Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
沁月
Public
ウ教×ハ♀ 両片想い 読み切り
酒は百薬の長
MHRウ教×ハ♀。両片想い。
ウの母故人設定につきご注意。
長らくエルガドに滞在していた愛弟子が明日、ようやく戻ってくる。
そのことに興奮して眠れないウ教を、里長が飲みに誘った末に。
1
2
3
暗闇の彼方から、声がする。
人ではなく、朝の訪れを告げる鳥たちの会話。
鉛を頭と体に巻き付けられているような感覚に襲われながら、ウツシが、開けるのも億劫な重い瞼を、ゆっくりと上げていく。
「
……
ん
……
ぅ
……
。
……
朝
……
?」
朝陽は、目を刺すように眩しい。
ずきん、と頭が痛んだのを感じながら、ウツシは起き上がることなく、仰向けに倒れたまま天井を見上げ、昨日のことを思い出そうとする。
だが、どんなに思い出そうしても頭が痛むだけで、記憶の一部はぽっかりと穴が空き、抜け落ちていた。
(
……
昨日は
……
里長と飲んで
……
。参ったな
……
飲み始めた頃の記憶しかない
……
思い、出せない
……
)
何か
粗相
そそう
をしていなければ良いがと不安に思いながら、ウツシが顔を動かして周囲を確認する。
自分は畳の間の布団の上で、腹の上には乱れた毛布。
誰が着替えさせてくれたのか、
碧色無地
へきしょくむじ
の浴衣姿。
板の間ではオトモアイルーのデンコウ、ガルクのライゴウが寄り添って、まだ寝息を立てているのが見えた。
いつも通りの景色が見えたことに安堵し、ウツシが小さく息を吐いた刹那。
「
……
ん
……
? この、匂い
……
」
ふわりと鼻をくすぐる、土間の炊事場から漂う香り。
何事かと、ウツシはのっそりと上体を起こして顔を向ける。炊事場に立っていた背中を見た途端、どきん、と心臓が跳ね上がった。
朝陽を背負う、愛しい姿。
それが夢ではないことは、二日酔いの頭痛が告げている。
「──ま、な
……
弟子
……
?」
自分の予想以上に
掠
かす
れた声が出たことに自分で驚きながら、ウツシは目を見開く。
彼の視界には、ゆらりと顔だけで振り返った娘の姿が、朝陽よりも煌めいて美しく見えて、突き刺してくるような頭痛が和らいだ。
「おはようございます、ウツシ教官。勝手に入ってしまってすみません」
「
……
い、いいんだ
……
ごめん、起きるの遅くて
……
」
慌てて、ウツシがゆらりと立ち上がる。
敷布団を踏みしめる足が一瞬ふらついたが、持ち前の体幹で何とか持ちこたえ、ふらふらと歩み寄って行く。
「いつ、里に? こんな朝早くから、帰って来るなんて
……
迎えに行けなくてごめんね、行きたかったな
……
」
「
……
。帰って来たのは、少し、前です」
一呼吸置いてから呟き、娘は顔の向きを炊事場の
竈
かまど
に戻した。
目を伏して、鍋の中の味噌汁を、
柿渋色
かきしぶいろ
の木製のお玉で、ゆっくりと、かき回していく。
「里長にご挨拶に行ったら、昨日、あなたを酔い潰してしまったと聞いて。
……
それなら、朝ごはんに、あったかーいお味噌汁はどうかなあ、なんて
……
ごめんなさい、お節介だなとは思ったんですけど」
「そ、んなこと、あるわけないじゃないか!」
ふらりと
框
かまち
に立ったウツシの反射的な否定の声は、屋内にも、人の鼓膜にも高らかに響く。
娘が少し驚いたように体を震わせ、また顔だけで振り返った。
ウツシは自分の声で、和らいでいたはずの頭痛にまた襲われつつ「ご、ごめん
……
」と顔を伏せる。
「お、大きい声、出ちゃった
……
ごめんね。でも俺、本当に、その
……
! キミのしてくれることがお節介だとか、迷惑だとか、有り得ないから!」
「ふふ
……
大丈夫です。あなたの声には慣れてます」
嬉しそうに目を細め、娘がまた、味噌汁の鍋に視線を落とす。
やがて彼女は、竈近くの調理台にあった豆皿を片手に持ち、それにお玉で少しだけ味噌汁をよそうと、手際良く口元で傾けて味見を始める。
その間、ウツシがふらりと草履を履いて「何か手伝うよ」と娘の傍に歩み寄った直後、彼女は機敏に振り返って、ウツシに湯気立つ豆皿を差し出した。
「味見。どうですか?」
「
……
いい、の?」
「あなたに食べてもらうんですよ?」
ぱち、と大きく目を瞬かせていたウツシだが、娘に「さあ」と更に豆皿を差し出され、何故か恐る恐る両手で受け取った。
温かな湯気と優しい香りに撫でられながら、豆皿を傾ける。
(──さっき、愛弟子も、これで味見してた
……
)
もしかしたらキミの味がするのかも、と
初心
うぶ
な少年のように心を踊らせるウツシの喉が、こくん、と微かに鳴り、滑っていく温かな味。
前日の酒によって
靄
もや
に覆われていた思考が、全身に纏わりついていた鉛の感覚が、
氷塊
ひょうかい
が昇華するかの如く溶けていく。
胸が安らぎ、温かな想いに満ちたウツシの口から、ほうっと吐息が零れ落ちた。
「
……
おいし。
……
上手になったね、愛弟子」
「お口に合って良かったです、ちゃんと食べて下さいね」
「え? ダメだよ、キミも一緒に食べようよ。まだ食べてないんだろう? 朝ごはんは大切だから。ね?」
返却の意で豆皿を差し出しながら、真っ直ぐ見つめてくるウツシの金色の眼差し。
それに絡め取られながら、娘がふわりと、嬉しそうに目尻を下げて微笑む。
「
……
ありがとう、ございます。じゃあ
……
ご一緒させて頂きますね」
「うん、うんっ! 良かったぁ! 愛弟子と朝ごはん、嬉しいなぁ!」
酒が残っているのかと思えるほど、素直に目元を蕩けさせた後、ウツシは娘の隣に立った。
竈の味噌汁の鍋の隣、美味しそうに蒸気を漏らしている羽釜を捉える。
「あ
……
お米も炊いてくれたんだ、ありがとう。おにぎりでも作ろうか!」
「いいですね、一緒にやります。ちょうどお味噌汁できましたから」
「ありがとう! 具材、梅干しならあったかなぁ
……
」
記憶を辿りながらウツシは炊事場をうろつき、梅干しの入った小さな
甕
かめ
と塩、そして大皿を調理台に並べた。
その間に娘が大きめの椀に米を盛り、調理台まで運んでくる。
二人で並び立ちながら、一緒に「あちち」と言葉を零しつつ、両手でおにぎりを握る、幸せの時間。
ちらりと横目で娘を見やったウツシが、また手元の米に視線を戻す。
記憶の彼方、抜け落ちた記憶が、ぼんやりと淡く、滲むように見えそうで、見えない。
けれど、確かに思い出せることもあって。
「
……
ねえ、愛弟子」
「はい」
「昨日、愛弟子が夢に出てきてくれたんだよ」
「!」
ぴくん、と微かに体を震わせて反応した娘の、おにぎりを握る手が、ぴたりと止まった。
それに気づいたウツシだが、何も問わない。慣れた手つきで手元の米を優しく三角に整形しながら「ふふっ」と自嘲気味に笑った。
「何か
……
俺、凄く、かっこ悪かったと思うんだけど。でも
……
キミは、とても優しく受け止めてくれた」
「
……
。そう、なんですか」
「うん。
……
だから、ありがとう、愛弟子」
礼を言われた刹那、娘の胸が、どきん、と大きく高鳴ったが、その音がウツシに聞こえるはずもなく。
とく、とく、とく、と自分の心音が慌ただしくなっていくのを自覚しながら、彼女は「何がですか?」とあえて
頓狂声
とんきょうごえ
を出してみせた。
「私にお礼は、変ですよ? だって、夢、でしょう?」
「夢でも、言いたいんだよ。
……
少しびっくりしたけど、嬉しかった。起きたら本当に、キミが居てくれたから」
完成したおにぎりを大皿に乗せて、次のおにぎり作りに取り掛かりながら、ウツシが「えへへ」と幼子のように蕩けて笑う。
「一緒に、朝ごはんまで食べられるんだからね。俺
……
キミのおかげで、いつも、本当に幸せだよ」
「
……
教官
……
あの」
「うん?」
今度はウツシが、おにぎりを作る手を止める。
彼が隣に立つ娘の方を見やると、彼女は綺麗に整った三角おにぎりを、優しく大皿に乗せた。
「私も、見ましたよ。ウツシ教官の夢」
「
……
えっ? そ、そうなの
……
!?」
「一緒のお布団で寝る夢で。
……
何だか、懐かしくもあって、嬉しくて。すごく、幸せな夢でした」
朝陽が眩く照らす中、口角を上げながら娘が静かに告げた時、ウツシも「そうだったんだ」と応答しながら、作っていたおにぎりを大皿の上に乗せた。
調理台の椀の中に、もう米はない。
ゆらりと、ウツシが娘の方に顔を向けた。
その眼差しは、今の朝陽よりも柔らかく、澄み渡って、温かく。
「──ねえ、愛弟子
……
」
「はい」
「朝ごはん食べたら
……
俺、キミに話したいことがあるんだ。
……
良い、かな?」
朝陽と調和するように輝き、大地に響くように深く、凛と響いたウツシの声。
その声を、想いの光をいっぱいに湛えた眼差しを浴びながら、娘はゆったりと顔を上げ「ふふふ」と幸せそうに笑って、真っ直ぐ彼と視線を絡める。
「奇遇ですね。私も、お話ししたいことがあるんです」
朝陽の中、顔を見合わせて、二人は穏やかに笑い合う。
まるで夢の続きのようだと思いながら、まだ言葉もないのに、通じ合えるという確信に満ちた希望に包まれた。
時の流れを告げるような、柔らかな花風が窓から流れ、二人を心地良く撫でていく。
夢から覚めた朝、新しい一日の始まりの
光風
こうふう
。
酒は百薬の長、と誰かが言っていたことを思い出しながら、ウツシが小さく、納得したように笑う。
長年の恋の病にも効くのなら、間違いではないのだろうと。
1
2
3
@acadine
広告非表示プランのご案内