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沁月
Public
ウ教とハ♀ 師弟 読み切り
燻る種火に雷火猛りて
MHRウ教×ハ♀。師弟。
英雄『猛き炎』と呼ばれる前の出来事。
強者揃いの、優しい里の人々。
そこで生きながら、早く強くなりたいと願う、ハ♀の心の狭間。
1
2
3
小さく答えながら、娘は先程の場所に戻る。
後ろにウツシが立っている存在感を、まるで黒雲が雷鳴を
轟
とどろ
かせるように、びりびりと感じながら、彼女は再び木刀を構える。
妙に、
滑稽
こっけい
に思えた。
内緒で特訓していたのに、呆気なくウツシにバレてしまった上、彼に見守られながら素振りをすることになるとは。
(
……
わたしって
……
本当に
……
)
――
本当に。
その言葉の続きは、あえて紡がなかった。
紡げば、自分が悲しいほど惨めに感じられることが、分かっていたから。
ウツシの視線を感じたまま、娘は木刀を構え、大きく振り上げ、振り下ろす。
ひゅっ、と風を切る音が、また、静寂に木霊する。
何度も、何度も繰り返す。
やがて、娘は唇を噛み締めた。
血が滲みそうなほど、強く。
(
——
どうして、わたしは、いつもこうなの?)
どうしようもないほど、胸が苦しくて。
張り裂けそうなほど、心が痛くて。
このまま汗と一緒に溶けて、消えてしまいたいとさえ思えた。
どうして、どうして、と娘の中で疑問が巡る。
自分自身が腹立たしかった。
自分は、もっと強くなりたいのに、どうして強くなれないのかと。
素振りの音に、乱れが生じ始める。
技の乱れは、心の乱れ。
簡単に正すことはできない。
「
……
もう、いいよ。愛弟子
……
」
眉を
顰
ひそ
めたウツシが告げるが、娘は、素振りを辞めなかった。
彼の声が聞こえている様子はない。
その背に
纏
まと
わりつく痛みが、苦しみが、一瞬だけ見えたような気がした。
ゆらりと、だが機敏に、ウツシが動く。
ぱしん、と違う音が響いた。
素振りの音とは異なる音。
それは、素振りを中断させる音。
歴戦の実力者であるウツシの大きな
強者
ツワモノ
の片手が、娘の振り上げた木刀を掴んだ音だった。
「もういい、よ」
憂いを帯びた表情のまま、あまりにも静かに告げたウツシの声は、今度こそ、娘の耳に届いたらしい。
木刀を掴まれたのだから、当然だろう。
だが、彼女は構えを解かなかった。
木刀はウツシの手に掴まれて動かないのに、両手を掲げて木刀を振り下ろそうとする姿勢で止まったまま、動こうとする。
だが、当然、動けない。
「
……
教官。離して下さい
……
! これじゃ、素振りができません
……
」
「聞こえただろう? もういいよ、愛弟子。これ以上、続けて欲しくない」
「どうしてですか?」
「キミの心が、泣いているからだよ」
心が、泣いている。
ウツシのその言葉に、娘の体がまた、びくんと小さく縦に跳ねた。
彼女は無言で、反射のように顔を伏せる。
それでも
頑
かたく
なに、ウツシに掴まれている木刀を構える両手は、掲げたままだった。
「泣いて、ません」
「
……
俺は、キミとずっと一緒に里で暮らしているし、今ではキミの教官でもあるんだよ? あんなに乱れた素振りで、俺にバレないと本気で思ったのかい?」
「やらせて、下さい。わたしは、はやく、はやく強くなりたいんです」
「強く? 愛弟子、キミは俺の教えを受けているはずだ。こんなことを続けて強くなれると、本気で思っているのかい? 俺は、そんなことを教えた覚えはないよ」
「!
……
ッ
……
!」
顔を伏せたままの娘の掲げられた両手が震え、木刀が、わなわなと小刻みに震え始める。
その震えは紛れもなく、彼女の心の悲鳴そのものであるとウツシは確信していた。
「愛弟子、もういい。降ろすんだ」
「
……
強く
……
なりたいんです
……
!」
「聞こえたかい?」
「
……
わたし、なんかが
……
! わたしなんか、が
……
皆みたいに、強くなるには
……
こうでも、しないと
……
」
「! 愛弟子!」
「ッ!?」
一際
ひときわ
強く、大きく、月明かりの修練場に響いた怒声のような、珍しいウツシの声。
その声は、娘をまたびくんと震わせた。震えた彼女の手からは、ウツシによっていとも
容易
たやす
く木刀が抜き取られる。
直後、ざく、と小気味良い音を立て、大地に木刀が突き刺さった。
ウツシの片手が
行
おこな
ったことだ。
彼はあまりにも悲痛な面持ちで、娘を真っ直ぐ、射抜くように見つめた。
「愛弟子!
……
キミは今、なんて言った!?」
「
…………
」
「わたしなんかが、と言ったね? わたしなんかが、皆みたいに強くなるには、と!」
修練場全体に、ウツシの声が高らかに響いた。
娘を、愛弟子を想う故の声量。
彼女の目指したいところも、今の痛みも理解しているからこそ、あまりにも悲しい言葉に聞こえて、彼はそうせずにいられなかった。
娘は、何も答えない。
両腕をだらりと下げて顔を伏したまま、体が小刻みに、かたかたと震えているのは明らかだった。
深く「ふーっ
……
」と一呼吸置いてから、ウツシが先程よりも落ち着いた声音を意識する。
「キミは、強さというものを、そんな風に人と比べているのか? 人と比べて、自分を
貶
けな
して
……
自分の弱さを自分で強調して! そんな悲しい心構えで、本当に強くなれると思うのかい!?」
「
……
貶していません
……
事実です
……
!」
「どこが事実なんだ!? 愛弟子、何故!? どうして! そんな悲しいことを言うんだ!」
気付けばまた、ウツシは声を張っていた。
彼は気持ちの
赴
おもむ
くまま、娘の目の前まで、つかつかと歩み寄っていく。
内心では、ウツシも胸が張り裂けそうな心地だった。
娘の苦しみは、痛みは、彼女を想う彼にも鮮明に伝わっている。
「キミが強くなりたい理由は『人と比べて上に立ちたいから』などという、
浅慮
せんりょ
で愚かなものではないだろう!? どうして比べてしまうんだ!? どうして、あんなに頑張っている自分のことを、そんな風に
……
!」
「
……
。わた、しが
……
」
下を向いたまま、娘が、ぽつりと呟く。
その声さえ震えていることに気付いたウツシは、切なそうに眉を寄せて、口を閉ざした。
ゆらりと、娘が顔を上げる。
月明かりを受け、星空のように小さな光に溢れる
双眸
そうぼう
。
それは、零れ落ちそうなほどに、潤み輝いていた。
「わたしが
……
! わたしが、とても
……
弱いから
……
!」
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@acadine
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