岬菊花
2024-06-29 00:26:06
6785文字
Public
 

神様は興味がない

香華夜行第一イベント。さなえの話。
※オリジナルの不思議あり。

神も妖怪も幽霊も、時には迷い込んだ人間すらも受け入れる、穏やかで混沌とした狭間ノ街。ここには狭間の象徴たる彼岸花が咲き誇っている。むせ返るほど、目が痛むほどの秋のほの暗さを優雅に時間をかけて靡かせるものだから、この街に住まう者たちの視界は徐々に赤く染められていそうなほどだ。
そしてこの街の唯一であり、そこらの建物とは文字通り規模の違う館である旅館も、もちろん庭園に彼岸花をこれでもかと咲かせ誇りを見せ続けている。
しかしどういうわけか、気の流れが悪いのか、彼岸花たちが枯れ始めてしまったらしい。このままでは景観的にも心理的にもよろしくない。何より誇りが死にゆくさまなんざ、誰だって嫌で仕方がないわけで。

「それでこの券を配っているのね?」
仕事も片付きだしたため、一度この狭間ノ街に戻ってきていたさなえは、万事屋の小道具売りに話を聞かされ受け取ったクーポン券に一瞥してから、店主に確認の問いかけをした。
風と初夏の神であり、初夏の前後は特に人間界に赴き人間の傍にいてやる勤めがある。そのため最近の事情を知らなかった彼女からしてみれば、物珍しい大きな変化であった。というのも人間の世界とは時の流れが著しく異なる上に、基本的に気性の荒いモノがいない環境であるため、多少長い間不在にしていても一個二個程度しか話題なんて出てこないのが常である。
数としては大差ないとしても、中身の大きさと異質さは、いつも通り適当に終わらせるのは難しいようなもだった。

「さなえさんは行くんです?この後もお仕事でしたっけ?」
店主はこじゃれた包装紙でメモ帳と万年筆を手際よく包みながら問いかける。さなえは明確にはこの街には住んでおらず、他の街に行ってはここにもふらりとやってくることを繰り返す、いわゆる自由人の過ごし方をしていた。神様であるからという理由も大いにあるうえに、決して珍しいことなどではない。定住者しかいないならば、そもとして件の旅館だってそんなに大きくならなかっただろう。
なので彼女がどこにいようが、いつこの街にいようが、誰も特に疑問に思うようなことはない。例え他の店のセールが行われていようと、閉店間近で客が欲しかろうと、彼女のような存在には関係のない話だ。
しかし今回ばかりは、この街の旅館に関わることである。街の定住者でもある店主としては、協力してほしいと思うことは必然的であり、さなえとしても心情の理解や想像は容易なことだ。

そうね、といつも左手に持っているうちわで口元を隠しながら、予定の組み直しをし始めていく。自由人とは言っても、先の通りさなえにも神としての務めがある。一時的な休息のために戻ってきたにすぎないため、あまり積極的な協力は望めないと考えていた。
人間の願いやら、逆に無関心故の粗雑に通り過ぎていく者たちというものは、慣れていても疲弊が張り付いてしまうため。埃や花粉のようにあたりに漂って、眉間にしわができるころにはたんまりと募ってしまう。なので切り替えるために訪れたに過ぎず、旅館を利用するのであればもう少し後にしなければならない。

もう少し後の時期でも問題はないだろうかと問いかければ、店主は自分用のメモ用紙を取り出して、恐らく大丈夫だと頷いてみせる。この店主に全幅の信頼を置いているわけではないが、嘘を吐く理由もないためにそういう事にしておこう。ありがとうと返事をし、商品を受け取り店を出てから、人間界に行く前に旅館に視線を向ければ、遠く遠くで誰かの嗚咽が隠しきれていないような気がした。