傷口は細く浅い。衣服が切れているのもインナーのその箇所だけなので、傷がひとつと言うのも嘘ではなさそうだ。
「この浅い傷でこんなに血が?また吸血に都合が良さそうな能力の吸血鬼が出たもんだな」
「大食漢なんだとよ。力は強くないけど素早い奴だったから完全に避けきれなくて、少し爪が掠ったと思ったら血がドバドバ出るからびびったわ」
「相手の血の気を増やしても、吸血せずに傷付けては本末転倒では?血が垂れ流しじゃ、何の意味もないではないか」
「あー、『しまった!我の血がぁーー!!』とか叫んでたぜ。そのまま拳で沈めたわ」
「おポンチというか、ただのアホだな」
ははぁ、なるほど。素早い敵だから懐に引きつけて倒そうとしたな。避けきれるつもりだったんだろうが少し掠って、本来なら掠り傷で済むところが能力のせいで見た目大惨事になったと。
勝てる自信があったんだろうが全く無茶しおるこの若造は。自分を顧みない戦い方にやきもきはしたが、命に別状ないことに一先ず安堵した。
肩の力が抜けたら、急に意識したむせかえるような血の香りにくらりとした。
まずい、何とか吸血衝動は抑えていたのに、こんなに濃厚な香りでは──。
「おい、ドラ公?大丈夫か?」
焦点が合わない私にロナルド君が気付き、声を掛けてきたが声が頭に反響するだけで情報として脳が上手く受け取れなかった。
全く理性が働かず、体が言うことをきかなくなっていた。渇望する熱い血潮が通う首もとへ、そうするのが当然のように牙を寄せた。
もう触れる──その直前、ぱっと脳裏に、氷のように冷たく青い瞳の彼が浮かんだ。一気に血の気が引く。
一瞬正気に戻った私は、彼に牙を立てないと誓ったことを破りそうになった事実にショック死した。
「は?今なんで死んだ?」
ロナルド君が困惑して眉を寄せている。人型をゆっくり取り戻した。死んだお陰で一旦冷静になれた。
……貴様、何で血を吸われそうになって殺さない。いつもならもっとくだらんことで殴ってくるだろ」
危なかった。自分の鋼の理性に拍手を送りたい。
牙を寄せてもまるで抵抗しなかったロナルド君を怒りと疑念を込めて睨み付ける。
ロナルド君はその視線を受けて、何でこちらが怒っているのか分からないみたいに、困った顔で口を開いた。
「そうだけど……前も言っただろ。おまえなら、いいって」
私がロナルド君の血を吸いそうになっても、彼自身が防波堤となり安心だと思っていた。しかしその前提はいつの間にか崩れ去っていた。
頭痛がして、眉間を押さえた。
「何も良くないだろ……易々と血を吸血鬼に与えるな。その意味、分かっているのか」
「意味?よく分からないけど、しょうがないだろ。これは人命救助、じゃねえな吸血鬼命救助? それに、半分はお前のせいだからな」
「は?どういうことだ」
全く意味が分からない。私の疑問には答えず、ロナルド君は真っ直ぐ私を見つめ返す。
「ドラ公、そんなに俺の血は嫌か?飲んでみないとまずいかなんて分かんねえだろ」
そう言うとロナルド君は元々近かった距離を、半歩踏み出し詰め寄ったかと思えば、突然無造作に私の腰を抱き寄せた。
熱い!抱き締められただけで、全身が火に炙られたようだ。人の子の、なんと体温の高いこと。それともこいつが子供みたいに体温高すぎるのか。ていうか殆ど乾いてそうではあったが、血がエプロンについたらどうするんだこの考え無しルド……いやいや、そうじゃなくて。
「おい、ロナ造なにを……
青の瞳が間近に迫ったと思ったら、乱暴にその唇を私の唇に押し付けてきた。思考が停止する。
さらにそのまま舌をねじ込んできた。
まさかキスどころか舌を入れてくる芸当が出来るなんて、晴天の霹靂だった。
その熱い舌が口内で不器用に蠢いたと思ったら、私の牙を探り当て、自らぐっと押し付けた。いとも簡単に、ぷつっと表皮が裂けて温かな血が滲み、口内へ、喉へ唾液と共に流れ込む。
理性など欠片も残るわけない。ぷつんと、何かが切れる音が脳内で響いた。
ロナルド君はすぐ唇を離そうとしたので、彼の両肩を掴み再び引き寄せた。「下手くそ」苛立ちぼやいて、「はあ!?」と唸った口を塞いでキスを再開する。
夢中で彼の舌を絡めて貪り、吸い、味わい尽くした。想像などよりずっと甘美で、喜びを伴って全身が粟立った。
これだ。他のどの血でも代替など効かない。求めていたのはただひとつ、この目の前の男の血だ。それを今、手に入れている。そうだ私のものだ。血も身体も彼のまるごと、他の何者にも渡すものか。彼が自ら望んで来てくれたなら、もう遠慮はしない。手放さないために、慈しんで、愛して、大切にして、私と生きることほど楽しいことはないと、言わせてみせる。
「ふっ、んッ、ンン!」
ロナルド君は何か言いたげに合間に漏れた声と共に背中に回した手でぱしぱし叩いて来たが、いつものような力強さはない。私も血を貰っているので、この程度では死にそうにはない。肩に置いていた左手を背中に回して抱き締め返し、右手は頭を引かないように首筋に回した。漏れる声に構わず更に口づけを深くして塞いだ。雰囲気を読め、余計なことを考えるな、集中しろ。
逃げた舌を追えば、拙いながらもちゃんと応えてくるじゃないか。そうだ、それでいい。
途中で諦めたのか、力が入った体は弛緩して、完全にキスを深く受け入れた。こちらもそれに合わせて、気が済むまで食んで、嘗めて、絡めて舌を這わせ、お互いのものを貪った。
彼の舌から出る血はとっくに止まっていたのに、求める衝動は止まらなかった。
血が欲しかった筈なのにいつの間にか貪欲に彼の唇を追い求め、夢中で何度も重ねた。
そうして繰り返し求めて全て貪り尽くし、満足して唇を離せば、青の瞳を蕩けさせて頬は熟れた林檎のように紅潮し、滲んだ涙と唾液でぐちゃぐちゃで息も絶え絶えなロナルド君が目の前に居た。
「もうこれ私のものってことで良くない?」
「ヌヌヌ」
だめヌ、と現実のジョンに言われてしまった。ジョン、ごめん。だって目の前の経験値ゼロ男が下手な誘惑するから……
はっと正気に戻る。
そう言えばここはリビングで、だけど回りの目を気にする余裕など一切なかった。
キンデメは間のいいことに模様替えで事務所側に居たな?けどジョンと死のゲームは?
ジョンの声がした方を見ると、事務所と繋がる扉から顔を出しており、死のゲームが定位置にいないところをみるとジョンが気を利かせて避難させたに違いない。
「ジョ、ジョーーーン!!ありがとう!あとで何でもおやつのリクエスト聞くね!!」
優秀な私の使い魔のジョンは、ヌンヌン頷き、『ろなるどくんをいじめたらだめヌ』と言うと顔を引っ込めて扉を閉めた。大人なマジロにたしなめられてしまった。元より彼を傷付ける気はないのだけれど、冷静になる必要があるなとは思う。
まずは話し合いが必要だと、ロナルド君と向き直ったら、ポロポロと涙を溢していた。
「いっ、嫌だったーー!?」
がっついた認識はある!!でもさ、先にロナルド君からしてくれたんだよ!?そんな、泣く程嫌なんて。
「ちっ、ちがっ、うう。お前があんなっ、えっちなちゅーするからっ」
内股気味で前かがみの姿勢を見て察した。ちょっと童貞には刺激が強すぎたようだ。
――これ、やっぱり私が全部貰っても良くない?
『だめヌ』
内なるジョンがやはり否定し、隣の部屋に居る現実のジョンにもし諌められたら居たたまれないので、紳士を貫くことにする。取り敢えず謝罪は必要だろう。
「ごめん。血を貰って歯止めが利かなかった」
「ううっ、俺はただっ、お前がやばそうだから助けたくて……強がりクソ砂おじさんは欲しそうなくせに俺のこと全拒否しやがるし、どうしたら無理にでも飲ませられるだろうって考えたらあれしかおもい浮かばなかったんだよ」
つまり、本人は血を与える為に頑張っただけで、ディープキスしたつもりなどなかったということか。合点がいった。恋愛偏差値マイナスのこいつがそんな大胆なこと出来るわけないものな。
しかし舌から吸血なんてマニアックなことさせおって。新しい変な扉開いたらどう責任取ってくれるんだ。いや私、至って普通の性癖しか持ち合わせていないし、ロナルド君を傷付けるプレイなんて言語道断ですけどっ!!…………はあ。本人無自覚なのが余計にたち悪いわ。
それでも純粋な好意で行動してくれた事に対して罪悪感が込み上げる。いや、でも!!私だけが悪い訳じゃないぞ?
「あーーもう悪かった!!でも君も大概だからな?血と唇と、いっぺんに寄越してくるから止められなかったんだよ!!お子さまランチ大好きな君には分からんだろうが好きなものをただ詰め込めばいいってもんじゃなくて、私はひとつひとつを大切にしたかったのに、全く君と来たら情緒も何もあったものじゃなブェ!!」
拳を飛ばす元気は出たらしい。泣いているよりよっぽどいい。
「ごちゃごちゃうるせえ!!好きなもは幾つあっても良いだろが!!ハッピー満載なセットなら嬉しいだろ!!」
「やっぱりお子さま嗜好じゃないか!!ほれっ、おもちゃもつけてやる!!」
「なんだこの一様に同じ表情のしまうまストラップ!どっからだした!?要らねえ!!でもバーガー食べてえ今度作れ!!」
「ええいいくらでも作ってやるわ!!だから拳を収めろスカタン!!」
……ていうかお前やっぱりどっちも欲しかったんだろ」
ロナルド君はぐずっと鼻をすすって暴力を止め、急に大人しくなった。
私も死にっぱなしだったが、塵を集めて復活した。
ひとつ息をついて、呼吸を整える。もう今更隠し立てしようもない。その青の瞳を見て、ずっと伝えたかった。
「そうだ、ロナルド君が好きだから、その血も唇も欲しかった」
「知ってる」
即座に返された答え。何か思った反応と違う。
私の戸惑いが伝わったのか、赤みの残るひどい顔のままロナルド君は言葉を続けた。
「だって、お前、夜に毎日俺にちゅーしてくるし……しかも好きだとか、俺が欲しい……だとか、あっっ、愛してるとかっ、毎日言ってくるから」
「ンァァァーー!!!きっ、君、起きてたの!?」
耐えきれず再び塵になった。愧死しちゃう!!やめて!!
というか、毎日愛を囁いてるつもりはなかったんだが!?無意識に出ちゃってたの!?
「お前があまりにも真剣でさ。なんか起きてるって言い出せなくて」
言ってよおぉぉぉーーー!!!え?私の想い駄々漏れだったの?私のせいってそういうこと!?
「最初は夢かと思ったんだよ。でもそうじゃないって分かったら、嬉しくて、毎日側にお前が来る度ドキドキして。そしたら今度は、元気でいてとか、怪我しないでとかも言い出して、大切にされてるようでこそばゆくて。だから俺も、お前に何かしてやりたいって思った。俺の血を飲んで治るなら、あげたかったんだよ」
イヤーーー!!!全部ばれてるぅ!!なんか可愛いこと言ってるけど砂から戻れん……いや、ひとつこれだけは確認したい……!気合い!復活!
上半身から人型を取り戻しつつ、ロナルド君の手を私の手で包み込んだ。
「わっ、私だけだよね!?君があげたいって思うのは」
ずっと燻っていた思いがせりあがってきて、とうとう吐き出してしまった。みっともないし、格好はつかんがもうどうでもいい。
君の血も、何もかも。私が特別だと思って良いんだよね……!?
「はあ?最初からそう言ってるだろうがバカ。誰にでもほいほい血なんてやれっかよ」
仕事の時に噛まれんのは不可抗力だから許せよ、と唇を尖らせている。
「約束だよ!?いくら君がチョロいっていっても血だって何だって、誰にもあげちゃだめだからね!?」
「やんねえよ。お前だけだ」
ぶすっとした表情で、ぶっきらぼうに返された。
言ってはみたがいざ目の前に助けを必要としている者がいたら、こいつは私との約束なんてすっかり頭から抜け落ちて、あげれるものはあげて助けてしまうんだろう。だいたい私の怪我するなという言葉を聞いて喜んでおいてあの戦い方だ。
仕方ない、私が惚れた男はそういう奴だ。
それでも今の言葉に意味がある。決して嘘ではなく、ちゃんと私を想って言ってくれた言葉だからだ。
そしてこの言葉が少しでも頭の片隅に残って、自己犠牲の塊の彼がいざというときに自分を少しでも大切にしてくれたらと願うばかりだ。
そんなこっちの心配など全く伝わっていないだろうロナルド君は、急に相好を崩すとふへっと笑いだした。
「お前、嫉妬深いのな」
ニヤニヤと笑う若造が腹立つが、惚れた方が負けなんだよ別に負けたっていいわ笑うがいいさ!
「当たり前だ!吸血鬼の執着心なめんな!……いやそれに託つけるのはやめよう。これは私個人のロナルド君への執着であって、それだけ君が好きなんだからな!!」
……俺も」
っはーー!!なにそのあざとさ毎秒死ねるんですけど? いや耐える。目の前の可愛い生き物をこの目に焼き付ける為に死ねるか。
「起きてる俺に好きって言ってくれて嬉しい。俺も、ドラルクが好きだ」
照れの残るはにかんだ笑顔と澄んだ瞳に打ち抜かれ、すっかり毒気を抜かれて代わりにむくむくと芽生えたのは彼に対する庇護欲だった。
彼の血を飲まなくても、とっくに執着してしまっていた。我欲に忠実な方が、私らしいよな。なのにそれを隠したのは、ロナルド君が大切だったからだ。あらゆる理不尽や、彼を傷付けようとする者から護りたい。君を傷付けるのを許せないのは他人もだが、自分自身もだ。
執着が怖かったんじゃない、それによって不本意に彼を傷付けることが怖かった。
でももう大丈夫だろう。舌から貰った血は僅かな量なのに、吸血衝動はかなり和らいでいる。今なら市販の血液も受け付ける気がする。まあ、彼の極上の味と比べたらかなり劣るけど、体が拒絶しないって意味で。
もし自分が暴走することがあっても、彼は周りから愛されている。彼自身が私の抑止力にならずとも、家族である隊長さんや妹さんは元より、ギルドマスターを始めとする退治人仲間のショットさんやサテツ君含む面々、友達の半田くんやカメ谷くん、吸対のヒナイチ君や変わり種でいえば吸血鬼のへんなくんまで、彼に何かあれば黙っていない人ばかりだ。ジョンだって、ロナルド君を家族のように慕っている。さっきもそうだったが、まずはジョンが見張ってくれるだろう。
皆が彼を愛しているが、彼に愛情を一番注ぐのは私だと、誰にも負けはしないがね。
無垢な彼を蹂躙などしたくない。心も体も、私がゆっくりと拓くのだ。
「さっき、強引にしてごめんな」
ん?なんのことだ。自己肯定感低男がまた変に拗らせてるのか。
「ちゅーはさ……血をやる方法を思い付いたら一石二鳥じゃんって勢いでやっちまった。ずっと口だけはしてくれなかったから、血をやる名目なら俺からしても別に良いよなって、口実にしてちゅーした」
「んん゛!!口実なんてつけなくても私だってずっとしたくて、我慢してただけだから!!」
そこではっと気付く。
「て言うか君!あんなんがファーストキスでいいのか!?理想のキスとかあったんじゃないのか?」
「へ?理想?うーーん。まあ、無くはないけど、十分嬉しかったぜ。だって、好きな奴と、気持ちを通じあわせてするのが一番いいだろ?」
お前はどうなの?なんて眉を下げてふにゃふにゃの笑顔で首を傾げて聞いてくるんだぜこいつ。
はあーーー。天然おそろしっ。
「ぐっ……!私もっ……嬉しかったけどっ!でも、吸血もキスも今度は丁寧にしたいからやり直しさせて」
「血、ちゃんと首から飲むか?」
「いや、一つずつ欲しい」
今日は、こっち。顎を掬い上げ、親指で唇をつっとなぞってみせる。それだけで真っ赤になるから分かりやすい。
「うぁ、さ、さっき散々したろっ。血はあんまり出なかったのに、本当にもういらねーの?やっぱり俺の血まずい?」
誤魔化そうとしているのがみえみえで、くっくと笑ってしまう。
「そんなわけないだろ。どんな高級ボトルより、君の血を飲むことしか考えてなかったんだぞ」
にぶちんルドくんには、ストレートな言葉が一番良い。
「美味しかった。ご馳走さま。今まで飲んだどの血より、君の血が良い」
「そ……そうかよ……
真っ赤になって汗を飛ばしている。褒められなれしてないんだよなぁ。ま、これから私が愛情たっぷり注いで、何十年後かにはロナ戦のロナルド様も真っ青の自信たっぷりのルドくんに仕上げてやろう。ふふふ。楽しみだ。
「ん?でもうまいなら、何で今飲まないんだ?」
「あのね、吸血するなら条件を満たしてからにします。君の体調が万全であること。吸血後に十分な休息を取るために次の日が休みであること。吸血後は水分と栄養をたっぷり摂ること」
「ちょっと待って。俺、憐れな雑魚砂に献血しにいくみたいになってない?」
「んぎぃ!でもそういうことだよ!君を大切にしたいの!だから今日、吸血はもうしない」
目線をおもったるく絡ませて、吸血は、のところを強調してみせる。
ロナルド君はきょとんとしている。
伝わるか?伝わらないよねぇ。
でももう我慢しなくていいよな?なにしろ、焦がれていた彼からきてくれたんだ。
「キスしても?」
はっきりといえば、ロナルド君はようやく先程の台詞を思い出したようで青くなったり赤くなったり、ひとり百面相大会を開催している。そういうおもちゃみたいで面白い。
根気強く待てば、観念したように目をきゅっと瞑った。その震える睫毛を愛しく思いながら頬を撫で、そっと唇を寄せて、優しく触れるだけのキスをした。軽く触れ、離れる。
…………終わり?」
おずおずと目蓋を上げて、青い瞳が現れる。瞬きを数度繰り返し拍子抜け、とでも言いたげだ。
「言ったろ。私から君に、優しくキスしたかったんだ。それとも、もっと激しいのを期待してた?」
それはまた今度ね、と耳元で渾身の甘い声で囁けば、声にならない裏返った声を出して照れたゴリラの拳が飛んできた。
まあ予想してた。想定内なので素早く再生すれば、何故か今度はおお!と感激の声が響く。
「ドラ公!普通に戻ったな!フラフラもしてねえし」
ここ最近のおもだるさが綺麗さっぱり消えている。体が塵のように軽い。おっとこれは元々だ。
「お陰さまで。ジョンをそろそろ呼び戻そう。おやつのリクエストも聞かないとな。君は風呂に。ご飯用意しておくから。その服、血がどこまで落ちるかは分からんが試してみるから分けておいて」
「おう、センキュ。マッハで入ってくる」
「いいからちゃんと綺麗にしてこい」
バタバタと慌ただしく、当たり前の日常に戻っていく。変わらない日常がこれからも続くであろうことが、たまらなく嬉しかった。そしてそれはそれとして、恋人同士ではないと出来ないことも目一杯楽しむ所存だ。
ふはは若造め覚悟しろよ、私の愛でこれでもかと溺れさせて、自己肯定感爆アゲさせてくれるわ!さあこれから忙しいぞ!ロナ造育成計画と、やりたい事リストを作成せねば。
上機嫌に事務所へ通じる扉を開け、ジョンと死のゲームを迎えに行った。
「やあやあ、お待たせしたね」
「師匠、いちゃつく時は電源切って下さいよぉ」
「ぐぅ、すまん!明日君の作ったゲームに付き合うから許せ」
「やった!約束ですよ!」
あれは元はと言えばロナルド君が始めたことだが、甘んじて私が謝っておいてやろう。いつでも寛大な私だが、今日の心は海よりも広いからな!……まぁ私にも少し、ほんのちょっと、僅かばかりは責任があるし。
「ジョンも助かったよ。ありがとう。約束のおやつ何が良い?」
「ヌッヌヌーヌ♡」
「ホットケーキね。今日は特別だ。好きなアイスとベリー添えだぞ」
「ヌッヌーー!!」
小さな愛らしい手を上げて喜んでいる。やはり可愛い私のジョンだ。後でカロリー調整は必要だろうが、今夜くらいは良いだろう。
「食事の後ね。ジョンもご飯の準備を手伝ってくれるかい?」
「ヌン!」

「おい、ドラ公」
ジョンとキッチンでご飯の準備を始めたら、ロナルド君に呼び掛けられた。お風呂に続く廊下から顔だけ出して、心なしか顔を赤くしている。
烏の行水にしても早すぎるので、まだお風呂には入る前だろう。
シャンプー類はまだ切れそうなものはなかったし、タオルや下着も補充しておいたはずだけど。
「どうした若造」
……なあ、今度っていつだよ?」
…………は?」
視線をさ迷わせて、心の準備がいるだろ、と消え入りそうな声でごにょごにょ抜かしている。
え?もしかしてさっきのキスの話?
ドラドラちゃんのツァイガルニク効果を使った耳打ちが、若造の心にクリーンヒットしちゃった感じ?
わざわざそれ聞きに戻ってきたの?脱いでる途中で気になったのか半裸だし、どんだけ気にしてるの……!?
耐えきれず砂になる。
「ねえ、やっぱりもう全部貰っても」
「ヌヌヌ」
だめヌ、現実のジョンに諌められた。居たたまれんわ。

おわり