戌丸アット
2023-02-24 10:47:53
8507文字
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アイロニーさえ軽やかに

Yノスwebオンリー「カワイイあの子のすきなとこ」の公開作品になります。
クラージィさんとの出会いをきっかけにYノスが付き合うお話。




長い吸血鬼の生涯で好きな相手が出来たところで、それは一見すると小さな出来事でしかないだろうとは思う。

「おっぱいぱーい!!!」
「最早それくらいでは動揺もしなくなったか!退治人くングーッ!!!」

赤い帽子がトレードマークの退治人ロナルドの拳を浴びたのを最後に、見慣れてしまった白い清潔感のある天井をぼんやり見つめて目を覚ます。
もはやいつも通りとすら言えるVRCの白い天井であったので今回は久しぶりに拳を浴びてしまったな、と肩を回す。
歳をとったが逃げ足を維持する為に運動は疎かにしていない賜物だろう。

「よぉ、おっさん!もう目が覚めたんだな」
「あぁ、拳くんか!おはよう」

VRCで知り合って以来、拳の優秀な能力と見知った気配に思わず笑いが込み上げたのは記憶に新しい。
軽く話せば性癖に対する素直さに対して血筋や一族に対してはぐらかす態度に、ますます笑ってしまったのは許してほしい。
しかし、まさかあんなに露骨な態度をするなんて思わないではないか。
ただヨルマにとっては吸血鬼の一族なんてつまらないものよりも拳のしっかりとした性癖に対する拘りを聞いている方が愉快だったので問題ない。
などと思っていると壁についているスピーカーに割って入られる。

『ホテル代わりに使うな』
「んだよ〜ケチくせぇ!」

ここ飯も食えるしシャワーとかもあるから楽なんだよなーと話す拳に確かに味も良いと思っていたが、フッと思い出したことがあった。
拳には彼が大切にしている弟たちが居た筈だ。

「拳くんにはあの子たちが待ってるんじゃないのかね?」
「へっ!?あー……その、そういうアンタは帰りたいなぁとか思う場所は無いのかよ?」
「あるよ」
「え、あるの!?」

はぐらかすようにソワソワと身じろいだ拳は珍しく下手なはぐらかしをした。
どうやら何か訳あってVRCにまで逃げてきたのか、と笑う。
そんな拳に慈悲を向け、拳の質問に答えてやる。
すると、まさか即答されると思っていなかったのか、拳は拗ねたような表情から驚いた顔を見せた。
驚く拳を気にせずにヨルマは、目を閉じて簡単に思い出せる愛しく寂しげな後ろ姿を思い出していた。

「寒さ厳しくも降る雪が美しいところでね、決まってそんな日にただ暖炉の火や紙が捲れる音を聞く……そんな穏やかな場所が意外と私は気に入っているんだよ?」
「なるほど、無いんだな」
「どうしてそうなるのかな?」

素直に教えてあげたのになぁ、と笑う黄色い老齢に拳は狐につままれたような気持ちになり、拳は横たわった。
明らかに、そして絶対にはぐらかしているだろうと思ったのだ。
そんな拳の後ろ姿を確認した黄色い男は、本当に白銀の絨毯に包まれた屋敷を思い出していた。
どんな旅人でも腰を落ち着けて眠りたい日くらいあるのだから、大切に思う場所くらい嘘で隠すのは許されるのではないだろうか。
まさか会いたくなって、訪れているとは夢にも思っていないだろうなー……とここ最近は訪れる頻度の増して見ることも増えた隣に座る険しい顔のノースディンに笑いかける。
VRCでいつものように契約をこなして出所してみると拳と帰りたい場所の話をした影響で足を運んだ自覚はあった。
どれほど私が会いたいと思っているか知らないだろうな、言ってないから!と思いながらヨルマは暖炉の前で紅茶を楽しんでいた。
今回は使い魔たちは巧妙にノースディンの手により隠されてしまっていたが、ノースディン本人に扉を開けてもらった為に雪の寒さは感じない。

「はぁ……よくもまぁ、私に会いに来れたものだ」
「どうしてだい?あぁ、土産の一つもなかったのは悪かったね」
「土産などいらん!この前、私が言ったことを忘れた訳ではないだろう!?」

何故わざわざ屋敷に来たんだ!と、しかめっ面と言うよりも悲痛な、困惑したような複雑そうな顔つきのノースディンはヨルマを見ない。
いや、正確には見る余裕がないのだろう。
その余裕のない態度の理由は知っていた。
新横浜でモジャモジャ、ことクラージィと再会できたにも関わらず少し話しただけでアッサリと解散する羽目になった事が寂しいのだ。
遠目からたまたま見かけて爆笑しそうになったが、雪が降り始めたので慌ててVRCに戻ったのは記憶に新しい。
そんなタイミングで己を屋敷に入ることを許した時点で本当に彼がヨルマに対して想いを寄せている、あるいは気を許しているのだと分かり、己の痴態を隠せていないノースディンにヨルマは思わず笑みがこぼれる。
しかしノースディンは違う。

「なんのつもりは知らないが貴様なら私の屋敷でなくとも行く宛などいくらでもあるだろッ!」
「それはそうだが恋人である君のところへ真っ先に来た私の一途さが伝わらないとは……よよよ」
「ほざけ!自分で言うやつがいじらしいものか!」

冷たいなぁ、と未だ楽しげに笑うヨルマにどうしてコイツはこんなにも私に構うんだ、とノースディンは頭が痛くなった。
ヨルマが好きだ、と言うのは決して驚かせる為の意趣返しではない。
本当にノースディンは彼が好きだったが、同時にそんな男が親友で吸血鬼としては親でもあるドラウスに大恥をかかせた事実がどんな相手よりも怒りが湧いてくる。
どうしてこんな男が好きなんだ、と。
そんなノースディンの苦悩は露知らず、紅茶を飲みながら目の前のしかめっ面をお供に香りを楽しむ。
屋敷に入れておきながら矛盾したように怒るノースディンの言葉を無視した訳ではなかったので静かに思案していたヨルマはあぁ、と納得する。

「あぁ、お前にとってはお気に入りのモジャモジャ君が一番、一途とは言えるのかな?今は新横浜で元気そうで私も嬉しい限りだが」
「なっ!知って、いたのか!?」

珍しく目を開いて驚くノースディンを見て、こぼれたヨルマの笑みは嘲笑ではない。
まるで泣いてしまいそうですらある表情に哀愁と愛らしさを感じて自然とこぼれた笑みだ。
されど変わらず必要以上の言葉を口にはしないヨルマの気持ちに気付くことはできなかったノースディンは、嘲笑とは思わずともヨルマすら己を見ていないように感じて顔を伏せた。

「知っていたとも」
「なんで私に何も……いや、貴様は私の、誰かの狼狽える姿が見たいだけだったな!ドラウスに免じて耐えていたがもう沢山だ……今すぐに出て行けッ!」

ガタタッと音で窓が強過ぎる吹雪の影響で揺れる。
しっかりとした屋敷の窓を音が鳴るほど強く揺らす雪は、ノースディンの気持ちの現れであることをヨルマはすぐに分かった。
雪は吹き荒れ、もはや吹雪と言う言葉だけでは生温いだろう。
現に部屋に満たされていた暖炉の温もりも一瞬にして消え失せている。
ノースディンのそんな包み隠さぬ負の感情と冷たさを身に受けて、ヨルマは恐怖よりも笑みを崩さなかった。
痛いのは好みじゃない。
しかしノースディンのソレは、痛みを伴うのだから仕方がない。
本人が一番どうにかしたくて堪らないのに生真面目ゆえなのか不器用な形となり、氷が暴れて痛みが生まれてしまう。
だからと言ってヨルマにとっては恐怖するほどのことではなかった。
怖いと言う感情はあれど、その吹雪の中心で己すら凍えさせる男を知れば知るほど恐怖は薄れていったからだ。

「はははは!確かに誰かのY談は聞きたいものだが今は少し違うなぁ、誰でも良い訳じゃないよ?My dear」
「なっ!……っ、黙れ!私に触るな!貴様はどうして……あ、」
「おっと!……ノース!」
「なっ!?」

フッとなんとか保っていた暖炉の火が遂に消えた。
か細い灯りを保っていた火が消えた事で暗くなってしまった事に気を取られた一瞬だった。
戦う術など皆無に等しい筈のヨルマに距離を詰められ、動揺しているうちに杖で器用に足を払われた。
隙を見せてしまった、とは思ったが幸か不幸か、倒れた身体は上手くソファに受け止められて怪我は免れた。
そのままヨルマは、そのまま腰を下ろす形になったノースディンに覆い被さるように見下ろしたかと思うと頬にスルリと指を滑らせた。

「暖炉の火を消してしまうなんて……よっぽど狼狽えてるらしいな、ノース」
「クソッ……!退け!」
「そう怒鳴るなよ、このままで冷えてしまうよ?君、冷えやすいんだから」

暗い部屋でも分かるほど近くで優しく微笑むヨルマを見ていられず、思わず顔を背けたがクスクスと跳ねるように笑う声は遠ざけるどころか近付いてくる。
チュッと軽いリップ音と短い筈なのに熱を持った首筋に見知った甘い痺れは、どんな言葉よりも己が目の前の忌々しい黄色を意識しているのだと知らしめてくる。
それが押し倒されたことよりも悔しいが、同時に押し返すのも惜しい気持ちが確かにあった。

……くそったれ、どうして私はお前を殺さないのか考えたくもない」
「ふふ……く、くくくくっ!」
「何がおかし、ぃ……おい?」
「あー本当にイヤになる。愛には勝てん」

自分を押し倒したまま笑うヨルマに最初は不機嫌になりかけたノースディンだったが己の首筋に顔を埋めてヨルマが抱き締めてきた驚きで油断していた。
ゆったりと近付いてきたヨルマの表情は穏やかだったが確実に口づけられたのだ。
いくらヨルマでも軽率に口づけを送らないことはノースディンにも想像が出来た。
口づけを送れば相手は簡単に魅力に落ちることは経験上、知っている。
しかし、だからこそ彼ほど魅力のある男が口づけを送れば、どれほど面倒な自体へと発展するか分かりきっているので彼が誰かに口づけを送るのすら見たことがなかった。

「ん、ぁ、え?」
「まさかここまで信じてもらえないのは私も驚きだ……ほら、まだ冷えている」
「あ、さわ、るなッ!その……まだ私はコントロールが出来そうに、ない」
「なら……少しずつ私と温まろう、さぁ目を閉じて」

驚きの後に残った気持ちを表す言葉をノースディンには分からなかったが、寄り添ったまま離れない体温を嫌ではないと思う。
声を聞きたくないし、顔も見たくないと確かに思う筈なのに今、この瞬間だけは穏やかな声で優しく笑う男の方から伸ばされた手に己の氷で傷つかないで欲しいと思うのだ。
本当に遣る瀬無いな、と瞳を瞑る。
すると己を包む向日葵よりも落ち着いた黄色にコートに包まれたので、再び灯されようとしている暖炉の火に耳を傾けた。
控えめだが確かに鳴り出した暖炉の音が部屋に響いても己を包む温もりが離れない事実にノースディンは瞳を閉じたまま、少しでも私の力で冷えてくれるなと温もりに手を伸ばしたのだった。



END