夜之 夢
2023-07-17 22:35:52
17542文字
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お題「幽霊とかが視える/聞こえるけれど悪影響がないアズールと、幽霊は見えない/聞こえないけど悪影響があるジェイド」

いただいていたお題「幽霊とかが視える/聞こえるけれど悪影響がないアズールと、幽霊は見えない/聞こえないけど悪影響があるジェイドの話」を半年以上こねくり回して出来上がったもの…のダイジェスト…みたいなものです。全部書こうとすると終わりがなかったので、何卒ご容赦を…ご容赦いただきたく…。すみません…。



<入れきれなかった部分①>
 ありがとうございました、と綺麗な礼をした子供へと、リドルは慌てて呼びかける。
「あぁ、ジェイド。お待ち、……これを持って行って」
 言いながらジェイドへと歩み寄り、その前に膝をついて身を屈めて、リドルはその手に持った包みをジェイドの手に無理やり持たせた。
 オリーブとゴールドの瞳が、きょとんとした様子で丸く見開かれる。
「ブラウニーだよ。……その様子だと、知らなさそうだね」
 手に持たされた包みを見つめて、ぱちぱちと瞬きを繰り返す子供は、ブラウニー、と聞いてもそれが何かをわかっていない様子だった。
 まったくアズールは、とリドルは溜息をつきたくなる。それを飲み込んで「お菓子だよ」と説明を加えた。
「チョコレートの焼き菓子、と言えば良いかな。間食として食べると良い」
「かんしょく」
「えぇと……食事と食事の間の……午後の3時あたりとか……、ひょっとして、アズールはお茶をしたりしないの?」
 まさか、という思いで投げかけた問いに、ジェイドはこくりと頷く。
「食事だけ? 三食の? それ以外に何か甘いものをつまんだりは?」
 今度はジェイドは首を横に振った。
「キミにも? キミにすら無いのかい?」
 ジェイドの頭が縦に振られ、途端、リドルはジェイドの背後、少し離れた位置でジェイドを待っていたその姿に向かって声を荒らげた。
「アズール! まず話が必要なのはキミだよ! こっちへお戻り!」



<入れきれなかった部分②>
 眠りから意識が浮上し、瞼を開いた瞬間に、うわ、とアズールは思った。
 驚いたのは一瞬だけで、後はただただうんざりした気持ちが湧いてくる。
 ――ベッドに仰向けに寝ているアズールを覗き込むようにして、見知らぬ女がそこにいた。その首のあたりからボタボタだらだらと血を流しながら。
 これだから安宿は! と髪を掻きむしりたい気分だった。
 目の前の人ならざるものと言葉を交わさないよう、早々に右手のひらのあたりに魔力をこめ、アズールはその手でシッシッと女の顔のあたりを払った。念の為、隣で眠っている子供を左腕でそぅっと抱き寄せて、左手だけでその頭のあたりまで毛布をかける。ジェイドは起きているかもしれなかったが、とりあえず今はそれで凌ぐことにした。
 女のゴーストは低級のものだったらしく、アズールの手が当たると――実際にはそこに何の感触も無いのだが――その箇所を押さえて悶え苦しむ様子でその姿を消した。
 まったく、とアズールは苛々してくる。
 ジェイドにはゴースト達の姿がまったく見えていない、そのことが最近の救いだ。
 サイドテーブルに置いていた眼鏡を取ってかけて、それでやっとアズールは『普通の世界』の中で目を覚ましたことになった。



<入れきれなかった部分③>
 多分、迷子だった。
 まいごまいご、とリドルとアズールがたびたび口にしていたその単語を、ジェイドは真には理解していなかった。ただ「迷子って、どういうことですか」と聞いたことはあったので、その言葉の意味は知っている。道に迷った子供のこと。リドルもアズールもそう言っていた。
 そういうことって、あるんですね。
 迷子の意味を教えてもらった時、ジェイドはそれがどうして起こるのか、どうして迷子になるのか、よくわからなかった。だってこれまでのジェイドはと言えば、道に迷うことも、迷いそうになることもなかったのだ。
 どこかに行くとなれば必ずアズールはジェイドと手を繋ぎ、ジェイドはそれを自分から離したことなど無かったので、アズールと逸れて1人になる事も、ましてやそんな状態で街の中に置いてきぼりになる事も無かった。
 そんなわけで、ジェイドは初めて身をもって「迷子」というものを理解した。
 なるほど、道に迷った子供。迷子である。



<入れきれなかった部分④>
 どうぞ、と差し出されたメニュー表を、ジェイドはそろそろとした手つきで開いた。
「えっ? なに?」
 その様子を見ていたイデア・シュラウドが、ジェイドの斜め向かい、アズールの隣でキョロキョロとする。
 七月の気持ちいい快晴の、カフェのテラス席にて。パラソルで作られた日陰のテーブル席で、不機嫌そうにも見えるほど真面目くさった顔をしているアズールと、その隣でオドオドとしているイデアと、その向かいの席、子供用のクッションをもらって背丈のかさ増しをし、何とか大人用の席に座っているジェイドの組み合わせは、周囲からひどく浮いているようだった。
 そのせいか、イデアはずっとキョロキョロおどおどしては、アズールとジェイドの一挙一動に驚いている。
 今だってそうだ。ジェイドにとってはいつもの事――アズールの『一仕事』が上手く終わったご褒美に、カフェやレストランで何か一つ好きなものを注文していい決まり――を見て、イデアはただただ困惑している様子だった。
「気にしないでください。ジェイドも、イデアさんも」
「いや説明〜……
 アズールとイデアの関係性は相変わらずよくわからなかったが、アズールはイデアを置いてきぼりにする事にしたらしい。イデアへの説明を放棄して、ただジェイドの向かいからメニュー表のページをめくって「デザートならこのページ、飲み物ならこのページです」と教えてくれた。
 こくん、と頷いて、ジェイドは開かれたデザートのページをよく見ようと、メニュー表を自分の方へと引き寄せる。
 書かれている商品名と説明を真剣に読み始めたところで、イデアの声が「うっそぉ」と言ったのが聞こえた。
「何がです」
「えぇ……だって、アズール氏が……マ? リドル氏伝いに話は聞いてたけどさぁ……絶対ウソだと思ってたのに……マ〜〜〜〜?」
「だから何がです。子供の前であまり品の無い言葉を使わないでいただけますか」
「ハァ〜〜! 子供! 子供の前でだって! 驚きすぎて草も生えませんわ。いやウソでしょマジで? あのアズール氏が? 子供育ててるってだけでも嘘松乙って感じなのに? おまけにこんなオシャカフェのデザートを好きに頼ませるって! ハァ〜〜っ無理絶対想像できなかった。この目で見るまでは」
「大人しくしていてくださいよ。恥ずかしい」
「は、腹立つ〜〜! その眼鏡作ったの拙者なんだが? 次にレンズ割れても修理しませんぞ?」
 あっ、とジェイドは思い、メニュー表から顔を上げる。
 ジェイドがハッとしたのはイデアの言葉についてだったというのに、アズールはそれがわからなかったらしい。「決まりましたか?」などと聞いてくるので、ジェイドは首を横に振り、イデアへと顔を向けた。
「イデアさんが、アズールの、眼鏡を、作ったんですか?」
「オッファ……子供が興味を持つ点って予想外ですわ」
 イデアが真顔で答え、その隣でアズールが顔を顰めて盛大に溜息を吐き出す。
 どうして2人がそんな反応をするのかジェイドにはわからなかったが、アズールが腹立たしげな事だけは察せられた。
「聞かない方がいい事なら、やめておきます」
 空気を変えるようにしてそう言い、ジェイドはメニュー表を持ち直す。
 メニュー表の向こうでアズールのため息がもう一つ追加されたが、ややあって聞こえてきたアズールの声は、怒っているふうではなかった。
「注文は決まったんですか」
 決して『優しい』ものではないけれど、決して『不機嫌』でもないような、いつものアズールの声で問われて、ジェイドは内心で少し安堵する。
「ピーチソルベ、がいいです」
 実はすぐに決めていたオーダーを告げれば、アズールはそっとした手つきでジェイドからメニュー表を奪い、開かれていたデザートのページに視線を落とした。
「お前、いつもソルベですよね。他のものは気にならないんですか? どれがどんなものかわからないなら、説明はしてやりますけど」
 言葉だけ聞いたなら素っ気ないだろうが、アズールの提案は純粋な優しさだ。それを理解して、ジェイドはフフと笑った。
「いいえ」
 首を横に振れば、やや不可解そうな表情をしたアズールが、視線だけ持ち上げてジェイドを見やる。
 それににっこりと笑い返して、ジェイドは答えた。
「ソルベがいいんです」
 だってそれは、ジェイドが初めてアズールと共に仕事を終えた時に、アズールがぎこちなく「子供にはこういうのだろう」といい加減な判断で、けれどジェイドのためにと注文して食べさせてくれたものだ。