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沁月
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ウ教とハ♀ 師弟 読み切り
燻る種火に雷火猛りて
MHRウ教×ハ♀。師弟。
英雄『猛き炎』と呼ばれる前の出来事。
強者揃いの、優しい里の人々。
そこで生きながら、早く強くなりたいと願う、ハ♀の心の狭間。
1
2
3
宙に溶け込んでしまいそうなほど、微かな声。
心の痛みの表れのように、娘の双眸からは
一雫
ひとしずく
だけ、熱い涙が零れ落ちた。
言葉が、想いが、緩やかに紡がれる。
――
この里の人々は、皆、強いのだ。
強い人々に囲まれて、自分より遥かに強い人に、お前は強いと褒められて。
まだまだ弱く、未熟で、愚かなわたし。
そんなわたしに「お前は強い」と言うことができる
器
うつわ
の広さを、心の広さを、優しさを、強さを。
全てを、見せつけられているような気がした。
わたしは、わたしにそう言ってくれるみんなの役になんて、何も立てていないのに。
――
おまえは無能だ。
そう突きつけられているような心地だった。
いつしか、みんなに褒められたり、慰められたり、励まされたりすればするほど、ひどく、心が痛むようになった。
わたしは里の皆と暮らし、皆のことを知っている。
そんなことを突きつけるような人たちではないと、頭では分かっているのに。
褒められた時に、言葉通りに受け取れば良かっただけなのに、気持ちはどんどん
歪
ひず
んでいった。
そのうち自分は本当に、無能だと思う様になった。
――
わたしは強くなんかない。
けれど、この里に居る以上、居たい以上は、強くあらねば。
その思いさえ、いつしか『強くなければ自分は
蚊帳
かや
の外』なのだと、
歪
ゆが
んで捉えるようになった。
弱い自分など、相手にされない。
弱い自分は、ただの迷惑な邪魔者。
どこに居ても、招かれざる者。
強くならなければ、語る資格さえないのだと。
正直、今もとても怖い。
弱いから、拒絶されること。
自分の全力を出して、弱いと断じられることが。
最初に自分でそう断じてやれば、余計に傷つかなくて済む。
――
わたしは弱い。
わたしは、自分で自分の強さを信じることさえできないほど、弱いのだ。
「つよく
……
つよく、なりたいんです
……
! わたしは
……
こんなことを考えてしまうほど、よわいから
……
!」
娘の双眸からは熱い雫が宝石のようにぽろぽろと零れ落ち、月光に煌めいた。。
娘の想いは、言葉は、全てウツシに届いた。
彼は、自分の心を、刃で深く
抉
えぐ
られるような痛みを覚える。
そしてそれ以上の痛みを、彼女が味わっているのだと理解した。
「そんなこと、ない
……
! そんなことない、そんなことない! そんなことないッ!」
心からの思いを告げるように、懸命に同じ言葉を繰り返し、何度も何度も首を横に振るウツシの目も、いつの間にか潤んでいて。
「そんなこと
……
ないよッ
……
!!」
吐息に混じりに声を震わせ、ウツシは、気付けば娘を優しく抱きしめていた。
彼女が、壊れないように。
その体も心も、優しく、包み込むように。
彼とて、彼女に同じことしか言えない自分が情けなかった。
もっともっと気の利いた事を言って、彼女を安心させて、自信を取り戻してほしかった。
自分の知らない間に彼女を傷つけていたことが、とても悔しくて、情けなくて、悲しくて、悲しくて。
「
……
ごめんね
……
!!」
震える声で、ただ、それだけ。
ぽつりと呟いたウツシは、娘を抱きしめる腕に、ほんの少しだけ力を込める。
ウツシの腕の中で震えながら、娘はしばらく両腕をだらりと下げたまま、涙を溢れさせていた。
口をぱくぱくと動かしながら、彼女は「違う」と言葉にしたかったようだが、声にならなかった。
彼女の中で、また、想いが巡る。
――
違う。
謝って欲しいんじゃない。
――
違う、違う。
あなたにそんな顔をして欲しかったわけじゃない。
あなたを悲しませたかったんじゃない。
――
どうしてわたしは、いつも、こうなの?
わたしは、むしろ、あなたに感謝を伝えたいのに。
あなたはいつも、愚かな小娘の
戯言
ざれごと
に、真剣に耳を傾けてくれる。
耳だけでなく、その心さえも。
頭では分かっている。
自分の考えが、どんなに滑稽なものか。
――
それでも、思わずにいられなかった。
わたしは、自分の弱さを分かっていたから。
自分が弱いことを、誰よりも知っていたから。
娘はウツシの腕の中で泣きながら首を横に振った。
「
……
ッ
……
ごめん、なさい
……
!」
同じ言葉を交わし合い、娘はようやく、ウツシの背にそっと背を回して、素直に涙を溢れさせた。
あまりにも温かい、ウツシの腕の中。
彼は娘をいつもたくさん褒めて、たくさんの教えを与えてくれる。
今も、例え言葉がなくとも、ウツシの深い想いは、彼が伝えようとしていることは、そのまま娘の中に流れ込んでくるようだった。
ウツシにもまた、娘の想いが伝わっていた。
軋
きし
むような、彼女の心の痛みも。
自分への感謝も謝罪も、何もかも。
娘はしばらくの間、声を抑えて
咽
むせ
び泣いた。
幼子のように「ごめんなさい、ごめんなさい」と、ただひたすら繰り返して。
彼女を優しく抱きしめたまま、ウツシは、彼女の
嗚咽
おえつ
が落ち着くまで、決して動かなかった。
胸の奥で、彼は娘に懸命に言葉を思案する。
――
キミは、決してひとりじゃない。
今までも、これからも、絶対に。
キミは蚊帳の外なんかじゃない。
キミが迷惑で邪魔なはずがない。
キミは優しいから、他の人が危ない目に遭うくらいなら自分が、と率先して出て行こうとする。
自分のことを差し置いて、真っ先に周りのことを考えるキミが。
そんなキミが、どうして迷惑で、どうして邪魔なんだ。
自分以外の人のこと深く考えられるほど、その心まで考えるほど、キミはこんなにも優しくて、強いのに。
――
そんなキミだから、俺は。
キミは、信じてくれるかな。
俺の修行に耐えて、ひたむきに、真っ直ぐ強くなろうとする、キミが居てくれるから。
里の皆も俺も、里を守るだけじゃない、キミを助けたい一心もあって、強く在れるのだということを。
信じられないかもしれないけれど、でも、本当のことだから。
――
何も心配しないで。どうか、笑って。
修練場に射し込む月の明かりは、人の心さえも、優しく照らしていく。
娘もウツシも、時の流れが止まったような心地だった。
優しくも、少しひんやりとした夜風が、気付けのように二人の体を撫でていく。
泣いていた娘はようやく鼻をすすり、何度かむせてから、呼吸を整え始めた。
「
……
大丈夫かい?」
優しく囁きながら、ウツシが腕の中の娘に問うと、彼女はゆっくりと顔を上げる。
真っ赤に泣き
腫
は
らした双眸と、涙袋までぷっくりと腫らした表情がウツシから見たらとても痛ましかった。
だが、当の本人は、先程よりは落ち着いた様子で、彼に小さく頷いてみせる。
「
……
ごめん、なさい
……
ウツシ教官。里の皆にも
……
わたし
……
」
真っ直ぐウツシを見つめて、娘が告げる。
偽りのない、想いを乗せた言葉。
申し訳なさそうな彼女に応えるように視線を真っ直ぐ返しながら、ウツシは小さく、一度だけ首を横に振った。
「大丈夫だよ、愛弟子。
……
大丈夫。大丈夫だからね」
柔らかな笑顔でウツシがはっきり答えると、娘は一瞬不安げに眉を下げたが、すぐに「ありがとうございます」と、ようやく、微笑んだ。
刹那、彼女はウツシの腕の中からするりと抜けると、彼に背を向け、両手の甲で自分の目を何度か擦り、残った涙を拭き取った。
「愛弟子」
涙を完全に拭き取ってから、不意に呼ばれた娘がウツシの方へ振り返る。
彼は、先程と全く同じ様子で、とても穏やかに笑っていた。
「
……
断言してもいい。キミは、必ず強くなれるよ」
強く『なれる』。
しっかりそう言ったウツシは、先程「大丈夫」と告げた時以上の確信を持った様子だった。
娘が面食らったように、何度も真っ赤な目を瞬かせたが、やがて彼女は、また、微笑んだ。
「明日の修行も、よろしくお願いします」
微笑みながらも娘は体の向きを変え、きちんとウツシの正面から、深々と頭を下げた。
それを見たウツシの表情にも、ようやく彼らしい笑顔が戻る。
「ああ! もちろんだ、我が愛弟子よ!」
――
我が愛弟子よ。
ウツシのその声は、深夜の静けさに沈んだ修練場全体に、高らかに響き渡る。
彼の声で、悪夢から覚めたように。
半分涙の乾いた瞳で、娘は小さく微笑んだ。
その笑顔に、愚かな
猜疑心
さいぎしん
は無い。
月明かりの下で、晴れやかに澄んでいた。
この時、彼女はまだ知る由もない。
自分が後に、里の英雄『猛き炎』となることを。
弱きを、痛みを、苦しみを、恐怖を知る者。
故に、誰よりも優しく、炎の如く力強く燃え上がり、あらゆる命を、全ての希望を照らす
強者
ツワモノ
。
カムラの里に猛り、天の原に輝く、澄んだ清き焔となること。
やがては、里の外をも輝き照らす焔となることを。
そして、その傍らには常に、優しき迅雷の守護があることを。
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@acadine
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