河童の皿箱
2024-05-26 09:35:26
3909文字
Public 遊戯王:短め(2024年度)
 

偶像

ヴァリウスが娑楽斎に絡まれるだけ

 荒れ切った台地には、巨大なエネルギーがぶつかり合った痕跡が残されている。抉れた地、膝をつく巨像。その身は胸を貫く槍ごとただの石と化し、けれどその遺志は、魂は膨大なエネルギーを秘めた鉱物となり、世界中に散らばっていった――とされている。
 さて、そんな場所に胡坐を組み、静かに目を閉じる龍がひとり。龍は名をヴァリウスと言う。この巨像の胸に槍を突き刺した張本人であり、永い永い眠りから目を覚まし、龍帝と恐れられる――のだが。
 龍の頭からぶわりと波打つ鬣。その中から、青髪の男がひとり現れる。おい、貴様。いい加減離れないか。龍は男にそう語りかけるが、男はえー、と抗議する。良いじゃねぇか、減るもんでもなし。こういうの見ると触りたくなるだろ? 実際、手触りめちゃくちゃいいしさ。男は龍の鬣をそっと撫で、一束手に取った。龍は何も言わずに男を引っ掴み、鬣の中から引きずり出しては、隣に下ろす。ちぇー、と寝転ぶ男に、龍は内心、諦めが勝り始めていた。

 事の始まりは数日前。闘争の魂を手にした男が、この台地にやってきた。しかし、どうにも闘士の様子がおかしい。いつもであれば奇怪な武器を腕に嵌めたままやって来てはすぐに構えるものの、今日はその武器すらも持っていない。何事かと眺めていれば、崖下からひとり、別の男を引っ張り上げたのだ。そして、引っ張りあげられた男は龍を見て叫んだ。

 すげー! ホントに龍だ!

 その青髪の男は凄まじく鮮やかなピンク色のサングラスをかけていたが、人に疎い龍であれど、その奥の瞳は輝いていると幻視するほど、その男はただただ純粋に高揚していた。何の興奮も隠さぬまま龍の前へと子供のように駆け寄って来ては、龍の顔を見上げた。

 それからというもの、男は足しげく龍のもとへと通っては、そのそばで時間を過ごすようになった。連れてきた闘士が言うにこの男は絵師であり、自分たちのような闘士ではない。けれど、お前の話をしたら、会ってみたいと言って聞かないから連れてきた、と。龍は今更ながら悔いる。さっさと追い払えばよかった、と。だがしかし、隣に座る男は懐から板を取り出しては、そこに絵を描き始めた。

 男がここに来て初めに取り掛かったのも、やはり絵であった。龍が台地に坐っているその姿を、少し離れた場所から観察し、僅かな時間で極めて生彩に、忠実に描いた。武術に長ける代わりに美術芸術に疎い龍であれど、その出来には舌を巻いた。
 次には、龍と闘士の組み手を、男はその流れる筆遣いで写し始めた。互いに満足いくまで闘り、男も満足げな顔をして駆け寄ってくれば、男は大量の輪郭を描き、それぞれが連続して動いては、龍と闘士の組み手を再生するかの如く、繊細に写し取っていた。龍の足取り、闘士の守備、龍の拳に、闘士の顔。男は良い練習になるな、と笑った。

 龍は男が次に描くのは何なのかと、僅かに興味を抱いてしまった。しかし、龍にはその興味が厄介に思えて仕方がない。その興味のせいで、絵師の男を邪険に扱えなくなってしまったのだ。現に、隣で絵を描く男の手元を、知らず知らずのうちに、龍は覗き込んでいた。すると、男はふと龍を見上げる。なんだ、気になるのか? と。龍は沈黙したまま、絵をのぞき込む。描いているのは、台地に聳え立つ巨像であった。
 闘神と呼ばれた男は遥か昔に膝をつき、その胸に突き刺さるは巨大な槍。今に残るのは、その姿形だけ。なあヴァリウス。このでっかい奴はさ、どんな奴だったんだろう。男は描く手を止めず、ぽつりと呟いた。俺はさ、こういうのが大好きなんだ。歴史の息吹を感じられるって言うか。もちろん、あんたさんに会いたかったのもあるんだが、この巨像も一目見てみたくてな。ラゼンには感謝してもしきれねぇや。
 ……よく喋る男だ。龍はただ黙って耳を傾けては、ほんの時折だけ返事をする。その最中にも、板の中の空白はどんどん狭くなっていき、代わりに灰色が広がっていく。けれど、その灰色も陰影や凹凸を得て、やはり瞬く間に眼前の景色が写し取られていった。
 今はこんな石の色だけどさ、元々はどういう色だったんだろうな。男はふと、灰色の上に青色を乗せる。次々に色を乗せていけば、巨像には紺に艶めく金属鎧が着せられていた。今度は赤を乗せてみる。そうしていくつかのパターンを描き上げた後、男は龍に問いかけた。なあなあ、この中だと何が好みだ? と。龍は答える。あいつの色は、そんなものではなかったぞ。男は龍の言葉に笑う。でも、あんたさんは教えちゃくれないだろ? 龍は頷き、目を閉じた。男はそんな龍の顔を見上げ、また別のキャンパスを開いては、その表情を板の上に焼き付ければ、龍は巨像を見上げ、低い声で呟く。気が向けばな。隣の男がまた笑う。なら、教えてくれるまでここに来るしかねぇな。