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柚子子
2022-06-22 22:00:41
10046文字
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犬飼中編シリーズ
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犬飼中編後日談 嫉妬と浮気の話
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名前
名前
名前
名前
名前
名前
ランク戦夜の部をひかえたラウンジは、いつもならばたむろしている隊員たちの多くが観覧席に流れていることもあり、平時よりやや閑散としている。今日の仕事を退勤したばかりの
名前
は、
名前
とタイミングをあわせて休憩をとったらしい犬飼とともに、ランク戦までの短い時間を人のまばらなラウンジで過ごしていた。
このところ犬飼はボーダーの方が忙しく、学校にもあまり顔を出せていない。たとえ短時間顔を出せたとしても、
名前
と学校で話をすることはまずない。
名前
も
名前
で受験に備えてボーダーでのシフトを減らしているので、こうして顔を合わせて話をするのは、少し久し振りのことだった。
隊服のまま現れた犬飼に、
名前
は手元の単語帳から顔をあげて挨拶する。のんびりしているほどの時間はない。挨拶と近況報告を互いに手短に済ませたところで、
名前
は本題を切り出した。
「ちょっと聞きたことがあるんだけど
……
犬飼くん、もしかして彼女ができたって話、あちこちで吹聴してたりする?」
疑わしげな目をする
名前
に、犬飼は「してないよ?」と即答する。
「だって
名前
ちゃん、おれと付き合ってるって広まるの嫌でしょ」
「
……
なんか犬飼くん、言い方に棘がない?」
「そんなことないって、気のせい気のせい」
へらっと笑って躱す犬飼。しかし今のはどう考えても、露骨に含みのある言い方だった。
「言いたいことがあるなら、直球で言ってもらいたいんだけど
……
」
「いや、そういうのはないかな。これは本当」
「じゃあさっきのは嘘なんだ
……
」
「今のは言葉の綾じゃん」
久し振りに話すのに相変わらず飄飄としている犬飼に、
名前
は口をとがらせる。とはいえ犬飼がこういう卑屈な物言いをするときは、十中八九自分を困らせたいだけなのだと、さすがに
名前
も分かってきた。
名前
がむっつり口を閉じると、犬飼は「
名前
ちゃん、スルーが上手になったね」と、褒めているんだか貶しているんだかよく分からないコメントを口にした。
「それで、話題を戻すけど。
名前
ちゃんはどうしてそう思うの? おれがあちこちで吹聴してるって」
会話の主導権をあっさり犬飼に奪われて、
名前
は内心で溜息を吐いた。
(まあ、いいんだけどね
……
)
はなから犬飼相手に口で遣り合えるとは思っていない。
名前
は気持ちを切り替えると、すばやく周囲に視線を走らせた。誰も自分たちに注意を向けていないことを確認してから、
名前
は声をひそめて答えた。
「なんか、ここ数日やたらと視線を感じるなぁ、と思って」
「へえ。そうなんだ。
名前
ちゃんの自意識過剰じゃない?」
邪気なくにっこり笑う犬飼。その返答に、
名前
は深く嘆息した。
「犬飼くん、さては何か思い当たることがあるんだね?」
「え、なんで?」
「必要以上にきつめの言葉使ったから。今のはあんまり露骨だったから、やましいことがある人っぽかったよ」
「意外と鋭い」
「じゃあやっぱり心当たりがあるんだ」
呆れかえった顔をして、
名前
はもう一度溜息を吐いた。
悪戯半分に揶揄ってきたり、やたらと相手の反応を窺うようなことはするものの、犬飼は基本的には善良な人間だ。根底に悪意がないから、慣れてしまえば犬飼の言動の解釈はさほど難しくない。常識や良識もきちんと兼ね備えているぶん、もしも突飛な発言があったとしても、その裏には確実に犬飼なりの意図があるとすぐに分かる。
名前
相手に露悪的な物言いをするのなら、何かそれだけの理由があるのだろう。たとえば強い言葉を使うことで、相手にそれ以上追及させる気を失くさせたいだとか。
(根がいい人って知ってるから、筋が通ってないことや必要以上にきつい言葉を使うと、逆に浮いて聞こえるんだよね)
そんな
名前
の犬飼評を、もちろん犬飼は知る由もない。溜息を吐く
名前
の憂い顔をしばらくにこにこ眺めてから、おもむろに犬飼はテーブルに頬杖をついて言った。
「うーん、まあ。心当たりってほどのことでもないんだけど」
頭を振って目にかかった前髪を除けた犬飼は、ふいに冴え冴えとした瞳をまっすぐ
名前
に向ける。
「
名前
ちゃん、おれと付き合ってること、周りに話したりする?」
「えっ、何、急に」
「ほら、答えて」
浮かべる笑みとはうらはらに、犬飼の口調には有無を言わさぬ強引さがある。よく分からず釈然としない思いを抱きながらも、
名前
は首をひねって答えた。
「まったくってほどではないけど、あんまり話さないかな
……
。聞かれたら、言うかもしれないなってくらい」
「そもそもあんまり聞かれないの?」
「隊員の人たちと違って、こっちの職場は大人がほとんどだから。恋愛のことに限らず、あんまりプライベートの話をしたりしないよ」
「あ、そうなんだ」
むしろ
名前
が自分の話をするとすれば、自部署の先輩よりも年の近い隊員相手のことがほとんどだ。恋愛の話を影浦たちにはしにくいので、犬飼とのことに関してはもっぱら仁礼くらいにしか話していなかった。
「あとは高校で何人か聞かれたから、一応話しはしたけど
……
、でもそれも噂話とかあんまり興味無さそうな子にしか話してないかな」
「ふんふん、なるほど」
「犬飼くんは違うの?」
犬飼の打つ相槌に、
名前
は首を傾げた。
名前
の予想では、犬飼も
名前
と付き合っていることは、そう大っぴらにしていないはずだった。もっとも、犬飼の交友関係は
名前
とは比べ物にならないほど広いので、知人の母数が違うぶんだけ話す相手も多いだろう。そのくらいは
名前
も覚悟している。
「おれも
基本的には
、自分からべらべら話したりはしてないよ」
しれっと答える犬飼。
名前
は目を
眇
すが
めた。
「基本的には
……
?」
「たださ、やっぱり彼女がいるからってはっきり明言した方が、話がスムーズなときはあるからね」
「そんなとき、ある?」
「時々はね」
やたらに含みを持たせた言い方をして、犬飼はほほえむ。その笑みの意味が分からず、
名前
はしばらく頭を悩ませた。が、ふいに視界を横切った見覚えのあるC級の女子隊員の姿を見た瞬間、
名前
の頭の中でひらめきが弾けた。
「あっ、もしかして犬飼くん、私のこと女子避けに使ってる!?」
「あはは、ばれた?」
悪びれもせず笑っている犬飼に、
名前
は脱力する。言われてみればたしかに、決まった相手の存在をほのめかすことで身を引く女子はたくさんいるだろう。犬飼がいわゆるモテる男子であることは、
名前
もよく知っていた。
しかしながら
名前
の日常の中には、愛の告白も、意中の相手に攻勢をかけることも、まったく存在していない。そんな
名前
にとっては、異性避けのために恋人の存在を利用するなどという発想は、まったく思いもよらないものだった。
「あ、あぁー
……
、そういう
……
なるほど、そういうことなんだ
……
」
「女子避けっていうと語弊があるけどね」
「いや、ないんじゃないかな。事実だし
……
」
「嫌だった?」
「ううん、そういうわけではない。大丈夫」
役に立たない彼女よりは、多少なりとも役に立つ彼女の方がましだ。たとえそれがカラス避けのために設置された
案山子
かかし
か、ベランダに吊るされているCDレベルであっても。
と、
名前
はさらなる可能性に思い至る。
「というかもしかして、犬飼くん、私の写真見せたりもしてる
……
?」
「場合によっては」
「なるほど、そういうこと
……
。すべて、繋がりました」
どうりで、見知らぬ相手に顔をじろじろ見られるわけだった。そりゃあB級一位
――
元A級部隊所属の、顔立ちが整った優秀な隊員に彼女ができたとなれば、そしてその彼女の写真をほかでもない犬飼が見せびらかしているのであれば、あっという間に彼女の顔も広まろうというものだ。
犬飼が
名前
を追いかけているという噂が立ったときにも、
名前
は一時注目の的になった。だがあの時はまだ、顔が割れてまではいなかった。人目を忍んでいたのは
名前
がやたらとびくびくしていただけで、実際には名前とメディア対策室という所属くらいしか知られていなかったはずだ。たとえ噂を耳にしたうえで廊下で
名前
とすれ違ったとしても、相手が噂の渦中の人物だとは気付かなかった隊員が大半だったに違いない。
「あ、でもみんなに写真見せてるってわけじゃないよ」
犬飼が笑顔で付け足す。そのほほえみに、まったく反省の色はない。
「参考までに聞くけど、見せる見せないの基準は?」
「写真を見せたとして、『このレベルなら勝てる』って
名前
ちゃんに対して思いそうな、マウンティング思考の強そうな相手には見せてない」
「ご配慮どうもありがとうございます
……
」
顔が割れているわりに絡まれるわけではないのも、これで完全に納得がいった。犬飼は犬飼なりに、相手をふるいにかけている。そのうえ
名前
が注目を浴びる以上に不快な目に遭わないように、最低限のコントロールはしているというのだ。
名前
は文句を言う気も削がれ、疲れた人間のように眉間を二指で揉んだ。
(これは配慮というよりも、バレたときに私が文句つけそうなところを確実につぶしておいた、って感じかな
……
)
その辺り、犬飼は以前から徹底している。なんだかんだと犬飼に振り回されているはずなのに、いまひとつ
名前
が文句を言い立てられないのは、犬飼の用意周到さゆえだ。
(こういうのを丸め込まれてるって言うのかもしれないけど)
だからといって、不服を申し立てる理由も、それだけの気力も今の
名前
にはなかった。それに、たとえ言い返したところで、さらに念入りに丸め込まれるのは分かり切っている。
「まあ、いいや。謎が解明できたから、ひとまずよかったよ」
疲れた口調で言う
名前
。犬飼が意外そうに「あれ?」と呟いた。
「これ、おれ、お咎めなし?」
「
……
犬飼くん、お咎めほしいの?」
「そういうわけじゃないけど」
依然眉間を揉みながら、
名前
は顔を上げて犬飼を見た。犬飼の笑顔はぎこちない。というより、片方の口の端だけを上げたいびつな笑い方は、見ようによっては顔を引き攣らせているようにも見える。
おや、と##name_1##は思う。
(犬飼くんなら、自分の正当性をがんがん主張してくるかと思った)
犬飼の思いがけないリアクションに困惑しつつ、
名前
は言葉を探した。
「えーと
……
だって、女の子の方から寄ってくるのは、犬飼くんの場合、仕方ないことだよね? あんまり相手のこと邪険にして、ボーダーの評判下げるわけにもいかないだろうし」
一介の男子高校生ならばともかく、犬飼はボーダー隊員。B級上位チームに所属している以上、ほかの隊員の規範となるべき行動を求められるのは当然のことだ。
犬飼はトラブルの火種に対し、適切かはともかく、穏当かつ穏便に対処しただけのこと。
名前
が咎め立てなければならないようなことは、だから実際にはひとつもない。
強いて不満を挙げるのならば、第三者に写真を見せるということについて、事前に
名前
に了承を求めてほしかったということくらいだろうか。しかしそれだって、犬飼ならば
名前
が了承せざるをえないだろうと、最初から分かっていたはずだ。
名前
を無用なトラブルに巻き込まないようにという配慮もあった。となれば、
名前
には文句をつける理由がない。
そのようなことを、
名前
は訥々と犬飼に説明した。犬飼は黙って
名前
の話に耳を傾けていたが、
名前
が話し終えると同時に、
「
名前
ちゃんの言うことは、それもたしかにそうなんだけど。でも理屈じゃなくて感情の問題として、やっぱり嫌じゃないの?」
と、やはりぎこちない顔でほほえんだ。
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