無窓居室
2024-03-31 18:00:03
6154文字
Public Pixv投稿企画
 

言えなかった言葉(Pixiv執筆応援プロジェクト二月)

Pixivの執筆応援プロジェクト応募作。
さとひめとさと→ひめの間くらい。
捏造だらけの中学生設定で、卒業式にひめへ告白できなかったさとしの話です。お題に沿って応募したので、普段の自作と少し雰囲気が違うかもしれません。



 マグカップの中の牛乳が冷めている。
 せめてあの日が抜けるような晴れだったら。桜の花びらが舞っていれば……ううん、きっと同じだ。

 コンテストに出した動画は、俺が初めてブラックの力を借りずに一人で企画から編集までやりきった長編だった。入賞はできなかったけど、やってみて分かったり出来るようになった作業が沢山あった。
 俺はひめちゃんと違って本気になれることでしか頑張れないから、名前を書けば受かるって言われた滑り止めの学校は受けなかった。もしそこに受かってても俺は本命の学校にどうしても行きたくて来年また受験するだろうと思ったから。自己採点したらあと一問か二問正解してたら合格だった。本当だよ。ブラックにも見てもらって何度も計算し直したんだ。
 ……でも、そんなのは全部言い訳だ。いくら頑張ったって、惜しかったって、結局なにも掴めなかったんだから。
 いま思えば、やっぱりひめちゃんは俺のことを待っててくれたんじゃないかなと思う。告白を待ってたわけじゃないかもしれないし、もしそうだとしてもファンの一人から褒められていい気分になりたいだけの、ほんの気まぐれだったのかもしれないけど。それでも構わない。好きって言えばよかった。
 ひめちゃんのことも、他のことも、チャンスはあったのに俺は一つも捕まえられなかった。

 二回目のアラームが鳴る。今日から予備校生の浪人には感傷に浸るヒマも無い。とっくに朝ごはんを食べ終わってなきゃいけない時間だ。トーストにジャムを塗って、口に入れながら鞄へ持ち物を詰め込む。着替えと歯磨きを済ませたら出発だ。顔を洗うのは省略しよう。
 大急ぎで靴を履いていると背後から声がした。

「お弁当、忘れてますよ。お父さんがせっかく用意しておいてくれたのに」

 ブラックだ。一体どこにいたんだろう。起きてから今まで全然気づかなかった。手にお弁当の包みを持っている。
 うちはお母さんよりお父さんの方が料理が得意だから、早起きして作ってくれてたみたいだ。でも包んだのはお母さんだろうな。「気をつけてね」って書いたメモが挟んであって、お母さんの字だった。

「勝手に上がり込むなよ、俺の部屋以外にまでさ」

 つい乱暴にお弁当包みをひったくってしまって、鞄に押し込んでからブラックに向き直った。いつも通りニヤけた、何を考えてるか分からない顔をしてる。

……ありがと」

 恥ずかしさをこらえて呟くと、ブラックは何を考えてるのかは分からないままなのにちょっとだけ優しそうな表情になった。

「行ってらっしゃい」



 昨日はモモ先生からメッセージが来ていた。小学校を卒業するとき作ったグループに。最近じゃほとんど開かないし、特に先生は滅多に発言しないけど、俺達の卒業をお祝いしてくれたんだ。

〝皆さん、おめでとうございます。来年度から高校生になる人も、それ以外の新生活を迎える人も、素敵な一年と明るい未来を信じて頑張ってください。でも頑張り過ぎて風邪をひかないように。外へ出るときは車に注意して……

 心配性のモモ先生らしく、メッセージはスマホの画面を埋め尽くしてもまだ続いていた。マゼンタ先生からは「おめでとう」の一言だけ。でも同じくらい俺達のことを思って送信してくれたんだろうな。いつも厳しかった目の奥の、どこか柔らかい雰囲気を思い出した。
 グループのみんなからも「また全員で集まろう」という返信が次々にあった。やっとまともに読める気分になってきた気がする。予備校から帰ったらちゃんと目を通そう。
 その前に、急がないと春季講習の一発目から遅刻する。



 玄関を出て通りを走り出そうとしたとき、家の前に居るはずのない人の姿があるのに気づいた。
 小学生の頃から変わらない淡い緑色のリボン。さらさらの長い髪。

「ひ、ひ、ひ……

 塀の前で佇むひめちゃんは、卒業式の日と同じように背筋を伸ばして前を見ている。俺は名前を呼べなかったけど。

「様子を見に来ちゃった。さとしくん、授与式でも全然違う人が呼ばれたタイミングで返事したり、整列で一人だけ逆の方を向いてたり、様子が変だったんだもん」
「あ゛ぁ゛……お゛、おれのこと……しんぱい、してくれたの゛……?」
「そりゃね、あんなの見たら」

 ひめちゃんはつんと澄ました顔をしたかと思ったら、急にふんわりと笑った。どっちも最高に可愛い。俺の大好きなひめちゃんだ。
 
「おおれ、もう、嫌われちゃったと思ってた……ひめちゃん、きっとチャンスをくれたのに俺、ごまかしちゃって言いたかったことも、言えなくて……
「やっぱり勝手に思い詰めてたのね。ねえ、チャンスが一回きりなんて誰が決めたの?」

 まるで死にかけてるみたいにヒィヒィ言いながら何とか言葉を搾り出す俺に、ひめちゃんは仕方なさそうに肩を竦めてから囁いた。癒し系と小悪魔っぽさのギャップにぐっとくる……なんて考えてる場合じゃないぞ。言わなきゃ。今度こそ。

「ひ、ひ、ひめちゃん!俺……!!」

 焦る俺の口元に人差し指を突きつけて、ひめちゃんはとびきりの笑顔を向けてくれた。

「チャンスはね、準備できてない人を助けないのよ。待ってるだけでもらえるとは思わないでね」