酒は百薬の長

MHRウ教×ハ♀。両片想い。
ウの母故人設定につきご注意。

長らくエルガドに滞在していた愛弟子が明日、ようやく戻ってくる。
そのことに興奮して眠れないウ教を、里長が飲みに誘った末に。

明日になれば、ようやく会える。

その想い焦がれた気持ちは、人から平静と、夜の微睡まどろみを奪う。
更には、普段は常に覆い隠している想いが溢れて止まらず、胸がはち切れそうになる。

それは里の『教官』という常に平静を保ち、人を教え導く存在であらねばならないウツシも例外ではなかった。

観測拠点エルガドに出向し、一ヶ月不在にしていた里の英雄『猛き炎』、ウツシの愛弟子たる娘、彼が長年密かに、恋心を募らせ続ける娘。

互いに多忙な日々が続き、ウツシは彼女に会うことが叶わなかったが、明日、ようやく帰って来るという一報が届いた。
その知らせによって彼の胸中がどうなるのか、それを察した里長フゲンは、里の集会所を訪れる。

彼はウツシをそのまま茶屋で夕食に誘い「今夜の警護はコガラシに任せた、いいから飲め」と、真っ先に酒を勧めた。
当然ながら、ウツシに里長の勧めを断ることなどできず。

天満月あまみつつきに見守られながら、彼は、久しぶりに酒を仰った。

元々弱くはないが、教官という地位につき、諜報任務や里の警護を行うようになってから飲酒は控えていたので、久々のアルコールは良く回ってしまったようだ。

夜桜も楽しめる集会所の露台席にて、涼やかな風が熱っぽく緋色ひいろに染まったウツシの頬を撫でていく。

彼は瞼を半分下ろし、ぼんやりと微睡んだ目で、うとうとと船を漕ぎながら、中身が空になった小さな猪口ちょこを、かつん、と音を立てて卓上に置いた。

同じ場所には、既に空になった桜柄の徳利とっくりが、何本も置かれている。

彼の正面に座っているフゲンは、彼の倍は飲んでいるのだが、その顔色は普段と変わらず、目も多少楽しげなだけで、意識と理性はしっかりとしているのが窺えた。
ウツシとは正反対の様子だ。

「ウツシ、大丈夫か? 久しぶりだったのに、少し飲ませ過ぎたか」
「だ、いじょう、ぶです! 俺……酔って、ません……大丈夫、ですよお……
……その様子なら、眠れそうだな。そろそろお開きだ、送ってやる」

安堵したように小さく笑ったフゲンが立ち上がると、今にも卓上に突っ伏しそうなウツシに向けて、手を差し出す。

「立てるか? ほら、帰るぞ」
「は、い……。あ……あれぇ……?」
「ウツシ!」

ふらりと大きく姿勢を崩し、後ろに倒れ込みそうになったウツシを、間一髪でフゲンの手が支えた。

彼は「うぅ……」と片手で顔を覆ったまま、がくりと頭を下げる。

「すみ、ません……! 俺……こんな……弱く、なかった、のに……!」
「なに、飲んだのは数年ぶりだろう? 祝宴の時も飲まんからな、オマエは」

気付かれていたのか、と胸の奥で呟きながら、ウツシが「まいったなぁ」と、おぼつかない囁き声で、小さく口角を上げる。

彼の最愛の愛弟子、里の英雄『猛き炎』が里の災厄を討ち、王国の悪魔を討ち、その都度行われた祝宴。

その席でも彼は、酒を一滴も飲まなかった。

全ては、密かに想いを寄せる最愛の人のために。

「なにか、あったら……お、れが……俺が……あの子、を……! あの子の、ための、楽しい時間を……守り、たい……から……

誰に告げているわけでもなく、ウツシの中の想いが、そのまま言葉に出ただけ。

それを聞いたフゲンは、彼を両手で支えたまま目を伏せ、声も無く切なげに笑った。

「帰るぞ、ウツシ。ほら、頑張って歩け」
「は……いぃ……

久しぶりに酔ったウツシの思考は、無重力に小宇宙を漂っている。

フゲンに連れられ、ひんやりとした夜の里中を歩く度、脳と意識はふわふわと揺れた。

里長の手を煩わせている、ということを理解しているはずなのに、今の彼には焦りがなく、どこか他人事のように思えている。

帰路につきながら、ウツシは今の自分を包み込む感覚がただただ、ひたすら心地好く、それは彼の中の長年くすぶる想いを燃え上がらせた。

理性の枷を緩ませ、普段以上に素直にさせる。

…………と、おさ……
「ん?」
「あ、した。明日は……もうすぐ、来ますよねえ……
「フ……そうだな。このまま寝れば、すぐだ」
……えへへぇ……

吐息混じりに声を零すウツシの金色の双眸が、とろりと蕩け落ちそうなほどの三日月を描いた。

そのまま彼の口角は、ゆったりと大きく吊り上がって、ありのままの喜びと想いをさらけ出している。

……愛弟子…………ま、な………………

返事はないと分かっていても、ぽつりと名を呼ぶだけで、ウツシの胸はますます、酒が与える仮初かりそめの喜びよりも温かく満たされていく。

満面に微笑んだまま、ウツシは無重力の中をゆらゆらと揺蕩たゆたうだけだった自分の意識が、不意に、宇宙の暗がりの中に吸い寄せられた気がした。

それにともなって、猛烈に瞼が重くなってきたことも。

(……きもちいい……ねむい…………次に、目を開けた時は……きっと、キミが……)

抗うことなく、ウツシは「んふふ……」と声を漏らして笑った後に、静かに目を閉じる。
彼は意識が完全に落ちる直前、暗闇の遙か彼方から「ニャ! 里長!? 申し訳ありませんニャ!」と、自分のオトモアイルー、デンコウの慌てた声が聞こえたような気がしたが、覚醒することは叶わなかった。

@acadine