ユコ
2024-07-07 18:36:40
21153文字
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no liar, no game

お題:嘘つき
攻めることしか知らないギャンブラーが不意に見せる弱みにはまっていく教授の話。
君が求めるなら僕はいつまででも待とうと決めた。







3 :パートナーシップ──僕らは呼吸をするように嘘を吐く生き物だ。


 
 久しぶりの不快な喧騒がレイシオの鼓膜に響く。
 コインの跳ねる音、ルーレットが回転する音、カードが切られる音……そこに纏わりつく換気と落胆の声。何もかもがここに初めて訪れた時と変わらない。変わったのは己の頭にそれらを遮断する石膏頭がないことだった。
 どうやら、あの日から変わらずこのカジノ・ベラージオは隣に立つ男の手の内らしい。当たり前だ。彼は勝負に負けることなどない。彼が生きている限り、この享楽の宮殿は男の手の中にあり続けるのだろう。
 あの頃と同じように自分の隣に佇んでいたアベンチュリンが、軽やかにレイシオに語りかける。

「どう? 教授。階差宇宙とやらに使う遊びのヒントにはなったかい?」
「遊びではない。これは立派な宇宙を前進させるためのプロジェクトの一環だ」
「はいはい、頭のいい高尚な学者様たちの考えていることはよくわからないけど、君がスロットゲームに楽しみを見出してくれるとは思わなかったな」

 アベンチュリンが胴元のカジノに訪れたいと言ったのはレイシオの方だった。
 アベンチュリンが経営するカジノは実はこの宇宙のあらゆる惑星に存在している。それが商人の顔を持つ彼の大きな投資戦略だからだ。階差宇宙に仕掛けるギミックを考えるにあたって、君のカジノを少し見学させてほしい。その申し出をアベンチュリンは快諾した。どのカジノがいい? 最新のスロットを取り揃えたカジノもあるし、最新のAIを搭載したシャッフルマシンを導入したカジノもある。そういろんな選択肢をアベンチュリンは提示してきたが、レイシオは断った。訪れるなら、彼と初めて訪れたこのカジノ・ベラージオと決めていた。

「ここのカジノは僕が高級幹部になった時に初めて手を出した店だから、あまり最新の機械は少ない。一度見た君にとっては退屈なんじゃ?」
「いや。あの時はほとんど石膏頭で周りを見ていなかった。それに、君と初めてカジノで勝負した時のことを思い出したかったんだ」
「ああ、君が僕のカジノでイカサマしたこと?」
「イカサマではない。この店では禁じられていないと君が言ったんだろう」
 
 レイシオがじろりとアベンチュリンを睨むと、アベンチュリンは飄々とした顔で戯けながら首をすくめる。 

「そうだね。僕、ブラックジャックで負けたことはなかったんだよ。今までも、これからも。負けたのは君だけ」
「あれは引き分けだったろう」
「そうだけど、僕のようなギャンブラーにとっては引き分けは負けだ。そうだ、教授。久々に一戦どう?」

 自分の領域テリトリーだからか、いつもよりアベンチュリンの言動は明るくて軽い。仕事で博識学会や大学に訪れる時とは違ったアベンチュリンの様子に、レイシオは鼻で笑った。
 
「戦略性のないつまらないゲームに興じるほど僕は暇じゃない。ここにあるのは全て確立論だ。あのブラックジャックだって、戦略も知略も何もない。ある程度、この視察で何に客が興じているのかは理解した。だからもう帰る」
「まぁまぁ。教授が好む『駆け引き』ってゲームが一つ、ここにはある」

 そう言って、アベンチュリンは一つのテーブルへとレイシオを誘った。
 胴元であるアベンチュリンが顔を出したことで、ディーラーたちが慌てたように背筋を正す。そんな彼らに、楽にして、と声をかけながら、アベンチュリンは得意げな顔をレイシオに向ける。

「テキサスホールデム──いわゆる、ポーカーってやつだよ」



            *



 ポーカーの中でも一番主流となっている、テキサス・ホールデム。
 ルールはブラックジャックよりは多少複雑だが、チェスの駒の動きを覚えるよりはずっと簡単だ。テーブルの上に置かれた5枚と手札として配られる2枚のカード、合計の7枚の中で5枚で成立する10種の役のうちのどれかを揃える。ただそれだけのゲームだ。揃う確率が希少なカードを揃えた役が強く、同じ数字を4枚揃えたフォーカードや連続した同じスートの柄を揃えるストレートフラッシュなどが上位の役として存在している。

「まぁ、ポーカーと言っても今回プレイヤーは君と僕の二人だ。二人しかいない場合、勝負がなかなかつかないからね。少し特殊ルールを適用しよう。お互いの役の強さに気づいて降りるフォールドした場合、その回の勝負は無効。お互いがベストだと思う役の場合は、レイズかコールをし、最後に一勝負をする。これでどうだい?」
「いいだろう」

 今回はディーラーの役ではなくプレイヤーとして参加するアベンチュリンは堂々とレイシオの隣に座る。このカジノの胴元でもある人間を前にディーラーは緊張しているようだったが、カードを目も止まらぬ速さで鮮やかにシャッフルする腕は、アベンチュリンの速さと負けず劣らずだ。彼はこのカジノ一の優秀なディーラーだからね、とアベンチュリンは自慢げに言った。
 ディーラーから配られるカードを2枚ずつそれぞれ手元に受け取りながら、アベンチュリンがふと思い出したように口を開いた。

「そういえば、何を賭けるか決めてなかったね。ただの賭けベットじゃつまらない。どうしようか。君の望むものを賭けていいよ」

 例えばこのカジノとか?
 そう出会った時に見せられた裏カジノと同様のものを気軽に掛け金チップにしようとするアベンチュリンに、レイシオは顔を顰めた。

「僕がそんなものはいらないのをわかっていて言ってるな?」
「わかってる、冗談だよ。希少価値のある古書とかが妥当なところかい?」
……君は何を望むんだ、アベンチュリン」

 レイシオは手元に配られた二枚のカードを見つめながら問うた。

「君は僕に何を望むんだ」

 レイシオの二度繰り返された問いに、アベンチュリンの瞳が子供のように大きく見開いた。
 そんなものは全く考えていなかった、と言わんばかりの幼い顔だ。
 あのピノコニーの一件以降、アベンチュリンは出会った時には見せなかったこういうあどけない顔をレイシオに見せる。まるで、調和エナが見せた夢の中の彼のように。最近、それを見つけるたびにレイシオの口から何かが溢れそうになる。──一体、何を彼に告げるという? ジェイドが言った通り、レイシオとアベンチュリンの点は始まりが違う。僕たちは交われない。
 それでも問うたレイシオの質問に、アベンチュリンは困った顔で笑った。

「僕が、君に望み?」
「そうだ」
……うーん。君と勝負できるのが楽しみで考えてなかったな。どうしよう」

 レイシオは珍しく弱みを見せるアベンチュリンの困った笑みに、目を眇める。
 この男には、つくづく欲がない。
 それが出会った時には気づけなかった、この男の弱みだ。それが最近露呈するようになったのは、レイシオがアベンチュリンを観察した結果なのか、それともアベンチュリンがレイシオに心を許してきているからか、答えは不明だ。けれど、彼の抱える深淵は、こういうときにレイシオの前で顔を覗かせるようになった。どれだけ虚栄と宝飾でアティニークジャクのように見目を着飾ろうと、彼の内側は空っぽだ。底知れぬ深淵しか、そこにはない。
 人の欲望を操り、欲しいものを与える商人。彼は人の欲望を操り、見せたいものを見せるが、自分の欲望などとうに砂漠のように枯れて果てている。この男に本当に欲しいものなど銀河を駆け回っても、どこにもない。全てを琥珀の王に捧げた彼の空洞を埋めるものは、レディ・ヒスイが言った通り、この世界のどこにもないのだ。あるのは、無謀な計略だけ。それでも、レイシオは口を開いていた。

……僕の時間をやる」

 それはまるでカードシャッフルを止める時の速さだった。
 アベンチュリンが捻り出そうとする当たり障りのない回答を、レイシオは止めるようにそれを口にしていた。
 生徒が答えるのを邪魔するなど教育者にはあるまじきコミュニケーションなのは自覚している。けれど、そのカードをレイシオは切るしかなかった。 

「え?」
「賭けるのは僕の時間だ。君が勝ったら、僕の時間をやる」

 アベンチュリンが虹色の瞳を大きく瞬かせる。

「いいのかい? あの頃、君は僕とよろしくしたくないって言ったのに。こんなところで僕が勝ったら、僕は君を永久指名するけど」

 そうおどけるようにアベンチュリンは笑う。
 望むところだ、とレイシオは胸の内で思う。

「いいだろう。ただし、君も同じものを賭けろ」
「つまり、僕の時間ってこと?」

 自分の顔を指差しながら、アベンチュリンは訝しむように小首を傾げた。

「僕の時間? そんなの凡人院の天才様がどうしようっていうのさ」
「君の愚鈍を治すことに使う」
「まぁ、いいけど……、これ勝負になってるのかな。僕には勝っても負けても損がない。リスクがない勝負って気が乗らないんだよなぁ」

 ぼやくアベンチュリンに、レイシオは畳み掛けるように話を続けた。

「君の愚鈍を治すためにまず、専門図書を百ほど用意する。次にその専門図書に関してレポートに纏めて僕の研究室に提出してもらう。そのレポートに僕が赤入れをし、君に戻す。君はそのレポートの修正を僕に再提出する。その流れを34回ほど繰り返した後、僕の研究室の学生たちに君の優秀なレポートを発表してもらい、学生たちと討論を重ねてもらう」
「わかった! わかった、もういいよ! そんな時間は絶対ごめんだ、僕が勝つ」
「ふん。火がついたようで何よりだ」

 二人の会話がひと段落したのを見越して、ディーラーが苦笑混じりに場の中央に5枚のカードを並べた。5枚のうちの3枚がオープンになる。現れたのは、スペードの10とQに、ハートのQ。すでに卓上のカードのみで1ペアが成立している、悪くない場だ。

「ふうん……

 アベンチュリンがテーブルに置かれたカードを目を眇め、面白そうに見つめる。

「このカードなら勿論、レイズだ」
「僕もコールだ」
「いいね。攻めるゲームは好きだよ」
「ふん」

 お互いが掛け金チップを積んでテーブルの上にコインを差し出す。
 つまりこの場に並んだカードで退場フォールドの選択ではなく強気に出るということは、少なくともお互い、ワンペアとスリーカードを揃えるべきフルハウス以上の役は作れるということになる。勿論、それがブラフである可能性はあるが、アベンチュリンの性格上、そんなつまらないゲームはしないだろう。
 ラウンドを進めるため、ディーラーが場に伏せられていた4枚目のカードをゆっくりと開く。現れたのはスペードのKだ。同じスートのカードがもうすでに3枚も出揃っている。作れる役は、このカードの並びならフォーカードも狙えるし、同じスートで数を並べるストレートフラッシュも十分に狙える。つまり、ここから先はこの二つの役が狙えないカードを持っているなら即座に降りるフォールドすべきゲームというわけだ。本当の強者しか勝負の場に残ることも許されないゲーム。
 けれど、アベンチュリンの決断は早かった。

「レイズだ」

 まったく、攻めることしか知らない男だなと思う。
 守りに入る姿勢は一切見せないアベンチュリンに、レイシオも応える。

「コールだ」
……へえ、いいね」

 もちろんこのゲームを降りるフォールドするわけがない。

「覚悟するんだな。君はしばらくの間、学問の奴隷だ」
「だから僕が負けない男だって君は散々見てきたろ。ディーラー、カードをオープンに」

 アベンチュリンの指示で、ディーラーが場に伏せられていた5枚目のカードを開いた。
 現れたのは、ダイヤのQだった。
 アベンチュリンとレイシオは手元の二枚のカードをお互いに見遣る。

「これで同じスートを揃えなければならない、ストレートフラッシュの手はなくなった。で、君の手はフォーカード? フルハウス?」

 アベンチュリンが尋ねる。
 レイシオは持っているカードの2枚をテーブルの上に差し出した。

「クラブのQとハートのQ。つまり、フォーカードだな」

 レイシオの明かされた手札を前に、アベンチュリンは薄笑いを浮かべる。そうして、手にしていた2枚のカードを手の中でひっくり返した。

「僕のカードは、スペードのJとA。──つまり、ロイヤルストレートフラッシュだ」

 僕の幸運の勝ちだね。
 そう言って優雅にアベンチュリンは微笑みながら手にしていた2枚のカードを、指先で弾く。まるで孔雀の羽のような軽やかさで、普通なら一発で手元には訪れない豪運の2枚のカードはテーブルの上に儚く散って落ちた。




            *




 あっけない勝負の幕引きにディーラーに別れを告げた後、アベンチュリンは終始不機嫌そうだった。

「いつも通り君が勝っただけだろう」
「だって。……君さ。わざと負けたろ」
「何がだ」
「君のカウンティングの目で、僕のカードが読めていなかったわけがない。なぜあの場面で、コールを? 君がフォールドをすれば、あのゲームはまだ続けられたし、君の勝利の可能性はまだあった。僕はもしかしたら晴れて君のいう学問の奴隷とやらになれたかもしれないんだ」

 つまらないことをするなよ。
 不機嫌そうに彼が口を窄める。
 そのアベンチュリンの言葉にレイシオは淡々と返事を返す。

「君が言ったんだろう。清濁合わせ飲む男がいいと」
「は? それってどういう……
「この賭けで、君は僕の時間を手に入れた。そして、君は僕を今後も永久的に指名する。つまり、今後の君の戦略的パートナーは僕一人ということだ。たとえ博識学会の役員のお偉方が何を言っても覆らない」

 レイシオの告げた言葉に、アベンチュリンが静かに眉を顰めた。
 どうしてそれを、と問いたげな顔に、レイシオは話を続ける。

「僕が知らないとでも? 話は聞いている。ピノコニーの一件で君は随分無茶をした。あのアホ──役員連中は弱っている君に漬け込み、僕以外の君とのパイプを作ろうとしているんだろう。博識学会からの提案で、次の君の仕事に僕以外のパートナー、つまり凡人院以外の派閥の人間の名前が上がっているな?」
「そう、だけど……
「博識学会も一枚岩ではない。あの役員連中が君に何の条件を突きつけているかは知らないが、僕や凡人院はその程度の圧力など跳ね返す。君は迷わず僕を指名すればいい。この勝負に勝った君にはその権利がある。P46への昇進も目前と言われている君の要望ならおそらく通るだろう」
「待てよ、レイシオ。──それは、君に利益メリットがない」

 アベンチュリンが戸惑うように声を荒げる。
 うだうだとまた表向きの理屈を捏ねようとするアベンチュリンの肩を掴み、レイシオは他のカジノ客からアベンチュリンの姿を隠すように柱の影に追いやった。柱とレイシオの体の間に立つしかない、逃げられない籠の鳥のような状況に、アベンチュリンの瞳が戸惑うように揺れる。そんなアベンチュリンの頼りない姿を自分の腕の中に閉じ込めるように、レイシオは彼の顔の側に腕をついた。
 どうして、と震える声がレイシオに尋ねる。

「うるさい。君の本音のない嘘ばかりの理屈はもう聞かない。僕が求める利益は君が作れ。君なら僕が求めていることがわかるはずだ」
「なんだよ、それ。君、勝手すぎないか」
「勝手ではない。君は僕の知識が欲しくないのか」
……欲しい、けど」

 ──あなたの中途半端な触れ合いは、ぼうやの埋まらない穴を広げるだけよ。
 レディ・ヒスイの美しい忠告がレイシオの脳裏で繰り返される。
 彼女は言った。これ以上、アベンチュリンに関わるなと。それは同時にここまでの仕事でレイシオを指名し続けてきたアベンチュリンへの警告でもある。覚悟を伴わないなら、自分の深淵に巻き込むなと。
 レディ・ヒスイの忠告は当たった。けれど、この愚かな孔雀の予言は何一つ当たらない。
 なぜなら、レイシオはすでにこの男を好ましく思ってしまっている。
 君は僕を好きにはならない。そんな出会った時に告げられた予言はとっくにはずれ、レイシオの頭の中にこの不愉快な男が占める割合は随分と増えた。仕事とは関係ないところで、この男がすでに目の離せない存在になっているのは認めざるを得ない。
 不快な立ち振る舞いも、死を恐れない蛮勇も、全てが計略のための嘘。それを知ってしまった愚かな夢の終わりで、それでもこの嘘つきの瞳を恋しいと思ってしまった。
 彼の最大の嘘は、レイシオを求めているのに、求めないふりをすることだ。
 彼はやさしいから、レイシオを遠ざける。
 この男は躊躇っているのだ。
 自分の計略にこれ以上、レイシオを巻き込むべきなのか。
 虚無に踏み入り、死を一度前にした。この男の無謀な計略はこの先も続くだろう。これ以上、レイシオが関わればその続く深淵はやがてレイシオの足元にまで迫ってくるものになるやもしれない。
 別にその深淵に共に落ちる気などさらさらないが、彼には老獪さがまるで足りていない。命を使う蛮勇だけを武器にし、知略を学ばない、本当に、アホで、バカで、マヌケな男だ。深淵への堕ち方一つだって、結末は同じでも堕ち方はいかようにも選べることをこの男はまだ知らない。ならば、せめて、それを授けたい。
 レイシオは、金色の輝く時計や色鮮やかな宝石の指輪で飾られた虚栄だらけの右手を掴む。
 その手の力強さに、アベンチュリンの肩が怯えるように小さく震えた。
 彼の手の震えを包み込むように、レイシオはその嘘だらけの右手に誓うように唇を静かに落とす。 

「僕たちは、何も変わらない。君と僕の関係はこの先も戦略的パートナーだ。だから、君が欲しいものは、僕が勝手に君に与える。いいな?」

 アベンチュリンの美しい虹色の瞳が、傷ついたように切なく揺れる。今にもその虹色の宝石が溢れ落ちそうで、哀れだった。
 瞳の揺らぎを隠すようにアベンチュリンは胸元に刺していたサングラスを左手で手にし、颯爽と身につける。それでも、もう『アベンチュリン』の顔を着飾れないのはレイシオの目からみても明らかだった。だから、自分の腕の中にこの男を隠したのだ。彼が必死に運命に争い、守ってきた体裁も何もかもが崩れ落ちたあとに垣間見せる優しい男の本来の顔を、このカジノで享楽に溺れる愚鈍に見せるつもりは毛頭ない。
 派手なサングラスの下で、アベンチュリンの表情がくしゃりと歪む。そうして、彼の薄い唇が笑顔と呼べない下手くそな笑みを弱々しく形作った。

……君、ずるい男だなぁ」

 そんなぼろぼろの砂金石とも呼べないか弱い笑顔に、恍惚としてしまう自分の心は一体何なのだろう。
 いつだって表側しか見せないアベンチュリンという男のコインの裏側を見る瞬間、心を掻きむしりたくなるようなざわめきがある。
 レイシオはそのざわめきから意識を逸らしながら、ゆっくりとアベンチュリンの右手から手を離す。
 あの時は手を払われたのに、君がこんな風に僕に触れるなんて思ってなかったな。
 そうぽつりと夢見心地で言って、子供のような幼い瞳でアベンチュリンは自分の右手を見つめる。レイシオが口付けたその手の甲を愛おしそうに見つめ、その掌の存在を確かめるように左手で撫でる。君も随分と恥ずかしいことをするね、と照れ隠しなのかあどけない顔でアベンチュリンは笑った。
 自分の前ではそうやって笑っていろ、と内心でひっそりとレイシオは思う。
 普段の顔に張り付けたような憎たらしい笑顔に比べたらよほどいい。
 そんなレイシオの内なる葛藤も知らないで、アベンチュリンは照れをごまかすように無邪気に言った。

「もう、君とのカードゲームは懲りたよ。今度遊ぶならカードではない別のゲームにしよう。スロットとかはどう?」
「あんな確率しかない子供騙し、知育玩具にもならん。君はチェスを覚えないのか」
「君が教えてくれるなら覚えてもいいよ」
「まぁ後の線が張れない君に、戦略ゲームなどできそうにないが」
「言ったね。じれったいゲームが好きじゃないだけだよ。待つのは嫌いなんだ」
「僕は待つのは苦ではない」

 だから、彼との付き合いゲームは、いつまでも待とう。
 後の線が張れない男に、知識というものをこの身をもって教えてやろうと、この日、レイシオは心に決めた。運以外の戦略、知略、人間性、情も愛も人間が持てるもの全て。
 レイシオは自分にも言い聞かせるように、アベンチュリンに優しく告げる。

「焦らなくていい。よく考えてから君の望みを決めればいい」

 ──それが彼にとってはどれほど残酷な願いか凡人の僕にはわからずに、蛮勇な彼にただ一つの希望を希うことしかできなかったのだ。