燻る種火に雷火猛りて

MHRウ教×ハ♀。師弟。

英雄『猛き炎』と呼ばれる前の出来事。
強者揃いの、優しい里の人々。
そこで生きながら、早く強くなりたいと願う、ハ♀の心の狭間。

響き渡る、鋭い、風を切る音。
その音は、どこか焦慮 しょうりょに駆られていた。

真夜中、草木も眠れる丑三 うしみ どき
月明かりに満ちた山々、切り立った崖、小さな滝に渓流の景色など、大自然を切り取ったような狩場の臨場感に溢れる、カムラの里の修練場。

入口正面に鎮座している、大きなからくり蛙の前で、月光に汗を煌めかせる人影。

規則的に何度も聞こえる、木刀が風を切る音の直後には、その人影と共に上空へ飛び立つように鮮緑 せんりょく光糸 こうしと共に翔蟲が煌めき、空中で大きく勢いをつけて、大地へ木刀が振り下ろされた。

懸命な鍛錬を続けているのは、実は今日の明るい時間帯も、この場所で鍛錬をしていた娘。

その時は師と共に組手をしたり、様々な武器を練習していたのだが、彼女は夜が更けてからも、こうして密かに素振りや走り込みなどの基礎鍛錬をしに訪れることが多い。

全ては、ハンターとなるために。

そのために、強くならなければ、と。

「はあっ……はあ……! あと、50回ッ……!!」

肩を大きく上下に揺らし、荒く深い呼吸を繰り返しながら、彼女は再び木刀を振るう。

振り下ろされる度に、ひゅっと響く、空を切り裂く音。

彼女は こわばった表情で、ただひたすらに木刀を振り下ろし続けていた。

音は、明瞭 めいりょうに語っている。
彼女の焦りを、彼女の不安を。

その不安は『早く強くならねば』という想いとなってしっかり顔に書かれているのだが、本人はそれに気付いていない。
それどころか、すぐ後ろに、特に気配を消したつもりもない師が立っていることにさえ、気付けなかった。

……愛弟子」
「!」

声をかけられて、やっと気付くことのできた娘は、驚きから一瞬びくんと大きく震えて、それからぴたりと、石のように動きを止める。
彼女は声を聴いて誰が来たのか分かったが、その気配に気付けなかった自分の無能にひどく苛立った。

「ウツシ教官……

ぽつりと名を呼びながら、汗だくの顔の娘が木刀を下ろして振り返る。
澄んだ白光の月明かりの中に立っていたのは、彼女の予想通り、自身の師である里の教官ウツシ。

娘は居心地も悪そうに目を泳がせ、言葉が無くても「見つかってしまった」と目だけで語っていた。

いつも穏やかなウツシだが、今は少し違う。
金色 こんじきの瞳の奥に憂慮の光を宿し、真剣ながら、どこか心配そうに『愛弟子』と呼んだ娘を見つめている。

「こんな時間まで訓練かい? 一生懸命なのは、とても素晴らしいことだけど……キミは朝から夕方まで、ずっと俺と訓練をしていたよね。ちゃんと少しは休んでから、ここに来たんだろうね?」
…………

無言で目を伏せた娘を様子を見て、ウツシは深くため息をつく。

彼は先ほどの『朝から夕方まで』の訓練の時から、とっくに気づいていた。
彼女が、妙なほどの焦慮に駆られていることに。

少し前から、娘は訓練中に笑顔を見せることが少なくなった。
訓練を経て新しいことができるようになったり、技能を磨いて上達しても、ウツシの与えた課題に対して十分過ぎる成果が出ていても、彼女は、以前ほど笑わなかった。

『里の皆と比べたら、まだまだです』
『わたしなんて、里の皆の足元にも及びません』

その言葉をよく聞くようになってから、ウツシは密かに、愛弟子である彼女を特に注意深く見守っていた。
なので、今日も彼女がここにいつから居て、どのくらいの時間訓練をしていたのかは、実は把握している。

それでも『ちゃんと休んだのか』と尋ねたのは、彼女自身の反応から、彼女の意識を確かめたいからだった。

彼女が目を伏せ、後ろめたそうにしている反応を見たウツシは少し安堵したが、それ以上に、更なる憂いが膨らむ。

「ねえ、愛弟子。俺はキミに、ハンターになるのなら特に、絶対に忘れないでほしい『大切な基本』を教えたはずだよね? 覚えているかい?」
……はい。よく食べ、よく寝ること……
「うん、そうだね。それこそが、人間の土台だと伝えたね」

目を細め、柔らかに微笑んだウツシを一瞥 いちべつしてすぐに、娘は目だけではなく、顔も伏せた。
彼が次に言うであろうことが、何となく予想がついていたからだ。

だが、その予想は裏切られることになる。
ウツシは娘を見つめ、心配そうに眉を下げながら、彼女にとって『予想外』の問いを始めた。

「愛弟子……一体どうしたんだい? 少し前から、何だか様子がおかしいよ。何か不安なことがあるの? キミは一体、何を焦っているんだ?」
「!」

尋ねられると思わなかったことを、ウツシから明確に尋ねられ、伏せられていた娘の目が、一瞬だけ小さく見開かれた。

ウツシの問いの中には、何の悪意もないことなど分かっている。
それなのに娘の胸は、勢い良く刃で突き刺されたように鋭く痛んだ。

不安。
焦り。

そうじゃない、と彼女の中の痛みは応えているが、彼女は小さく首を横に振る。
そして、ゆらりとウツシの顔を見上げると、どこか うつろに微笑んで見せた。

「何もないですよ、教官。わたし、一刻も早く強くなって、ハンターになりたいんです」
……それは、そうだろうけど。でも……何というか、最近のキミは……
「もう、やめにします。お騒がせしてすみません」

追求から逃れるように、娘は謝罪でウツシの言葉を おおうと、木刀を小脇に抱えて彼に深く頭を下げる。
彼のあまりにも心配そうな眼差しを浴びていると気道が狭くなる。
胸が苦しくなって、痛みで張り裂けそうだ。

今の自分の心を見られたくないのに、何もかも見透かされてしまいそうなことが、怖かった。

きびすを返した娘が「失礼します」とその場から立ち去ろうとした時。

……待つんだ、愛弟子」

静かに響き渡る、ウツシの低声。
地を伝い、空気を震わせるようなその声には、有無を言わさず相手の動きを止めさせる力がある。

ウツシに背を向けたまま、娘は、びくんと微かに縦に震えて足を止める。
その背を真っ直ぐ見つめるウツシの目は、教官らしい年長者の風格に輝いていたが、彼女を案じる光にも溢れていた。

「愛弟子、俺に素振りをして見せて」
……え?」

ウツシの声音から、何か叱られてしまうかと思った娘だたが、再びの予想外の言葉に振り返る。
彼は、妙にゆったりと微笑んでいた。

「俺が声をかけなければ、まだ素振りを続けるつもりだったんだろう? それなら、構わないよね?」
……そ、れは……
「さあ、愛弟子。やって見せて」
…………

ウツシには笑顔の種類が非常に多いことを、娘は不意に思い出した。
彼特有の、穏やかであるからこそ放たれる、圧倒的な威圧感。

彼が師である故に断れないのも大きいが、それ以上に『従わなければ』と思わせる、妙な力がある。

……わかり、ました」

@acadine