あさかわ
2024-07-04 23:41:30
6740文字
Public 粉砕鬼水シリーズ
 

ねやのねがいごと(粉砕鬼水6.5)

連れ合い鬼水の小話です。
これの後日談的なアレです。
https://privatter.me/page/666c5100c935f

「猿神にやったの、お前にもやってやろうか」
「え……?」
 するすると頬を撫でる手が滑って鬼太郎の耳をくすぐった。節くれた大人の指が形を確かめるように触れていく。
 鬼太郎の住まいには新緑の隙間から太陽の光が差し込んでいた。午前中の明るく清々しい空気の中で、水木だけが新月のうっそりとした雰囲気を引っ張っていた。
「狐の奥方に仕立てて貰った服を熱心に見ていたじゃないか。帯に伊達締め、ついでに半衿まで一式選んだだろう。あげくに健気に半衿を縫いながら、熱心に見つめられれば嫌でも分かるさ」
「そんなつもりでは」
 すべて鬼太郎自身が選んだものだから、似合って欲しいと願っている。だから、奥底に欲があるなんてまさかと首を振る。
「本当に?」
 咎めるように耳たぶを摘ままれて、否定の言葉が喉奥に引っ込む。

 鬼太郎が狐の細君に助力を乞うた時、ひとつの条件を付けられた。水木に着物を送りたいのだがのらりくらりと躱される。伴侶の鬼太郎が伊達締めから羽織まで一式選んでくれないか。そうすれば、水木も観念して受け取るだろうと。
 猿神の一件が片付いた後、鬼太郎は細君の元を訪ね、姦しい女房達に囲まれて布をいくつも眺めた。せっかく送るものだからと熱心に生地を手にとっては唸ると、女房たちがくすくす笑って楽しそうにしていた。

……僕の為だけに着て欲しいと、少し考えました」
 鬼太郎の告白に水木が目元を緩める。南中に日が昇らぬうちに見せていい色ではない。
「着るだけでいいのか。他ならぬお前の頼みであれば聞いてやってもいい。しかし、真実その口から自分の欲を認めるなら……猿神のところでやったみたいにしてやる」
 水木の手が鬼太郎の手に重なる。握るでもなく小指から親指まで一通り揃っているのを確かめて、指が離れる。
 鬼太郎とて想像しなかった訳ではない。自分が選んだ単衣に羽織。水木に似合うと選んだ薄青の半衿を縫い付けたまっさら襦袢。夏の空と入道雲のようなそれに丁寧に針を通した。一通り身にまとって、似合うかと自分に笑いかけてくれたら心が弾むだろう。
 その一方で、腹の底で爪を立てる欲もある。一つ一つ布を落として、帯を解いて欲しい。そのまま閨に引き込んで、鬼太郎が縫い付けた半衿を掴んで晴れやかな夏色を襦袢と一緒に落としてやりたい。
「水木は……そうしたいと?」
 隠しきれなかった熱が上ずった声とともに零れた。
「俺はお前に熱心に乞われてみたいとは思っているさ」
 これで話は終いだとばかりに水木がにっと笑った。鬼太郎が何か言うより先に頭を撫でて立ち上がってしまう。追いかけることはせずに鬼太郎は借り物の裁縫箱を見やった。愛しい人は半衿を送るもの。針を通せば、布に糸が通るたびなおさら愛おしい。愛おしさの裏地にべったり欲が張り付いて混然としている。
 着て欲しいし、脱いで欲しいに決まっている。全部自分の為だけにしてくれるというのなら尚のこと。鬼太郎は唇を尖らせて、ちゃぶ台に頬杖をついた。


 三日間考えた鬼太郎は、仕事に出かける水木の背広の袖口を引いた。
「出かけ間際にすみません。やっぱり、したいです」
 猿神のアレ、と伝えれば水木は目を瞬かせ鬼太郎の額を指ではじく。
「三日も考えてたのかよ、このすけべ」
 はいと真正面から返事をする。下手に隠すより正直に言ってしまった方がいい。鬼太郎の返答に満足したのか、革靴を履きながら水木が上機嫌だ。
「じゃあ、次の満月の夜な。折角だからいいとこ取っておく。楽しみにしておけよ」
 いいとこ、とはどこなのか。聞いてみたいような、楽しみのために知らないままでいたいような。ぐらぐら揺れる心のまま、鬼太郎は水木を見送った。
「はい……いってらっしゃい」
 まだ夏は先なのに日差しが眩しく熱っぽい。鬼太郎はふらふらと窓際に座って遠ざかる水木の背中を熱心に眺めていた。


「兄さぁーん! 鬼太郎ちゃんがふわっふわのお花畑になっているんだけど、原因は兄さんかい?」
「おう、そのまま放っておいてくれないか。来週戻ると思うから」
「あいよぉ! おぉーい! やっぱり水木さんのせいだってよ。そう、いつものやつ。解散、解散!」