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あさかわ
2024-07-04 23:41:30
6740文字
Public
粉砕鬼水シリーズ
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ねやのねがいごと(粉砕鬼水6.5)
連れ合い鬼水の小話です。
これの後日談的なアレです。
https://privatter.me/page/666c5100c935f
1
2
満月の下で鄙びた旅館のような建物の前に人影が二つ。提灯を見上げて鬼太郎はぼそりと呟いた。
「連れ込み宿
……
」
青白い火かゆらぐ提灯の掛かった軒先はひっそり月の光を浴びている。べっ甲色の香皿が玄関の隅から密やかな香りが漂ってくる。
水木の言ういいところ、とはこれだったのか。鬼太郎は水木をちらりと見た。彼は腕を組んで、ハガキほどの大きさの「艶淑」という看板を眺めている。
「ここ。元は迷い家らしいんだけどな。こいつは昔懐かしい円宿が好きらしい。それで人間の社会に増えたラブホテルが大層嫌いだ。コンクリートの建物にけばけばしい看板で情緒もへったくれもない。そういうのは頂けんと
……
懐古主義なんだよ」
「はあ」
「で、極めつけに回転ベッドを宣伝するビラを見たらしい。風紀の乱れが酷いので、もう自分が連れ込み宿になって、あの頃の旅情と哀愁を示すしかないと」
「は、はあ
……
? 連れ込み宿でもラブホテルでも風紀は乱れていると思うけど
……
というか、乱す元凶じゃないか」
「好みの問題なんだろ。派手は好かん奴だ」
水木が引き戸に手を掛ける。カラカラ音を立てて中に入ると、行灯がいくつも並べられてぼんやりと明るい。水木が雪駄を脱いで玄関に揃えるので、鬼太郎も自分の下駄を横に並べた。
廊下に並んだ行灯の上りが規則正しく揺れる。どうやら部屋はこちらにある、ということらしい。
「ここ、お客は来るんですか」
人里離れた山間で連れ込み宿をしても気が付かれないのではないか。鬼太郎が歩いている廊下は古いながらも綺麗に磨かれている。角を折れて外廊下に出れば小さな日本庭園。池には満月がぷかりと浮かんで、眠りについた魚影が水面の月上を滑って行った。
先を歩く水木は振り返って鬼太郎に手を差し出す。鬼太郎は水木の手を握った。丁寧に整えられた宿で、なまめかしさなんて欠片もないはずなのに。足元から色が忍び寄る蠱惑的な気配がする。
迷い家が心血を注いでこの空間を築き上げたのだろう。
「どうだろうなあ
……
まあ、山中で連れ込み宿を熱心に探す人間が増えることを祈るしかないさ。妖怪連中には少しずつ広まっているらしいぞ。あとで宣伝してやれば迷い家も喜ぶ」
「まさかと思うけど、水木の営業の一環なのか」
「勤め先で折角だから、お前と行ってみればいいとは勧められただけだ。流石に付き合いでは来ないさ。お前と来れて良かったとは思ってるけどな」
選ばれた喜びのままに、鬼太郎は自身の指を水木の指の間に絡める。この手はまだ彼の手のひらの大きさには及ばない。皮膚を通して伝わる熱が平素より高い気がする。
「ありがとう、水木。僕も嬉しい」
水木は返事の代わりに指の腹で鬼太郎の甲をくすぐった。
水木は鬼太郎が選んだ和装一式を纏っている。弁柄の羽織と単衣から薄青の半衿がちらりと覗く。帯は群青と紺の縞模様で、夕焼けに夏空が一筋走っているようだ。帯の下にある伊達締めは珍しい山吹の色で、夏空の下に銀杏の落ち葉のように埋まっている。鬼太郎が山のような反物に囲まれて、連れ合いの姿を思い浮かべて選んだそれは、水木に良く似合っていた。
「ここな。部屋に風呂が付いてんだってさ。わざわざ温泉を引っ張て来てるらしいから、早く見てみたいな」
水木が鬼太郎の手を引いて歩く速度を速めた。もしや水木は珍しい温泉目当てじゃないだろうか。疑問を口に出すことはせず、鬼太郎は廊下を歩いて行く。水面の月が魚のひれで乱され、ゆらゆら揺れていた。
部屋の襖を開けて部屋に入って早々、水木は奥の風呂場に直行する。足袋をぽいと放り、裾を摘まみ上げて浴室に入る。檜の湯船を見つけると縁を両手で撫でて嬉しそうな声を上げた。
「見ろよ、鬼太郎! 檜風呂だ」
「見てますよ。やっぱり檜の風呂は良いものですか」
「自宅に欲しいとは思わないが、凝った風呂には泊りの楽しさがあるじゃないか。ああ、丁度いい湯加減だ。一緒に入るか?」
連れ込み宿の湯船に手を突っ込んで、はしゃぐ瞳に光彩が差し込む。色よりも好奇心が勝っているらしい。
「いや、別々でいい。折角の良いお風呂なんだから、両足を伸ばして寛いでくれ。お先にどうぞ」
「そうか、悪いな」
鬼太郎は脱衣所の端に置かれていた籠とタオルを手に取った。水木にタオルと渡してそそくさと風呂場から出て行く。
風呂場から楽しそうな鼻歌が聞こえる。時々調子が外れるのが水木の歌の特長だ。水木が風呂を満喫している間に鬼太郎は部屋を観察することにした。八畳の部屋に布団が一組。干したての日だまりの匂いと四隅に置かれた行灯から漏れる光が倒錯を誘う。使い込まれた乱れ箱は二つ。その横の竹籠の中には連れ込み宿として必要な道具がそろっていた。
一見すると普通の宿で、すこし奥を覗けば色が見え隠れする塩梅が見事だと思う。鬼太郎は特にこういった場所を好む訳ではないが、迷い家が心血を注いだ空間は心地が良いと感じる。
布団の奥には小さな床の間に香立てが置かれている。可愛らしい陶器の兎が線香を捧げ持つようにしている。鬼太郎が指で兎の耳と撫でると、ひんやりと冷たく滑らかな感触がする。
「調度品も見事なもんだな。高級じゃないのかもしれないが、どれも味があっていい」
風呂から上がった水木が帯を結びながら出てきた。肩にタオルをかけて、羽織は手にもったままだ。
「いい所ですね。あちらこちら、こだわっているのが伝わってきます」
「後で迷い家に言ってやれよ。きっと喜ぶ」
鬼太郎が素直な感想を漏らすと水木が右隣でしゃがんで、うさぎの顔を眺めている。行灯の明かりでぼんやり浮かび上がる伴侶の輪郭。ふつりと欠けた左耳の傷と目元の傷。湯で温まり、薄紅を刷いた首筋。鬼太郎はすっかり連れ合いの横顔とすこし丸まった背中と、くるぶしがちらつく足に気を取られていた。
「お風呂行ってきます」
離れがたさを押し込めて、足に力を込めて立ち上がる。ちらりと振り返ると、水木が笑ってひらひらと手を振ってくれた。
「ほら、早く行ってこいよ」
「っ
……
」
風呂場にはしゃいだ笑顔と違う、帳の下に相応しい色が滲んでいる。鬼太郎は自分の小走りと同じ早い鼓動を感じながら風呂場に急いだ。
備え付けの浴衣を着替えて戻ると、水木は宿に来た時とすっかり同じ格好になっていた。襟元をきっちり整えて隙のない立ち姿。唯一足袋だけは脱いで、素足のまんま爪先を行灯の光に晒している。
「ほら、そこに座って待ってろ」
人差し指を羽織の紐に掛けて水木が笑う。鬼太郎は急く気持ちを悟られないようにゆっくり布団に近づいた。分厚い布団の上に正座すると、水木が部屋の端まで遠ざかる。
「水木、ここまで来て欲しい」
「それだけか?」
「
……
服を脱いで、襦袢だけでここまで来てくれないか」
水木は言葉で答えることはせず、羽織の紐を解いた。襟を掴んで袖を引き抜くと、弁柄を掴んで見せつけるように畳に落とす。わざわざ、たたみ直したりなどしない。水木が身に纏っているものは全て鬼太郎が選んだもので、彼のためのものだ。自身の欲を晒しても構わない深い仲。そう知らしめるような仕草に鬼太郎は無意識に喉を鳴らした。
「ちゃぁんと見てろよ」
薄暗い室内に似つかわしい艶めいた声で、水木が単衣の帯に手を掛ける。後ろに手を回して解いて緩めて落としていく。帯の下から現れた伊達締めも同じように解いて少し遠くに放る。ゆっくりと近づく足音と、布が捌ける音が鬼太郎の耳をくすぐった。立ち止まる度に衣擦れと軽い布が落ちる音がして、水木が躊躇いなく一つ、また一つと布を脱いでいく。単衣を肩から落として振り返ることもせずその場に置き去りにする。
鬼太郎が選んだ色が畳のあちこちに散らばって、ゆらめく光の中で陰影を踊らせる。
「ほら、お前の望み通り襦袢一枚だ」
申し訳程度に襟を片手で押えて水木が布団に足を踏み入れた。裾から大胆に覗くふくらはぎを思わず見つめると、水木が正座した鬼太郎の太ももを咎めるように足先で撫でる。
「見すぎだ、ばか」
「仕方ないだろう。伴侶の艶姿だぞ。というか、足で太ももを触らないでくれないか。変な気分になる
……
」
「そう言われるとやめたくないな」
水木の爪が足を掠めるたびに裾から膝小僧と太ももまでちらりと視界に入る。ぐっと唇を引き結ぶ鬼太郎を水木は面白そうに見ている。
「こんなので喜ぶのはお前だけだよ」
「だとしても
……
加減してくれないか」
無遠慮に胸の中に手を突っ込まれて、鬼太郎の知覚していない欲を探し当てられそうで恐ろしい。
「水木」
我慢出来ないと、鬼太郎は片膝を立てて両手で半衿を掴んだ。愛しい人の為に自分で縫い付けた布を掴んでぐっと引っ張る。水木は鬼太郎に倒れ込みそうになるのを、腕をついて堪えた。
「っこら。急にひっぱるな。転ぶところだったろ」
「ちゃんと受け止めるから
……
それより、いいですか。もう待てない」
衿を引っ張って襦袢を肌から落としていく。夏の朝空とまっさらな無垢が水木の首筋から下に滑っていく。肩口から傷跡を晒して、するすると腕へと落ちていく。猿神に許されなかったそれを水木は鬼太郎に何度も許してくれた。また一つと数えて鬼太郎は水木の頬に触れる。
乱れた布が身体に纏わりついている姿のまま、水木は鬼太郎に腕を伸ばす。背中に残っていたまっさら襦袢が布団の上をすべる。夏の浜辺で足元をくすぐる白波のように、鬼太郎から余裕も理性もさらさらとさらっていく。
「っ、水木」
名前を呼んで、はだけた襟を掴んだまま水木に口付けた。唇を何度か合わせてから、下唇を舌で触る。そうすると水木が鬼太郎の為に口元を緩めて中に入るのを許してくれる。
「ん
……
きたろ、」
水木のもつれた舌が緩慢に動いておこぼい声と世慣れた仕草で鬼太郎を招く。
「帯、解くぞ」
「はい」
水木が鬼太郎の浴衣の帯を握る。帯の蝶々を崩して袷が緩んだ。水木が満足そうに帯を布団の外に放る。蛇のようにくねりながら、水木の落とした帯の上に重なった。
求められている。求めても良い。玄関の下駄と雪駄みたいに、形の違うお揃いを並べてあっている。互いの色を寄せ合って、何度も重ねたくて堪らない。
「ねえ、もう一度口付けてもいいですか。それ以上のことも」
早く早く、と早鐘が明け透けな欲を求めて暴れ回る。腹の底から途方もない熱がふつふつと迫ってきて頭の中まで茹る気がする。
普段から己を律している方だと思う。初めて抱いた恋に気が付いた時から厳重に、けして傷つけることのないようにと強く硬く縛ってきた。
連れ合いになってもそれは変わらず、愛しい恋しいと切々と慕っている。それでも、それでも、奥底にはどうしようもない欲がある。
「一度と言わず何度でも。お前が満足するまで付き合うつもりだ。全部やる」
そう言って水木は鬼太郎の額に口付けた。鬼太郎がどれほど理性で押さえつけようとしても、水木は丸ごと熱湯に入れて茹でてしまう。蟹を殻ごと鍋に放りこんで、真っ赤になるまで塩ゆでにするのと同じこと。
「っはは、真っ赤。可愛いな」
そういうことを、する人だから。鬼太郎は自身の掠れたみっともない声も、途方もない欲も丸ごと晒さす他なくなる。
「可愛いがるだけで済まないと知っているでしょう」
「んなこと承知の上で、可愛がってんだ」
鬼太郎の首裏に水木の腕が回る。腕が少し汗ばんでいて、もうすぐこの肌に玉のような汗がいくつも浮かんでは布団に滑り落ちていくのだ。その様を想像しただけ鬼太郎の口内に唾液が溢れてくる。
「水木、水木さん
……
っ!」
掻き抱いて好きだと紡ぐべき言葉は霧散して、腹の底からこの人が欲しかった。にじみ出る欲をそのままに、鬼太郎は顔を寄せて水木の首筋に愛咬を施した。
「なぁ
……
兄さん。鬼太郎が茹でた餅みたいになって、デロデロで使い物にならねえんだけど。今週戻るって話はどうなったんだよ。うわ
……
首えぐ
……
」
「センセイ、悪いがしばらく諦めてくれないか
……
ふぁ、俺は二度寝する」
「おぉーい! 今週もダメだってよぉー! この家、近寄んネェ方がいいぞぉ! 散開、散開!」
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