無窓居室
2024-05-16 00:24:12
4083文字
Public Pixv投稿企画
 

出会いと別れ(Pixiv執筆応援プロジェクト三月)

Pixiv執筆応援プロジェクト応募作。#出会い #別れ #新生活 で参加しました。
時間がなくて殴り書きになってしまったのですが、お題を見てアカネの青鬼ちゃんの新生活風景をどうしても文章にしたくなったので書きました。妄想だらけなので真面目に読まないで下さい。
アカネ→ブラックにアカネと父の関係を絡めて書くのが好きです。

 荒野には巨大な岩石が幾つも転がり、干からびた木々が枯枝を虚しく伸ばしている。頭上に広がる空は赤く焦げつき、それを削るように黒々と聳り立つ山々は罪人達の悲鳴を絶えずこだまさせていた。
 アカネが生まれ育った地獄の風景。鬼としてこの世に生を受けてから、アカネはこれより他の景色を見たことがない。しかし今やこことは別の世界があることは知っていた。地獄と外の世界との境、剣の山の峠から故郷を見下ろす目には決意が宿っている。
 季節外れの曼珠沙華の色をした髪と瞳を戴く肌に、それとは別の赤が滲んでいた。地獄の獄卒の長である父親が、初めてアカネを殴った痕だ。家を飛び出す前の最後の親子喧嘩はその一発で終わりになった。

 ──家業がなんだ!使命がなんだ!アタシは朝から晩までこんなつまらない仕事をするために生まれてきたんじゃない!!大体父さんはアタシのことを娘として見てくれたことなんか無いじゃないか!たまたまこの家に生まれてきた、仕事の頭数としか思ってないくせに!!

 口うるさく厳しい父親だったが、どんなに怒らせても手を上げられたことはこれまで無かった。アカネが女だからか、下手に怪我をさせて仕事で使い物にならなくなったら困るとでも思っていたのか。いずれにせよそれが嬉しかったのか寂しかったのか、物心ついた頃まで遡ってみてもアカネ自身にも分からないのだ。だから今も打たれたことを誇っていいのか悲しんでいいのかすら分からない。ただ、区切りなのだろうという感慨だけがあった。

「ニッ、ニー……

 パーカーのフードに、青い小鬼が取り縋る。怪我を心配してくれているのだろう。アカネは目つきを穏やかにして、一本角のあるその頭を撫でた。

「大丈夫だよ、青鬼ちゃん。もう行こう」

 踵を返して地獄とは別の方向へ進む。自分を作った世界を後にするのだから、もっと身を裂かれるような悲しみや心細さが襲うものかと思っていたが、意外なほどに心は静かだった。まるで地獄の鬼であるアカネとは別の自分がいつの間にか自分の中に生まれていて、それに会いに行くような、まだ見ぬものに対する恋しさの方が勝っている。
 生臭い風がパーカーを翻し、長い髪を靡かせる。それが不意に冷たさを増して別の匂いをはらんだ。世界の境だ。地獄を抜ける。自分は、故郷を捨てた者になる。
 思わず来た道を振り返ろうとしてアカネは耐えた。そしてスニーカーの爪先を力強く踏み出した。



 空が紫色を帯び、翡翠や瑪瑙色の蝶たちが燐光を放つのが見えるようになればもう魔界だ。実家からそれだけは持ち出してきた古いリュックサックに疲れて眠ってしまった青鬼ちゃんを乗せ、アカネはひたすらに歩き続けた。
 別世界とはいえ魔界の深部は地獄と繋がっており、アカネにとっては居心地が悪い。比較的浅い地域へ出るには鬼の足で三日三晩かかったが、絶えず地形を変化させる魔界がたまたま歩きやすい形を取っていたことはまだ運が良かった。

 魔界では郊外にあたる街のはずれに辿り着いたときには、さすがのアカネも疲労困憊になっていた。二人で泊まれる安そうなホテルを適当に見繕い、部屋の中へ倒れ込むように休息を取る。良心的なフロントのおかげで青鬼ちゃんは添い寝扱いにしてもらえたので宿泊費が助かった。
 部屋の窓からは都心の高層ビル街が遠く望めたが、金剛石のように輝く夜景にもアカネは興味を持たなかった。目指す人物が既にそこには居ないことを知っていたから。

 トップYouTuberの〝ブラック〟が人間界に進出したと知ったとき、アカネは生まれて初めて地獄の外に足を踏み出す自分を想像したのだった。いつかは自分も、という漠然とした想像がはっきりと形を持った瞬間だった。
 アカネの目的地は人間界だった。魔界の上部を目指していた理由にはそれもある。