goya
2024-06-01 14:50:49
4872文字
Public ZKC
 

memento

[ヒノミヤ中心/CPなし/シリアス]
財団職員から見たヒノミヤとリミッターの話でアンリミ回顧録です



     Ⅰ

「フラれた相手の忘れ物だったりして」
 豪奢な宮殿に似つかわしくない、笑い混じりの噂話が天井の高い廊下に木霊した。
 超能力者人道支援のための超国家連絡機関〈ブルースター財団〉本部。
 その一画、総務課のオフィスでは数人の職員により週次ミーティングが開かれていた。もっとも、奇跡的に訪れたにより業務的な話題はほとんど無かったため、有難く平和を享受し、早々に茶飲み話へ移行したのが実情である。
 現在の議論は、隻眼の捜査官が持っているペンダントの正体および入手に至るまでの背景──つまるところ、アンディ・ヒノミヤの話題だ。
 火のない所に煙は立たないとはよく言うが、時偶、ヒノミヤが くだんのペンダントをポケットから取り出し、意味深な表情で見つめていることがあるのは〈財団〉内でもよく知られている。
 とりとめのない推論の応酬は、その後もしばらく続いた。
「軍からの叩き上げって聞いたし、誰かの形見とかだったらどうすんのよ」
「それはドラマの見過ぎ」
「相棒とか居たかもしれないじゃん?」
「まぁ、ウチにはニンジャも居るしね!」
「サプライズハンゾー理論か……
 諸説紛紛としつつも『設定』が煮詰まってきた頃、ふと誰かが呟いた。
「もう本人に直接聞いてきなよ、馬鹿正直に教えてくれると思うぜ?」
 ……確かに、仕事上はともかく、ヒノミヤが有耶無耶にはぐらかす様な応対をできる性分でないことくらい、皆分かっていた。
 それもそうだ、と思い立ったが吉日。
 物事は大して上手く運ぶこともなく、出張により捜査官たちが不在であることがその場で判明。薄っすらとした疑問だけを残してミーティングはお開きと相成った。

 結局のところ今に至るまで、総務課は誰一人として真実に辿り着いていない。



     Ⅱ

 カジノ目当ての観光客や税の楽園 タックス・ヘイヴンへ逃れてきたセレブ達よりかは、地元に住み続けている庶民で席が埋まっているリーズナブルと評判の酒場。料理は基本大盛り、オススメは干し鱈のシチュー──
 給料日前、ヒノミヤは大抵その店に入り浸っているらしい。
 同じく給料日前はお世話になっているという〈財団〉所属の分析官 アナリストから仕入れた情報だ。聞いた場所は思ったより近かったので、腹拵えついでに寄ってみることにした。
 宮殿の正面を通り過ぎ、煌びやかな夜景を眼下に眺めながら横道を歩く。切り立った崖を目指して坂を登って行けば、ほどなくして目的地である酒場に到着した。
 錆びついて重くなっているドアを引くと、来客を知らせるチャイムが二回、甲高く鳴り響いた。
 照明を絞った店内を見渡せば、手前にテーブル席が幾つか。卓上には空になった皿が何枚も重ねて置いてあった。夜も深まり今は静かなものだが、自分が訪れる前まで地元客で賑わっていたに違いない。
 少し奥まった場所にバーカウンターがあり、果たしてヒノミヤはそこに陣取っていた。
 常連扱いなのだろう。ひとり静かにウイスキーグラスを傾けている。
 お好きな席へどうぞ、とカウンターの中からバーテンダーが勧めてきたので声を出さずに頷く。そしてこっそりと、ヒノミヤの左側──死角から背後に回り込んで、
「お勤めご苦労様」
「うぉっ⁉︎」
 その分厚い肩をと叩いた。
 ところがヒノミヤは驚いた素振りを瞬く間に引っ込め、落ち着いた動作で此方へ振り向いた。
「そっちもお疲れさん、内勤は今上がりか?」
「そんなところ」
 少々期待外れのリアクションだったことを声音に乗せたはずだが、生憎気づかれなかったらしい。
 そのまま左隣の席へ腰を下ろし一息つくと、何故か店員ではなく隣の男からカウンターの中に置いてあったはずのメニューを手渡された。なるほど、庶民的な気安さはサービスにも表れているようだ。
 メニュー上でもオススメされていたので、素直に干し鱈のシチューを頼むことにする。郷土料理ということが興味と食欲を誘った。
 合わせて頼んだドリンクが料理より先に運ばれてくると、ヒノミヤが軽くグラスを掲げた。断る理由も無いので、乾杯と小さくグラスを合わせる。
 ──ウイスキーボトルの影に隠れていたペンダントが視界に飛び込んできたのは、その時だった。

     ✦

 他愛もないゴシップ。
 いつだったか、偶然転がってきた噂を思い出したのは、今繰り広げられている光景が聞いた話そのままだったからだ。
 ちらりと横目に伺う。ヒノミヤはペンダントを静かに見つめていた。長い前髪と眼帯に隠された表情は、確かにと想像を掻き立てる様子で、〈財団〉で噂になるのも頷けた。
 視線を手元に戻すと、トマト色をしたシチューが香ばしい湯気を立てている。
 ……直ぐにでも噂話の真相を問い質して暴いてしまいたい──が、猶予はある。
 一度だけ、深呼吸をしてからスプーンを握った。
 空腹だったこともあり、夢中で目の前の料理を頬張るうち、焦燥にも似た感情は鱈と一緒に口の中でほろほろと柔らかく溶けていった。
 やがて残ったのは、食後のデザートみたいな好奇心。
 思い出したのも何かの縁、酒の席という体で つついてみることにした。
「たまにやってるよな、儀式 おいのり
「ん?」
 ──無意識か。思わず口に出しかけたが、お互いに積もる話も無く、しばらく無言だったことをすっかり失念していた。
 不意を突かれたらしいヒノミヤが首を傾げているので、そのまま続ける。
「その斬新な なりのペンダントだよ」
……ああ、これ?」
  ようやく合点がいったらしい。
 それから、噂話のタネにされていたことを掻い摘んで伝えてやると、ヒノミヤは
「何やってんだか」
 と、呆れながらも笑った。
「だから、本人に直接聞いた方が早いと思って。その意味深な儀式はなんですかってね」
「全部バラされてから喋るのも恥ずいわっ」
「で? 実のところは?」
「うわ、分析官 アナリスト容赦無ぇ……
 決まりが悪いのか、ヒノミヤは暫くこめかみの辺りで眼帯の紐を引っ張り弄っていたが、やがて観念したらしい。空になりかけのグラスへ酒を注ぎ足したあと、一呼吸おいて語り始めた。
「コイツ、眼帯する前に使ってたリミッターでさ」
 此方に見えるよう、ペンダントがヒノミヤの左手に乗せられた。
 ペンダントトップの中央には、直近でよく見ると歪なクレーターが刻まれていた。目利きでなくても銃弾の痕と判るそれを、節くれだった指がゆっくりと撫でている。
「ぺーぺーだった頃、コイツで命拾いしたんだ」
「悪運が強いね」
「たはは。……やっぱそう?」
 ヒノミヤは苦笑して、それから、手の中のペンダントがまるで眩い星であるかのように目を細めた。
Don't forget your first resolution. 初心忘るべからず よく言うだろ、コイツはそのスタートラインみたいなもん。でも、過去の出来事を思い出す切欠ってことならmemento 形見なのかもな」
 そして左手をしっかりと握りしめると、ヒノミヤは眼帯に──閉ざされた左目に こぶしを押し当てた。
 何も知らない他者からは確かに、敬虔な祈りとして見えたのかもしれない。
 だが、本質はそんなお綺麗なものではなく、むしろ泥臭いまでの足掻きだろう。
 届かない星の光を追いかけるとは、そういうことだ。

 キミが始まりとしたのは、それでも、

     ✦

「噂話の真相なんて、大概くだらないだろ?」
 帰り支度をしていると、まだ飲んでいくつもりらしいヒノミヤが肩を竦めて此方を見つめていた。
「そうでもないさ」
 と返すと露骨に安心した表情をするので、つい笑ってしまった。
「ヒノミヤ、一つ忠告しよう」
 機嫌を損ねてそっぽを向く男に、自分のことを棚上げして子供かと思いつつ、まぁ聞けよと促した。
「なんだよ」
「ペンダントは今も肌身離さず持っているんだろう」
「まぁ、大体は?」
「なら、銃弾を止めた強度のあるトップはともかく、鎖は千切れないよう定期的に点検した方がいいぜ」
 訝しむ視線を振り切り、片手を上げて出口へ向かう。
 
「──ボクは無くしたからな」
 
 伝わらなくてもいい。
 この店のサービスに倣った老婆心だった。



     Ⅲ

 同僚の分析官 アナリストがおかしなアドバイスを残して先に帰った後、オレは酒場にひとり残っていた。
 実はオレ達が話に夢中になっている間に、表ではとっくに店仕舞いしていたらしい。洗い物が終わるまで飲んでて、と言われ常連特権での居残りだ。
「あれ⁉︎」
 帳簿をつけていたオーナーが素っ頓狂な声を唐突に上げたので振り返ると、バッチリ目が合って驚いた。
「どうしたんスか」
「先に帰ったお連れさん、ドリンクはクラブソーダだけで足りた? この前来たときはウォッカとか出したと思ったんだけど」
 そんなはずは無い。同僚もオレとこの店へは何度か来ていて、いける口であることを店側も知っているはずだ。
 と、たった今
 酩酊だけでは説明できない記憶の齟齬。真っ先に催眠能力 ヒュプノによる改竄 かいざんを疑い身構えて──答え合わせのように最後のピースが嵌り、一気に脱力した。
 ここまで気付かなかったオレも鈍くて大概だが、アイツにしては穏便な超能力の使い方で、なんだか可笑しかった。
 とりあえず、個人差はあれど認識は徐々に戻るようなので、次回来店するだろう同僚の印象は守られたらしい。
 
「ヒント出し過ぎだぜ」
 グラスの横に置いたままだったリミッターを、定位置の左ポケットに仕舞い込む。二度目があったらカルーアミルクのカルーア抜きでも頼んでやろうと決めて、席を立った。