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岬菊花
2024-06-29 00:26:06
6785文字
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神様は興味がない
香華夜行第一イベント。さなえの話。
※オリジナルの不思議あり。
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人間界での勤めも落ち着き、お土産も配れたところで、さなえは旅館に訪れていた。まだ期間中だという事で、つまりは彼岸花の調子が悪いままということで。可哀想だと眉尻を下げれば、丁度対応をしてくれたたきは、表情こそ変わっていないが尻尾がしゅんと力なく下がり揺らしていた。恐らく彼女ら従業員も、かなり困っているのだろう。
「でもたくさん来てくれているのでしょう?ならのんびり待てばいいじゃないかしら。ゆっくりとしているほうが、この街らしいわ」
悲しい顔をさせたいわけでもないため、そして何より好転というものは体感としては早急なものではないという経験則かフォローすれば、たきもうんと小さく頷く。やはり表情の変化には乏しいが、尻尾が少しだけ上を向いたような気がした。
「それじゃあさなえさん、は靴履いてへんから、大切なものを預けてもらってもええ?」
「ふふ、そうね。じゃあこのリボンをお願いするわね」
たきが受付時の対応をしたのは初めてだったのか、うちわをじぃと見つめてからリボンを受け取るのだから、さなえはまた小さく笑みをこぼす。そして神の髪留めだから、とダジャレめいたことを口にした。しかしこれが洒落にならないという事もわかっているためか、たきは深く納得したように尻尾を揺らす。
力が宿ると昔から言い伝えられる髪の毛を束ねるものだという事も、神の身体の一部に直接的に触れ続けているからという事も含め、さなえのリボンは間違いなく大切なものである。もしも新米の従業員であれば、多少なりとも焦ってしまうのではないかというほど、常よりも丁寧に扱うものだという気配が漂っているが、さなえはいつも通りだからと気にすることなどしなかった。
何せ神なのだから、普通の妖怪たちとは対応や緊張感が違うことも、当たり前で慣れてしまったことなのだから。
桔梗の間に通されたさなえは、さてどうしようかとうちわで適当に顔辺りを扇ぎながら、窓辺により庭園を見下ろす。赤々と咲き誇っていた花は、確かに一本ずつまっすぐに生えた緑色の茎を残して力なく頭をおろしてばかりである。枯れかけた花の醜い姿をより集めても、ここには相応しくはない。ここは冥途の底ではないのだから。少なくとも、死者が来るとしても生きた妖怪たちもいる街において、この醜さは不釣り合いでしかない。
確かにこれはなんとか理由をつけてでも人を呼んで、存命させなければならないだろう。受けれてしまえば死にゆく街にしかならないのだから、生かしたいなら活気を入れるしかない。
例え真相が全く別物だろうと、この街がとうに死を飾る街であろうと、この街に定住していないさなえにはほとんど関係のない話ではあるけれど。
暫く暇であるからと、さなえは庭園へと向かうべくエレベーターを下る。醜いものを見たくはないが、生き残りの赤い健気さは見たいものだ。花が咲いていれば葉が見れない花であれど、探せば死にかけの中でも強い生き残りくらいは見つけられるかもしれない。見られなかったら彼岸花だから仕方がないで済ませればいいのだから。
彼岸花が終われば、さて次は何を象徴にするのだろうと、緩やかに思考を巡らせる。降りてはいけない階数不明の暗闇を無視しながら、もう一度階数選択を行いできた暇な時間の過ごし方なのだから、無駄なことを考えるにはうってつけだった。彼岸の次は天国を目指すように蓮だろうか。日本の死の花と言えば菊だったか、ならばこれもあり得るだろうか。生を求めるなら不死とかけた藤もありうるだろう、この街には不死のようなものもたくさん訪れるのだから、藤があらゆる軒から垂れ靡いても不釣り合いではないだろう。
赤くない植物たちを思い浮かべていれば、あっという間に一階についていたようで、景色も問題ないことを確認してから庭園へと向かう。どこかで雨でも降りそうな、じとりとした気配がおろした髪に纏わりついているように感じられ、気づかぬうちにすぅと目を細めていた。
枯れかけた彼岸花は、やはり可哀想というよりは力があまりにもなさそうで醜くて仕方がない。茎がやたらとまっすぐに起立しているからこそ、不釣り合いの王冠が朽ちているさまは不格好で面白みも感じられないでいる。もしくは、鮮やかに散っていたのに、時間が経つにつれて黒々しくなっていった血のようで。彼岸花がただでさえ鮮血を思わせるというのに、枯れかけてしまえば一層その後の姿であるように感じられてしまい、さなえとしてはあまりいい印象は持てないものだった。
ただ人を呼ぶだけで回復するはずなんてない。そもそもとして、この街に住むうえでの家賃は生気なのだ。さらに言えばこの街を囲む彼岸花の向こうは存在しない上に、町の外側に住むものの家賃は安く済まされている。
短絡的に考えれば、彼岸花が生気を吸い取る機能を持っているのではないだろうか。この街が生きている理由が、この街に訪れたり住んでいるモノから生気を吸い取ることで成立しているのだとしたら。
ならばこの庭園の彼岸花が枯れかけているのは、今まで保たれていたバランスが崩れているという事になるはずだと思い至り、目を閉じて思考を止める。まずこの街が死につながる街だとしても、この街が死にかけていても、バランスが崩れていても、さなえにはあまり関係のない話なのだ。だってさなえは他の世界にも構わず赴いている。どこにだって行けるし、どこで過ごすことだってできることを理解している。
さらに言えば、さなえは元々人間だったが、儀式により死んでから神になった存在だ。人間だろうと神として数えられることも、神として生きていくことができることも知っているのだから、この街一つに拘る理由も思考を巡らせる必要性もない。
無意味に潰えてほしいわけではないが、やたらと割く意味もない。しいて言えばこの街で生きる良きモノたちが気がかりではあるが、他の世界でも街で会えないわけではないだろう。もし連れていってほしいと言われたら、連れていけばいいだけである。この街そのものは、ただ巡り合った場所でしかない。誰だって昔行っていた場所が、時がたてば壊されていた経験くらいあるだろう。それと変わらない。時の流れなんてそんなものなのだから。
解かれた髪を靡かせながら庭園を進み、赤黒い弱々しい花を時折見やっている最中、どこからか泣き声が聞こえてくる。押し殺した嗚咽が、しかし隠し切れず零れだしているらしい。子供なのだろうか、苦し気な声はそれでもどこか高い声音をしていた。
「ヒック、う゛ぅ、ッふ、ぅ゛~~......」
しかし今は夜だからか、周りに他の客はあまり見当たらない。もう少し先にならばいるだろうが、さなえの周り、嗚咽が聞こえる範囲には誰もいやしなかった。
だからすぐにこの不思議な事象に察しがついて、うちわで口元を隠しながら、一言呟いた。
「まだどこにも行かないのね」
子供のように泣きわめくのではなく、どこか利口な子が自分を押し殺しているけれど漏れてしまったと思わせるような、嫌なあざとさを持つ嗚咽はただの罠である。それはどこにも行けないのではない。可哀想な自分を可愛がってくれる人を求めて、どこにも行かないでいるだけである。自分を可愛がってくれる人を、都合のいい優しい人をおびき寄せようとしている怪異だ。
自発的には何もしない怪異というものは、あまり強くないものの方が多いため、注意を払っていれば問題がないため率先して退治されないのだろう。さなえもとっくの昔に力がなくなって消えたものだと思っていた。しかしまだ残っているとは、どこにも行こうとしないのにしぶというものだと呆れて目を細めてしまう。
もしもこの街が消えてしまっても、きっと気づかないのだろう。だって自分に都合のいい存在をおびき寄せようと泣いてるだけの怪異なのだから。自分以外が碌に見えてない存在が潜んでいるだなんて、この庭園の彼岸花も可愛そうなものだと、嗚咽を無視して旅館へと戻っていく。
不愉快なほどあざとく泣いている声が、過ぎたはずの梅雨の湿気のように纏わりついてくるのだから、風を起こし無理やり拭い去らせた。
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