【ダン飯】なんてったって大先輩

わちゃっとした元迷宮の主組に悪食王を添えてなお話。
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一千年地下深くに埋めていた黄金郷が再び地上に浮上するのをこの目で見るとは思ってもいなかった。
いくら本物に近付けようとも何処までも続く空の広さと気紛れさを寸分違わず真似る難しさにぼくは嘆息する。
ふと窓辺に頬杖をつき、流れる雲に向かって伸ばした手を結ぶ。
傍から見れば虚無を掴む行動だが、三つ編みに纏めずサイドから垂らした髪が風で遊ばれる感覚が随分懐かしく感じた。
そんなノスタルジックな気持ちに浸っている最中、新しく宛がわられた部屋の扉がノックされた。
折角の気分が台無しだ。疎ましく扉を無言で睨んでいれば、こちらの了承の言葉を待たずに勝手に扉を開けやがった。しかも、恐る恐る開け「お邪魔しまーす」とこれまた此方の様子を窺う声色に思わず舌打ちする。
……お前は」
殆ど不慮の事故と言っても過言ではない──、ぼくの所為で次の迷宮の主にさせられてしまったハーフエルフの女。
名前はたしか。
「マルシル、だっけ。ぼくに何か用?」
用があるから部屋に入って来たんだろ。頭の中で響く正論を手で払い、言おうか言わまいか忙しなく口を開けては閉めてをくり返していた彼女が意を決して放った言葉にぼくは耳を疑った。

「あの、私に古代魔術を教えてくださいっ!」
「は?」

恥ずかしさからか、興奮からなのか。ぼくと違う白い頬を赤く染め、曇りなき青い瞳の本気さに間の抜けた声が出た。



曰く彼女もまたぼくと同じように古代魔術使用により西方エルフに連れて行かれるのをライオスが阻止したらしい。
表向きのぼくの肩書は宮廷魔術師兼道化師であり、一応ぼくより先に宮廷魔術師の役職についている彼女の方が先輩になる。が、生きた年数であれば断然ぼくの方が上だ。
そして、この国で保護してもらう代わりに「古代魔術を極力使わないように」と約束を交わしたのもあって古代魔術の使用を控えに控えている。古代魔術が使えなくたって不便になる事の方が少ないのでそれは別に構わない。
しかし、急に部屋に押しかけた日から執拗に古代魔術の指南を受けたがるマルシルとのやりたくもない鬼ごっこの日々が続いていた。どこに行っても隠れても変に息遣い荒く追い掛ける姿に恐怖を覚えた。なんだあのガンぎまった目つき。怖すぎるだろ。
ライオスを盾に彼のローブの中から睨んだところで意味もなく、そもそも盾代わりにしているライオスが役に立たな過ぎた。
「落ち着けマルシル。顔が興奮してすごい事になっているぞ」
「魔物絡みの時のあなたも大概”ああ”ですよライオス」
「えっ」
まだ「俺ってあんな感じなの!?」と驚くライオスの隣にいる、カブルーとかいうトールマンの方が役に立つ。巧みな話術で興奮するマルシルを落ち着かせ、やっと隠れていたローブから出ようとした矢先、面倒な燃料をライオスが投下した。
「まあ、極力使用を控えるようという約束だから別に危なくないやつならいいんじゃないか?」
「! そうっ、それ! だから古代魔術を教えてシスル!!」
言質を取った勢いで目を爛々と輝かせるマルシルにぼくは「あいつどうにかしろ!」の意味合いを含めてカブルーに視線を投げ掛ける。人となりを然程知っているわけじゃないが、この中でまともなのはお前しかいない。
ぼくの直感がそう訴えかけるも、直感は意図も容易く裏切りを果たした。
「それはあまりいいとは言えませんね。もし、古代魔術を使用した事を指摘されれば彼どころかこの国自体危うくなる」
口元を抑え、さも心配を装っている口調だが胸中渦巻いている感情が顔に出ている。大方国力増加、国の防衛力強化を期待してだろうがたまったもんじゃない。瞳孔が開いたカブルーの目も中々狂気に満ちていた。
もし、もしそれで折角またみんなと暮らせるようになったのにぼくだけ連れて行かれたらどうするんだ。
「シスル?」
頭の中に浮かぶ”たられば”が、ライオスの服を掴む力を強める。ぎゅっと掴み俯くぼくの頭をそっと撫でる大きな手。見上げた先にいたライオスの垂れ目と目が合うなり、彼は微笑み興奮するマルシルに向かって制止を促すべく手を翳す。
「すまないが、シスルから古代魔術を、」
「話は聞かせてもらった」
ライオスの話をぶった切っただけじゃなく、その場の空気も気にせず無表情で割り込む一時本気でぼくを殺そうとしたエルフに身構える。謁見の間の扉は開かれていない。あの厄介な転移術を使ったってすぐ分かった。
あの時に向けられた純粋な殺意、そして、信じたくなかった真実を淡々と告げる相手に苦手意識を持つなというのが土台無理な話だ。今はもう殺される心配は無くても、あいつの証言ひとつでぼくの身柄は西方エルフ達が喜んで連れて行くだろう。
ライオスの後ろに顔以外を殆ど隠して悪魔が食べ残した黒い目を睨む。ぼくの視線に気づき一瞥するも、興味があまりないといった風に欠けた目はライオスに注がれた。
「以前、私が監視して危険と判断したら連れて行く。そう言ったのを覚えているか」
「もちろん覚えている」
ぼくを庇うように伸ばされたライオスの腕。自然にするその行動がぼくの目を丸くさせる。
産まれてこの方味わった事のない、他者から護られる感覚に心があったかくなっていく。ライオスの服を掴んでいた手から変に入っていた力が抜け、きゅっと掴み直した。
そんなはじめての気持ちに浸っている最中、両耳を悪魔に齧られたエルフが凪いた声で語る。
「つまり私が監視している下で古代魔術を習えばいい。危険かどうかの判断は私が下す。危険でなければ構わない」
「それは──、あえて目を瞑って見ないフリをする。という認識で構わないのだろうか」
「そうだ」
「もし、危険な古代魔術を使いそうになったら」
「その前に私がストップをかける」
だ、大分、大分このエルフ職務怠慢しているぞ。ぼくが言うのもあれだが、いいのかそれで、いいのか。
あり得ないものを見る目を向けるぼくと相手の欠けた目とかち合った。
「やっとそば打ちのコツを掴み始めた。ここで国に帰っては折角掴んだコツを忘れてしまう」
それを隣で聞いていたマルシルの表情が「え? そんな事で?」と困惑しているが、ぼくには分かる。ライオスの隣にいるカブルーと同じようにこいつはメリニ、強いてはライオスの傍から離れたくないんだ。
その理由のひとつで、そば打ちなるものを言っているに過ぎない。
それに対峙した時の雰囲気と比べそこまで悪い奴ではない、のかもしれない。
むむっ、と警戒レベルを下げかけたその時。
「お前の部屋にある魔導書を含めた書物は全て検閲済みだ。あれくらいなら至って問題ない」
「全て? ・・・はあ!?」
脳裏を過るベッドの下に隠していた日記(ポエム付き)を思い出したぼくは隠れていたローブの中から外に躍り出て、涼しい顔している相手に突っかかった。
「読んだのか!? あれを!!」
「読んだ。中々いいポエムだった」
顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。衝動に身を任せ顔色一つ変えない相手の顔をぶん殴りたかった。いや、殴る。一発くらい殴っても許される行為だこれはっ。
「ちなみに綺麗に並べたのはマルシルだ」
「あ゛あ!?」
抑揚のない声で言った相手から視線をマルシルに向けるのに合わせ、彼女はぼくから顔を逸らし小さく「ごめん」と謝罪の言葉を呟いた。
戦慄く拳を振り上げ、まずは西方エルフの外交官であるミスルンの顔を殴るべく振り下ろす。
だが、残念な事にあともう一歩のところで体格差と身長差を活かしぼくを持ち上げるライオスに阻止されてしまった。



ミスルン監視の下、本格的に古代魔術をぼくから学ぶマルシルの顔は実に生き生きしていた。
「朝早くから熱心なやつ」
「はいっ! お師匠!!」
彼女は教えた事をスポンジ並みにどんどん吸収して学び、かつ本質を理解した上で質問するし、魔法のセンスも悪くない。それにやる事なす事褒めてくれるのは気分がいい。教え甲斐がある。
「今日は昨日教えたのを軽めに実践する」
「はいっ!」
……あいつは」
「連れてきましたっ」
「いるぞ」
ひょっこり扉に隠れていたミスルンの腕を引っ張りぼくに見せるマルシルの顔はとても楽しげだった。
軽快な足取りで念のため暴発しても然程被害の出ない演習場に向かえば、監視席はたまた観客席とでも言えばいいのか真新しいテーブルとイスに座っているライオスがぼく達に気付くなり軽く手を振う。
そして、そんな席から多少離れたところでぼくとマルシルは威力を抑えた古代魔術を発動させる。もっとも魔法の善し悪しなんて西方のエルフが勝手に決めつけたもの。
剥き出しの地面に種を蒔き、その種の成長を促進させる──そんな穏やかな魔法も使い方によりけりだ。
「えっと、ここはこうで、詠唱は……
「ゆっくりでいい。焦らずに学んだ通りにしろ」
「う、うんっ」
真剣に杖を翳し詠唱するマルシルから横目で観客席を見遣る。
いつの間にか増えた人数に「見世物じゃない」と思ってもない事を口にしたところでライオスはにこにこ笑っているし、監督であるミスルンは此方を見ずにお茶啜ってるし、カブルーに至っては何か聞かない方がいい事を呟いているような気がする。
そんな一千年間したことのない、暢気なのか緊張感が少ないのかそんな日常生活をぼくはそれなりに楽しんでいた。