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柚子子
2022-10-03 13:48:14
159251文字
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単発夢小説
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陀宰と忘れられてる幼馴染
サイトに掲載している陀宰夢です。
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と、ふいに私の腕をヒヨリちゃんが取る。彼女は私の顔を覗き込むと、にこりと優しく微笑んで言った。
「せっかくだし、この四人で写真撮らない?」
「どーしたの? 今そういう流れだった?」
「流れかは分かんないけど、撮っちゃいけない流れでもないでしょ?」
「屁理屈じゃん。キミはまったく、いつも急だね」
私が返事をする前に、凝部くんとヒヨリちゃんのあいだで言い合いが始まってしまう。ヒヨリちゃんは「ね?」ともう一度、笑顔で首を傾げて私を見た。
「だってこの四人で写真って撮ったことないから。凝部くんは一学期学校に来てなかったから、クラス写真にも写ってないんじゃない?」
ヒヨリちゃんの言葉に、陀宰くんが「たしかに」と呟く。
「そういえば、クラス写真って僕、どういう扱いになってるんだろ?」
「さあ。どうせクラス写真もデータ配布なんだし、あとから合成できるようにパッチが送られてくるんじゃないか?」
「えー、さすがにそれは情緒なさすぎない?」
「撮影当日に来ない方が悪い」
「ていうかそんな対応されるなら、僕もう『消えたクラスメイト』扱いでいいんですけどー」
「ちょっとかっこよく言うなよ、『不登校児』」
「元、だから。元、『不登校児』だから」
そんな遣り取りをしながらも、三人はこの場での写真撮影にはそれなりに乗り気らしい。凝部くんはともかく、陀宰くんも意外にノリがいい。
「といっても、写真撮るって、こんな何もない普通の街中でか?」
「いいんじゃない? 特別な写真が欲しいわけじゃないし」
ヒヨリちゃんが返事をしながら、バングルのカメラを起動した。
「ま、たしかに日常のワンショットって感じで、これはこれで青春だね。
――
ど? 元不登校児が言うと含蓄ありげじゃない?」
「別にねーよ」
往来の真ん中では邪魔になるので、ちょうどよく置かれたバス停のベンチのあたりに移動した。背景になる店々のクリスマスの装飾が、なんだかいい感じに雰囲気をつくっている。
「うーん、バングルの搭載カメラで大人数自撮りって、結構難しいね」
「もう少しくっつけばいけるんじゃない? ほらそこ、寄って寄って」
「うわ、おい
……
」
凝部くんに押され、陀宰くんと私の肩が触れ合った。制服のジャケットごしなので、特に何ということでもない。けれどどきんと胸が騒ぎだし、知らず呼吸が浅くなる。
「悪い」
「
……
ううん、大丈夫」
声が震えそうになり、慌てて平静を装った。内心は
狼狽
うろた
えまくっているのに、そっけない返事しかできない。こんな自分の性格が、今は頼もしいような可愛げがないような、複雑な気分だ。
「ていうかこれ、いちばん腕が長いメイちゃんがシャッター押すべきだったんじゃない?」
「この状況で? 俺、身動きできないくらいお前らに押されてんのに」
「ちょっとくらい見切れてても味ということで」
「はい、じゃあ撮るね」
「瀬名も案外話聞かねーな
……
」
ヒヨリちゃんがバングルを操作して、連写モードでシャッターを切る。何度かの撮りなおしを経たのち、ようやく写真撮影は終了した。
制服ごしに温度を分けあった陀宰くんの肩が、名残惜しさの欠片もなく、すんなりと私の傍から離れる。
「よし、っと。画像データ送っておくね」
「これで眠れぬ夜はいつでも、ヒヨリちゃんの笑顔を慰めにできるわけで
……
」
「凝部くん、言い方
……
」
「凝部には送らなくていいよ」
「ヒヨリちゃん以外にも私と陀宰くんも写ってるから」
最後までわいわいと騒ぎながら、私たちはその場を後にする。歩きながら、ヒヨリちゃんから送られてきたばかりの画像データを確認し、すぐさま保護フォルダに入れた。
(高校生になってはじめての、陀宰くんとの写真)
虚しい執着だとは分かっている。それでも、たった一枚の画像がこんなにも、私の心を喜びで満たしていた。
◇◇◇
ヒヨリちゃんたちと別れ、バイト先に向かうべくバスに乗る。私のバイト先と陀宰くんの家は方角が同じらしい。今日は私と陀宰くん、ふたりで同じバスだった。もっとも私は数分で下車し、陀宰くんは終点近くまで行くそうだから、方角が同じというだけで近くはない。
二人掛けのシートに、肩や腕がぶつからない程度の隙間を空けて座る。
車内にはほかにも乗客はいるものの、気持ちとしてはふたりきりのようなものだ。先ほど写真を撮ったときの気分をまだ引き摺っているのか、どうにも気分がふわふわしていて落ち着かない。気を紛らわそうと車窓にちらちら視線を遣っていると、窓際に座った陀宰くんと目が合った。
「
苗字
のバイト先、こっちの方面なんだな」
「うん。今住んでるところからも、バスだと行きやすいから」
「バイトって、何の業種?」
「普通に飲食だよ」
「へえ。家の近所じゃないなら、何か珍しいバイトでもしてるのかと思った」
「全然そんなことない。うちの近所の店がバイトの募集してなかったから」
これは半分だけ本当の話だった。残りの半分については、陀宰くんに話すつもりはない。
私も当初は、もっと実家の近くでバイトを探すつもりでいた。けれど結局、いろいろと思うところもあったので、バイト先は家から少しだけ離れたところにした。
いろいろというのは端的に言えば陀宰くんとのこと。要するに、昔住んでいた家の少しでも近くに生活圏を持つことで、かつてとの陀宰くんとの思い出と、少しでも近くにいたい。そんな浅ましい下心があった。
思い出してもらえなくてもいいと思い、教室では避けてすらいたのに、どこかで繋がっていたいという思いは捨てきれない。未練がましいことこの上ない動機で、私はバイト先を選んでしまった。自分でも何がしたいのかよく分からない有様で、ほとほと情けなくなってくる。
「今住んでるのって、瀬名んちの方だっけ」
「そうそう。ヒヨリちゃんちとは学区が同じ」
「だったらバイト先も、家からそんなにめちゃくちゃ離れてるわけではないんだな」
ヒヨリちゃんちがどのあたりか知ってるんだ、とは言わないでおいた。せっかく一緒に帰っているのに、自分からこの空気に水を差したくはない。
「遅刻しそうなときとかは、うちからバイト先までなら、バスより自転車の方が早かったりするよ」
「
苗字
、自転車とか乗るのか?」
「いや、乗るからね。自転車くらい、普通に」
「なんか、イメージと違うな」
「陀宰くん私にどんなイメージ持ってるの
……
」
「
苗字
のイメージって、それはまあ
……
」
と、そこで陀宰くんは、以前似たような遣り取りをしたことを思い出したのか、眉尻を下げてふっと頬をゆるめた。あれはたしか、はじめて陀宰くんとふたりでちゃんと話した日のこと。あのときも陀宰くんは、私の印象、イメージの話をしていた。
陀宰くんの耳が、ゆっくりと赤く染まっていく。その様子から、彼が笑いを堪えているのが分かってしまい、私は目を眇めた。
「今陀宰くんが何を考えてるか、手に取るように分かってしまうなぁ
……
」
「ふっ、すまん
……
」
「いえいえ、いいんだけどね? その後どう? 『界隈』の皆様は御機嫌麗しくしていらっしゃる?」
「その喋り方なんだ、あと半笑いをやめろ
……
っ」
「半笑いって言うか、笑いそうなのは陀宰くんの方でしょ」
にやりと私が笑いかけると、陀宰くんはいよいよ肩を震わせ始めた。
自分だけに向けられた、陀宰くんの気の抜けた笑顔。あたかも気を許し、許された関係のような、くだけた会話。ヒヨリちゃんが持っていて、私が持っていないもの。それが今、私の手の届くところに無防備に存在している。そのことを思うと、私の顔が燃えるように熱を帯びた。
軽く握った手で口許をおさえた陀宰くんは、何か言いたげに口角の上がった口を開いては、閉じるのを繰り返す。話すと笑ってしまうから、それを堪えているのだろうか。そんな些細な仕草にすら、胸がぎゅっとときめいた。
(ああ、好きになっちゃうな
……
)
ごく自然に、そう思った。
陀宰くんの瞳が、私だけを映している。陀宰くんのくちびるが、私のためだけの言葉を紡いでくれる。たったそれだけのことに、どうしようもなく満ち足りてしまう。
(これ以上は、本当に危ない)
そう戒めていないと、あまりにも甘やかで幸福な感情に、目がくらんでしまいそうだった。
泡沫
うたかた
の幸福に、溺れてしまいそうになる。
好きだけど、好きになっちゃいけない。ずっと大好きだったけど、諦めなくちゃいけない。今一度、私はそのことを自分に言い聞かせた。
未練を振り切るように、私は陀宰くんから視線を外す。逃した視線にあてどはなく、ひとまずは車窓へふたたび転じた。と、流れていく景色のなかに、ふと見覚えのある看板を発見する。
「あ、あそこ」
「ん?」
私の呟きに反応して、陀宰くんも顔を窓の外へと向ける。
「あの赤い看板の店、閉店しちゃったと思ってたけど、移転してたんだ」
「ああ、あの喫茶店」
「懐かしいなぁ。小さい頃、私、よく連れて行ってもらったんだ」
しみじみと思い出にひたるような気分で、私ははぁ、と息を吐き出した。
私にとってその店は、幼少期の思い出が詰まった馴染みの店だった。去年こちらに戻ってきてから一度、思い立ってひとりで来店してみたこともある。
しかしかつて店があった場所は、現在は別の飲食店に取って代わられていた。あの時、私はひどく肩を落としたものだ。ネット上の店舗情報ももう何年も更新されていなかったため、てっきり閉店したとばかり思っていた。
「閉店してなくてよかった。昔、こっちに住んでたときに、両親とよく行ったんだよ」
「俺もだよ。何度か行ったことある」
陀宰くんが、少しだけ懐かしそうに目を細めた。すでに車窓からは、思い出の喫茶店は消えてしまっている。けれど陀宰くんの頭の中で懐かしい記憶が呼び起こされているのだろうことは、彼の浮かべる表情を見れば明らかだ。
「静かな店だから、俺、連れて行かれるたび子供ながらに緊張してた」
「そうそう。でも子どもにはおまけで、ケーキの切れ端とか出してくれるんだよね」
「そういえばそうだった」
話をしているうちに、当時の記憶が色彩もあざやかに、頭の中に思い起こされる。
その店には昔、陀宰くんとも一緒に行ったことがあった。陀宰くんのお母さんとうちの母と、私と陀宰くんの四人だったと思う。一度きりのことではなく、何度かそういうことがあった。
もちろん陀宰くんは覚えていないだろう。けれど、私は全部覚えている。
陀宰くんがクリームのついたケーキを欲しがったこと。フルーツがのったケーキだと喜んだこと。自分のことよりも、私の対面で子ども用のいすに座っていた陀宰くんのことばかり、私は何でも覚えている。
「俺はクリームのついたのがよくて、でも滅多にそういうのは出てこないから、クリームがついた切れ端にあたると嬉しかったんだよな」
「ああ、
……
うん。分かる」
知っている。
あの時の陀宰くんの笑顔も全部、ちゃんと覚えている。
「あと、子どもが何人かいると別の味のケーキがそれぞれ出てくるから、半分こしたり」
「懐かしいね」
そう答えたあと、私は急いで「そういうのって、みんなやっぱりやるんだね」と言い添えた。陀宰くんは不思議そうに私を見てから、半拍置いて「だな」と頷く。
それからふと思い付いたように、陀宰くんは私に言った。
「つーか、
苗字
が昔住んでたのってこの辺ってことだよな?」
「ん?」
「いや、さっきの喫茶店も有名店ってわけじゃないし、むしろ地元の人間の溜まり場みたいな店だったから」
陀宰くんの言葉には、必要以上に疑うところも含むところもない。どこからどう聞いても、ただの雑談以上の話ではなさそうだ。
けれど、それでも。私の胸の鼓動は否応なく、強く、速く、どうしようもなく昂ってしまう。そしてその理由は、あまりにも単純で幼稚なことだった。
はじめて、陀宰くんが私について個人的な質問をしてくれた。たとえどんなに些細な内容であったとしても、間違いなく私の過去にふれる質問を。
そのことを意識した途端、ひときわ強く胸が高鳴る。心が激しく震えていた。
「えっと
……
」
それが歓喜によるものか、それとも困惑と恐怖によるものかも、私には分からない。陀宰くんの問いに、果たしてどう答えたらいいのか、分からなかった。
陀宰くんに対し、過去に私たちが知り合っていることをほのめかすようなことを言うつもりはない。言ってはいけないとも思っている。
一方で、陀宰くんに対して嘘を吐くのも嫌だった。嘘を吐けば、私まで陀宰くんとの過去を否定してしまうのではないか。そう思うと、嘘を吐くのはどうしても躊躇われた。
もちろん陀宰くんには私との過去を知る権利がある。本人が忘れているうちは何も言わないと決めているが、もしも彼が思いだしさえすれば、大体のところを話すことはやぶさかではない。その機会を奪おうとも思ってはいない。
(だからもしもこれで陀宰くんが私のことを思い出したのなら、それはそれで仕方のないことで
……
)
逡巡する私にかまわず、陀宰くんはさらに続けた。
「もしかしたら俺ら、小さい頃にどこかで会ってんのかもな」
「
……
っ」
今度こそ、私は言葉を失った。口をぎゅっと引き結ぶ。
そうだよ、陀宰くん。
私と陀宰くんは、もうとっくの昔に出会って、仲良くなってたよ。
私は陀宰くんのことがずっと好きだけど、でも、だけど、陀宰くんは
――
胸のうちに湧きあがった感情が、たちまち身体の中をかけめぐる。伝えてしまいたい言葉があふれ出して、めちゃくちゃになってしまいそうだった。
膝の上でぎゅっと手を握ったのに、握りしめた指先には感覚がほとんどない。
息を詰め、私は陀宰くんを見つめる。
今は、今だけは、陀宰くんから視線を逸らしてはいけない。そう思った。
視線を逸らしたら、多分私は泣いてしまうから。
「
……
苗字
?」
あまりにもまっすぐ見つめすぎて、陀宰くんがややたじろぐように身体を揺らす。目元がほんのり朱に染まっているのは、きっと夕日のせいだけではない。
それでも、赤くなっているのは見つめているのが私だから、というわけでもないのだろう。私じゃなくても、ほかの女の子でも、きっと陀宰くんはこうして顔を赤らめた。ヒヨリちゃんが相手だったら、きっともっと取り乱した。
そう思ったら、少しだけ心の中が静かになった。そのままゆっくりと息を吐き、徐々に呼吸のペースを取り戻す。
「
……
うん、そうだね」
私はゆっくりと、できるだけゆっくりと頷いて、微笑んだ。ひとつでも何かを間違えれば、どこかで足を踏み外せば、取り返しのつかないことになるような気がして怖かった。
「たしかにどこかで、出会ってるかもしれないね、私たち」
そう答えた瞬間、胸の奥で玻璃のように繊細な何かが音を立てて損なわれたような、そんな気がした。
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