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戌丸アット
2023-02-24 10:47:53
8507文字
Public
94
アイロニーさえ軽やかに
Yノスwebオンリー「カワイイあの子のすきなとこ」の公開作品になります。
クラージィさんとの出会いをきっかけにYノスが付き合うお話。
1
2
スコーンが鼻をくすぐる夕方ごろ。
吸血鬼が活動するには少し早い時間帯だったが起きて早々に嫌な予感のしたノースディンは、スマホが告げた雪の予報を見て静かにキッチンに立った。
出来上がったスコーンをオーブンから出迎えたノースディンは淹れ終えた温かい紅茶が冷めぬうちに、と口にする。
出来たてのスコーンからは美味しい香りを纏わせた湯気が立ち上っており、まだ部屋には寒さのあるのか湯気は白い。
しかし寒さを感じながらも湯気が少しずつ消え、熱が馴染むのを待つこの時間は穏やかだ。
寒さは好きではないが、こんな寝起きは嫌いではなかった。
しかし招かれざる客は違うらしい。
「相変わらずスコーンは美味しく作るね、君」
「なっ!?なんで私の家に入ってるんだ、貴様!!!」
サクッという音に驚いて振り返ると、何故か人の家に入り込んでいる黄色い吸血鬼に目を見開く。
吸血鬼は招かれなければ入れない。
ましてや古い吸血鬼であればある程、効力は絶大で例え同じ吸血鬼の家であろうと例外ではないと言うのに
……
と困惑しているとスルリと使い魔であるはずの猫がスルリと足に懐いている姿に愕然とする。
どうしてその男に懐いているのだ、愛しのキティよ。
「キティ、何故
……
ッまさか!」
「決めつけは良くないなぁ、催眠術は使ってないよ?今回は」
「ほざけ!」
「私が折角、会いに来てあげたのに
……
おっと!」
チッ、すばしっこい奴めと避けられたことに悪態をつきながらも普段のように動けない自分に動揺する。
普段ならば確実に頬を当てている筈の己の拳から白い煙が漂った事をノースディンは見逃さなかった。
だからこそノースディンは咄嗟に拳の速度を緩め、黄色い男も避けられた。
いくら忌々しい男とはいえ、コントロールに自信の無い日に愚を犯すのはノースディンのプライドが許さない。
そしてそんな己を妙に見透かしているのだろうな、と苛立ちながら目の前の男を睨むと猫のように目尻を緩めてノースディンに声をかけてくる。
「相変わらずお前は上手く隠せていると思っているようだね?もっと温度あげてよ、寒いじゃないか」
「帰れ!
……
寒いのはスイッチを付けたばかりだからだ」
「あぁ、確かに少し夜には早いか
……
そうは言っても君の優しいキティたちも心配しているよ?」
ほら、とくるりと弧を描いた杖で指し示し「あちらを見ろ」と、しつこいので渋々と振り返る。
するとそこにはフサフサ、と表現するのはおかしいかもしれないが霜が豊かな使い魔の雪だるまが困った顔を作ってティーカップを運んで来ていた。
正直、毛のある動物のようで愛らしい。
しかし同時に外の寒さの影響から雪の体積が変わっているのも分かった。
優秀で優しい使い魔たちは、どうやら客を歓迎するつもりなのだと気付いたノースディンは遣る瀬無さで眉を潜めた。
大変、癪だが男の言うとおり使い魔たちはノースディンを心配しているのは明白だ。
もう追い出すのは難しいかもしれない、と料理に使った道具たちを片付ける事にした。
隣で律儀に雪だるまからカップを受け取る男に出すお茶は無いが仕方ない。
使い魔たちの好意を無下にはしたくなかった。
「有難う、可愛いメイド君!主人と違って優しいなぁ〜」
「黙れっ、しかしお前たちも普段はちゃんと部屋でゆっくりしているだろう?どうしたんだ
……
ッ!?」
爪を立てずにチョンチョンと肉球でティーポットを触る猫に驚いて、慌ててポットを持つ。
すると猫は驚いた様子もなく、口を開いて音は出さずに鳴き声を出す仕草をノースディンに向けた。
どうやらノースディンがポットを持った事が嬉しいらしく満足そうにゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
どうやらお茶を注いでやれ、と言うことらしく「どうしてだ?」と声をかけても、そっぽを向いた猫に根負けして仕方のなくお茶を淹れる。
「はぁ、この子達に免じて淹れてやる
……
これを飲んだら帰れ」
「おや、こんなに良さそうな茶葉にお茶請けも用意しないのかい?あのスコーンとか良いと思うんだ、私は」
「居座る気か!?」
食事の楽しみと言うものがあるだろ?と笑いかけてくる男にノースディンは寄せている眉を更に寄せた。
この男は訳知り顔で、ちょっかいをかけてくるが肝心な部分は分かっていない筈だとスコーンを取り分ける。
確かに彼は人や吸血鬼の心の機微に敏感で大抵は面白いからと声をかけるのだが時折、その言葉で救われる者も居るだろう。
勿論その直後にはブチ壊している可能性の方が高いので台無しかもしれない。
それでも彼の言葉は的確でどんな薔薇の棘よりも鋭く刺さって抜けにくいほど的確だ。
だからこそ忘れられない事も多かったがノースディンは瞼の裏で男を笑う。
お前に気付かれないように心ではなく瞼の裏に隠した私の気持ちに気付いていないだろう、と安心していた。
無論、隠し事をしていることは男には筒抜けだ。
「
……
ほう?」
「なんだ、ジャムは用意しているだろう」
「ふーん
……
まぁ、それよりこの前、古い教会で佇んでいたけれどアレから探しものは見つかったのかい?」
「なっ!?
……
チッ、貴様には関係ないことだ」
顕になっているノースディンの手を見て、ヨルマと呼称される事のある黄色い男は意外にも深刻かもしれないな、と香りの良い紅茶を口にする。
普段ならば親友のドラウスの前でさえも服装に気を使い、竜の一族に恥じぬようにと一人で過ごしている屋敷でもノースディンは手袋をする。
それなのに今は己を律する為にしている節すらある手袋をせず、その手をカップで温めているのはコントロールが不安定な証だ。
そんな状態のノースディンに彼、クラージィを新横浜で見かけたと話せば坊やは、なんというだろうか?どんな反応をするのか?と言う考えをスコーンと共に飲み込む。
話す気は無い。
話したところで意味は無い。
ここでヨルマが再びクラージィについて教え、ノースディンは信じる可能性もあるだろう。
しかし、それは酷くつまらないしクラージィとノースディンは血族という強い繋がり以上に強い縁があるとヨルマは考えていた。
縁遠いとはいえ竜の一族でもあり、歴戦の悪魔祓いでもあったクラージィが吸血鬼と人間が寄り添っているような理想の街、新横浜と言う場所で早々に死を迎える筈もない。
ならば今してみたい事は、目の前の寂しがり屋で寒がりな男との時間を楽しむ事だった。
「愛想が無いなぁ。普段ならもう少し可愛げがあるのに不機嫌だなんて、そんなにも今日は温もりが恋しいとはねぇ」
「どうしてそうなる!?貴様が勝手に私の時間を邪魔しに来たんだろう!」
「なら聞くけど手袋は今日はしなくても良いのかな?」
「は?
……
なっ!?さ、触るなッ!」
「おっと!怖い怖い」
ノースディンはどうやら気付いていなかったらしく、スルッとティーカップを持つ手を撫でてやるとハッとした表情で手を引いて、ヨルマの手から逃げた。
そんなあからさまな反応に流石のヨルマも眉を寄せたが、ノースディンの怒っていながら僅かに垣間見えた動揺を見逃さなかった。
確かに怒り、ヨルマを殴ることすらあるがノースディンは肝心なところではヨルマの身を案じることすらあった。
いじらしいことだ、とヨルマは呆れながらも払いのけられた手の指先の感触を確かめる。
すると、そんなヨルマの仕草は今のノースディンにとっては煽るものでしかなく、誰が見ても分かるほど瞳が揺らいだ。
強がっていても肝心なところで隠すのが下手な子だ、と思わず溢れた笑みを隠さずに俯いてしまったノースディンのつむじを見つめる。
氷の能力が暴れ出すのではないか?と怯え、己を律することで能力を封じるように努めているノースディンにとって今、能力のコントロールが効かないのは苦痛なのだろう。
明らかに動揺しているノースディンの頬に躊躇いなく触れてみると、隠すことも出来ずに泣いてしまいそうな、そして驚いた顔を見せた。
「なんのつもりだ、触れるなと言ってるだろっ!」
「ならさっきみたいに払いのければ良いじゃないか」
「う、ぐぅッ!」
「大好きな私に触れられて嬉しいだろ?なーんて」
どうしても触れたくなり頬を軽く撫でてみた後、柄にもないことをしたと降参でも宣言するように両手を上げる。
しかし、きっと怒った後はいつものノースディンに戻るだろうと高を括っていたのもある。
そうすればきっとヨルマのよく知る生意気な坊やのノースディンに戻るであろうと。
だが、そんないつもに戻るのを止めたのはノースディンの方だった。
「はっ!貴様ともあろう奴が見誤ったな
……
!」
「
……
なんだって?」
「貴様の言ったソレは間違っていない」
「は?
……
それは、つまり」
まさかノースディンが認めると思っていなかったらしく、彼を知る者ならつられて驚いてしまうほどヨルマは分かりやすく驚いた。
そんなヨルマに貴様のそんな呆気にとられた顔なんて初めて見た、とノースディンは愉快な気分だったが、その顔は悲しみを帯びて笑っている。
ノースディンの表情にヨルマもまた笑みが控えめとなり、愛用の杖を撫でた。
「お前いつからそんな冗談を言うようになったんだい?」
「残念だったな、貴様に向けられる冗談なんぞ持ち合わせていない」
カチャリと音を鳴らして置かれたティーカップの湯気は無い。
白い手袋に覆われていない手は青白く、まさに古き吸血鬼らしく男らしいがバランスの取れた美しい手だ。
そんな手は震えていなかったがキラリと輝くのが見えてたヨルマは、再びその手に己の手を添えた。
「なら付き合おうか、私たち」
「分かったなら、サッサと出て
……
は!?」
「好きな者同士なんだ、当然だろう?ノース♡」
「ほざけ!!!今すぐその口を閉じろ、クソ黄色ぉッ!!!」
本当に何しに来たんだ、と怒るノースディンに笑いかけて酷いなぁ!本気なのに、と返して殴らずに顔を伏せたノースディンを優しく見つめる。
すっかり暖房が行き渡り、寒さを感じなくなっても離れないヨルマの手に、それどころではなくなったノースディンは結局、気付くことはなかった。
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