ユコ
2024-07-07 18:36:40
21153文字
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no liar, no game

お題:嘘つき
攻めることしか知らないギャンブラーが不意に見せる弱みにはまっていく教授の話。
君が求めるなら僕はいつまででも待とうと決めた。



1:出会い──彼は気狂いで不快で最低最悪な男だった



 夢を見る星といえばピノコニーの名をこの銀河では誰もがあげるだろうが、ピノコニーとは対極の眠らない星がこの銀河には存在している。
 その星は、朝はしんと水を打ったように静まり返り、夜になると狩を始める夜行生物のように街中が蠢き出す。空を夜の漆黒が覆うと共に、宝石箱をひっくり返したような色とりどりのネオンが街中煌びやかに灯り、金色に染まった噴水の水が夜空に向かって跳ねる。
 そんな目が眩むような街は、夜が明けるまでさまざまな歓喜と落胆に満ち溢れる。コインが跳ねる音、カードがシャッフルされる音、ルーレットが回る音、スロットの機械音……、金の匂いがする音が街中に響き、眠らない欲望をエネルギーにして活動する星。
 それが、スターピースカンパニー、戦略投資部が管理するアスデナ星系に組みする一つである、惑星・ベラージオだ。

「随分、下品な星になったものだな」

 品性のない騒音が鼓膜を叩き続ける。
 その不愉快さにレイシオは眉間に深い谷間を刻んだ。頭に被っている石膏頭に音遮断ノイズキャンセルの装置でも仕込んでくるべきだったと、建物に一歩足を踏み入れるなり後悔をした。
 カジノ・ベラージオ。
 この金の匂いしかしない惑星の中心にある、まるで宮殿のような巨大な建物の名称だ。
 ビロードのような艶めく赤絨毯レッドカーペットに、天井には目が眩むほどの数の黄金の色をしたシャンデリアが数多に釣られている。壁面には多くの競売にかけられてきた琥珀期を代表する名画たちが並び、その前で名画の価値もわからない享楽者たちがテーブルについて、人生を賭けた私財を投げ打ち、一攫千金のくだらない夢を見る。
 見るに耐えない下品な光景を前に、レイシオが石膏頭の下でどんな厳しい顔をしているのかもわからないのだろう。隣にいた男は肩をすくめて口を開いた。

「そうかい? 少し前までこの星は砂漠しかない乾燥地帯だった。ここの住民たちはオアシスの発掘に邁進していたけれど、僕の投資で築いたこのカジノ一つで惑星の環境は一変した。あらゆる資産家がこの惑星に訪れ、今やピノコニーに次ぐ夢の星と言われているぐらいだ。僕は不良資産を、このカジノ一つで立派な優良資産に変えただけだよ」

 彼の名前は、アベンチュリン。
 戦略投資部の新星と呼ばれる高級幹部の一人で、どんな不良資産でも優良資産に変えてきた手腕を持つ『豪運』の持ち主だと聞いている。先日、博識学会のアホども──役員連中の指示で、レイシオはこの男と戦略的パートナーシップを結ぶ羽目になったのだ。
 博識学会側から見れば、数多の被害を出したエイジハゾ・アベンチュリン事件の発端となった張本人とも呼べる男で、彼をカンパニーに引き入れるというのなら博識学会から【監督役】をつけろというのが博識学会側が出した条件だった。その白羽の矢が当たったのがレイシオなのも、学会内の複雑な派閥の諍い故だ。つまりあの役員連中たちは、凡人院のレイシオ中心に集まる学者たちがこれ以上学会内で力をつけるのが邪魔で、レイシオを中央から少しでも追い出したいという本音がある。学問とは関係ないしがらみばかりが増えていく周囲に、レイシオの石膏頭を身に着ける時間は日に日に伸びるばかりだった。
 そんなレイシオの苦労も知らない男は、今日も飄々とした顔でアティニークジャクのような派手な格好をしている。上質な絹を使った金とエメラルドの入った刺繍を入れた上着、資産家の子息が身につけるような中折れ帽子、耳に揺れる羽の形をしたイヤリング。指が疲れてしまうような大きな宝石がついた指輪をはめた右手の指でコインを玩具のように転がしながら、瞳よりも随分大きなサングラスを身に着けたアベンチュリンは得意げにレイシオを見上げる。

「金の流通がない星はいずれ死んでいく。それは知識は流通と謳う博識学会の君も同意見だと思っていたけどな」
「ふん。このカジノにあるのはまともな流通ではないと推察するが? なんでも、このカジノの胴元に勝てばこのカジノの利権を全て手に入れることができるが、代わりに参加者の私財の全てを賭けベットさせる、狂った裏カジノがあると噂では耳にしている。──胴元、つまり君のことだろう」
「へえ! そこまで僕のことを勉強してきてくれたなんて、さすが教授様だ」

 アベンチュリンが嬉しそうに指先でコインを弾き、金色が宙を舞う。彼の視界に入れるだけでもうるさい宝石だらけの右手は、軽やかにそのコインを掴んだ。アベンチュリンが派手なサングラスの下で嬉しそうに目を細める。まるで子供の玩具のようにカンパニーの財を使うアベンチュリンに、レイシオは嫌悪感しか湧かなかった。

「君が一度でも負ければ、君が今、優良資産と呼ぶこの惑星は一夜でカンパニー一の不良債権に転がり落ちるだろう。君は自分の仕事の愚かさがわかっているのか。君は確率を生き抜いているだけにすぎない」
「でも僕は負けない。僕の幸運についてはこのあいだのロシアンルーレットで君も味わったろう?」
「悪趣味だ」

 反吐が出る。
 先日、己の手に握らされた銃の重みを思い出し、レイシオは嘆息する。
 学者の手にペンでもなく、本でもなく、この男は拳銃を握らせた。今思い出しても自分の指が引いた引き金の軽さに気分が悪くなる。どう考えても初対面の男にする挨拶ではない。この男は本当に狂っているのだ。
 そんな気狂い男は、慣れた足取りで自分の城でもあるカジノを歩き、レイシオを最奥へと導く。
 喧騒渦巻くカジノフロアの最奥。黒服の用心棒ボディーガードたちが並ぶ、厳重に守られたその最奥にある派手な蔦模様の彫りが刻まれた漆黒の扉は、いかにも『御用達』の入り口だ。
 アベンチュリンは得意げな顔で、その扉をコン、と叩く。
 
「ようこそ、教授。僕の城の特別VIPルーム──ここが裏カジノの入り口だ」

 君に今日、依頼したい仕事はここにある。
 そう言ってアベンチュリンはにやりと不敵な笑みを浮かべてレイシオを誘った。



           *



 アベンチュリンの説明はこうだ。

「君が裏カジノのことを知っているなら話は早い。今日、君に相談したかったのは困った客がいてね。彼は、戦略投資部にとって無視はできない重要顧客なんだが、僕とのギャンブルを証拠もなくイカサマだと決めつけて、負けを認めようとしない。僕は運が強いだけで、勝負の場で不正は一切していないのに。そこで、博識学会に中立の立場として僕のギャンブルがイカサマではないことを証明して欲しいんだよ」

 アベンチュリンの説明通り、VIPルームに足を踏み入れるとそこには一つの緑色のゲームテーブルを前に青年が一人、強張った顔で座っていた。見たところ上物の服を着た大人しそうな顔をした青年だ。どこかの有数な資産家の息子といったところだろうか。彼の運命は今宵、全てを得るか全てを失うかオールオアナッシングしか選択がない。その緊張を玩具にするようにその小さなテーブルを数多の観衆が囲んでいた。おそらくカンパニーの特別顧客たちなのだろう。
 観衆たちが現れたレイシオの姿を見てざわめく。石膏頭がトレードマークとなってしまったが故に、素顔よりも石膏頭の姿の方がベリタス・レイシオだと認識されてしまう。これがこのギャンブラーの目的か、とレイシオは思わず石膏頭の下で舌を打った。アベンチュリンという男は、気狂いではあるが狡猾だ。新星と呼ばれる新参者の自分の手腕を見せつけるためのギャラリーを呼び込み、姿と名前が著名なレイシオを使って自分の手腕を盤石のものにしようとしている。このテーブルに座らされている客は、彼にとっては哀れな子羊──彼が成り上がるための生贄にしかすぎないのだ。

「やあ、待たせたね。君が公平な勝負を求めるから準備に手間取ったよ。これだけの観衆が今日の勝負を見届け、さらに博識学会からかの有名な凡人院の天才のベリタス・レイシオも参加する。安心してくれ、僕がイカサマをすれば、公平しか知らない彼がすかさず見抜くだろう」

 朗々とした声でギャラリーたちにも今回のゲームの趣旨を説明をし、テーブルにつこうとするアベンチュリンをレイシオは引き止める。

「待て。君のイカサマを見張れとは言われたが、こんなくだらないゲームに参加するつもりは僕はない」
「まぁまぁ。見学だけなんてつまらないじゃないか。それに参加者になったほうが、イカサマは見抜きやすい。教授は参加するだけで、何も賭けなくてもいいんだ。このゲームでディーラーも兼ねる僕の代理プレイヤーと思ってくれ。もちろん僕が教授に負けた場合も、僕はこのカジノの利権を全て手放す。挑戦者の彼にも何も損はない」
……わかった、その条件でゲームを始めてくれ」

 挑戦者である青年が硬い声でアベンチュリンの提案に頷いた。
 この顧客のことをアベンチュリンは『重要顧客』と説明した。つまりカンパニーにとっての重要顧客は、博識学会からみても軽んじることはできない相手ということだ。どうしてこうもくだらないしがらみばかりが多いのか。
 ここまでお膳立てされているなら争うだけ時間の無駄だ。一刻も早くこの不快な場所から去りたい。逃れられない場であることを理解したレイシオは深い溜息と共にテーブルの前に着席する。

「ああ、その石膏頭はもちろん外してくれよ、教授。表情を隠したままゲームをするなんて、つまらないからね」
「君もその派手なサングラスを外せ」
「もちろん」

 渋々と石膏頭を外しテーブルに置いたレイシオを、アベンチュリンはサングラスを悠々と外しながら嬉しそうに見つめる。そうして堂々とした足取りでレイシオと客の男が座るテーブルの向こう側──いわゆるディーラー側のポジションにアベンチュリンは立った。

「ゲームの内容はなんだ」
「僕は複雑で時間のかかるゲームはあまり好きじゃない。シンプル・イズ・ベスト。──ブラックジャックにしよう」

 そう言って、アベンチュリンはテーブルの上に用意されていたカードを鮮やかに両手の中で踊らせた。
 ブラックジャック。
 カジノの遊戯の中でも王道中の王道のゲームだ。勝敗は至ってシンプル。順番にカードを引き、トランプの数字で21点の数字を目指す。ただそれだけだ。21点を超えた場合は負け。最後にディーラーの数字よりも小さい場合も負け。なるべく21点に近いカードを所持することが勝利への道になる。
 アベンチュリンは手慣れた手つきで孔雀の羽のようにカードを広げ、かき混ぜ、シャッフルを繰り返す。目にも止まらぬカード捌きで入念にカードをシャッフルしたアベンチュリンは、客とレイシオの前にカードを2枚枚ずつテーブルの上で滑らせた。そうして、手品師マジシャンのようにカードの裏面を2枚、二人の前に掲げる。

「では、始めよう。賭け金はプレイスユアベット?」
全てオールだ。全てを賭ける」

 そう言って男は自分の右手に積んでいたコインの山をアベンチュリンの方にゆっくり通しやった。その山の頂をアベンチュリンは視線で撫でるように目を細める。潤沢な掛け金を確認し終えたアベンチュリンは優雅な笑みを唇に浮かべた。

「OK。では僕も同じものを賭けよう。賭けるのは僕が経営するこのカジノ・ベラージオの権利全て。君はこの勝負に勝てば一夜で人生を三度は遊んで暮らせる富と名誉を手に入れるだろう。──準備はいいねノーモアベット?」
「茶番はいいから、さっさとしろ」

 芝居がかかった道化のような台詞に飽き飽きとしながらレイシオはゲームを促す。

「ところでカードを追加ヒットする順番はどうやって決める」
「そうだね。僕がイカサマをしていると彼は思っているようだから、ここは彼に決めてもらおうか」
「私からスタートする」

 挑戦者である男は自ら手を上げる。
 レイシオは、その男の主張を否定することなく認めた。その代わりアベンチュリンに対して一つ提案をする。

「順番はいいだろう。ただし、イカサマを防ぐために君がシャッフルしたカードの山から好きなカードをそれぞれ引く形はどうだ?」
「入念だねえ。僕は構わないよ」
「では、彼からカードの追加ヒットを」

 レイシオに促され、男はごくりと唾を飲む。そうして覚悟を決めたのか、震える唇で宣言した。

……追加ヒット
「教授は?」
追加ヒットだ」
「了解。ちなみに僕は停止スタンドだ」

 三者の行動が決定し、公平を帰すためにレイシオと客が同時にカードの山から一枚選ぶ。スタンドと宣言したディーラーのアベンチュリンはカードを引かずにそのターンを終えた。

「随分、慎重だな」
「まぁ、このゲームはディーラーが圧倒的不利だ。17点以上必ずディーラーは確保しなくていけないルールがあるからね。つまり、僕の手札は今、2枚で17点以上あり、その上でカードを引かないという選択をした。君たち二人が利口な勝負に出てくれることを願うよ。では次のターンだ」

 そう言って薄い笑みを浮かべて、2枚のカードをわざとらしく手の中で引っ込めたりを繰り返しながら、アベンチュリンはテーブルに肘をつく。客はアベンチュリンの堂々とした態度に気圧されたように押し黙り、ゆっくりと口を開いた。

……追加ヒットする」
「OK。教授はどうする?」
停止スタンドだ」
「では彼だけがカードを引く形だね」

 どうぞ?
 そう優しい声で促され、男は震える手でカードの山に手を伸ばす。そうして選び抜いたカードを素早く自分の胸に抱き、男はゆっくりと手にしたカードを開ける。同時に、男の顔色が真っ白に血の色を失った。
 その顔色を見て、アベンチュリンの薄い唇は美しい曲線を描いた。

「どうやら、彼の手札は21点を超えた──失格バーストのようだね」
「畜生、畜生……! こんなはずはない! もう一度だ!」
「残念。勝負は一度きりなんだ。──処理を」

 ぱちん、とアベンチュリンが軽快に指を鳴らす。
 その音と同時に控えていた黒服たちが客の男の両脇を囲み、喚く男を連れ出す。もう二度とこちらの世界にはやって来れないだろう。予定調和と言わんばかりに男を片付けたアベンチュリンは、レイシオを見つめ、客に見せていた美しいだけではない、不敵で豪胆な笑みを浮かべる。

「さて、教授。邪魔者はいなくなったし、最後にお互いのカードを曝け出そうか」
「彼は負けた。もう勝負はついたろう」
「それじゃあ、このギャラリーは納得しないよ。凡人院の天才と呼ばれるベリタス・レイシオと、スターピースカンパニーで突如成り上がった素性も怪しい若造の一騎打ちだ。さっきの客は前座でしかない。みんな僕の幸運がここで尽きるか尽きないかを楽しみに来ているんだよ。勝負は終わりまで見届けないと」
……好きにしろ」
「じゃあ、ディーラーの僕からだ」

 そう嬉しそうに言って、アベンチュリンは手にしたカードを一枚、テーブルの上に差し出した。
 早々に2枚で停止スタンドしたアベンチュリンの手だ。強いカードを手にしているに決まっている。現れたのは予想通りのスペードのA。ブラックジャックでは11点にもなりえるし、1点にもなりうる優秀なカードだ。周りのギャラリーから感嘆の声が出る。

「まぁ初手からつまらないカードを引いてしまった。もう一枚はクローバーのK──、このゲームでは数字の10以上のカードは全て10点として数えるから、僕の持ち点は21点。つまりブラックジャックの成立だ」

 二枚のカードをテーブルに置き終わったアベンチュリンはにこりと子供のように小さな笑顔を浮かべた。
 ──ほうら、言ったでしょ? 僕は負けないってさ。
 そう子供のような得意げな声が聞こえてきそうな状況に、レイシオは顔を顰める。まったく不愉快なゲームだ。あの無理やり握らされた拳銃の引き金と同じだ。こんな気狂いの男とのゲームはとっとと終わらせるに限る。

「僕の3枚はこれだ」

 そう言って、レイシオは勿体ぶることなく三枚のカードをテーブルの上に広げた。
 クローバーの3、ダイヤの7、そして──ハートのA。
 ──21と21。
 つまり、引き分けだ。
 アベンチュリンの瞳の虹色の虹彩が、驚いたように見開く。

「わお。……これはつまらない勝負になったな」

 ぼそりと低い不機嫌そうなアベンチュリンの声がテーブルに小さく響いた。
 けれど、それも一瞬のことだ。
 固唾を飲んで見守っていたギャラリーに向かって、アベンチュリンは手を叩き、呼びかけた。

「──紳士淑女の皆様レディースアンドジェントルメン。彼はあっけなく自主的に負けて退場してしまったが、このベリタス・レイシオが証明したとおり、今宵の当カジノと僕の豪運はどうやら付きが落ちているらしい。今夜はチャンスだ。皆様には幸運の女神が微笑んでくれることを願ってるよ」

 ざわめく聴衆を前に華麗な挨拶で場を閉めたアベンチュリンは、手慣れた手つきでカードを回収し、ケースへとしまう。観客たちも見せ物に満足したのか、本当にアベンチュリンの付きが落ちたと思ったのか、自分達の遊び場へと散り散りに去っていく。けれど、ゲームの終了と同時にとっとと席を立つかと思っていたレイシオが、渋い顔で座り続けているのを見て、アベンチュリンは不思議そうに首を傾げた。

「どうしたのさ、教授。そんな顔をして。勝負がつかなかったのが不満かい? 君が望むのならもう一度、勝負しようか」
……何度やってもこんなもの、結果は同じだ」
「そうだね、君がイカサマをするから」
「なんだと?」

 アベンチュリンの台詞に、レイシオの眉尻が釣り上る。
 けれど、アベンチュリンは両手をあげて軽い降参のポーズを見せて口を開いた。

「別にそれを悪いって言ってるんじゃない。ねえ、教授。さては君、この世界の遊びのマナーを知らないな? カードカウンティングはカジノでは立派な禁じ手イカサマだよ」

 そう言って、アベンチュリンはケースにしまったカードをとん、と指先で音を鳴らして指差した。

「君は自分からカードの山を引くことを提案した。カードを自分で選びさえできれば、起点は誰でもよかったんだ。だって君の闇夜でも目が効く梟のように鋭く賢すぎる目は、僕がカードシャッフルしている瞬間にカードの順番を覚えていたんだからね。全く、速さには自信がある僕のカードシャッフルを見て、それができたプレイヤーは君ぐらいだよ。カードカウンティングは僕のカジノでは明確に禁止してないし、いいさ」

 ルールが多いほど、ゲームはつまらないからねえ。
 あの場でもしあの客が失格バーストせずにレイシオが勝てば、彼はここで築き上げた全てを失うところだった。そんな崖っぷちを味わったはずなのに、彼の口ぶりからはそんな恐怖は感じない。むしろ愉しげにゲーム性を認めた男は、レイシオを嘲るように笑う。

「まぁ、あの客はつまらないゲームをしてくれたけど、君のおかげで多少なりとも場は盛り上がった。僕は逆に堂々と禁じ手イカサマをする君に好意を持ったよ」
「なんだと?」
「君は本気で僕に勝ちに来たんだろう? 僕は勝負に拘る男は好きだ」

 サングラス越しではない宝石のような極彩色の瞳がねっとりとレイシオを見つめた。
 何故だか、この不遜な男に見つめられると、自分の目は反らせない。視線を閉ざす石膏頭はまだテーブルの上でぽつんと鎮座している。くそ、とレイシオは胸の内で罵った。いつも冷静であろうとする自分の思考が、この男を前にすると水面がざわめくように揺らぐ。実に不快だった。
 あの不愉快な拳銃のロシアンルーレットといい、今日のブラックジャックといい、一体この男は、何故ここまでして自分の全てを賭けて無謀な勝負に出る。生物として生まれながらに設計デザインされているはずの生存本能を、この男からはまるで感じない。けれど、彼はいつも生き残ることを確信している。愚鈍と片づけるにはあまりにこの男の行動は不可解だ。
 レイシオの心のざわめきも知らないで、アベンチュリンは滔々とレイシオに語る。

「人としては誠実だが、勝負の場では手段は選ばずに勝ちに来る。そういった清濁を併せ呑める男は交渉相手には向かないが、パートナーとしては願ったり叶ったりだよ。改めて僕の監督役としてよろしくね、教授」

 レイシオは差し出されたアベンチュリンの宝石だらけの着飾られた右手を払った。そうして極彩色の瞳を打ち返すように睨み返す。

……研究には費用が朋なう。その捻出から逃げるのは夢想論者だ。知識を広めるには相対的価値がいる。そのために博識学会はスターピースカンパニーとの関係が必要なだけで、僕は君個人とよろしくするつもりはない」
「僕が君を好きなところは、君のそういうところだよ。君は理想主義者ではなく、それに伴うコストもリスクもはっきりとわかってる。だから僕は、この先の仕事ビジネスで君が求めるものをきっと差し出せるだろう」

 振り払われた右手を、アベンチュリンは何故か愛おしそうに見つめる。そうして、その蛮勇で不遜なカンパニーの使者はレイシオに一つの予言を告げたのだ。

「きっと、君は僕を好きにはならない。でも賭けてもいいよ、教授。僕と君はこの先も幾度となく共に仕事をするはずだ。君が僕を不快に思おうとね。そして、君が博識学会に所属する限り、僕との関係は続く」

 でも、好意は仕事と関係ないからね。
 アベンチュリンは最後ににこりとテーブルの上に乗せられたコインのように、裏が見えない笑顔を浮かべてそう言った。