【カミ東】のんきな寝顔

王子様のキスでお姫様は目覚める(要約)なお話とおねが抱くクッションポジになりたいショタのお話二本立て。🔪🍮編。

のんきな寝顔




肌を撫でる風は爽やかで心地よく、新緑の香りが木漏れ日を潜るのに合わせ強くなる。
所々緑に侵略され白く斑な年季の入ったガードレール。木々を押し留めているガードレールと適度な距離を保ち共に伸びている掠れたセンターライン。交通量の少ない片側一車線を軽快に走り抜けるサイドカーが日差しを浴びピカピカなボディーラインを艶めかせていた。
上機嫌に駆動するエンジン音に紛れ聞こえる楽しげにはしゃぐ声。大きな目を爛々と輝かせるカミキリを横目に東雲は胸中「ちぃーっとばかし不安だったけど連れてきて良かった」独り言ちたのだった。



未だにマンションの入居者の誰もが使用した試しのない広い駐車スペースのど真ん中。駐車する車が無いからこそ気ままに使用出来る上に我が物顔で陣取っているサイドカーを隈なく点検できるというもの。
降水確率0%雲一つない晴天。冬の気候とは違い体が強張らない気温で湿度の低い日は兎角作業が捗る。
錆びかけていた記憶の引き出しをひとつひとつ開け思い出す作業を熟す。
「ふぃー
日よけも何も無い駐車スペース。残念ながら気紛れに涼しい風が髪を弄ぼうとも直射日光の熱を攫ってはくれなかった。
ツナギの上半身を脱ぎ袖を腰に巻き付け、メンテナンスグローブに触れぬよう腕で額に滲んだ汗を拭う。汚れ対策で着たものは往々に熱が籠り、情け容赦なく太陽光の熱を吸収する黒のタンクトップも例外ではない。
東雲の小さくぼやいた「暑ィ」の声が顎先から汗と一緒にアスファルトへ落ちていく。
一息吐き点検箇所から目を逸らさず工具箱を手探りで探す。目途をつけ忙しなく右手を動かしていれば、涼しげな影が東雲と燦々と照り付ける太陽の間に割り込んできた。
「何シてるノ?」
特徴的な透明感のある少年の声。再び垂れてきた汗を拭った東雲が声がする方へ振り返る。
跳ねた白髪が日光を受け止め一層眩いくらい白く光り、宵闇色の瞳が興味深く東雲とサイドカーを交互に眺めていた。
「メンテしてんだ」
「メンテ?」
「そっ」
女子としての恥じらいを無くし大股でしゃがみ込んでいる東雲とは対照的に膝を綺麗に揃えしゃがむカミキリが疑問を口にする。
「大家サん、バイク運転できるンだ」
「おうよ」
工具箱から目当ての工具を掴み作業を再開する際、かっこいいものを見詰めるカミキリの眼差しに気を良くした東雲が懐かしむように語り出す。
以前バイトしてた会社がバイク便事業拡大のため免許資格取得に掛かる費用を全額負担してくれる大盤振る舞いをしてくれるのに乗っかりタダで免許を取得。その時は運転免許証は身分証明書として優秀ってのもあり、バイクに然程興味がない上に、バイクの免許取れば出来るバイトの範囲が広がる程度にしか思っていなかった。
だが、実際バイクに乗れるようになった瞬間、今まで見てきた東雲の世界が文字通り一変した。
流れる景色の速さ、直接感じる風の強さは車や電車では到底味わえない。バイクに跨っただけだというのに目に見えるもの全てが新鮮に見え心が常に踊り続けた。しんどい事も多々あるバイトで唯一バイクに携わったバイトだけは嫌な事やしんどい事があっても気にしないどころか、バイクに跨っただけで東雲の胸の奥に澱みくすんでいた思いや記憶が面白いくらい吹き飛んで行った。
「単純にバイクってのが私の性に合ってたんだろうな」
メンテナンスを終えた腰を上げググっと背筋を伸ばした東雲がサイドカーの周りに散らばっていた工具を片付ける。カチャカチャ賑やかで硬い音が響く中、カミキリも腰を上げ大きな目と共に細い指先でサイドカーを指した。
「買ったノ?」
「買ったというか──、知り合いのバイク屋のおっちゃんに預かってもらってんだ。いつか金が貯まったら買う約束してんの。で、免許がペーパーにならないようたまに自分でメンテして乗ってるってわけ」
「バイクの隣にくっ付いテるコレは何?」
「サイドカー。人や荷物とか乗せるのにめっちゃ便利。あとかっこよくね?」
東雲の問い掛けに何度も首肯するカミキリに八重歯を覗かせ溌溂に笑う。工具箱の取っ手を掴もうとした矢先、胸の前で両手を握りしめ眺めるカミキリの横顔にありありと浮かぶ気持ちを汲むのは訳なかった。
工具箱の取っ手を掴む代わりに外したメンテナンスグローブをその上に投げ置き汗ばんだ手を然程汚れていないツナギ部分で拭う。
「乗ってみる?」
「乗ってミタいっ」
屈託のない興奮と期待に溢れたカミキリがバッと顔を向けるのに合わせ、ゴーグル付きのハーフヘルメットを東雲が被せた。サイズが少々大きいお陰でぶかぶかだが、別段乗せるだけなのでストラップを締めなくてもいいと判断した東雲がひとり頷き、ヘルメットを被っただけで大きな目を瞬かせているカミキリの脇の下に手を差し込んだ。
「よっせ」
見た目通りの軽いカミキリをサイドカーに乗せた瞬間、感嘆の声が東雲の鼓膜をこそばゆく擽る。
「座り心地もいいし、案外広いっしょ」
首を捻ったり足元を覗き込んだりと大はしゃぎなカミキリが率直な想いを弾んだ声と共に言葉に綴る。
「今から走リに行ク?!」
「今日はメンテで思ったよりクタクタになっちまったから明日だな」
「僕も一緒に行キたイっ!!」
腰を上げ身を乗り出し前のめり気味なカミキリから視線を逸らした東雲が虚空を見遣り後頭部を掻いた。
晴天に似合わない曇った面持ち。申し訳なさが滲み苦笑を漏らす東雲に駆け回っていたカミキリの心の速度が落ちていく。
「悪ィけど、久々の慣らし運転で隣に誰かを乗せるってのは……
ごめんな。呟き乗せた時と同じように手を伸ばす東雲にカミキリはヘルメットを両手で押さえ座席に深く座り込んだ。ご丁寧に脇を引き締め俯く姿に伸ばしていた手が止まる。
「ひとりデ降りレる。ダカラもうちょっと乗っていタい」
「──分かった」
乗せていけない罪悪感を誤魔化す為、気が済むまで乗ってていい。なんて、実にずるい大人らしい振る舞い自嘲めいた気分を吹き飛ばす力を持っていない微風が東雲の汗を乾かしていった。
カミキリが満足するまで見守っていたいのもあったが、如何せん相手はそれを望んでいなさそうな気配に工具箱をメンテナンスグローブごと掴み持ち上げる。わざわざ自分の部屋へ戻るにあたり汗さっさとシャワーで流したいぜと、大きな独り言を残して。
「(あ、カバーとロックしてね。……あとで様子見がてらしに行けばいっか)」
エレベーターから下り四階廊下から見下ろした先、未だサイドカーに乗り続けている小さな背中に胸がチクリと痛む。遠目でも分かる意気消沈している様子に東雲の脳内はサイドカー以外でカミキリを喜ばせるにはどうするかのアイデアが膨らんでは弾けていった。
要は体のいいご機嫌取りと言ったらそこまでだ。汗でベタ付いた髪と肌を熱いシャワーで洗い落とし、ゆったりしたTシャツとハーフパンツの部屋着に着替え、見る気なぞ更々ないテレビに映る情報を右から左に受け流す。
ソファの肘掛けに頬杖をつき片膝を立てて座っていた東雲がローテーブルに置かれたスマホに目を落とす。表示される時間がそこそこ経ったと告げるのでやおら腰を上げた。
突っ掛け履いたサンダル。小脇に抱えたカバーとロックを持ち玄関を施錠後、小気味よいサンダルの音をさせ駐車スペースへと下りて行く。
視界に映り込む空になったサイドカー。念のため四階廊下から見下ろした時にも人影が無かったのを確認した東雲の目が違和感を捉えた。カミキリに被せていたハーフヘルメットが座席に置かれていない。
「ま、予備用のやつだし」
確信犯か否かは些末な事に過ぎない。欲しいのならくれてやる。返し忘れているならそれはそれでいい。
もっとも一番厄介なのはと思い掛けた東雲が、その”たられば”を振り払うべく顔の前で羽虫を払う仕草する。
さっさとロックを掛けカバー被せ戻ろう。手早く作業を済ませた東雲は駐車スペースを後にした。



体のラインがくっきり浮かぶレーシングスーツを身に纏い、しっくり馴染んだグローブを嵌め数回開閉をくり返す。流石にサンダルではなく足にフィットするブーツを履き、被っているフルフェイスヘルメットのシールドを上にズラした。
「んじゃ行ってくるわ」
「夕ご飯までには帰ってきてくださいね」
「へーい」
ツヅミと有希に留守を頼み駐車スペースに歩み進む東雲に忍び寄る一抹の不安。
廊下を過ぎエレベーターを降り管理人室のあるエントランスホールを抜け──、少ない階段を下り駐車スペースもといサイドカーに近付くにつれ一抹どころじゃなくなっていた。
カバーが掛けられたサイドカーの隣に佇む人影が東雲の気配に気づくなり振り返る。
「大家サん、おハよう。その恰好すっごくカッコイイ」
……はよ~っす」
昨日貸したハーフヘルメットを律儀に被っている姿は正直玄関の鍵施錠後何んとなしに視線を投げ掛けたとき薄っすら視界端で捉えていた。何でいるのかは敢えて聞かない。聞いては負ける。
外したカバーとロックを管理室に置きに行き戻れば、案の定いつでも準備万端と云わんばかりにカミキリがサイドカーの座席に腰掛けていた。早く行こう。期待に満ち急かすカミキリの瞳にズラし開けたカバーの隙間に指を突っ込み眉間を東雲が揉む。
「あんなァ、カミキリさん。昨日も言ったけど慣らし運転で隣に人乗せたくねえんだわ。その代わりにちょっといいプリンで手を打ってく──」
「だから乗るノ」
言葉を被され揉んでいた手を下ろした東雲がカミキリを見下ろす。揉み解す前よりも深くなった眉間の皺。訝しげに細められた夜明けを告げる瞳を雲一つない晴天如き宵闇色の瞳が真っすぐ受け止める。
「アナタは隣に誰かを乗せテ運転シタとき事故起きたラ怖いって思っテる」
……そーだよ」
「デショ? だから乗ル」
カミキリの言っている意味が分からず、右足に掛けていた重心を左足に移動させ腰に手をあてた東雲が続きを促す。
「何事も慣れハ必要。隣に僕乗セテた方がいい緊張感持って運転でキる。大家サんは誰かヲ乗せて運転できる練習ができテ、僕は大家サんが運転できるバイクに乗れル。どっちもいいコトじゃない? それニ大家さン僕乗せて事故起こさナイ」
全幅の信頼ゆえの満面の笑顔。そもそも梃子でも動かぬ降りぬ精神を貫いている強情な神様に東雲は目を瞠りフッと張っていた気を緩めた。腰を屈めカミキリが被っているハーフヘルメットのストラップを絞り締め、バイクに跨り上げていたフルフェイスヘルメットのシールドを勢いよく下げる。
「運転荒いって文句言うなよ」
「言わナい」
腹に響く重低音を鳴らし掛かるエンジン音。
隣から元気よく聞こえる出発の掛け声と共にサイドカーがマンション敷地内から走り出した。



元々遠出する気なぞ毛頭なかった為、気分転換がてら近場の湖までタイヤを転がした。
オフシーズンとまではいかないものの、交通量と人気の少なさで選んだ目的地は今の季節には丁度いい過ごしやすさだった。貸し切り状態の無料駐車スペースの端にサイドカーを駐めエンジンを切る。
流れた動きでフルフェイスヘルメットに手を掛け取ったときの解放感たるや。籠っていた熱が一気に放出される爽快感に東雲の顔が緩みヘルメット内に押し込んでいた金髪を振り解す。
「大家サん、シャンプーのCMみたイ」
「マジ? CMの依頼こねえっかな」
他愛のない話がてらフルフェイスヘルメットを小脇に抱え、片手でカミキリの被っているハーフヘルメットのストラップを東雲の指先が慣れた手付きで外す。カチリと乾いた音が聞こえたのを皮切りにサイドカーから跨ぎ降りたカミキリが座っていた場所にヘルメットを相席させ東雲もバイクから降りた。
見晴らしのいい駐車スペースをぐるり囲む手摺に駆け寄ったカミキリが眼下に広がる景色に「綺麗ッ、湖おっきいーッ」はしゃぐ背中に追いついた東雲もまた「でっけえなあ」と大きさの情報しかない感想を呟いた。
「アッチ、湖に行ける階段アル」
雨風晒された木の看板に書かれる文字を読んだ瞬間、東雲を待ちきれずに湖へ下りれる道を辿っていくカミキリの背中に微笑ましい眼差しを向け、その小さくなっていく背中を追い掛けるべく時間差でゆっくり下りて行った。
青々しく茂る森の香りを肺いっぱいに吸い込み深呼吸すれば心なしか体の内側が綺麗になった気がする。剥き出しの地面を踏み締める感触、徐々に聞こえる寄せては引く波音、細くうねっていた道の終わりに出迎える眼下で見ていた時以上に広がり見える湖の景色に東雲は思わず口笛を吹いた。
緩やかに流れる時間の中、丸太を立てに半分に切り作られた趣のあるベンチに腰掛けた東雲は波打ち際を走っては波と追い掛けっこをしている無邪気な姿に自然と笑顔になった。
湖側から吹く風の匂いが背中に背負っている木陰たちを揺らす。人工物然とする音と違い心を穏やかにする自然音が緊張した体を解していくのを頭の隅で何となく思っていれば、耳触りのよいカミキリの声が東雲を呼びつつ戻って来た。
東雲は不意に出そうになった言葉はカミキリの満足気な顔を見て嚥下し、代わりに隣に座ったカミキリの目の前に先程自販機で購入した緑茶のペットボトルを渡した。
「ありがとう」
「いいのいいの。前借ってやつ」
「?」
「膝貸ーしーてー」
「!?」
カミキリが顔を傾げる間もなく、東雲はカミキリの膝に頭を乗せ仰向けに寝転がった。ベンチに片足だけ乗せ、もう片足は乗せきれずに落ちている態勢で既にウトウトし始める東雲が最後の力を振り絞り喉奥から声を出した。
「ここ、来る道中あった、そば屋で昼飯、食べら、それま、……起こ……ぐぅ」
あっという間に寝入る程に疲れていたのだろう、などと思う気持ち半分、無遠慮ともいえるが無防備状態で寝顔を晒している東雲に膝枕をしている現状にカミキリの顔が紅潮する。薫風が終始湖側から吹いているにもかかわらず、カミキリの頬そして耳にまで伝染した熱を冷ましてはくれなかった。貰った緑茶のペットボトル当てたり半分近く煽ったもののあまり功を得ないどころか、無意識で窮屈さから解放されたくて胸元のファスナーを下げる東雲に熱が上がってしまった。
不幸中の幸いインナーがスーツ下から出てきてホッと胸を撫で下ろしたカミキリは早鐘のように打ち鳴らす鼓動を少しでも抑えるべく深呼吸する。鼻から吸い込み口から肺に溜まった茹った空気を澄んだ空気と入れ替える。
未だ収まらない動悸。されど、東雲の額を撫でれるまで落ち着いた。カミキリの小さくも男らしい手が慈しむように額と頭のかたちに沿って撫でていく。
「ゆっくり休ンで
眇められた宵闇色の瞳は片時も逸らされず東雲を見下ろし続けていた。鼓膜を震わす木々のざわめきと小鳥の囀り、途切れない波音が遠のく程に穏やかな東雲の寝息にカミキリは口許に弧を描いた。



ヒーリングミュージックに聴き入りどれくらい経ったか。
甚兵衛のポケットからスマホを取り出し時刻を確認する。表示されている時刻は、東雲が起こしてくれと言っていた昼時に片足突っ込んでいた。
「(……まだ寝かシテあげたイ)」
建前に隠された本音がカミキリの眉を顰める。時間が許す限り東雲を独り占めしたい欲を飲み込んだカミキリの手が一度躊躇するも寝入っている東雲の肩を揺する。
「起きて大家サん」
「んんぅ~……
気分よく寝ていた所為か、肩を揺すられあからさまに顔を渋くした東雲が器用に狭いベンチの上で寝返りを打った。落ちる事無く横向きになった東雲の顔面がものの見事にカミキリの薄い腹部に埋まる。甚兵衛越しに感じる吐息の熱、ググっと腹部を押す鼻先やぐりぐり頬擦りに似た感触にカミキリは飛び上がりたくなる衝動を力尽くで抑え付けた。咄嗟に浮かせた両手が所なさげに戦慄き、草履を履いている足先はピーンと伸びっぱなしだった。
起きぬ東雲に務めて平常心を装い背中を丸め降下するカミキリの顔は動揺が隠しきれていない。色白肌なため朱色が目立ちに目立ち、汗の玉が幾つも滲み浮かんでいる。
それでも約束を果たすため呼吸の仕方を忘れた薄い唇が丸い耳縁に触れやわく食み、愛らしいリップ音と共に鼓膜の奥へ夜の香りを纏う声を注ぎ込む。
……オ願い起きて大家サん」
じゃないと食べちゃうよ。カミキリが最後まで言い切る前に夢の国から帰還した東雲が伸びをして起き上がった。喉奥まで見える大きな欠伸を噛み殺し目元を擦り目を覚ました東雲は何故かそっぽ向いているカミキリに小首を傾げるも、約束通り帰り際道中見かけた蕎麦屋に立ち寄り二人揃ってオススメと謳っている山菜の天ぷらの蕎麦を啜り食べたのだった。