あたたかい場所で

FF14の二次創作です。
時間軸は漆黒のヴィランズ(5.3)の後を想定しています。

「あら」
 未明の部屋から出てきたヤ・シュトラが、視線を向けた先に意外なものを見つけて声を上げた。
「眠っているのね、彼」
 彼女がそこに視たエーテルが形作っているのは、エオルゼアで英雄と呼ばれる彼……アゼルがテーブルに突っ伏したまま眠っている姿だった。
「そう、私たちもさっき戻って来たんだけど、その時にはこうなっていたわ」
 正面の丸テーブルからアリゼーの声。やれやれと言わんばかりの声色だが、眠っている彼を起こさぬように音量を控えめにしている。
 その隣にはアルフィノが座っている。二人は先程まで外に出ていたようで、それぞれ椅子の背もたれには厚手の外套が掛けられていた。
 テーブルの上の二つのマグカップからは淹れたてのコーヒーの香りが漂っている。
 ヤ・シュトラが席につくと、程なくしてタタルがもう一つカップを運んできた。
「アゼルさん、もう一時間くらいその状態でっす」
 伏せるアゼルの横には読みかけの本とマグカップ。半分程に減っている中身はすっかり冷めてしまっている。
 タタルが言うには彼に飲み物を出した後、少し席を外して戻ってきた時にはこの状態になっていたそうだ。起こすのも気が引けたので、その背にそっとブランケットをかけておいたのだ、と。
「よっぽど疲れていたのでっすかね……
 アゼルの背にかけられたウールのブランケットが呼吸のリズムに合わせて上下している。赤土色の長い耳が時折ピクッと動くのを全員が見守っていた。
「珍しいわね。こう見えて彼、警戒心は相当強いはずよ」
 それなのにこの状況で起きないなんて。
 肩肘をつき、頬を人差し指で叩きながら呟くヤ・シュトラ。
 それは獣人系種族が本質的に持っている性であるし、ヴィエラの彼は「師」から未然に危険を払うための術を教え込まれているはずだ。それが、こんなに無防備な姿を晒して、これだけ人の気配があっても目を覚まさないのは……
「でもそれって、それだけこの人が私達に気を許してくれている……ってことじゃない?」
 アリゼーが飲み物を啜りながら言った。
 答える声はなく、代わりにヤ・シュトラが目を細めて微笑んだ。
 それは言わぬが華よ、と。


「そういえば、彼は寒いのが苦手でね」
 しばし流れていた沈黙を破ったのはアルフィノだった。
「初めてイシュガルドへ行った時、随分つらそうにしていたんだ。……もっとも、あの時つらい思いをさせていたのは、寒さのせいだけではなかったのだけれども」
 自分が至らなかったせいで……。胸に小さな痛みが生まれるのを感じたアルフィノだったが、それを旅の懐かしさで覆い隠した。
「あの頃は彼と同室で宿を取ることも多くてね。ある時……
 一層冷え込んだある日の朝。忘れられた騎士亭の一室でアルフィノが目を覚ますと、隣の寝台にはまだ眠ったままのアゼルの姿があった。寒さが堪えるのか頭の半分までを綿入りの布団にもぐり込ませていて、ぴょこんと飛び出た耳が存在を主張していた。
 ウルダハの一件からここまで彼には苦労をかけた。疲れが溜まっていてもおかしくない。
 その日は急ぎの予定は無いはずだった。しばらくそのまま寝かせておくことにしてアルフィノは部屋を出たのだが……戻ってきた時もそのままで、いつまで経ってもアゼルは目を覚ます気配がない。
 そろそろ太陽の位置も高くなってきた。もしかして具合でも悪いのだろうか? 一声かけようと思い、アルフィノはアゼルの眠る寝台へ近付き肩のあたりに手を伸ばそうとした。
 その瞬間。いったい何が起きたのか、アルフィノは全くわからなかった。
 軽い衝撃の後、天地は逆転していて、気が付けばアゼルの寝台の中。
 目にも留まらぬ速さで綿のたっぷり入った布団の中に引きずり込まれたアルフィノが、後ろから抱き留められる形でアゼルの腕の中に収まっているのだった。
「あまりにビックリしたものだから、さすがに声を上げてしまってね。そしたら彼もすぐに起きて、ひたすら謝っていたよ」
 その時の様子を思い出したのか、懐かしそうに笑うアルフィノ。
「普段は人の気配がすれば起きるのだけど、眠りが深いと……特に寒い日には、無意識でこういうことをしてしまうのだと。そう言っていたかな」
 だから、今日はそこそこ冷えるから、先程タタルが眠る彼に近付いたと聞いて何もなかったのか。ふと疑問に思ったのだとアルフィノは言った。
「さすがにこの体勢ではそれはないか」
 眠るアゼルを見て微笑んだ。
 ……ここで終わっていればよかったのだが。
「そういえばアリゼーは知っていたよね。この間、クリスタリウムで彼を起こしに行った時……
 何かを踏みに行くのが彼である。
「ちょっ! ちょっと、アルフィノ! それは言わないって約束したじゃない!」
 予想外からの流れ弾に思わずコーヒーを噴き出したアリゼーが、はたして怒っているのか照れているのか、顔を赤くしてアルフィノを小突いているのを見て、ヤ・シュトラは部屋に温かい何かが満ちるのを感じていた。

 アゼルはまだ目覚めない。
 賑やかな声を子守唄に、良い夢でも見ているのだろうか。
 わずかに覗く口元は穏やかな笑みを形作っていた。


END