めぐみ
2024-06-25 20:13:48
13598文字
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ままならない男と女の噺(章秋)

背スピンおもしろかったな〜


『わたしたち、結婚することになったの』

リオ先輩からの久しぶりの連絡が来たのは、秋子が鹿鳴館高校を卒業して6年が経った頃だった。付き合っていることすら明確に知らされていなかったが、その知らせに秋子は驚かなかった。
あのふたりならば、遅かれ早かれそうなるだろうと思っていたからだ。

高校時代から熟年夫婦のような空気を醸し出してたふたりの関係に、実を言うと憧れていた。
綾辻理央という女性への憧れは、なにもダンスに限ったことではない。
男っぽいだの、がさつだのと他人から言われることの多い秋子だが、それなりに恋愛ごとに対する憧れも持っている。いつかあの2人のように分かり合える人生のパートナーが自分にも見つかったらなあ、なんてね。

「ねー、章!リオ先輩たち結婚するってさ!」

すぐさま隣で休憩をとる相方にもふたりの結婚を知らせる。今日は仕事として子どもたちのレッスンを付けたあと、ふたりで自主練に励んでいた。
高一の頃にカップル(ここにおけるカップルの意味は、恋人ではない。競技上のカップルだ)を組んだ章との付き合いは、次の春で10年目を迎えようとしている。何もかも合わないこの男とは間違ってもあのふたりのような間柄にはなれないだろうが、ダンスにおいては間違いなくベストパートナーだと思えるのだから不思議だ。

どうせコイツはこの手の話題に大して興味がないことは重々承知しているが、今この秋子の話を聞いてくれるのは章しかいない。
ねえほら見て、とスマホの画面を章につき出す。

「あ?あー、そうか。そりゃよかったな」

章のリアクションは秋子が想像した通りのものだった。昔からこの男は他人に対してドライだ。でも、もう少し盛り上がってほしい。だってあのふたりの結婚なんてどう考えたって素敵じゃないか。

「ちょっとそれだけ〜?もっと喜びなさいよ」

「いや喜ばしいは喜ばしいけどよ、あのふたりなら遅すぎるくれえだろ」

あのふたりが結婚するなんて当たり前だろ、と言って章はもう興味がないといったふうにドリンクを飲み始めた。

あら、章も自分と似たようなことを思っていたらしい。自分たちの意見が合うなんて珍しいこともあるものだ。合ったら合ったで気持ちわるいけれど。

章の言葉には返事をせず、かわりにリオ先輩へ返事を打ち始めた。高校時代のあたしならば章につっかかってていたかもしれないけれど、付き合いが長くなるにつれ不要な言い争いはなるべく避けていた。ただでさえ喧嘩が多いから、セーブ出来るところはセーブしなければ話が進まない。

(まあ、それでもほぼ毎日ケンカしてるけど)


『おめでとうございます!お相手はもちろん、部長ですよね?』

一応、相手を確認しておく。聞くまでもないだろうけど。

『ありがと、秋子ちゃん!うん、そうなんだ。式は地元で挙げるんだけど、秋子ちゃんたちも良かったら来てくれないかな』

リオ先輩は丁度スマホを手にしていたのか、すぐに返事が来た。当然の答えに秋子はこっそり安心して、思わずにやにやと笑ってしまう。やっぱりあのふたりはあのふたりだ。

土井垣部長とリオ先輩は流石と言うべきか、まだ日本にいるあたしたちとは違って既に海外のあちこちを飛び回って大会に出ている。
まあもちろん、たくさんの努力の結果であることは分かっている。
お互いに多忙の身なのでそう頻繁に連絡を取り合ったりはしないが、彼らの活躍は日本にもしっかり届いている。
はやく追いつきたいな、章とふたりで。


「ね、章。先輩たち結婚式地元でやるんだって。行くよね?」

「ん?ああ」

堅苦しい場は苦手な章も流石に式には出るらしい。なんだかんだダンスをあたしたちに教えてくれた部長たちにすごく感謝しているし、尊敬しているのだから当然と言えば当然であるが、秋子は少し嬉しくなった。

手早くリオ先輩に返事を打ち、スマホを置く。時計を見ればあと1分で休憩終了だ。

「あー、先輩たちの結婚式絶対すてきだよ〜!リオ先輩綺麗だろうなあ」

「ま、そりゃそうだな。お前と違ってダンスのドレスもめちゃくちゃ似合ってるし」

「一言余計よ、ばか章!」

ひゅ、と勢いを付けて章の顔の前で軽く蹴りあげる。ああ、またやっちゃったと心の奥がチクリとしたけれどこればっかりは仕方ない。

「やめろこの凶暴女!練習すんぞ!」



先輩たちの素敵な関係が変わらないように、あたしと章のままならない関係も変わらない。
人の関係なんて、そうそう変わるものではないのだ。





これは誰にも話したことがないのだが、誠に残念ながら、あたし椿秋子は八巻章に惚れている。
ムカつくけれど、どうしようもないことに、ダンスもそれ以外の時間も章の隣がいちばんなのだ。

余談だが、あたしだってモテない訳ではない。少々がさつなところがあるが見た目(だけ)は良い部類に入るらしく、一目惚れしましたと告白されたことも少なくない。
また、同じダンス競技者からデートに誘われたことだって何度かある。

こういうことを章に相談すると行ってきたらいいじゃねーかと面白がって言うのも腹が立つし胸の奥がチクチク痛むし、実際デートしてみても何かと章と比べてしまう自分にもイライラする。


そんなことを繰り返しているうちに、あたしには章以外無理なのだ、と気づいてしまった。

本当ムカつくところばっかりだし、ちょっとしたことですぐ喧嘩してしまう。
なんでこんな奴を好きになってしまったのか自分でもさっぱり分からない。

だけど、楽しいことがあったときいちばんに伝えたいのは章だし、辛いときいちばん傍にいて欲しいのもコイツだ。あたしがずっと隣にいたいと思うのは章の横だけなのだ。
顔も性格も好みじゃない筈だったのに、どうしてこんなことになっちゃったのかしら。


そういう訳で、時の流れの中でゆるやかになんとなく自分の気持ちを自覚したわけだけど、気がついた頃にはもう遅かった。
とっくに20歳を超えていて、それまでひたすらツンケンしていた章相手に今さらこの気持ちを態度に出すなんて出来なかった。
しかも、章のタイプの女の子はあたしとは全く逆の、甲斐甲斐しくしおらしい、いわゆる"女の子らしい"子だ。どう考えたって望み薄である。

それに、あたしは自分が気持ちを伝えることで章との関係が崩れるのが怖い。今の気安い関係があたしは好きだし、自分たちはダンスのパートナーであると同時に互いにライバルである。本業に支障をきたすようなことがあれば、章に嫌われる云々の前に社会人としてダメだ。

そんなこんなで秋子は章に長い片想いをしている。


(このままだとあたし、結婚も出来ないわ)


「ほんっと、なんでこんなことになっちゃったのかしら」

思わず考えていたことが口に出てしまった。いけない、練習でヘトヘトになってしまうとここが電車内だということを忘れてしまう。

「あ?なに言ってんだ寝ぼけてんのか?駅ついたぞ」

ついでに章が隣にいることも。


…………寝ぼけちゃいないわよ」

うーん、やっぱりムカつく!こんなやつのどこがいいのかしら、あたし。





「章、ごはん出来たわよ」

「おー」

秋子が章との関係が全く進展しないだろうなと思う理由はまだある。
それは、コイツとひとつ屋根の下一晩過ごそうが何の間違いも起こらないということだ。

章はあたしなんかよりずっと器用で、ある程度なんでも上手くこなすくせに、料理は面倒くさがってやらない。食べれたらそれでいいと言って専らコンビニ食だった。
対してあたしは小さい頃から実家の道場の合宿なんかで手伝わされていたから、ガサツなところはあるけど家事全般は実は普通にする。

上京したばかりのころ、ダンスについて話し合うついでに家でごはんを食べてから、章はなにかとあたしの家へ上がり込むようになった。材料費だって半分出してくれるし、あたしはふたりで過ごすこの時間が好きだから文句はないけれど。

話し込んでいたらつい夜遅くなって、そのままお泊まりしてしまうなんてよくあることだ。場所は秋子の家だったり、章の家だったり様々である。

(パパにバレたら強制送還ものだわ)

「お、今日肉じゃがじゃん。お前ほんっと料理だけは上手いよなあ」

あたしの心配を他所に、章は呑気に食器の用意なんかを始めている。コイツのぶんの食器も一式揃えたのはいつの頃だったか。置きっぱなしにされた章の私物だってあるし、そこだけはまるで半同棲中の恋人たちのようだ。

「だけって何よ。もう作んないわよ」

「悪かったって」

「ったく、彼女いないときだけ食べに来る都合のいい奴め」

「まあまあ、許せよ秋子。ついでに言うとお前の料理、歴代どの彼女よりもうめーし」

ほら、また胸の奥がチクリとする。
そうやって他の女の子と比べるあたり、本当にデリカシーなくて最悪だ。まあ、女の子の扱いだけは得意なコイツのことだから、彼女に対してはそんなことしないんだろうな。

あたしに対する気遣いの無さに少し腹が立つけれど、今回はちょっとだけ嬉しいから許してしまおう。
絶対に本人には言ってやらないけれど、章はいつも美味いと言ってごはんを食べてくれるからこっちも作りがいがある。
コイツはあたしにお世辞なんて言わないからきっと本音なんだろうなと思うとなお嬉しい。


「それにしばらく彼女つくんねーし」

……そういえば、もう1年くらいいないっけ?久しぶりね、そんなの」

高校時代はあたしと2人組のイメージが強すぎて終ぞ彼女が出来なかった章だが、東京に出てきてからは半年に1回くらいは彼女が出来たと報告してきた。どの子とも2,3ヵ月ももたずに別れて、その度にあたしのせいでもあると難癖付けられるのがお決まりだ。
あたし、章が好きって気づく前はもちろん、その後もちゃんと干渉し過ぎないようにしてたと思うんだけど。

「なに、フられすぎて懲りたの?」

「懲りたっつーか気づいたんだよ」

「何に?」

………………まだ言わねえ」

「ええっ、気になるんですけど!」

章はたっぷり間を空けて唸るようにそう言った。最近コイツは少し変だ。こうやって明らかに言いたいことがあるような顔をしているくせにわたしが問い詰めたってはぐらかす。

(なんなのよ、全く)

「まあ、もうちょっと待てや。そのうちちゃんと言うから。ほら、飯食おーぜ」

食卓には、肉じゃがと焼き魚、それから付け合せを2品。たぶん章はこういう料理よりもお洒落な料理を作る女の子のほうが好きだろうけど、背伸びしたって仕方ない。


「「いただきます」」

章はしばらく彼女をつくらないと言ったけれど、ふたり揃ってこのことばを言うのも今回はいつまで続くかしら。





「なあ、今度の選考会なんだけどさ」

ごはんを食べ終えたところで、徐に章が口を開いた。少し緊張したような、真面目な表情に思わずドキリとする。

「うん、なに?」

3ヶ月後に開かれる選考会、即ち海外行きへのチケットを争う大会。プロになりたてのころ大敗して、ふたりして泣いたことが懐かしい。去年と一昨年は決勝まで進んだけれど、ダメだった。ちなみにライバル(章は認めないけれど)の畔田くんとナオミのペアはもう海外デビューを果たしている。

通ったら、話したいことがある。覚悟しとけよ。ってか、ぜってー通るぞ」

いつになく真剣な眼差しで射抜かれる。ああ、本当にダンスに対してだけは真摯な奴め。あたしはこの目にとても弱い。

「なーによ改まって!次こそ絶対優勝して部長や咲本さんたちと同じ舞台に立つ!そんで海外でも絶対優勝、でしょ?分かってるわよ、つーかあたしだってアンタと同じこと思ってんだからね!」

章の言いたいことなんてだいたい分かる。昔のように勝ちに拘らないあたしじゃない。章とならどこまでだって行ける。あたしはそう信じてる。今さらなんだって言うのよ。

「それもそーだが。ま、お前がちゃんとそう思ってんならいいわ。当日楽しみにしとけよ」

章はそう言ってニヤリと笑った。全くなんだって言うのよ。

「はいはい楽しみにしてますー」